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第一章
第15話
しおりを挟む「じゃあさ」
清宮が、少し身を乗り出してきた。テーブル越しに、目が合う。
「名前、呼んでいい?」
「……別にいい、けど」
そう言うと、清宮は嬉しそうに笑ってから。
「翠」
ゆっくりと、その名前を口にする。
ただ呼ばれただけなのに、胸の奥がざわざわと揺れる。
その声が、やけに近く感じて、息が詰まりそうになる。
「お前も。呼んで?」
そう言われて、え、と緊張しながら。
「碧斗……?」
めっちゃドキドキする。こんなに人の名前呼ぶのにドキドキしたこと、最近あっただろうか。ナニコレ、オレ、どうなっちゃってるの。
しかも、オレが呼ぶと、碧斗はすごく嬉しそうに微笑んで、頷いてるし。
なんだか、ふわふわ、浮いてるみたいな、感覚に支配される。
「じゃあ、友達から。よろしく」
そう言いながら、碧斗は、手をグーにして、それをオレの方に伸ばしてきた。オレは、少し首を傾げながら。
でも、それしかすることが無い気がして、腕を伸ばして、碧斗のグーと、オレのグーを、軽く、ぶつけた。
「友達の合図」
「……皆としてんの?」
不思議に思って聞くと、碧斗は、クッと笑った。
「翠とだけ。特別」
「――――」
ポーカーフェイスを保とうとしたけど。
目の前の瞳が、あまりにキラキラして見えて。さっと顔に熱が走った。
顔を逸らしかけたその時。お待たせしました、と店員さんが食事を運んできてくれた。
「翠、カレー、好き?」
「うん。好き」
「オレ、カレー作るの得意だから。今度食べに来いよ」
「え……誰が作るの?」
「オレ、一人暮らしだから。オレが作る」
意外な言葉に、ふ、と顔をあげて、碧斗を見つめると、碧斗はそれに気づいて、ふ、と微笑んだ。
「好きで一人暮らしさせてもらってるだけ」
「そう、なんだ。好きで……家事とかも、ちゃんとしてるの?」
「一人だから、そこはしないと」
……偉いなぁ。と、ただ素直に思う。
だって、洗濯とか掃除とか、ご飯作るんでしょ? 勉強しながら、大変そうだけど。好きで、かぁ。
少し不思議な部分もありながらも、ふぅん、と頷く。
「今度遊びにきなよ。勉強でもいいし」
「……機会が、あったら」
「機会は作るもんだろ」
くすくす笑う碧斗の言葉は、なんだか、初めて喋ると思えないくらい、すとん、と胸に落ちてくる。
「ふたりきりでも、平気になったら、行く」
「どういう意味?」
「……だって。まだ、好きとか言われたばっかりだし」
眉を顰めながら言うと、碧斗は、ふ、と笑った。
「ああ、なに、警戒してンの?」
「……まあ。少しは」
「約束する。お前にその気がないのに、手は出さない。神に誓う」
「神さま、信じてるの?」
「信じてない」
「じゃあだめじゃん」
あは、と笑ってしまうと、碧斗は、ふと、目を細めた。
「じゃあ、お前とオレに誓う。絶対、しないって」
「――意味、あるの?」
「自分に誓うのが、一番意味あるだろ。それプラス、これから仲良くなりたいお前に誓うんだから、最強」
笑いながら言って、カレーを頬張ってる碧斗。
オレも、カレーを食べながら。
「碧斗」
「ん?」
「自分に誓うのが、一番意味あるって……どういう意味?」
「んー、意味……意味か。自然と口から出たんだけど……そうだな」
意味か、と呟いて、数秒。
「自分自身に対して嘘をつかないってことかな」
なんとなく好きかもって思って、聞いたのだけれど。
……なんとなくじゃなくて、かなり、好きだった。
「オレもそうしよ」
「ん?」
「オレも、これから自分に誓おうかなあ」
「お? 気に入った?」
「うん。かなり」
結構それは、本気で気に入ってしまったかも、しれない。
「碧斗。友達、よろしく」
さっき碧斗がやったように手を伸ばす。
すると、碧斗は、くすっと笑って、ぐーをぶつけてきた。
「でも、これは言っとく」
「?」
「オレは、翠を好きになるかも、とは言っとく」
「――」
返事に困ってると、さらに。
「お前にも、オレを好きになってもらいたい、とも思ってるから」
「……っ」
少しの間、グーを触れたままに。
触れた手の温度。熱い気がした。
ぱ、と手を離す。
「分かんないじゃん。完全に友達になるかもだし」
「まーそーだな」
「嫌いになるかもしんないじゃん」
「それはなさそうだけど。少なくとも、オレは」
ふ、と笑いながら、碧斗は微笑む。
オレも、なさそうだけど、と言いそうになり。
なんとなく、まだ早い気がして、オレは口を噤んだ。
友達。好きになるかも。碧斗がオレを。……オレも碧斗を?
好きって、なんだっけ。
オレが、いちいちドキドキしてるこれは、結局何だったのか分からないまま。
「ちなみにさ。オレ、可愛い、も地雷だから」
食べ終わったカレーを端に寄せながら言ったら、碧斗は、え、とオレを見た。
「そんな可愛いんだから、受け取ればいいのに――と思うけど。なんとなく分かるから、了解」
ふ、と優しく笑う碧斗。
また、ドキ、と震える胸。なんか本当におかしいな。
これは、まさか、オレだけ一目惚れが残って……
いや、違うし。そんなわけないし!
否定してるはずなのに、胸の奥が妙にざわざわして――未知の気持ちに、首を傾げてしまう。
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