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第七章 人を呪わば穴二つ
‐3‐
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――今を遡ること一年前。
平良の息子、純一は、麦仲のフランチャイズ傘下のもと、パスタショップを経営していた。
しかし、一方的に改定された内容によって、多額のロイヤリティを強いられる羽目となり、追い詰められた純一は、自ら命を絶とうとした。
平良の夫である孝蔵は不可解な失踪をしており、かつて、その夫の世話になったことのある井関翔一朗は、平良みどり子へと相談を持ち掛けた。
「おっかさん。相手さ、純一くんとおんなじ目に遭わせでやるべ」
そこは平良の息子が入院をする病院の一室。
無数の医療器具に繋がれた純一の傍で、井関は視線を窓にやったまま話しかけてきた。
「麦仲を……。同じ目に……」
そのにわかに信じられない言葉を聞いた平良は、彼の横顔を呆然と見つめていた。
「最初はおいがやる。おっかさん、『交換殺人』って知ってっか? お互いの殺したい相手を交換する方法があんだべ――」
ようやく井関は視線を合わせてくると、そのまま返事をするまで押し黙っていた。
「……交換殺人。すると、わたいは誰を……」
平良は、目の前の男が言わんとしていることを察し、神妙な面持ちとなる。
年老いた自分にもできるのなら、やぶさかではなかった。
「おいの家内だ。鍵は渡すんで、先に潜んでて不意打ちすりゃいいだけだ。幹恵は体弱ぇし、抵抗すんねぇべ」
低く説得力のある声が病室内に響く。
平良はしばらく逡巡していたが、まるで背中を押すように、純一の心電図が大きく跳ねた。
「――わかりました」
たいせつな一人息子を理不尽な罠に掛けた麦仲。
これまで教師として勉強はもとより、道徳をも教えてきた立場であったが、悪魔に魂を売る決心をした。
それからのふたりは対象者の行動パターンを念入りに調べあげ、いよいよ決行へと移そうとした当日の夜。
平良はいつものように麦仲を見張っていた折、居酒屋で暴れている吉野木を見て閃いた。
同じ相手を憎んでいることを利用し、自分に代わって井関幹恵を殺してもらうことを。
部外者に伝えることにより、自身の犯行に結びつきかねない危険な賭けであったが、その思惑は見事に功を奏し、計画は成功すると思われた。が、しかし――。
吉野木は井関幹恵の生死を確認もせず、あまつさえ急ぐあまり、車に轢かれるという事態に陥ってしまい、現在に至っていた。
***
「それで、わたいはどうすれば……」
平良は自宅にて、井関が提案をした『呪殺』なる方法について指示を受けている。
自身が吉野木に対して話したのを、オウム返しされているようで気味が悪かった。
『――おいは黒魔術ば習った時期があった。相手の魂を藁人形に移す力が宿っているべ』
「あの……。ならばどうして直接、奥さまを殺さなかったのでしょうか」
『おいの家内もこの力ば知ってんだ。いつも呪いをはね返す護符ば身に着けてたんだども、病院さ見舞いに行ったとき、外してあったのを見っけただ』
「はぁ……」
こんな荒唐無稽な話を鵜吞みにする人間がいるのかと思ったが、事実、吉野木は引っ掛かっている。
平良は、なにかおかしいと感じながらも、電話越しに相づちを打っていた。
『おいは麦仲を殺したがら、全部の霊力を使い切ってしもた。どごしても、あんだの力が必要なんだ』
「わたいの力……ですか」
『んだんだ。おいの代わりに丑の刻参りばするんだべ』
「丑の刻参り……」
『今は霊力くれそうな御神木探してんだ。決まったら連絡すっから、しばらぐ待ってろや』
「わかりました。それで約束は果たされたと考えていいのですか?」
『あったりめぇだべ』
力強く返答をする井関。たとえどんな内容にしても飲まざるを得ない理由が平良にはあり、逆らうことはできない。
イヤな予感を抱きつつ通話を切ると、去年、死亡扱いとなった夫の写真に向かい、手を合わせた。
「あんた。お願いだから、わたいを守っておくれ……」
平良の息子、純一は、麦仲のフランチャイズ傘下のもと、パスタショップを経営していた。
しかし、一方的に改定された内容によって、多額のロイヤリティを強いられる羽目となり、追い詰められた純一は、自ら命を絶とうとした。
平良の夫である孝蔵は不可解な失踪をしており、かつて、その夫の世話になったことのある井関翔一朗は、平良みどり子へと相談を持ち掛けた。
「おっかさん。相手さ、純一くんとおんなじ目に遭わせでやるべ」
そこは平良の息子が入院をする病院の一室。
無数の医療器具に繋がれた純一の傍で、井関は視線を窓にやったまま話しかけてきた。
「麦仲を……。同じ目に……」
そのにわかに信じられない言葉を聞いた平良は、彼の横顔を呆然と見つめていた。
「最初はおいがやる。おっかさん、『交換殺人』って知ってっか? お互いの殺したい相手を交換する方法があんだべ――」
ようやく井関は視線を合わせてくると、そのまま返事をするまで押し黙っていた。
「……交換殺人。すると、わたいは誰を……」
平良は、目の前の男が言わんとしていることを察し、神妙な面持ちとなる。
年老いた自分にもできるのなら、やぶさかではなかった。
「おいの家内だ。鍵は渡すんで、先に潜んでて不意打ちすりゃいいだけだ。幹恵は体弱ぇし、抵抗すんねぇべ」
低く説得力のある声が病室内に響く。
平良はしばらく逡巡していたが、まるで背中を押すように、純一の心電図が大きく跳ねた。
「――わかりました」
たいせつな一人息子を理不尽な罠に掛けた麦仲。
これまで教師として勉強はもとより、道徳をも教えてきた立場であったが、悪魔に魂を売る決心をした。
それからのふたりは対象者の行動パターンを念入りに調べあげ、いよいよ決行へと移そうとした当日の夜。
平良はいつものように麦仲を見張っていた折、居酒屋で暴れている吉野木を見て閃いた。
同じ相手を憎んでいることを利用し、自分に代わって井関幹恵を殺してもらうことを。
部外者に伝えることにより、自身の犯行に結びつきかねない危険な賭けであったが、その思惑は見事に功を奏し、計画は成功すると思われた。が、しかし――。
吉野木は井関幹恵の生死を確認もせず、あまつさえ急ぐあまり、車に轢かれるという事態に陥ってしまい、現在に至っていた。
***
「それで、わたいはどうすれば……」
平良は自宅にて、井関が提案をした『呪殺』なる方法について指示を受けている。
自身が吉野木に対して話したのを、オウム返しされているようで気味が悪かった。
『――おいは黒魔術ば習った時期があった。相手の魂を藁人形に移す力が宿っているべ』
「あの……。ならばどうして直接、奥さまを殺さなかったのでしょうか」
『おいの家内もこの力ば知ってんだ。いつも呪いをはね返す護符ば身に着けてたんだども、病院さ見舞いに行ったとき、外してあったのを見っけただ』
「はぁ……」
こんな荒唐無稽な話を鵜吞みにする人間がいるのかと思ったが、事実、吉野木は引っ掛かっている。
平良は、なにかおかしいと感じながらも、電話越しに相づちを打っていた。
『おいは麦仲を殺したがら、全部の霊力を使い切ってしもた。どごしても、あんだの力が必要なんだ』
「わたいの力……ですか」
『んだんだ。おいの代わりに丑の刻参りばするんだべ』
「丑の刻参り……」
『今は霊力くれそうな御神木探してんだ。決まったら連絡すっから、しばらぐ待ってろや』
「わかりました。それで約束は果たされたと考えていいのですか?」
『あったりめぇだべ』
力強く返答をする井関。たとえどんな内容にしても飲まざるを得ない理由が平良にはあり、逆らうことはできない。
イヤな予感を抱きつつ通話を切ると、去年、死亡扱いとなった夫の写真に向かい、手を合わせた。
「あんた。お願いだから、わたいを守っておくれ……」
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