婚約破棄されたので、慰謝料で「国」を買うことにしました。~知識ゼロの私ですが、謎の魔導書(AI)に従ったら、いつの間にか王家のオーナーに~

ジョウジ

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第7話:ブラック企業改革(ベースアップ)

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 ゴルド商会を買収したその足で、私は商会の裏手にある工房へと向かった。

 アルド様の装備を新調するためには、職人たちの協力が不可欠だ。まずは現場への挨拶と、意識改革(という名の喝)が必要だろうと思っていたのだが。

「……何よ、これ」

 工房の扉を開けた瞬間、私は絶句した。そこは、地獄のような惨状だった。  薄暗くカビ臭い部屋。換気も悪く、熱気が籠もっている。その中で、ボロ雑巾のような服を着た職人たちが、虚ろな目でハンマーを振るっていた。

 床には過労で倒れ込んだまま眠っている者もいる。足元には飲みかけの泥水のようなスープ。

「お、おい起きろ! 新しいオーナー様がいらっしゃったぞ!」

 案内役の元番頭が怒鳴ると、職人たちはビクッと身体を震わせ、慌てて整列しようとした。しかし、その動きはあまりに緩慢で、一人がよろめいてその場に崩れ落ちた。

「ひぃっ、す、すみません! すぐに立ちますから! 給料だけは減らさないでぇ……!」

 男は床に頭を擦り付け、ガタガタと震えている。その手はひび割れ、爪は剥がれかけていた。

 (……ひどい。これは労働じゃない。ただの拷問だわ)

 怒りで視界が赤く染まるのを感じた。ゴルドのやつ、私腹を肥やすために、彼らをここまで搾取していたの? 

 今すぐ全員を休ませてあげたい。美味しいものを食べさせてあげたい。でも、感情だけで動けば、商会ごと共倒れになるリスクもある。

 私は一度深呼吸をし、扇子で口元を隠して小声で呟いた。

「……ジェミニ。シミュレーション開始」 

『オーダーを確認。労働環境の改善コストおよび損益分岐点を算出します』

 私の視界に、ジェミニだけが見せる拡張現実(AR)のウィンドウが浮かび上がる。

『現状の生産効率は著しく低下しており、不良品率は40%を超えています。人的資源の損耗も限界値です』 

「で、改善案は?」 

『ゴルド氏の隠し資産5億リンを原資とし、以下の福利厚生を実施した場合の予測です。……労働意欲および生産効率の向上により、不良品率は5%以下まで低下。月間の純利益は3ヶ月後に150%増。初期投資コストは半年で回収可能です』 

「……勝てるわね」 

『はい。人道的見地のみならず、経済合理性の観点からも「超・ホワイト化」が最適解です』

 ジェミニの冷徹な計算結果が、私の背中を押してくれた。これならいける。私はバサリと扇子を閉じ、自信満々で職人たちに向き直った。

「……全員、作業を止めなさい」

 私が静かに告げると、職人たちは「クビだ……殺される……」と絶望の表情を浮かべた。違う。そうじゃない。私は大きく息を吸い込み、扇子で工房の壁をバンッ! と叩いた。

「こんな劣悪な環境で、まともな商品が作れると思って!? 効率が悪すぎますわ!」

 私の怒号に、全員が縮こまる。

 私は彼らの前に進み出て、次々と指示を飛ばした。

「まず、全員この場から退去! 窓を全開にして換気! それから、ここにいる全員に一週間の有給休暇を与えます!」 

「……は?」

 職人たちがぽかんと口を開けた。意味が理解できないという顔だ。

「ゆ、有給……? 休みを貰って、金まで貰えるのですか……?」 

「当たり前でしょう! 休むのも仕事のうちです。こんなゾンビみたいな顔で作った剣なんて、アルド様に持たせられませんわ!」

 私はさらに続ける。

「それから、給与体系も見直します。とりあえず全員、ベースアップ(基本給の引き上げ)を一律50%実施。残業代は全額支給。食事も一日三食、栄養バランスの取れたものを現物支給します!」 

「ご、50%ぉぉ!?」 

「不満ですか? なら100%でもよろしくてよ!」

 職人たちがざわめき始める。恐怖からではない。信じられないものを見るような、驚愕のざわめきだ。

「それと、復帰後の最初の仕事は、社員旅行です」 

「しゃ、社員旅行……?」 

「ええ。近場の温泉宿を貸し切りました。そこで垢を落とし、美味しいものを食べて、人間らしい顔色を取り戻してきなさい。……これは業務命令です。拒否権はありませんわよ!」

 シン、と工房が静まり返る。やがて、先ほど倒れた職人が、震える声で呟いた。

「……ゆ、夢じゃねぇよな……?」 

「夢ではありませんわ。これは『投資』です。ゴルド元会長から没収した隠し財産もありますし、あなた達が健康になってバリバリ働いてくれれば、半年でお釣りが来る計算ですの」

 私がそう告げた瞬間。男の目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。

「う……ううぅぅ……ありがとうございます……! オーナー……いや、女神様ぁ……!」

 一人が泣き出すと、それは伝染した。全員が男泣きし、私に向かって感謝の言葉を叫び始める。薄汚れた手で涙を拭いながら、彼らは枯れた声で「ありがとう」「一生ついていきます」と繰り返した。

 (……っ)

 私はたまらず背を向けた。胸が苦しい。

 彼らはただ、当たり前の扱いを求めていただけなのだ。それを「女神」とまで呼ばれるこの国の現状が、あまりにも悲しくて、悔しい。

 逃げるように工房を出て、夜風に当たる。後ろからついてきたアルド様が、隣に並んだ。

「……驚きました。まさか、あそこまで大盤振る舞いをなさるとは。商会の経営は大丈夫なのですか?」 

「問題ありませんわ。ジェミニ……私の『勘』が、必ず利益が出ると告げていますもの。あくまで、利益のための先行投資です」

 私が早口で言い訳をすると、アルド様は優しく目を細めた。

「あなたは……本当に優しい方ですね」 

「違いますっ!」

 私は思わず声を荒らげてしまった。アルド様が驚いたように私を見る。

「私は……優しくなんてありません。ただ、自分が死にたくないから、彼らを利用しているだけ……。自分のためにやっているだけなんです……」

 そう。これは全部、私の生存戦略。彼らを救ったのも、アルド様の装備を作らせるため。私は善人なんかじゃない。ただの、計算高い悪女なのに。

 俯く私の頭に、ふわりと温かい手が乗せられた。

「動機が何であれ、あなたが彼らを救った事実に変わりはありません。……あなたが自分をどう思っていようと、私にとってあなたは、誰よりも誇り高い貴族です」

 その言葉に、私の目頭が熱くなる。罪悪感と、嬉しさと、恥ずかしさが入り混じって、どうしようもなくなる。

「……もう、知りませんっ」

 私は真っ赤な顔を隠すように、彼の前を早足で歩き出した。背中で聞こえるアルド様の足音が、なぜだか心地よかった。

 こうして、私は商会と職人という強力な手駒を手に入れた。次はいよいよ、この国の経済の根幹――『通貨』に手を付ける時だ。
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