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第二章

お花とかどうだ?

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 陛下の許可を貰って、アレハンドロと2人で城下町まで出掛けられることになった。
 でもやっぱり護衛はこっそり邪魔にならないようについてくるらしい。仕方ないな。

 町へ行くための馬車に乗りアレハンドロと2人きりになると、私は大きく胸を撫で下ろす。

「皇帝陛下の前で雷を落とされなくてよかった……」

 いつも私に対して穏やかな表情ばかり見せているデルフィニウム公爵から怒りというか、躾けなければのオーラが出ているのを感じて冷や汗をかいた。

 当然といえば当然なのだが慣れていないから。なんせ怒らせるようなこと基本的にはしないからな。
 弟や妹はびっくりするくらい父にも母にも教育係にも叱られているけど。

 嘘、びっくりしない。毎日毎日同じことで叱られてなんぼだ子どもなんて。

「貴様でも父親には頭が上がらないのか」

 目の前にいるアレハンドロが憎たらしい表情でニヤニヤしている。顎に手を添えて、弱点を見つけたとでも言いたそうな顔だ。
 アレハンドロの癖に。なんだか悔しい。

「うるさい。普段はあんなボロは出さないし叱られることもないんだ。お前だって皇帝陛下の前では恐ろしい猫被りじゃないか誰ださっきのは」

 大人しく静かで、始終穏やかな物腰で話していた。
 デルフィニウム公爵に敬語だったので、彼が逆に慌ててしまったくらいだ。それに対しては、

「今日は家臣としてではなく、友人のお父上として接したいと思っております。わざわざお越しいただきありがとうございました」

 ときた。本当に誰だお前。

「私のおかげで助かったんだろう。感謝しろ」

 確かに、アレハンドロが「私が学友としてそう呼んでほしいと言っている」と伝えてくれたので、父の説教を聞かずに済んだのだが。

 私が勝手にいきなり呼び捨てにしたなんて真実は伝えられない。
 
 賑わう城下町に着いて2人で並んで歩いていると、やっぱり目立つ。
 仕方ないけどアレハンドロと居るとどこでも目立つ。

 貴族的な服装は、この辺りは貴族が出入りする店も多いので特に問題はないのだが。
 テレビや写真がないので地方に住む人たちは貴族ですら一部しか知らないが、流石に王都の城下町の人々は皇太子の外見の特徴を知っている人が多いだろう。

 銀の長髪に褐色肌。
 銀髪も長髪も褐色肌も別に珍しくはないのだが、全部揃うとなかなか居ないのだ。
 
 道ゆく人が振り返っていく。
 そしてヒソヒソと何か言い合っているようだ。

「お前はいつも大変だな」
「貴様も自分の領ではこんなものではないのか」
「お生憎様。私の領はもっと気さくに話しかけてくる人が多いんだ」
「人望があるな」
「どちらかというと土地柄だ」

 そんな風に言い合っていると、前方にちょっとした人集りが出来ているところがあった。
 トラブルの予感がするのでこのまま回れ右をしたい。

「だーかーらー!後これだけだから見逃してくれってー!」
「規則は規則だ!昨日までという届け出だっただろう!いくらお前でも見逃すわけにはいかない!」
「じゃあ兵士のお兄さんが買ってくれよー!頼むー!」

 少年と大人の男性が騒いでいるような声がする。
 私はすぐ通り過ぎてしまおうと思っていたのだが、やはり気になりすぎてちょっと覗こうかなとアレハンドロの方を見た。

 居ない。

 嘘だろどこ行った!?さっきまで隣にいたのにやっぱり2歳児なのか!?

 私が慌てて周囲を見渡すと、

「何があった」

 人だかりの中心に瞬間移動していたらしい。
 
 年齢は20代くらいだろうか。
 青色の軍服を着た見回り兵士のお兄さんは当然驚いて口をぱくぱくさせている。

「え、あ、え!?ど、どうして貴方様が」
「私のことはいい。同じ質問をさせるつもりか?」

 いつも通りの尊大な態度で腕を組むアレハンドロに、兵士のお兄さんはビシッと音が鳴りそうなほど背筋を伸ばした。

「い、いえ! 失礼いたしました! 実は……」
「お! 貴族のお兄さんか!? 丁度良かった! 彼女やお母さんにお花とかどうだ?」

 なかなか最後まで話をさせてもらえない兵士さんだ。

 相手が誰か分かっていない様子で元気に話しかけているのは、麦わら帽子からオレンジ色の短い髪が覗いている少年だった。

 12、3歳だろうか。
 頬の絆創膏、健康的で真っ黒な肌。
 黒いノースリーブから少し見えている肌の色は出ている部分に比べて白いので、日焼けをしているようだ。いかにもわんぱく小僧という雰囲気の少年である。

 どうやら、花の露店を開いていたのを咎められているらしい。
 会話から察するに、店を出す許可を昨日までしかとっていなかったのに今日も店を開いてしまっていたのだろう。
 それはまぁ、ダメだとしか言いようがないだろうな兵士のお兄さんも。
 
 少年のダークブラウンの大きい目が、アレハンドロを見つめている。
 見つめ返している深緑の目が細められた。

「私に言っているのか」
「そう! 綺麗だろ? あ! 美男だからお兄さんの髪に飾っても似合うぜ!」

 明るい笑顔と声で水の入った器に挿してあった赤い花をアレハンドロに差し出している。
 全く物怖じする様子がない。

 おそらくこの国の皇太子のことを知っている大人たちは心の中で叫び声を上げているに違いない。
 兵士のお兄さんが真っ青な顔でわなわなと唇を震わせ、少年の首根っこを掴んだ。

「おおおおお前!このお方は……!」
「いや、いい」

 アレハンドロは再び言葉を遮り、人だかりを掻き分けながら近づく私の方を見た。

「おいシン。デルフィニウム邸に飾ってある花は足りているか?」
(普通に足りているが?)

 自分が自由に出来るお金がないからってこっちに急に話を振るんじゃない。

 だいたい勝手に側を離れて勝手に何をしているんだ!危ないだろう!

 説教したいところであったが、そんなことより少年が期待の眼差しを今度はこっちに向けていた。
 このキラキラおめめは裏切れない。

 私は並んでいる色とりどりの花を見た。

「後これだけ」とは言っていたが大きな花束を10束は作れそうな量なんだが。

「……そうだな。じゃあそこにある分、全部貰おう。そうすれば店仕舞い出来るだろう」

 一瞬迷ったけれどやっぱり格好つけることにした。余裕で買えるし家は広いから置き場所もあるはずだ。

 ごめんメイドさん執事さん、なんとかしてください。

「やったー!ありがとう金髪のカッコイイお兄さん!これで買いたい本全部買えるぞー!」

 本。
 その感じで買いたいものが本。

 文字通り飛び跳ねながら喜ぶ少年の意外性が微笑ましい。
 人は見かけで判断できないな。
 かわいいから好きな本なんでも買ってあげたくなってしまう。

 我慢。
 
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