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第6話:買収は愛の言葉(TOB)
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翌日。私はアルド様を伴い、王都の一等地にある『ゴルド商会』の本店を訪れていた。磨き上げられた大理石の床、壁に飾られた悪趣味な金箔の装飾、そして鼻につく香水の匂い。成金の極みといったその空間に、私は扇子で口元を覆いながら足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ。……おや、これはこれはベルンシュタイン公爵令嬢様ではありませんか」
奥から現れたのは、脂ぎった禿頭の男だった。
ゴルド商会長。丸々と太った指にはいくつもの宝石の指輪が食い込み、見るからに欲望の塊といった風体だ。彼は私の後ろに控えるアルド様を一瞥すると、ふん、と鼻を鳴らした。
「近衛騎士団長殿もご一緒とは。また装備の支払いの猶予願いですかな? 貧乏な騎士団を持つと苦労しますなぁ」
「貴様……!」
アルド様が色めき立つのを、私は扇子を掲げて制した。カッとなってはいけない。 今日の私は、復讐者ではない。冷徹なビジネスマンなのだから。
「ゴルド会長。今日は騎士団の件ではなく、私個人の商談で参りましたの」
「ほう、商談? 世間知らずのお嬢様が、この私と?」
ゴルドは下卑た笑みを浮かべ、値踏みするように私を見た。完全に舐めている。 私が「婚約破棄された傷心の令嬢」で、気まぐれに買い物に来たとでも思っているのだろう。彼は「まあ、奥の応接室へどうぞ」と私たちを招き入れた。
通されたのは、本店の一階奥にある豪奢な応接室だった。防音もしっかりしていそうで、密談にはうってつけだ。
「単刀直入に申し上げますわ。……あなたの商会、私に売ってくださいな」
「……は?」
ソファに腰掛けたゴルドの目が点になった。
「ば、売る? この私が手塩にかけて育てた、王家御用達の商会を? はっ、ご冗談を! いくら公爵家のご令嬢でも、そんな子供のわがままは通りませんぞ!」
「あら、わがままではありませんわ。これは『救済』ですのよ?」
私は微笑んだまま、懐から一束の書類を取り出し、テーブルの上に滑らせた。 それは、昨晩ジェミニが徹夜(処理時間0.5秒)で解析した、ゴルド商会の裏帳簿のコピーだ。
「な、なんだこれは……」
「裏帳簿の写しですわ。王家への納入品の水増し請求、下請け業者への不当な買いたたき、そして……多額の脱税の証拠」
ゴルドの顔色が変わった。脂汗が滝のように流れ出し、泳いだ視線が宙を彷徨う。
「で、デタラメだ! 捏造だ! そんな紙切れ一枚で私を脅そうなどと……!」
「紙切れ一枚ではありませんわ。ここには、あなたが横領した公金の流れを示す、秘密口座の番号まで記載されています。……ジェミニ、解説を」
私がスマホを取り出すと、スピーカーから冷ややかな音声が流れた。
『はい。当該口座は隣国の銀行に開設されており、過去3年間で総額5億リンの不正な送金が確認されています。これは国家反逆罪および横領罪に該当し、最高刑は死刑となります』
「なっ……!?」
ゴルドは椅子から転げ落ちそうになった。自分の秘密が、まさか手のひらサイズの黒い板に暴かれるとは思わなかったのだろう。
「この資料、今すぐ司法省と新聞社に持ち込んでもよろしくてよ? そうなれば、あなたは破滅。商会は取り潰し、一族郎党路頭に迷うことになりますわね」
「ひ、ひぃぃ……っ! ま、待ってくれ! 金なら払う! いくらだ!? 口止め料なら弾むから……!」
ゴルドが床に這いつくばり、私の靴に縋り付こうとする。私は一歩下がってそれを避けた。
汚い。アルド様の装備をボロボロにしておいて、自分の保身のためには金を使う。その精神性が、吐き気がするほど醜い。
「お金? 勘違いしないでくださいまし」
私は彼を見下ろし、氷のような声で告げた。
「私が欲しいのは、汚い小銭ではなく、この商会が持つ『物流網』と『職人たち』です。……選択肢は二つ。このまま破滅して牢獄に入るか、商会の全権を私に譲渡して、隠居生活を送るか」
私は譲渡契約書を突きつけた。提示額は、市場価格の半値以下。敵対的買収(TOB)にしては慈悲深い金額だろう。
「さあ、選んでくださいな。インクが乾くまでの時間しか待ちませんわよ」
ゴルドは震える手で契約書を掴んだ。青ざめた顔で私とアルド様を交互に見ると、観念したようにガックリと項垂れた。そして、震える手でサインをした。
「……私の、負けだ……悪魔め……」
「お褒めいただき光栄ですわ」
契約成立。私はインクの乾いた書類を奪い取ると、応接室の重厚な扉をバーン! と勢いよく開け放った。
そこには、商会長の悲鳴を聞きつけて集まっていた多くの従業員たちが、不安そうな顔で立ち尽くしていた。私は彼らを見渡し、フロア全体に響く声で高らかに宣言した。
「只今をもって、ゴルド商会はベルンシュタイン商会傘下となりました! 従業員の雇用は維持しますが、経営陣は総入れ替えいたします!」
呆然とするゴルドを尻目に、私は店員たちに向かって手を叩いた。
「さあ、業務連絡です! 倉庫にある最高級のミスリルと魔法布をすべて出しなさい! 優先順位第一位は近衛騎士団への納品! 納期は『今日』よ!」
「は、はいぃぃっ!?」
店員たちが慌てふためいて走り出す。私は振り返り、ずっと立ち尽くしていたアルド様に微笑みかけた。
「お待たせいたしました、アルド様。これで、まともな装備を用意できますわ」
「セレスティア嬢……」
アルド様は、複雑そうな、けれどどこか熱っぽい瞳で私を見ていた。
「あなたは……本当に、すごい方だ。剣も抜かずに、言葉だけで城を落とすとは」
「あら、言葉は剣よりも鋭いのですわ。……それに」
私は少しだけ頬を染めて、扇子で口元を隠した。こんな強引なやり方、引かれてしまったかもしれない。でも、どうしても彼に伝えたかった。
「……あなたを守るためなら、私は悪魔にでも商人にでもなりますわ」
アルド様がハッとして目を見開く。沈黙が落ちた。心臓がうるさい。言い過ぎたかしら。恥ずかしさで爆発しそうになったその時、不意にアルド様が私の手を取り、その甲に口付けた。
「……感謝します。あなたのその覚悟に、私の剣を捧げましょう。……この命ある限り、あなたをお守りすると誓います」
その言葉と熱に、私は今度こそ顔を真っ赤にしてフリーズした。
『マスター、顔面温度が急上昇しています。恋の熱病ですか?』
(うるさいジェミニ! 今は黙ってなさい!)
商会の買収には成功した。けれど、私の心臓は別の意味で占領されてしまいそうだった。
「いらっしゃいませ。……おや、これはこれはベルンシュタイン公爵令嬢様ではありませんか」
奥から現れたのは、脂ぎった禿頭の男だった。
ゴルド商会長。丸々と太った指にはいくつもの宝石の指輪が食い込み、見るからに欲望の塊といった風体だ。彼は私の後ろに控えるアルド様を一瞥すると、ふん、と鼻を鳴らした。
「近衛騎士団長殿もご一緒とは。また装備の支払いの猶予願いですかな? 貧乏な騎士団を持つと苦労しますなぁ」
「貴様……!」
アルド様が色めき立つのを、私は扇子を掲げて制した。カッとなってはいけない。 今日の私は、復讐者ではない。冷徹なビジネスマンなのだから。
「ゴルド会長。今日は騎士団の件ではなく、私個人の商談で参りましたの」
「ほう、商談? 世間知らずのお嬢様が、この私と?」
ゴルドは下卑た笑みを浮かべ、値踏みするように私を見た。完全に舐めている。 私が「婚約破棄された傷心の令嬢」で、気まぐれに買い物に来たとでも思っているのだろう。彼は「まあ、奥の応接室へどうぞ」と私たちを招き入れた。
通されたのは、本店の一階奥にある豪奢な応接室だった。防音もしっかりしていそうで、密談にはうってつけだ。
「単刀直入に申し上げますわ。……あなたの商会、私に売ってくださいな」
「……は?」
ソファに腰掛けたゴルドの目が点になった。
「ば、売る? この私が手塩にかけて育てた、王家御用達の商会を? はっ、ご冗談を! いくら公爵家のご令嬢でも、そんな子供のわがままは通りませんぞ!」
「あら、わがままではありませんわ。これは『救済』ですのよ?」
私は微笑んだまま、懐から一束の書類を取り出し、テーブルの上に滑らせた。 それは、昨晩ジェミニが徹夜(処理時間0.5秒)で解析した、ゴルド商会の裏帳簿のコピーだ。
「な、なんだこれは……」
「裏帳簿の写しですわ。王家への納入品の水増し請求、下請け業者への不当な買いたたき、そして……多額の脱税の証拠」
ゴルドの顔色が変わった。脂汗が滝のように流れ出し、泳いだ視線が宙を彷徨う。
「で、デタラメだ! 捏造だ! そんな紙切れ一枚で私を脅そうなどと……!」
「紙切れ一枚ではありませんわ。ここには、あなたが横領した公金の流れを示す、秘密口座の番号まで記載されています。……ジェミニ、解説を」
私がスマホを取り出すと、スピーカーから冷ややかな音声が流れた。
『はい。当該口座は隣国の銀行に開設されており、過去3年間で総額5億リンの不正な送金が確認されています。これは国家反逆罪および横領罪に該当し、最高刑は死刑となります』
「なっ……!?」
ゴルドは椅子から転げ落ちそうになった。自分の秘密が、まさか手のひらサイズの黒い板に暴かれるとは思わなかったのだろう。
「この資料、今すぐ司法省と新聞社に持ち込んでもよろしくてよ? そうなれば、あなたは破滅。商会は取り潰し、一族郎党路頭に迷うことになりますわね」
「ひ、ひぃぃ……っ! ま、待ってくれ! 金なら払う! いくらだ!? 口止め料なら弾むから……!」
ゴルドが床に這いつくばり、私の靴に縋り付こうとする。私は一歩下がってそれを避けた。
汚い。アルド様の装備をボロボロにしておいて、自分の保身のためには金を使う。その精神性が、吐き気がするほど醜い。
「お金? 勘違いしないでくださいまし」
私は彼を見下ろし、氷のような声で告げた。
「私が欲しいのは、汚い小銭ではなく、この商会が持つ『物流網』と『職人たち』です。……選択肢は二つ。このまま破滅して牢獄に入るか、商会の全権を私に譲渡して、隠居生活を送るか」
私は譲渡契約書を突きつけた。提示額は、市場価格の半値以下。敵対的買収(TOB)にしては慈悲深い金額だろう。
「さあ、選んでくださいな。インクが乾くまでの時間しか待ちませんわよ」
ゴルドは震える手で契約書を掴んだ。青ざめた顔で私とアルド様を交互に見ると、観念したようにガックリと項垂れた。そして、震える手でサインをした。
「……私の、負けだ……悪魔め……」
「お褒めいただき光栄ですわ」
契約成立。私はインクの乾いた書類を奪い取ると、応接室の重厚な扉をバーン! と勢いよく開け放った。
そこには、商会長の悲鳴を聞きつけて集まっていた多くの従業員たちが、不安そうな顔で立ち尽くしていた。私は彼らを見渡し、フロア全体に響く声で高らかに宣言した。
「只今をもって、ゴルド商会はベルンシュタイン商会傘下となりました! 従業員の雇用は維持しますが、経営陣は総入れ替えいたします!」
呆然とするゴルドを尻目に、私は店員たちに向かって手を叩いた。
「さあ、業務連絡です! 倉庫にある最高級のミスリルと魔法布をすべて出しなさい! 優先順位第一位は近衛騎士団への納品! 納期は『今日』よ!」
「は、はいぃぃっ!?」
店員たちが慌てふためいて走り出す。私は振り返り、ずっと立ち尽くしていたアルド様に微笑みかけた。
「お待たせいたしました、アルド様。これで、まともな装備を用意できますわ」
「セレスティア嬢……」
アルド様は、複雑そうな、けれどどこか熱っぽい瞳で私を見ていた。
「あなたは……本当に、すごい方だ。剣も抜かずに、言葉だけで城を落とすとは」
「あら、言葉は剣よりも鋭いのですわ。……それに」
私は少しだけ頬を染めて、扇子で口元を隠した。こんな強引なやり方、引かれてしまったかもしれない。でも、どうしても彼に伝えたかった。
「……あなたを守るためなら、私は悪魔にでも商人にでもなりますわ」
アルド様がハッとして目を見開く。沈黙が落ちた。心臓がうるさい。言い過ぎたかしら。恥ずかしさで爆発しそうになったその時、不意にアルド様が私の手を取り、その甲に口付けた。
「……感謝します。あなたのその覚悟に、私の剣を捧げましょう。……この命ある限り、あなたをお守りすると誓います」
その言葉と熱に、私は今度こそ顔を真っ赤にしてフリーズした。
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