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第5話:ボロボロの英雄
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パン屋への融資から一週間。
私は王都を駆けずり回っていた。
「銀行」を設立するためには、信用と、何より莫大な準備金が必要だ。カイル殿下から巻き上げた3億5千万(の債権)だけでは、国家規模の経済を動かすには心許ない。
「……はぁ。さすがに足が棒になりそうだわ」
夕暮れ時。商工会とのタフな交渉を終え、私は馬車の中で小さく弱音を吐いた。 隣には、今日も一日中護衛をしてくれたアルド様がいる。
「お疲れ様、セレスティア嬢。少し休むといい」
「すみません、アルド様まで巻き込んでしまって……」
「気にするな。君を守るのが私の任務だ」
彼は穏やかに微笑むと、腰の剣帯を直そうとした。
その時だった。
カチャリ、という金属音と共に、彼の剣の鞘の一部が剥がれ落ちたのだ。
「あ……」
「おっと、失礼」
アルド様は慌ててそれを拾い、隠すように背中へ回した。けれど、私は見てしまった。鞘だけではない。彼が身につけている鎧の留め具は錆びつき、革ベルトは擦り切れ、マントの裾はほつれている。
近衛騎士団長という要職にある彼が、なぜこれほど粗末な装備を身につけているのか。
「……アルド様」
「なんだい?」
「その装備……修理には出されていないのですか?」
私が恐る恐る尋ねると、彼は困ったように視線を逸らした。
「……予算が降りないんだ。カイル殿下の……いや、王家の出費がかさんでいるため、騎士団への支給品は数年前から滞っている」
「そんな……! 命を守るための装備でしょう!?」
「清貧こそ騎士の誉れだ。それに、まだ使える。私の腕があれば、多少の不備はカバーできるさ」
彼は冗談めかして笑った。でも、私には笑えなかった。
『戦死確率98%』
ジェミニが告げた絶望的な数字が、脳裏をよぎる。
そりゃあそうだわ。こんなボロボロの装備で、どうやって魔獣や敵軍と戦えと言うの?彼の強さに甘えて、国は彼を使い潰そうとしている。
(……許せない)
怒りで身体が震えた。王家に対してではない。何も知らず、ただ「推しが尊い」などと浮かれていた、かつての自分自身に対して。
「……ごめんなさい」
気づけば、言葉が漏れていた。
「え?」
「私が……もっと早く気づいていれば。無力な私が、ただ見ているだけだったから……」
涙が溢れて止まらなかった。推しのグッズを買って喜んでいたけれど、本人がこんなに苦しい思いをしているなんて。私が守りたかったのは、キラキラした彼の笑顔だけじゃない。泥臭く生きる、彼そのものなのに。
「セレスティア嬢……?」
アルド様が驚いて、ハンカチを差し出してくれる。そのハンカチもまた、使い古されて色褪せていた。その優しさが、今はただ痛い。
(泣いている場合じゃないわ)
私はハンカチを受け取らず、自らの手で涙を乱暴に拭った。悔しさは、行動に変える。それが私の、今の生き方だ。
「ジェミニ」
『はい、マスター』
私は小声で、懐のスマホに問いかけた。
「騎士団の装備を納入している業者はどこ?」
『検索結果を表示します。……「ゴルド商会」。王家御用達の大手商会ですが、近年、軍需物資の独占販売権を利用して価格を吊り上げているという黒い噂があります』
ゴルド商会。名前は聞いたことがある。成金趣味の悪徳商会長が牛耳る、評判の悪い組織だ。彼らが中抜きをしているせいで、現場の騎士たちにまともな装備が行き渡っていないのだとしたら。
「……決めたわ」
私は顔を上げ、アルド様を真っ直ぐに見つめた。
「アルド様。私、欲しいものが出来ました」
「欲しいもの? ドレスかい? 宝石かい?」
「いいえ」
私は、今できる最高に邪悪で、最高に愛に溢れた笑顔を浮かべた。
「『商会』ですわ。私、ゴルド商会を買収(のっと)って差し上げます」
アルド様がぽかんと口を開ける。待っていてください、アルド様。あなたのそのボロボロの装備、私が全部、最高級のミスリル製に変えて見せますから!
私の瞳には、もはや涙はなかった。
あるのは、獲物を狙う狩人のような、鋭い光だけだった。
私は王都を駆けずり回っていた。
「銀行」を設立するためには、信用と、何より莫大な準備金が必要だ。カイル殿下から巻き上げた3億5千万(の債権)だけでは、国家規模の経済を動かすには心許ない。
「……はぁ。さすがに足が棒になりそうだわ」
夕暮れ時。商工会とのタフな交渉を終え、私は馬車の中で小さく弱音を吐いた。 隣には、今日も一日中護衛をしてくれたアルド様がいる。
「お疲れ様、セレスティア嬢。少し休むといい」
「すみません、アルド様まで巻き込んでしまって……」
「気にするな。君を守るのが私の任務だ」
彼は穏やかに微笑むと、腰の剣帯を直そうとした。
その時だった。
カチャリ、という金属音と共に、彼の剣の鞘の一部が剥がれ落ちたのだ。
「あ……」
「おっと、失礼」
アルド様は慌ててそれを拾い、隠すように背中へ回した。けれど、私は見てしまった。鞘だけではない。彼が身につけている鎧の留め具は錆びつき、革ベルトは擦り切れ、マントの裾はほつれている。
近衛騎士団長という要職にある彼が、なぜこれほど粗末な装備を身につけているのか。
「……アルド様」
「なんだい?」
「その装備……修理には出されていないのですか?」
私が恐る恐る尋ねると、彼は困ったように視線を逸らした。
「……予算が降りないんだ。カイル殿下の……いや、王家の出費がかさんでいるため、騎士団への支給品は数年前から滞っている」
「そんな……! 命を守るための装備でしょう!?」
「清貧こそ騎士の誉れだ。それに、まだ使える。私の腕があれば、多少の不備はカバーできるさ」
彼は冗談めかして笑った。でも、私には笑えなかった。
『戦死確率98%』
ジェミニが告げた絶望的な数字が、脳裏をよぎる。
そりゃあそうだわ。こんなボロボロの装備で、どうやって魔獣や敵軍と戦えと言うの?彼の強さに甘えて、国は彼を使い潰そうとしている。
(……許せない)
怒りで身体が震えた。王家に対してではない。何も知らず、ただ「推しが尊い」などと浮かれていた、かつての自分自身に対して。
「……ごめんなさい」
気づけば、言葉が漏れていた。
「え?」
「私が……もっと早く気づいていれば。無力な私が、ただ見ているだけだったから……」
涙が溢れて止まらなかった。推しのグッズを買って喜んでいたけれど、本人がこんなに苦しい思いをしているなんて。私が守りたかったのは、キラキラした彼の笑顔だけじゃない。泥臭く生きる、彼そのものなのに。
「セレスティア嬢……?」
アルド様が驚いて、ハンカチを差し出してくれる。そのハンカチもまた、使い古されて色褪せていた。その優しさが、今はただ痛い。
(泣いている場合じゃないわ)
私はハンカチを受け取らず、自らの手で涙を乱暴に拭った。悔しさは、行動に変える。それが私の、今の生き方だ。
「ジェミニ」
『はい、マスター』
私は小声で、懐のスマホに問いかけた。
「騎士団の装備を納入している業者はどこ?」
『検索結果を表示します。……「ゴルド商会」。王家御用達の大手商会ですが、近年、軍需物資の独占販売権を利用して価格を吊り上げているという黒い噂があります』
ゴルド商会。名前は聞いたことがある。成金趣味の悪徳商会長が牛耳る、評判の悪い組織だ。彼らが中抜きをしているせいで、現場の騎士たちにまともな装備が行き渡っていないのだとしたら。
「……決めたわ」
私は顔を上げ、アルド様を真っ直ぐに見つめた。
「アルド様。私、欲しいものが出来ました」
「欲しいもの? ドレスかい? 宝石かい?」
「いいえ」
私は、今できる最高に邪悪で、最高に愛に溢れた笑顔を浮かべた。
「『商会』ですわ。私、ゴルド商会を買収(のっと)って差し上げます」
アルド様がぽかんと口を開ける。待っていてください、アルド様。あなたのそのボロボロの装備、私が全部、最高級のミスリル製に変えて見せますから!
私の瞳には、もはや涙はなかった。
あるのは、獲物を狙う狩人のような、鋭い光だけだった。
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