異世界転移して出会っためちゃくちゃ好きな男が全く手を出してこない

春野ひより

文字の大きさ
45 / 54
時価マイナス2000万

4−4

しおりを挟む
 割れんばかりの歓声と共にライブは始まった。赤と青の光の海が眼前に広がっている。無理言ってペンライトを作ってもらったのは正解だった、とアオイは目を細めた。最前列の一角、ジスランだけのために作った専用の席に彼がいるのを見て、アオイは満足そうに息を吐いた。

「さあ、盛り上がっていくよ!」

 キャーッ! と黄色い悲鳴が上がる。アオイの作る舞台は今や社会現象になっていた。それはアオイがジスランの番だから、だけじゃない。アオイの作る舞台が多くの人の心を掴んだからだった。
 当然だとは思ってない。アオイの知識や技術はあくまで元の世界で好まれていたものだ。常識から何から全て違うこの世界で、アオイの持つスキルが全て通用するわけじゃない。血の滲むような努力をして、好まれるように、受け入れてもらえるように持てる知識を再構築し、既存の技術と組み合わせて新しいものを作り上げたのだ。
 アオイはより多くの人に、言うなれば大衆に好まれるように自分を作ってきた。この世界でもそれは変わらない。皆に好かれなきゃ意味がない。この世界でも、当たり前の存在になりたい。 
 そんなどこか強迫的な思考のもと、アオイは進み続けてきた。
 アオイの舞台は既存の常識を大きくひっくり返した。大きな違いは客だ。これまで舞台は貴族や金持ちのものだった。王立劇場で講演される舞台はその最たる例である。しかし、アオイは客を選ばなかった。三日間ある公演のうち、初日は貴族や金持ちに、二日目は平民に、最終日は抽選にしたのだ。この抽選が優先的に当たるようになる、という触れ込みでファンクラブも作った。もちろん有料だ。当然ジスランは会員ナンバー1番である。
 芸術分野において、アオイによって常識は大きく変わった。変化は人の心に多少なりとも漣を立てるものだ。だから、半年かけてゆっくり変えていったつもりだった。
 事件が起こったのは最後の曲のことだ。

「今日はありがとう! このまま最後までいくよ――!」

 観客を煽るように両手を上げた瞬間、ブツン、と不快な音が聞こえた。刹那、アオイの顔に緊張が走る。本来なら、すぐに曲が流れてくるはずだった。

(音が、止まった――?)

 ザアッと血の気が引いていく。視界の端で、ノヴァが怪訝そうに眉を寄せたのが見えた。咄嗟に、まずい、と思った。

(どうするどうするどうする。曲が流れてこない、いや違う曲は生演奏だから流れてるはず。ならなんで聞こえない? 音響トラブル? クッソこの世界のマイク魔法使ってるっぽいからどうやって音大きくしてるか分かんないし魔法だから原因も分かんない!)

 時間にして僅か3秒。しかし、観客が不審に思うには十分な時間だった。ざわざわと会場が揺れていく。
 アオイは咄嗟にマイクを下すと、地声を張り上げた。

「さあみんな、2日目最後の曲だよ! 半年間ずっと歌ってきた曲だ、もう覚えたよね? だから一緒に歌って――!」

 アオイの声に弾かれたようにノヴァが顔を上げる。素早く目配せをすると、ノヴァは小さく頷き、不適な笑みを浮かべた。

「オレ達に聞かせてよ、アンタ達の声も! ほらそこのオレのファンども! ちゃんと声上げな!」

 ノヴァと組んで良かった、とアオイは思った。不測の事態でもアオイの意図を汲んで完璧に対応してみせるスキルは元の世界でもできる人は少ない。アオイも負けじと自分のファンを煽った。

「僕のファンの子もできるよね? そう最高!」

 パッと花が咲くような笑みを浮かべると、歓声が上がる。最初は不審そうだった観客も、ノヴァのファンの歌声に釣られたのか、どんどん歌声が広がっていく。
 こうして、この日の舞台は無事に終わった。




「ちょっとどう言うこと?!」

しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

ナイトプールが出会いの場だと知らずに友達に連れてこられた地味な大学生がド派手な美しい男にナンパされて口説かれる話

ゆなな
BL
高級ホテルのナイトプールが出会いの場だと知らずに大学の友達に連れて来れられた平凡な大学生海斗。 海斗はその場で自分が浮いていることに気が付き帰ろうとしたが、見たことがないくらい美しい男に声を掛けられる。 夏の夜のプールで甘くかき口説かれた海斗は、これが美しい男の一夜の気まぐれだとわかっていても夢中にならずにはいられなかった。 ホテルに宿泊していた男に流れるように部屋に連れ込まれた海斗。 翌朝逃げるようにホテルの部屋を出た海斗はようやく男の驚くべき正体に気が付き、目を瞠った……

バーベキュー合コンに雑用係で呼ばれた平凡が一番人気のイケメンにお持ち帰りされる話

ゆなな
BL
Xに掲載していたものに加筆修正したものになります。

【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる

おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。 知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。

大好きだよ、だからさよならと言ったんだ

ゆなな
BL
トップアイドルの北原征弥は8年前に別れた俺の恋人だった。  すぐ近くにいるのに、触れない、目も合わせない。辛くてこんな想いはもう終わりにしたいのに、どうしても忘れられない。遠く離ればなれになって、今度こそ忘れられると思ったのに─── 表紙は海月美兎さん(Twitter@22620416)からいただきました。

《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。

かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年

かきまぜないで

ゆなな
BL
外科医としての腕は一流だが、クズな医師沢村と幼いときの病が原因で、発情期が来ない研修医のΩ高弥は顔を合わせればケンカばかり。 ある日大嫌いな沢村の前で高弥は初めての発情期を起こしてしまい…… 性格最悪なクズ男と真面目な研修医のオメガバースの話です。 表紙をいろさんhttps://twitter.com/@9kuiro に描いていただきました!超絶素敵な二人を描いてもらって夢のようです( *´艸`) ※病院が舞台であるため病院内のことや病気のことについての記述があります。調べたつもりではありますが、医療従事者等ではございませんので、重大な間違いなどあるかもしれません。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

邪魔にならないように自分から身を引いて別れたモトカレと数年後再会する話

ゆなな
BL
コンビニのバイトで売れない美しいミュージシャンと出会った大学生のアオイは夢を追う彼の生活を必死で支えた。その甲斐あって、彼はデビューの夢を掴んだが、眩いばかりの彼の邪魔になりたくなくて、平凡なアオイは彼から身を引いた。 Twitterに掲載していたものに加筆しました。

処理中です...