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第一章
2歳児
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(あ――見たくないなー……あっち見たくないけど……エラルドもネルスもあっち見てるなー)
のんびり過ごしている時に、寝ていたはずの我が子の泣き声が聞こえた時のようだ。
気のせいにしたい。
気のせいにしたいが無理だ。
聞いてしまったら確認するしかない。
気にはなるし。
意を決して深呼吸をする。
何が起こっているかだいたい想像が出来てしまうが、何を見ても野次馬になろう。
私は3年間、平穏無事に学生生活を過ごすのだ。
食堂が静まり返る中、音のした方へと目線をやる。
離れた席で前回と同じく怒り心頭、という風に立っているアレハンドロ皇太子。
床に飛び散っている料理と食器の破片。
(食事を床に投げ捨てただと)
分かってはいたが、実際に目にしてしまうと頭に血が昇るのを感じる。
先程の皇太子と同じテンションで「何やってんだお前ぇ!!」と叫びたい。
(落ち着け、6秒、6秒数えるんだ…)
怒りというものは6秒で乗り切れるらしいと何か本で読んだことがある気がする。
卓を掴んで呼吸を整える。
いーち。
慌ててこの食堂の責任者らしき人がやってきた。
にーい。
頭を下げて事情を確認するその人を怒鳴りつける皇太子。
さーん。
エビは見るのも不快だなんだと聞こえてくる。
しーい。
やっぱり土下座になっちゃう責任者らしき人。
ごーお。
解雇だなんだと聞こえる。
ろーく。
落ちた料理を踏んだ!
「1秒毎にどんどん状況を悪化させるな!!」
遂に、ネルスの前で今まで築き上げていた「事勿れ主義のシン・デルフィニウム」らしからぬ勢いで声を荒げて立ち上がってしまった。
相手に言葉を伝えるのに怒鳴る必要はないのに。怒鳴ったら負けなのに。
当然、皇太子含め食堂に居た全員の視線を集めた。
「……また貴様か」
嫌そうに眉を顰めて皇太子は腕を組んだ。
(またかはこっちの台詞なんだよこのバカバーカバーカ!! 料理を作る方の気持ちを考えたことあんのかバーカアーホ美味しいっていってくれるかなとか考えて作るんだぞ食べてもらえなかったら悲しいんだぞうんざりするんだぞてかその前に食べ物もったいないつらいってなるんだぞボーケナース!!)
頭に血が昇りすぎて言葉がまとまらない。
気に入らないからひっくり返す、2歳児レベルの相手にそれを煽る7歳児レベルの罵倒の言葉しか思いつかない。
それでも声を上げたからには何か言わなくては。
周りも、特に責任者らしき人の眼差しからは
(頼むなんとかしてくれ!)
という期待すら感じる。
待てよどんだけ朝の皇太子尻叩き事件の噂回ってんだよ。
なんとか重い口を開いた。
「アレハンドロ……」
「恐れながら申し上げます!!」
何か言う前に、近く、いや、同じテーブルから声が響いた。
やたらと言葉を遮られる日だ。
皇太子の視線が私からそちらへと移る。
「なんだ貴様」
「偉大なる我らが皇太子殿下。私はクリサンセマム侯爵家の末弟、ネルスと申します」
威圧的な皇太子に向かってネルスは胸に手を当て、礼をして名乗る。
そしてそのまま勇敢にも近づいていった。
(ネールースー! やーめーてー! 私がなんとかするからやめてー!!)
心の中で叫ぼうとも聞こえる訳がない。
しかし名乗ってしまった以上は逃げ場はなく、見守るしかなかった。
いざとなったらネルスを連れてどこかへ逃げよう。
自分の時よりも心臓がうるさい。怖い。
地面に膝をついている責任者の前に庇うようにネルスは立ち、そして片膝を着く。
再び頭を下げる様子を見て、皇太子は黙って椅子に座り脚を組んだ。
(偉っそうーーっ)
偉いのだが。
「申し上げにくいのですが、皇太子殿下。流石に、今回のことはこちらの食堂の料理人たちに非はないと存じます」
「何故そう思う」
ネルスが緊張しているのが伝わる。
いつもまっすぐ響く声の語尾が僅かに震えている。
すぐ隣にいって「何故じゃねぇんだわ!」と殴りたい。
いや、殴っても負けだ。我慢だ。
脳内で叫び暴れながら見守る私とは違い、ネルスは落ち着いた声で続けた。
「ここで働くのは多くの生徒に食事を提供する料理人。皇太子殿下専属の料理人ではありません。当然、この大人数に対して、一人一人の好みに合わせて食事を作るのは難しい」
(なるほど。それはそう。私が言いたいのはそこじゃないけどネルスの方が皇太子を納得させられそうだな)
皇太子に食事を作る人間の気持ちとか、材料を作った人の気持ちとか、食べ物のありがたみとか、そういったことを説明しても「それがどうした」となりそうだ。
流石にそんなことは言われなくても理解はしているだろうし。
ネルスの言うことの方が論理的で、今この場に合っている気がする。
皇太子も怒り出す様子は今のところはない。
私は少し肩の力が抜けた。
「それに対して先程のお怒りは、その、誠に申し上げにくいのですが! 僅かでも気に入らないと癇癪を起こす、に、に、2歳程の幼子と同じでございます……っ!」
「な……っ」
「あはは! 2歳!!」
(え、エラルド笑っちゃった!)
踏ん反り返っていた皇太子の表情が歪んだ。
しかし、ここまで言ってしまえば踏ん切りがついたのか、ネルスは遠目からも分かるほどに深呼吸すると、顔を上げて声を張った。
「この公衆の面前での皿を投げ捨てる行為は、皇太子の御威光にも関わります! どうかこの場は怒りをお収め下さい!」
「……っ!」
のんびり過ごしている時に、寝ていたはずの我が子の泣き声が聞こえた時のようだ。
気のせいにしたい。
気のせいにしたいが無理だ。
聞いてしまったら確認するしかない。
気にはなるし。
意を決して深呼吸をする。
何が起こっているかだいたい想像が出来てしまうが、何を見ても野次馬になろう。
私は3年間、平穏無事に学生生活を過ごすのだ。
食堂が静まり返る中、音のした方へと目線をやる。
離れた席で前回と同じく怒り心頭、という風に立っているアレハンドロ皇太子。
床に飛び散っている料理と食器の破片。
(食事を床に投げ捨てただと)
分かってはいたが、実際に目にしてしまうと頭に血が昇るのを感じる。
先程の皇太子と同じテンションで「何やってんだお前ぇ!!」と叫びたい。
(落ち着け、6秒、6秒数えるんだ…)
怒りというものは6秒で乗り切れるらしいと何か本で読んだことがある気がする。
卓を掴んで呼吸を整える。
いーち。
慌ててこの食堂の責任者らしき人がやってきた。
にーい。
頭を下げて事情を確認するその人を怒鳴りつける皇太子。
さーん。
エビは見るのも不快だなんだと聞こえてくる。
しーい。
やっぱり土下座になっちゃう責任者らしき人。
ごーお。
解雇だなんだと聞こえる。
ろーく。
落ちた料理を踏んだ!
「1秒毎にどんどん状況を悪化させるな!!」
遂に、ネルスの前で今まで築き上げていた「事勿れ主義のシン・デルフィニウム」らしからぬ勢いで声を荒げて立ち上がってしまった。
相手に言葉を伝えるのに怒鳴る必要はないのに。怒鳴ったら負けなのに。
当然、皇太子含め食堂に居た全員の視線を集めた。
「……また貴様か」
嫌そうに眉を顰めて皇太子は腕を組んだ。
(またかはこっちの台詞なんだよこのバカバーカバーカ!! 料理を作る方の気持ちを考えたことあんのかバーカアーホ美味しいっていってくれるかなとか考えて作るんだぞ食べてもらえなかったら悲しいんだぞうんざりするんだぞてかその前に食べ物もったいないつらいってなるんだぞボーケナース!!)
頭に血が昇りすぎて言葉がまとまらない。
気に入らないからひっくり返す、2歳児レベルの相手にそれを煽る7歳児レベルの罵倒の言葉しか思いつかない。
それでも声を上げたからには何か言わなくては。
周りも、特に責任者らしき人の眼差しからは
(頼むなんとかしてくれ!)
という期待すら感じる。
待てよどんだけ朝の皇太子尻叩き事件の噂回ってんだよ。
なんとか重い口を開いた。
「アレハンドロ……」
「恐れながら申し上げます!!」
何か言う前に、近く、いや、同じテーブルから声が響いた。
やたらと言葉を遮られる日だ。
皇太子の視線が私からそちらへと移る。
「なんだ貴様」
「偉大なる我らが皇太子殿下。私はクリサンセマム侯爵家の末弟、ネルスと申します」
威圧的な皇太子に向かってネルスは胸に手を当て、礼をして名乗る。
そしてそのまま勇敢にも近づいていった。
(ネールースー! やーめーてー! 私がなんとかするからやめてー!!)
心の中で叫ぼうとも聞こえる訳がない。
しかし名乗ってしまった以上は逃げ場はなく、見守るしかなかった。
いざとなったらネルスを連れてどこかへ逃げよう。
自分の時よりも心臓がうるさい。怖い。
地面に膝をついている責任者の前に庇うようにネルスは立ち、そして片膝を着く。
再び頭を下げる様子を見て、皇太子は黙って椅子に座り脚を組んだ。
(偉っそうーーっ)
偉いのだが。
「申し上げにくいのですが、皇太子殿下。流石に、今回のことはこちらの食堂の料理人たちに非はないと存じます」
「何故そう思う」
ネルスが緊張しているのが伝わる。
いつもまっすぐ響く声の語尾が僅かに震えている。
すぐ隣にいって「何故じゃねぇんだわ!」と殴りたい。
いや、殴っても負けだ。我慢だ。
脳内で叫び暴れながら見守る私とは違い、ネルスは落ち着いた声で続けた。
「ここで働くのは多くの生徒に食事を提供する料理人。皇太子殿下専属の料理人ではありません。当然、この大人数に対して、一人一人の好みに合わせて食事を作るのは難しい」
(なるほど。それはそう。私が言いたいのはそこじゃないけどネルスの方が皇太子を納得させられそうだな)
皇太子に食事を作る人間の気持ちとか、材料を作った人の気持ちとか、食べ物のありがたみとか、そういったことを説明しても「それがどうした」となりそうだ。
流石にそんなことは言われなくても理解はしているだろうし。
ネルスの言うことの方が論理的で、今この場に合っている気がする。
皇太子も怒り出す様子は今のところはない。
私は少し肩の力が抜けた。
「それに対して先程のお怒りは、その、誠に申し上げにくいのですが! 僅かでも気に入らないと癇癪を起こす、に、に、2歳程の幼子と同じでございます……っ!」
「な……っ」
「あはは! 2歳!!」
(え、エラルド笑っちゃった!)
踏ん反り返っていた皇太子の表情が歪んだ。
しかし、ここまで言ってしまえば踏ん切りがついたのか、ネルスは遠目からも分かるほどに深呼吸すると、顔を上げて声を張った。
「この公衆の面前での皿を投げ捨てる行為は、皇太子の御威光にも関わります! どうかこの場は怒りをお収め下さい!」
「……っ!」
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