【完結】元騎士は相棒の元剣闘士となんでも屋さん営業中

虎ノ威きよひ

文字の大きさ
46 / 46

エピローグ

しおりを挟む
 
 とにかく走る。
 機会を伺いながら、まずは走る。
 
 時刻は昼頃。細い路地は薄暗いが、上には太陽がチラついている。
 青年はゴミ箱を後ろに蹴り上げ、中身をばら撒いて障害物を作る。
 背後からゴミ箱が当たった音や慌てる声、罵声が聞こえるが、複数人の足音はなんとか食らいついてきているようだ。
 そろそろ、足を止めても大丈夫だろうか。
 呼吸を乱すことなく軽やかに走る青年は、スピードは落とさずに後方に目をやる。
 想像していた通りの距離だ。この辺りの路地は複雑に交差しあっているから、下手をすると相手がこちらを見失う。
 
 このまま、予定通りに。
 
 そう思った瞬間、前方に人影が現れた。

「お……!」

 そのまま近づくと、目の前には2メートルほどもありそうな大男が立っていた。
 無言で見下ろしてくる男に、青年は明るく笑いかける。

「こっからは頼んだ!」

 明るい声と共に、青年は路地を駆け抜ける。
 その先では金色の髪の男が目を細め、片手を上げた。

 パチン、と手を叩き合う。
 
 ◇

「ありがとうなー! ヘマしたから助かったー!」
「別にお前がやらかしたわけじゃねぇだろ?」
「でも後輩のミスは先輩のミスだし」
「現場の責任者になってからそういう生意気は言えよ」

 季節は冬。
 会話をしているのは赤いベリーショート、金と黒のオッドアイの長身の青年騎士と、短い銀髪に赤い瞳の同じく長身の黒いコートを着た男。
 少しだけ身長が高い金髪の男カズユキを、赤い髪の青年ミナトが僅かに顎を上げて見る格好になっている。
 楽しげに話す2人の後ろでは、縄に繋がれた男たちが騎士たちに引き摺るように連れていかれている。
 その中に、何度も何度もカズユキやミナトの方に頭を下げているとても若い騎士がいた。
 
 カズユキは、目線がほぼ変わらなくなったミナトの頭に手を乗せて口元を緩める。

「つか、お前…会う度にデカくなってんな。成長期は一体いつ終わるんだ?」
「流石にそろそろ終わるんじゃねぇ? 俺、もう18歳だし。」
 先日誕生日を迎えたばかりのミナトは、どこか得意げに言う。
「たった3年なのに、まるで別人みたいだな。」

 涼やかな青い瞳に褐色肌、黒い長髪を後ろでまとめた大男が話に参加する。
 捕らえた男たちの拘束を手伝っていたコウが戻ってきたのだ。
 
 ミナトとは反対に、以前とほとんど変わらないカズユキとコウは心の底から驚いている。
 
 ミナトが2人に守られていたトクオミの事件から3年が過ぎていた。
 連行された後、トクオミは尋問に対して何も話さなかった。しかし、金で雇っていた男たちは、存外あっさりと口を割ったのだ。
 その情報を元に、人身売買のために捕らえられていた人々は無事に保護された。
 主犯のトクオミは現在もまだ、犯罪者として服役中である。
 翌日、人身売買のために訪れた商人たちは、事情を確認すると逃げるように帰っていったという。

「ま、本当に変態貴族に売り飛ばされなくて良かったよなお前」
「本当だよ……でもあの人、たまに王都にくるんだよなー……セイゴウさん、その期間は未だに家から出してくれないんだ」
「当たり前だ。まだ守備範囲内なんだからな」

 肩をすくめるミナトだったが、コウの言葉に話を振ったカズユキも頷く。
 
 ミナトを買う予定だった貴族は、本来は外交のために訪れていた。
 人身売買は未遂に終わった上、国益のためにも事件との関与はうやむやにする選択を中央はとった。
 そのため、その人物の来訪の際にはミナトは強制的に仕事は休みになっているのだ。
 彼は20歳までのオッドアイの少年や青年をターゲットにしている。つまり、ミナトはあと2年の辛抱である。
 
 事件の後、ミナトの養父となったセイゴウの意向だ。

「あいつは元気か?」
「ああ! 相変わらずだよ! トーマさんも、ケンリュウも!」

 カズユキはその言葉に笑みを浮かべる。
 
 セイゴウは養子を探すために孤児院に通っている時から、ミナトを跡継ぎの候補にしていた。
 自分が引き取られた時と同じ、あと1年で院を出なければならない年。高い運動能力や周囲に馴染みやすい快活な性格。騎士に向いているだろうと感じた。
 想像通り、第二王子のケンリュウとすぐに仲を深めてトラブルも脱している。

 貴族のしきたりやしがらみに巻き込むのは心が痛んだが、ミナト本人は
「お願いします!」
 と即答したのだ。
 そこから成人するまでの1年は、ミナトはもう思い出したくないほど厳しく貴族と騎士のあり方を叩き込まれた。
 
 今では無事、騎士として努めることが出来ている。

「2人は? ちゃんと恋人してるか?」

 何度か会っているミナトは、その都度2人の近況を確認する。
 心配しているわけではなく、相変わらずそういった話が好きなのだ。
 カズユキは腰に手を当てて呆れた声を出した。

「またそれか? 恋人してるってなんだよ」
「じゃあ聞き方変えるか。ちゃんとイチャイチャしてるか?」

 年々、照れが無くなってきた青年は、ニコニコと笑いながらカズユキの肩に大きくなった手を置いた。

「ばーか、もうそんな年じゃ」
「してる。安心しろ」

 鼻で笑い、手をぷらぷらと振りながら否定しようとするカズユキを、コウは後ろから抱き締めた。
 自然とミナトの手が離れる。

「コウ、お前には羞恥心ってものはねぇのか」
「カズユキ照れてる」

 後ろへ顔を傾けながら眉を寄せて苦言を呈するカユキの頬を突いて、ミナトが揶揄う。
 すると、カズユキの手がミナトへと伸びる。

「やかましい」
「いてっ」

 以前に比べて、全く容赦のないデコピンが決まる。こういった時に、15歳の頃はカズユキなりに甘やかしていたのだとミナトはひしひしと感じた。

「……ま、でも、そういうこった」

 コウに体重を預けながらカズユキは口角を上げる。

「幸せそうで良かった」
「お前もな」

 ミナトの一点の曇りもない笑顔を見て、自分への恋心は完全に思い出になっていることをカズユキは確認する。
 大喜びで受け取った指輪は、今や彼の指には入らなくなって首飾りにしている。
 そうなっても身につけてくれるのは喜ばしいことではあったが、変わらぬものはないのだと物語っていた。

「ん、ありがとな。じゃ、俺は仕事に戻る! 終わったら酒場の店長に飯食いに行くって伝えといてくれー!」
「おう、なら後でな」

 元気よく手を振って同僚の元に走っていくミナトに、カズユキとコウは軽く手を上げた。
 ミナトから依頼を受けた旨を店長に伝えると、ピザやら揚げ物やらの仕込みを始めていたから今日の夕飯は重くなりそうだ。

「今日も一件落着、だな」
「ああ」

 カズユキが笑って胸を叩く。コウはその手をとって指先に口付ける。
 3年前と変わって、日常のやりとりが少しだけ甘くなった。
 
 でもきっと、ここから10年後もその先も、この2人の関係はもう変わらない。
 
 ずっと一緒にいるだろう。
 
  
 
 
                 fin
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり
BL
 帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。  着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。  凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。  撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。  帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。  独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。  甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。  ※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。 ★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り

結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。 そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。 冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。 愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。 禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

祖国に棄てられた少年は賢者に愛される

結衣可
BL
 祖国に棄てられた少年――ユリアン。  彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。  その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。  絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。  誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。   棄てられた少年と、孤独な賢者。  陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。

処理中です...