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第20話剣を打つ
しおりを挟む集中力が増していくとともに、周囲の雑音が段々と聞こえなくなっていく――――
水瓶の中の水に薄く打ち延ばし、赤熱化した玉鋼を入れて急冷する。
こうする事で、硬い部分が自然と砕けるのだと師匠が言っていた。
前世の知識で言うと、確か炭素が多いんだったかな?
薄い煎餅状になった玉鋼を小槌で約2㎝程の大きさに『小割り』し、ここで鋼の炭素量をカンと経験を頼りに見極める。
炭素が少ない柔らかい鉄は割れにくく、逆に炭素量が多い硬い鉄程直ぐに割れる。
炭素が多く硬い鉄は『皮鉄』と呼ばれる刀の刃と外装部分に用い、炭素が少なく柔らかい鉄は『心鉄』と呼ばれる刀の中心部分に用いる。
選別した玉鋼を別けて積み上げて、1300度以上に熱した火床で溶かす。
これを『積み沸かし』と言い、中央には不純物の少なく炭素の多い良質な鉄を配置し、周囲には鉱滓と言うリンや硫黄と言った、鉄を脆くする不純物の混じった鉄を配置する。
こうしないと火花の中に炭素が抜けてしまうからだ。
炭素が抜けた鋼は脆く粘りなんかもない。
リンや硫黄を先に化学反応させる。
小割りした鋼を積み終わったら、水で濡らした和紙……は無いので布や藁、パピルスで縛り付け固定する。
どうせ藁灰や泥汁をかけるのだから、一緒だ一緒。
こうする事で、鋼と空気の間を遮断し鋼自体が燃えることを防止し、鋼への熱の伝わりも良くなって沸しの効率が良くなる。
鋼が火の中で赤く染まり、沸き立っていく。
取り出すとパチパチと閃光花火の様に火花が飛び散る。
これが取り出す頃合いの合図だ。
火床から融解した鋼を取り出す。
火花で手を火傷してしまうが、痛みや暑さを無視し、融解度合いを槌で叩いて確認する。
カンカン! カンカン!
「よし! 上手く行った」
珠の様な汗が、額から眉毛、頬から顎先へつぅーっと滴り落ちる。
熱い空気で肺を傷めないよう、浅く速く鼻を使って呼吸する。
僅かな動きで汗が目に入り染みるが、炎によって目の表面が乾燥し、日焼けしている事に比べれば、どうと言うことは無い。
槌を振り上げ、赤く赤熱化した玉鋼を叩く。
その度に火花が飛び散り火傷を負うが、そんな些末な事を気にしていては刀鍛冶にはなれない。こうして飛び散る火花も先ほどの熱する段階と同じく、不純物が多く含まれているからだ。
何度か打ち付けていると玉鋼が冷めてくるので火床へ戻し赤く熱せられるまで温める。
その姿をひと時たりとも見逃さないように注視して、鍛錬を行うタイミングを見計らう。
火床から取り出せば、直ぐに打つ。
カンカン! カンカン!
玉鋼は高い鍛錬の技術を求められる。
鋼の状態を注意深く見て、その声を聞きながら、打つ場所も強さも調整しなければならない。
火花を散らしながら炎上げる玉鋼を平たく打ち延ばし、板チョコの様な溝をV字型の包丁で切れ込み作り、二枚に折り返す。
この『折り返し鍛錬』と呼ばれる行為を何度もする事で、層が重なり硬く頑丈になる。
この時に同一方向に折り曲げ続ける『一文字鍛え』と、縦横交互に折り曲げる『十文字鍛え』があるが、どっちにするかは好みの問題だと師匠は言っていた。
一応流派としては一文字鍛えなので俺も基本は一文字鍛えだが、折り返しの方法はこうしろ! と鋼が呼びかけた気がした。
『十文字鍛え』
凛とした芯を感じる女性の声が聞こえた気がした。
(分かった従おう! 十文字鍛えだな!)
まずは横に折り、次に縦に折る。これを繰り返す。
この鍛錬方法だけが、この鋼の特性を活かす唯一の方法だと、鋼が告げていると感じたからだ。
この作業はミルフィーユやパイ生地を作るのに似ている。
鋼は内部と表面で性質が異なるだから、上手く混ぜるために伸ばした鋼を二つに折って鍛接する。
折り返す度に、鋼には層が形成される事になる。10回の折り返しで1000層を優に超えるそれを、皮鉄は約15回、心鉄は約8回ほど『折り返し鍛錬』を行う。
適切な炭素量と十分な層が、日本刀独特の強靭さを生み出す。
これも多過ぎれば硬すぎて脆い、『鍛え殺し』の状態になってしまう。
そのためにも折り込み一回ごと、鋼の状態を注意深く観察し続けなければならない。
火床で燃え盛る炎の熱波が俺の肌をジリジリと焼く。
炭の爆ぜる音、鋼がフツフツと沸く音に耳を澄ませる――――
まるで雄弁に語り掛ける弁舌家のように、鍛冶場全体が俺に語り掛けてくるようだ。
「ぐ――――!」
俺は滝のような汗をかきながら玉鋼を槌で打つ。
全身の力を振り絞り、文字通り魂を込めて槌を振う。
使い手の使う姿、そして剣の有りようを想像する。
そのイメージを強く持ち、繰り返し打ち延ばす事で、より強い剣を作る事が出来ると俺は信じているからだ。
カンカン! カンカン!
折り返した芯鉄を炉に戻すとゴウゴウと火が猛る。
それを見て出た感想は「まるで喜んでいるようだ」と言う物だった。
フッと笑みがこぼれ、思わず槌を振う手にも思わず力が入ってしまう。
(いかんいかん、平常心を保て、折り返し地点だからこそクールになれ!)
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