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第二章

男で良かった

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 さて。
 なんだかんだと1年生が終わろうとしていた。
 もうすぐ春休みになる。
 
 剣術大会はバレットの優勝で無事終了した。
 その後のダイジェストをご紹介しましょう。
 
 バレットは表彰されている間もいつもの無感情そうな顔をしていた。
 が、式が終わった後に木製の表彰楯を見つめる姿は年相応で可愛く見えた。

「嬉しいな?」

 と聞くと、

「ああ。1番は気分がいい」

 と、素直に答えてくれた。
 剣を握っている時はすごい圧を感じたのに、そうじゃない時は普通に可愛いんだよな。
 正直すぎてデリカシーはないけど。
 
 エラルドは悔しかったに違いない。
 しかしずっといつも通りの彼だった。

 どうやら、大会のスポンサーになっている貴族だか豪商だかが決勝戦にいたく感動したらい。
 今回は特例で準優勝は授業料1年分免除か賞金を貰えることになった。

「優勝したら授業料3年間免除ですよね? 来年優勝するので賞金にしてください」

 そう笑顔で言い切ったエラルドカッコ良すぎる。
 間違いなくあの場のおじさんたち全員のハートを射止めた。

 一瞬、バレットと視線がバチってたのも、また良い。
 
 そしてその後、大会の参加者や来賓の方々によるパーティーが開かれたのだが。

 私を含め出場者は様々な方面で有力なおじさんたちに、娘さんを婚約者にとめちゃくちゃ紹介された。
 かわいいお嬢さん方には申し訳ないが、とても面倒だった。

 最も貴族に人気だったエラルドが、

「婚約者がいるので」

とニコニコとお断りしているのが羨ましすぎた。
 その婚約者! 3歳です! いやもう4歳かな! と腹いせに叫びたかった。

 対して騎士階級の皆さんに取り囲まれたバレットは、

「兄にも婚約者がいないので順番的にまだです」

とリルドットに全振りするという荒技を見せていた。

「後で覚えてろよ」

 と低い声で自分より背の高い弟の肩を叩いたリルドットは、次々とやって来るおじさんたちを言葉巧みにあしらっていた。

 そして。
 剣術大会とは全然関係ないのに、父親のクリサンセマム侯爵と一緒に参加していたネルスは直接お嬢様方に取り囲まれていた。
 体育会系より文化系の方が好きなお嬢様だっていっぱいいるよね。

 人見知りを発揮して始終真顔になってしまっているネルスが面白すぎて、申し訳ないけど助けずに眺めてしまった。
 クリサンセマム侯爵も私と同じような表情で眺めていた。

 するとそこに女騎士ジル先輩が現れる。そしてなんと、

「お嬢様方、申し訳ない。私もそちらの可愛らしい人と話をしても?」

 と、颯爽とネルスを助けてしまった。かっこいい。
 しかもその後は安全圏と判断したらしいアレハンドロのところへネルスを連れて行き、自分は女の子たちの方に戻ってモテモテだった。一番モテてた多分。

 ジルはドレスではなくバレットたちのような軍服スタイルだったため、「見た目が少女漫画BLすぎる」と呟いてしまったよ。
 話しかけてきてるおじさんに「え?」て顔をされた。

 私はというと、公爵家というのもあってあまり直接的にグイグイこれなかったらしい。
 笑顔でテキトーに社交辞令を述べテキトーに相槌を打ちテキトーにずらかることが出来た。
 それでも途中から面倒になりすぎて、

「父にご相談ください」

 て言って逃げてしまった。
 ごめんねデルフィニウム公爵。
 
 個人的にパーティーで一番面白かったのは、1回戦で試合した先輩、ブーゲンビリアであった。

 例に漏れずおじさんたちに声をかけられていたのだが、なんとその中にパトリシアの父親がいた。
 話しかけられすぎてイライラしていたらしい彼が、

「今はまだそういうの考えてねぇっつってんだろ!」

 とガルガル怒鳴ったおじさんの隣にドレスアップしたパトリシアがいた時の話は、エラルドと2人で一生笑えると思う。
 お決まりすぎて。

 その後しどろもどろになりながらも、ちゃんとパトリシアにお名前聞けてた鋼のメンタルも賞賛する。
 


 
 
 パーティーの終わりの方のこと。
 私はバルコニーに出ていた。
 夜の星は相変わらず美しい。
 春の舞踏会を思い出す。

 あの時とは違い外用のコートがないと寒いので、自分の周りに温度変化の魔術を施していた。なんて便利なんだ。

 普段はなんとなく、我慢できるならした方がいいかな、一応魔力も消費するしって貧乏性を発動しているのだが。
 今は疲れているからもういい。

 かわいい女の子が直接好意を向けてくれるならともかく、下心のあるおじさんたちの相手は疲れることこの上ない。

 私の身分が高すぎるだけで他の子にはそうでもなかったかも知らないんだけど、「あわよくば妾でも良いから」感だして声かけてくるおじさん多すぎなんだよ娘をなんだと思ってんだ。
 強く来られなくてもイラつく。

 せめてデルフィニウム公爵や皇帝陛下くらいの顔面になって出直してきてくれ。それなら話の内容は聞き流してあげなくもなくもない。
 いや無理イケオジでも無理。
 
 手すりに肘をついて溜息をついていると、人が隣にやってくる気配がした。

「シン、貴様にしては随分と仏頂面だな?」

 爽やかな青色の衣服を身に纏ったアレハンドロの微笑がこちらを見ていた。
 長い銀色の髪が風になびく。

「……目の保養……」

 本当に、毎日見ていても奇跡的に整って綺麗な顔だ。
 
 良い。顔がいい。本当に良い。疲れてる時にイケメンはとても良い。
 私はアレハンドロにも暖をとる魔術を掛けて頬杖をつく。

「なんで皆、結婚やら愛人やらを勧めてくるんだ……本人の勝手だろ」

 遠くを見つめてボヤくと、体が暖かくなって目を丸くしていたアレハンドロが鼻で笑う。
 手すりに背中を預けた姿勢で腕を組んだ。

「結婚は相手が決まるまで言われ続けるぞ。決まっていても側室の話も来るが……」

 誰だよ16歳に無駄な争いの種を撒かせようとしているのは。
 そんなん子どもが出来なかった時に考えればいいでしょうそれでもどうかと思うのに。

 冗談を言っていないとやってられなかったので敢えて笑って答える。

「まだ結婚もしてないのにか。ならうちの妹とかどうだ? この世界で一番かわいいぞ」

 世界一可愛いのは冗談ではない。私にとってはこの世界では一番かわいい女の子だ間違いなく。
 客観的に見ても相当可愛いと思う。
 あ、これ親バカが言うやつ。

「それならばラナージュの方が側室になるぞ」

 確かに、公爵家の令嬢が側室なんて有り得ない話だからな。
 実際に皇太子の婚約者候補に上がってはいたようなのだが、ラナージュが優秀なのが有名すぎてすんなり決まったらしい。

「ラナージュ嬢を側室になんて贅沢だな」

 私の言葉を聞いているのかいないのか、アレハンドロは顎に手を添えて夜空を見上げて言う。

「女だったら婚約者は貴様だったかもしれないな」

 めっちゃありそう。
 絶対嫌だ。

『子持ち腐女子、精神年齢2歳のワガママ皇太子の婚約者になったので転移先でも育児してます』とか絶対に嫌だ。

「心底、男で良かったよ」
「何が不満だ」
「不満しかないが」

 自己肯定感がエベレスト級すぎる。
 皇太子という立場が重荷なんだろうなと感じる時もあるのに、すごい自信家なところもあってなんだか不思議だ。
 皇帝になるような人はこんなもんなのか。

 私は少し意地悪してやろうと、アレハンドロの方をじぃっと見る。

「私は私のことだけを好きな人がいい」

 お前は他の女の子を好きになるから嫌だと言外に言ってやる。
 意図を汲み取れたらしいアレハンドロの表情と声が真面目な色を帯びた。

「……春休みに入ったら、陛下に相談すると決めた」
(おお!)

 けしかけておいてなんだが、勇気も要るし、例え皇帝でも1人で是非を決められないような問題だろうに、よく決心したものだ。
 若いって素晴らしい。

 感動する心とは裏腹に、口から出てくる言葉はついついふざけてしまう。

「私と結婚したいのか?」
「こんなに良い男2人が結婚したら世の女が泣く」

 いや私なら喜ぶ。
 茶化すなと怒らないのは私のノリに慣れたからだろう。初めは怒鳴られることもあったというのに成長だ。
 ふざけた後に、改めてアレハンドロは真剣なトーンで話を進める。

「皇后になるのに、生まれは関係ないはずだ。皇帝を公私共に支えられる能力が有れば良い」

 途方もなく高い能力が求められているな。

「ちゃんと婚約解消してから口説きに行けよ」
「そのつもりだ」

 アレハンドロは私の目を見てはっきり言い切った。
 
 無駄な揉め事が無いように順番は大切だ。
 皇帝と皇太子がどうこうという難しいところについては興味がないので正直よく分からないが、それは分かる。

 婚約解消は相当大変なことだが、ラナージュの感じからすると当事者達の精神面は問題無さそうだ。
 後は大人の事情のみだ。ま、それは大人が解決すれば良い。
 
 私は目を細めて口に弧を描く。
 そして、ぽん、と肩を叩いた。

「卒業するまでにどうにもならなかったら、改めて妹を紹介しよう」
「貴様が兄になるのが唯一の欠点だな」

 嬉しいくせに。
 
 私達は目線を合わせて笑い合った。
 
 でもまぁその時、私はもう居ないんですけどね! 

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