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第一章

褒めてあげてください

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 腹は立っても正論すぎて何も言い返せないのだろう。
 怒りの矛先を変えることにしたのか、私たちの卓の方へと皇太子は顔を動かした。

「して、そこで笑っている不届き者、貴様はなんだ!」

 鋭く飛んできた言葉は私にではなく、まだ笑いの止まらないエラルドへだった。

「はは……失礼したしました皇太子殿下。私の2歳の甥も同じようなことでこの間叱られていたのを思い出して、つい」

 こんな時でも怖いほどに爽やかだエラルド。
 だが爽やかに火に油を注ぐな。
 もしかして天然属性もあるのか。素敵か。

「貴様……」

 腹の底から響くような、唸るような声を出しながら再び皇太子が立ち上がった。
 せっかくネルスが言いくるめられそうだったのにまた怒りの導火線に火がついたのか。

 この人に6秒数えていただきたい。

「失礼ついでに、殿下が投げてたこれ美味しいですよ。あなたの親友のシンはこれが一番好きだそうです。見るのも嫌ってことは食べなかったのでは?」

 エラルドは皇太子の怒りをものともせず、朗らかにお皿を持って近づいていく。

 いや、待て。

「誰が親友だ」
「誰が親友だ」

 2歳児とハモってしまった。もうダメだ。

 お互いげんなりした表情になりながら目を合わせてしまっているうちに、エラルドが皇太子のところまで辿り着く。

「失礼ついでに、一口召し上がってください」

 フォークに刺したエビを皇太子に差し出した。
 見るのも嫌だと言っている相手にこれは流石に酷だ。
 しかも叩き落とされる気しかしない。

 呆気に取られていたネルスが立ち上がり、止めようか迷う仕草を見せている。

 皇太子は仏頂面で、じっとフォークの先と自分より身長の高いエラルドの顔を見比べる。

「俺が今まで食べた中で一番美味しいエビです」

 とてもいい笑顔だ。
 悪意のかけらも感じられない。
 だからこその圧を感じる。
 
 そして、なんと皇太子が口を開けた。
 
 開いた口にエラルドがエビを入れるとぱくり、と食べた。
 無表情で口を動かす皇太子を周囲が息を呑んで見守る。
 
 飲み込む音が聞こえる。

「不味い」
「あれ? そうですか? じゃあこっちの……」
「……っもう良い! 食べれば良いのだろう。スープ以外は食べる」

 皇太子が椅子にどかりと座った。
 天然は恐ろしい。
 恐ろしいがなんとかなったらしい。

 なったらしい安心感ゆえか、思考が明後日の方向へ向いていく。

 私は何を見せられた?
 推しの爽やか好青年が俺様超絶美形にあーんして、ついでにフォークで間接キスしたの?
 ちょっと巻き戻してもう1回見せて欲しい。
 
 私はどう考えても他の人たちとは違う意味でフリーズして、2人を見つめていた。

 すると、こちらを見た皇太子が子どものように口をへの字に曲げた。

「お前も何か言いたいことがありそうだな」

 はい、今の萌えだったのでもう1回お願いします。
 とは言えまい。

 私はさも落ち着いて経緯を見ていたかのように、穏やかに笑って首を振った。

「すでに顔に『さすがにやりすぎた』と書いてある。改めて何か言う必要もないだろう。そうだな、あえて言うのならば『まずい』ではなく『私の口に合わない』と言った方が言われた側の苛立ちがマシになる」

 イラつきはする。

 私は指先を動かし、本日2度目になる詠唱をした。
 魔術の光は皇太子が割った器の破片とスープを包み込む。

「見極めは終わったか?」
「……何?」

 私は意識してそれっぽく見えるように、格好つけて皇太子に近づいた。
 呼応するように光が私の手元までやってくる。
 そしてそれが消えると、私の手には元のままの器に入ったスープがあった。

 当然床も元通りである。

 一度落としたスープなので流石に飲めはしないのだが、感嘆の声が聞こえる。
 エラルドもネルスもポカンと口を開けていた。

「立場を顧みず自分を諌めてくれるような人間を探していたんだろう? でも、こんな事は早めに切り上げないと、せっかく見つけた忠臣の心がお前から離れていってしまうぞ」

 皇太子はただ単に癇癪を起こしていただけだと思うが、本当に考えがあるかのように言ってやる。
 アンネの時も今回も、諌められれば聞く耳を持ち、時間が経つにつれ落ち着いていく様子が伺えた。

 恐らくだが怒りの感情のコントロールが絶望的に下手なのだろう。
 まだ15歳だ、そんなこともある。

 しかしそんなこともあるで済まされない立場だ。

 皇太子は一瞬瞳を泳がせたが、わざわざ否定してこない。
 散々な姿を見られている自覚があるのだろう。
 私の話に乗った方が格好がつくと判断したようだ。
 全くもって世話の焼けるお子様だ。

「も、申し訳ございません! 殿下のお心を測りかねて大変失礼なことを申し上げました!」

 私の言葉に対する皇太子の沈黙を肯定と受け取ったネルスが深々と頭を下げた。
 そのことで、この場にいる人間には「皇太子の暴虐無尽な振る舞いは忠臣を選定していた」という共通認識が確定した。

「……いや、構わない。お前の言うことは正しかった。ネルス・クリサンセマム、覚えておく」
(しゃあしゃあとよく言うわ)

 何事も無かったかのように尊大な態度の皇太子に笑えてきた。

 ネルスはそんな皇太子の言葉が嬉しいようで、いつにも増して瞳が輝いているように見える。かわゆい。
 頑張ったもんね。

 今回のもう一人の功労者エラルドは、お気に入りの豚肉ステーキを指差し普通の友だちにするように皇太子に薦めていた。

「これが、すごく美味しいんですよ皇太子殿下。是非食べてください。そして褒めてあげてください」
「お前はこれが好きなのか?」
「はい!」
「……では先程のエビの礼だ」

 先程までの激情はどこへやら、別人のように淡々と喋る皇太子が肉にフォークを突き刺した。
 そしてエラルドに差しだす。

 エラルドはキョトンと瞬いたが、すぐににっこりと笑うと嬉しそうにそれを口に入れた。
 
 ガシャ――ン!!
 
 あまりの尊さに、私はせっかく元に戻したスープの皿を再び床の上に落としてしまったのだった。


 少女漫画や乙女ゲームではなく

 BL的世界に飛んできた!?
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