婚約破棄されたので、慰謝料で「国」を買うことにしました。~知識ゼロの私ですが、謎の魔導書(AI)に従ったら、いつの間にか王家のオーナーに~

ジョウジ

文字の大きさ
4 / 10

第4話:奇跡のパンと黒い噂

しおりを挟む
 それから数日後。  王都の商店街に、異変が起きていた。

「最後尾はあちらです! 割り込みは厳禁ですよ!」 

「ここのパンを食べなきゃ、一日が始まらねぇ!」

 早朝から長蛇の列が出来ていたのは、先日私が融資をしたパン屋『麦の穂亭』だった。

 店先には、焼きたての香ばしい匂いが漂っている。かつて閑古鳥が鳴いていたのが嘘のような盛況ぶりだ。

 私は通りの向かいにあるカフェのテラス席から、その様子を眺めていた。優雅に紅茶を啜っているように見えるだろうが、内心では安堵で胸を撫で下ろしている。

 (よ、よかったぁ……! 読み通りに繁盛してくれたわ!)

 ジェミニの計算によれば勝算はあったものの、商売に絶対はない。もし失敗していたら、私の虎の子の資金が焦げ付くところだった。カップを持つ手が、小刻みに震えるのを必死に抑える。

「……すごいな」

 向かいに座る護衛役のアルド様が、感嘆の声を漏らした。

「最高級の小麦を使いながら、薄利多売で回転率を上げる。味の良さが口コミで広がり、今や王都一番の人気店だ。君の目は確かだったようだね」 

「当然ですわ。私の『投資』に間違いはありませんもの」

 私はツンと澄まして答えた。本当は、毎日ジェミニに「今日の売り上げ予測は!?」と問い詰めていただけなのだけれど。

 その時、広場の空気が変わった。人混みを割って、派手な馬車が乗り付けてきたのだ。

 降りてきたのは、見覚えのある――というか、一番見たくない二人組だった。

「何事だ、この騒ぎは! 通行の邪魔だろう!」

 カイル殿下だ。隣には、今日も今日とてミナがへばりついている。二人は行列を見ると、不愉快そうに顔をしかめた。

「まあ、カイル様。見てください、あのパン。真っ白でふわふわですわ」 

「ふん、平民の分際で生意気な。贅沢は敵だということがわからんのか!」

 カイル殿下が大声で怒鳴ると、並んでいた客たちがビクリと肩をすくめた。店の奥から、パン屋の親父さんが蒼白な顔で飛び出してくる。

「も、申し訳ございません殿下! すぐに列を整理させますので……!」 

「黙れ! そもそも、こんな時期に高級な小麦を使うなど言語道断だ! 愛国心があるなら、小麦は王家に献上し、貴様らは泥水でも啜って耐え忍ぶべきだろう!」

 理不尽極まりない暴言。

 ミナも「そうですぅ! 我慢こそ美徳ですぅ!」と無責任に同調している。

 親父さんが絶望したように膝をつくのを見て、私の頭の中で何かが切れる音がした。

 (……あのバカ王子、また私の投資先を潰す気!?)

 恐怖よりも、損害への怒りが勝った。私はカップをソーサーに叩き置くと、椅子を蹴って立ち上がった。

 アルド様が止める間もなく、私はカツカツとヒールを鳴らして現場へ向かう。

「あら、奇遇ですわね殿下。こんな庶民的な場所にお買い物ですか?」 

「セ、セレスティア!? なぜ貴様がここに!」

 私が扇子を広げて立ちはだかると、カイル殿下は露骨に嫌な顔をした。

「営業妨害はおやめください。この店は、私の『大切なお得意様』ですの」 

「はんっ、守銭奴め! 貴様が裏で糸を引いていたのか。平民に贅沢をさせ、堕落させるなど……王族への反逆にも等しいぞ!」 

「贅沢? 堕落? ……ふふっ、相変わらず経済というものがわかっていらっしゃらないのね」

 私は鼻で笑ってやった。周囲の民衆が、固唾を飲んで私たちを見守っている。

「いいですか、殿下。彼らがパンを買い、店が儲かれば、より多くの小麦が売れます。農家も潤い、運送業者も潤う。そして何より――」

 私は扇子で殿下の胸元を指し示した。

「彼らが稼いだお金は、巡り巡って『税金』として王庫に入るのですわ。殿下がその派手な服を買えるのも、ミナ様にお菓子を貢げるのも、全て彼らが経済を回してくれているおかげ。感謝こそすれ、邪魔をするなど恩知らずもいいところですわよ?」

「な、なにい……っ!?」

 正論という名の平手打ちを食らい、カイル殿下は顔を真っ赤にして絶句した。  

 ミナが「む、難しい話はわかりませんけど、カイル様をいじめないでください!」と甲高い声を上げるが、周囲の民衆からの視線は冷ややかだ。

 彼らはもう、気づき始めている。誰が自分たちの生活を守ろうとしてくれているのかを。

「くっ、覚えていろ! この借りは必ず返すぞ!」 

「ええ、お待ちしておりますわ。借用書の利息と一緒に」

 捨て台詞を吐いて逃げ去る殿下たちを、私は冷ややかな笑顔で見送った。馬車が見えなくなった瞬間、ドッと歓声が沸き起こった。

「すげぇ! あの王子を言い負かしたぞ!」 

「あのお嬢様、口は悪いけど頼りになるな!」 

「稀代の悪女? いや、俺たちにとっちゃ福の神だ!」

 パン屋の親父さんが、涙目で駆け寄ってくる。 

「オーナー! ありがとうございました! 一生ついていきます!」 

「ち、近寄らないで! 粉がつくじゃない!」

 私は扇子で顔を隠し、後ずさる。まただ。この熱烈な感謝の視線。  胸がざわつき、顔が熱くなる。

 (……調子が狂うわ。私はただ、自分の利益を守っただけなのに)

 逃げるようにカフェに戻ると、アルド様が優しく微笑んでいた。

「お見事でした、セレスティア嬢」 

「……皮肉ですか?」 

「まさか。君は、王族が忘れていた『ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)』を、誰よりも理解している」

 アルド様の真っ直ぐな瞳に見つめられ、私は言葉を詰まらせた。

 違う。私はそんな立派な人間じゃない。

 ただ、死にたくないだけ。推しを死なせたくないだけ。

 でも、そうやって必死に足掻くことが、結果として誰かを救っているのなら――それは、悪い気分ではないかもしれない。

 私は赤くなった顔を誤魔化すように、冷めた紅茶を一気に飲み干した。

「……行きますわよ、アルド様。次は商工会へ向かいます」 

「商工会へ? 何をしに?」

 私はニヤリと笑った。パン屋の成功は、ほんの始まりに過ぎない。

 この国の経済を牛耳るためには、もっと大きな組織を手に入れなければ。

「『銀行』を作るのよ。この国中の現金を、私の管理下に置くためにね」

 震える足に力を込め、私は新たな戦場へと歩き出した。背中には、アルド様の頼もしい足音が続いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

追放先の辺境で前世の農業知識を思い出した悪役令嬢、奇跡の果実で大逆転。いつの間にか世界経済の中心になっていました。

緋村ルナ
ファンタジー
「お前のような女は王妃にふさわしくない!」――才色兼備でありながら“冷酷な野心家”のレッテルを貼られ、無能な王太子から婚約破棄されたアメリア。国外追放の末にたどり着いたのは、痩せた土地が広がる辺境の村だった。しかし、そこで彼女が見つけた一つの奇妙な種が、運命を、そして世界を根底から覆す。 前世である農業研究員の知識を武器に、新種の果物「ヴェリーナ」を誕生させたアメリア。それは甘美な味だけでなく、世界経済を揺るがすほどの価値を秘めていた。 これは、一人の追放された令嬢が、たった一つの果実で自らの運命を切り開き、かつて自分を捨てた者たちに痛快なリベンジを果たし、やがて世界の覇権を握るまでの物語。「食」と「経済」で世界を変える、壮大な逆転ファンタジー、開幕!

どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」 「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」  私は思わずそう言った。  だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。  ***  私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。  お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。  だから父からも煙たがられているのは自覚があった。  しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。  「必ず仕返ししてやろう」って。  そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

絞首刑まっしぐらの『醜い悪役令嬢』が『美しい聖女』と呼ばれるようになるまでの24時間

夕景あき
ファンタジー
ガリガリに痩せて肌も髪もボロボロの『醜い悪役令嬢』と呼ばれたオリビアは、ある日婚約者であるトムス王子と義妹のアイラの会話を聞いてしまう。義妹はオリビアが放火犯だとトムス王子に訴え、トムス王子はそれを信じオリビアを明日の卒業パーティーで断罪して婚約破棄するという。 卒業パーティーまで、残り時間は24時間!! 果たしてオリビアは放火犯の冤罪で断罪され絞首刑となる運命から、逃れることが出来るのか!?

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

【完結】悪役令嬢の断罪から始まるモブ令嬢の復讐劇

夜桜 舞
恋愛
「私がどんなに頑張っても……やっぱり駄目だった」 その日、乙女ゲームの悪役令嬢、「レイナ・ファリアム」は絶望した。転生者である彼女は、前世の記憶を駆使して、なんとか自身の断罪を回避しようとしたが、全て無駄だった。しょせんは悪役令嬢。ゲームの絶対的勝者であるはずのヒロインに勝てるはずがない。自身が断罪する運命は変えられず、婚約者……いや、”元”婚約者である「デイファン・テリアム」に婚約破棄と国外追放を命じられる。みんな、誰一人としてレイナを庇ってはくれず、レイナに冷たい視線を向けていた。そして、国外追放のための馬車に乗り込むと、馬車の中に隠れていた何者かによって……レイナは殺害されてしまった。 「なぜ、レイナが……あの子は何も悪くないのに!!」 彼女の死に唯一嘆いたものは、家族以上にレイナを知る存在……レイナの親友であり、幼馴染でもある、侯爵令嬢、「ヴィル・テイラン」であった。ヴィルは親友のレイナにすら教えていなかったが、自身も前世の記憶を所持しており、自身がゲームのモブであるということも知っていた。 「これまでは物語のモブで、でしゃばるのはよくないと思い、見て見ぬふりをしていましたが……こればかりは見過ごせません!!」 そして、彼女は決意した。レイナの死は、見て見ぬふりをしてきた自身もにも非がある。だからこそ、彼女の代わりに、彼女への罪滅ぼしのために、彼女を虐げてきた者たちに復讐するのだ、と。これは、悪役令嬢の断罪から始まる、モブ令嬢の復讐劇である。

処理中です...