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2巻 2科分裂編
第1話 ①
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1科との決戦からはや二週間。
学園にはいつも通りの時間が流れている。
残念ながら相変わらず1科からの2科の扱いは変わってないけど、辻堂たちが停学中だったこの二週間は平和だった。
けど今日から登校してくるので平和な学園生活も終わる。
謹慎処分によって少しは2科に好き放題言う悪癖が改善されてればいいけど、そう簡単にアイツの2科への憎悪は消えないだろう。僅かな望みすら期待しないでおく。
――――あれ? 朝っぱらから1科側の廊下が大変騒がしいぞ。
ほんの少しくらい様子を見に行っても目を瞑ってもらえるよね、きっと。
けど興味本位で足を運んだ自分の愚かさに気がついたのは、1科側の廊下に着いてからだった。
たくさんの生徒がひそひそ話をしたり、驚いて大声を上げたりと豊かな反応を見せている。
そしてそれらの現象を生み出し、暗黒のスポットライトを浴びている人物は髪の毛が一本も生えていない、スキンヘッドの男子生徒だ。
まずい、そいつと目が合ったらまた色々と面倒な展開になるに決まってる。
というわけでトンズラ――――
「高坂ぁ、どこへ消えようってんだ? あぁ!?」
身を翻した瞬間に俺の存在がバレた。めざとい野郎だな。
諦めて恐る恐る振り向くと、スキンヘッドの男子生徒がズカズカと俺の真ん前まで迫ってきて胸倉を掴んで生徒がいない空き教室に連行してきた。
「や、やぁ辻堂」
スキンヘッドの男子生徒は辻堂だった。
元々は襟足が長く前髪から頭頂部までの髪が天へと跳ね上がった髪型だったのに、劇的ビフォーアフターみたいなことになっている。
謹慎期間中に何があったんだ? 気にはなるけどできる限りコイツとは絡みたくない。よって見なかったことにしたい。
「見ろよ、この頭。頭皮が丸見えだろ? スキンヘッドそのものだろ?」
辻堂が指差した自らの頭皮は陽光に照らされている。
「学園から停学処分になった旨と理由が電話でママに伝えられて、それを知ったお婆ちゃんが大激怒よ」
「ぷっ……!」
今、コイツママって言わなかったか? こんなチンピラじみた奴がママって単語を放ったインパクトで腹筋へのダメージが強いぞ。
「何がおかしいんだおるぁ!!」
俺が吹き出したことに苛立った辻堂に胸倉を更に強く掴まれる。
ごめんなさい。苦しい、あと痛い。皮膚ごと制服をつねらないで。
「怒ったおばあちゃんは言った。『いつも素直で良い子だった晴ちゃんがそんなことをしていたなんて……!』ってなぁ!」
コイツの悪行の数々は事実だから完全に自業自得でしかないんだよなぁ。
あと「素直で良い子」っておばあさん身内贔屓がすぎやしませんかね?
「で、おばあちゃんは自室に向かったと思ったらバリカンを持って戻ってきたのよ。その結果、俺の全髪の毛とついでにピアスがお亡くなりになりましたとさ! おしまい!」
勝手に語って勝手に締めくくられましても。
言われてみればコイツの特徴だったピアスが両耳から外れている。
金髪とピアスがなくなって見た目のヤンキー度は下がったはずなのに、スキンヘッドかつ眉は細いので怖い人度はむしろ増している。少なくとも見た目で舐められる展開はないだろう。
「そ、そう。それは因果応報なことで」
辻堂の家族はまともな倫理観をお持ちのようで安心した。
けどいくらなんでもやりすぎな気も……俺がこんな状態にされたら髪の毛が生えるまで登校拒否しているよ。
「おかげで登校してからたった数分ですっかり有名人になっちまったわ!」
自業自得だけど、さすがに頭皮ツルツルは同情する。
「それはそうと高坂ぁ。また、勝負しようぜぇ」
「勝負って何の勝負?」
「決まってらぁ、ガチのタイマン勝負よぉ」
辻堂は獲物を狙うギラついた目つきで心の底から勘弁してほしいことを口走ってきた。
「俺はこの停学中の二週間ずっと、ずっと、ずっと! お前のことだけを考えて、思い続けてたんだぜ。いやぁ、会いたかったよぉ?」
なんて気持ちの悪い台詞を吐くのだろうかこの悪漢は。
思い続けてたとか、会いたかったとか女の子から言われたら嬉しいけど、コイツの「会いたかった」は普通のそれとは全く意味合いが違う。
「さぁ、ここじゃ誰かに見つかるかもしれねぇから体育館裏へ行こうぜぇ」
辻堂は俺の肩をガシッと掴み、人通りの少ない体育館裏に連行しようとする。
朝一でぶん殴られるのはいくらなんでも眠気覚ましにしては効果が大きすぎるんじゃないのかなぁ? しかも本作用よりも全身打撲という名の副作用の方が強いと思うのですが!
俺が心の中で嘆いた、その時だった。
ダダダダダダダダダダ!
という音そのままを出して何かが急接近してきた。
「ダーリンから手を放しやがれ、ガン細胞!」
「あぁん? 誰だぶげえぇぇっ!」
それは本当に一瞬の出来事だった。
俺が瞬きを一つした間に辻堂の身体は5メートルくらい先まで吹き飛ばされていた。
「ってぇな! 誰――――た、田中さん」
顔面にストレートを繰り出してきた犯人を見るや否や、辻堂の顔から血の気が引いていった。鼻血は引くどころか出続けてるんだけど。
「ダーリンに手を出すたぁいい度胸してんじゃないの、なあガン細胞よ」
辻堂が見上げている相手は185センチはあるんじゃないかというくらい大柄で、身体も引き締まっており、制服の中に隠れている肉体はムキムキに違いない。
そして、最も驚くべきところは、その人は――――
――女子の制服を着ていることだ。
「あのですね、これは男同士の勝負事でして」
「っせぇ! そのきったねえ面を二度と公共の面前に晒すんじゃねぇ!」
「ぐええええぇっ!!」
田中さんはその大きな拳で再び辻堂の顔面にストレートを入れ、宙を舞った辻堂はガラスを突き破って窓の外へと羽ばたいていった――ってこれやばくね!?
「さ、ダーリン。もう安心さね」
うん、俺はできるだけ目を合わせないようにしていたんだけどね。
「あ、ありがとう田中さん」
「田中さんって。アッシのことは絵梨奈って呼んでくり」
「は、はぁ」
俺を助けてくれた正義のヒロイン、いやヒーローは田中絵梨奈さん。2年の女子生徒だ。
絵梨奈という可憐な名前とは裏腹に、外見はガチムチな格闘家そのもので、実際に田中さんはボクシング部に所属している。
性格も男らしくサバサバしているけど生物学上は立派な女性なのだ。
「つ、辻堂は平気なの? ここは三階だよ?」
下手をすれば大怪我どころでは済まないよね? 敵ながらさすがに辻堂が心配になった。
それに窓ガラスの修理費は誰が負担するんだろう。
「威力の調節はしておいたから平気平気。窓の横にある木がクッションになってくれてるはずさね。ま、仮に調節をミスってたとしてもアイツなら簡単には死なんよ」
「威力の調節……」
辻堂の身体はどういう設計をされているというんだ。
しかしそんなことはどうだっていい。
今は、俺こそが生命の危機に瀕してるわけでして。
「さ、ダーリン。せっかくこうして会えたんだ。アッシの愛情を受け取ってね」
「わ、悪いけどHRがはじまるからまたの機会でいいかな? いやぁ本当ごめんね」
「二秒で済むから大丈夫、でっす!」
田中さんは今持っている自分の愛情を俺に注ごうとするのをやめる気はないようだ。
そうか、俺はどうあがいても田中さんの愛からは逃れられないのか。
ならば仕方がない、腹をくくるとしよう。
「分かったよ。田中さんの愛情を全身で受け止める」
「まぁっ、ダーリンったら大胆!」
田中さんはポッと顔を赤くして拳を握り締めると、
「行きますぜダーリン! そりゃああああああああああっ!」
「ぎゃびゃあー! やっぱり痛いいいいいいッッ!」
その大きくて硬い拳を俺に放ってきた。
先ほどの辻堂同様、顔面にストレートを食らい、そのまま廊下の窓ガラスを突き破って外へと吹き飛ばされた。
「……って、うわああああ! 本当に死んじゃうよ!」
あぁ、短い人生だったなぁ。せめて成人したかったよ。
宙を舞い、地面へと落下してゆく――――
――――あれ?
地面に激突した感触がないぞ?
そうか。この世からいなくなる時って、痛みすら感じないんだね。勉強になったよ。
「許可もなしに俺の上に乗っかってんじゃねぇぞ、あぁ?」
「おぉ辻堂、生きてたのか」
辻堂の腹部がクッションになってくれて助かったらしい。
辻堂もまた木の太い枝の上に落下したようで、見たところ外傷はない。お互い無事で何よりだ。
「なに俺の顔を見つめてやがんだよ? 惚れたか?」
今の状況は非常によろしくない。制服越しとはいえ、俺と辻堂の身体は重なり合っている。
これじゃあまるで、腐女子が喜びそうな絵面じゃないか。
「ご、ごめん、すぐにどくから!」
「俺は女の子にしか興味が――ちょ、うぉい!? そんなに動くと……!」
慌てて辻堂から離れると、木の枝が大きく上下左右に揺れ、
「あ――――わああああ!」
「だから言っただろうがああああ!」
俺と辻堂は仲良く地上へと転落して地面にぶつかる――――
――と思いきや、またもや木の枝に着地できた。
「つ、ついてるなあ」
……と安堵したのも束の間。
枝が折れ、またしても重力に逆らえずに落下し、今度こそ地面に叩きつけられた。
自身の背中で地面を叩く鈍い音が俺の耳に響く。
「……ってぇなぁ――クソが!」
「ゲホゲホ……途中で枝に引っかかったおかげで地面にぶつかる衝撃が緩和されて助かったよ」
だけどそれなりに痛い。背中を思いっきり叩きつけて咳込んでしまった。
「――形勢逆転ってこんな時に使うんだろうなぁ? 高坂よぉ」
辻堂は俺に迫る形で四つん這いになって、肉を切望している肉食獣のような表情を浮かべている。
「ヒャハハ……ようやく、ようやく俺が味わってきた数々の雪辱を晴らす時があぁっ!」
大声がうるせぇ。あと唾が顔にかかって不快なんですけど。
「と、とりあえず落ち着こう。な!」
今いる場所は校庭の一端、木々の間なので目立ちこそしないけれど、運悪く誰かにこのイケナイ光景を見られないとも限らない。
こんなところを見られでもしたら――間違いなくあらぬ噂が立つな。勘弁してくれ。
「逃がさねぇぜ? テメェのせいで……テメェのせいで辱めを受けたんだからなぁ!」
「だからそれは自業自得――ゴホン、俺たちがこうして重なってるところを誰かに見られたらどうするよ? それこそ誤解されて、ますます周囲の俺たちを見る目が冷たくなるよ?」
どこからかゲホッ、ゲホッと咳をする音が聞こえてきた。
い、言ったそばから人が来た!?
「ちっ、それもそうだな」
辻堂はしぶしぶ俺から離れた。
ふぅ、なんとか難を逃れたな。
あと数分でHRだし、さすがに辻堂もこれ以上俺に絡むことは諦めたらしい。さっさと踵を返して、上履きのまま校舎の方へと消えていった。
――って俺もぼうっとしてる場合じゃない。急いで教室に戻らないと遅刻してしまう。
学園にはいつも通りの時間が流れている。
残念ながら相変わらず1科からの2科の扱いは変わってないけど、辻堂たちが停学中だったこの二週間は平和だった。
けど今日から登校してくるので平和な学園生活も終わる。
謹慎処分によって少しは2科に好き放題言う悪癖が改善されてればいいけど、そう簡単にアイツの2科への憎悪は消えないだろう。僅かな望みすら期待しないでおく。
――――あれ? 朝っぱらから1科側の廊下が大変騒がしいぞ。
ほんの少しくらい様子を見に行っても目を瞑ってもらえるよね、きっと。
けど興味本位で足を運んだ自分の愚かさに気がついたのは、1科側の廊下に着いてからだった。
たくさんの生徒がひそひそ話をしたり、驚いて大声を上げたりと豊かな反応を見せている。
そしてそれらの現象を生み出し、暗黒のスポットライトを浴びている人物は髪の毛が一本も生えていない、スキンヘッドの男子生徒だ。
まずい、そいつと目が合ったらまた色々と面倒な展開になるに決まってる。
というわけでトンズラ――――
「高坂ぁ、どこへ消えようってんだ? あぁ!?」
身を翻した瞬間に俺の存在がバレた。めざとい野郎だな。
諦めて恐る恐る振り向くと、スキンヘッドの男子生徒がズカズカと俺の真ん前まで迫ってきて胸倉を掴んで生徒がいない空き教室に連行してきた。
「や、やぁ辻堂」
スキンヘッドの男子生徒は辻堂だった。
元々は襟足が長く前髪から頭頂部までの髪が天へと跳ね上がった髪型だったのに、劇的ビフォーアフターみたいなことになっている。
謹慎期間中に何があったんだ? 気にはなるけどできる限りコイツとは絡みたくない。よって見なかったことにしたい。
「見ろよ、この頭。頭皮が丸見えだろ? スキンヘッドそのものだろ?」
辻堂が指差した自らの頭皮は陽光に照らされている。
「学園から停学処分になった旨と理由が電話でママに伝えられて、それを知ったお婆ちゃんが大激怒よ」
「ぷっ……!」
今、コイツママって言わなかったか? こんなチンピラじみた奴がママって単語を放ったインパクトで腹筋へのダメージが強いぞ。
「何がおかしいんだおるぁ!!」
俺が吹き出したことに苛立った辻堂に胸倉を更に強く掴まれる。
ごめんなさい。苦しい、あと痛い。皮膚ごと制服をつねらないで。
「怒ったおばあちゃんは言った。『いつも素直で良い子だった晴ちゃんがそんなことをしていたなんて……!』ってなぁ!」
コイツの悪行の数々は事実だから完全に自業自得でしかないんだよなぁ。
あと「素直で良い子」っておばあさん身内贔屓がすぎやしませんかね?
「で、おばあちゃんは自室に向かったと思ったらバリカンを持って戻ってきたのよ。その結果、俺の全髪の毛とついでにピアスがお亡くなりになりましたとさ! おしまい!」
勝手に語って勝手に締めくくられましても。
言われてみればコイツの特徴だったピアスが両耳から外れている。
金髪とピアスがなくなって見た目のヤンキー度は下がったはずなのに、スキンヘッドかつ眉は細いので怖い人度はむしろ増している。少なくとも見た目で舐められる展開はないだろう。
「そ、そう。それは因果応報なことで」
辻堂の家族はまともな倫理観をお持ちのようで安心した。
けどいくらなんでもやりすぎな気も……俺がこんな状態にされたら髪の毛が生えるまで登校拒否しているよ。
「おかげで登校してからたった数分ですっかり有名人になっちまったわ!」
自業自得だけど、さすがに頭皮ツルツルは同情する。
「それはそうと高坂ぁ。また、勝負しようぜぇ」
「勝負って何の勝負?」
「決まってらぁ、ガチのタイマン勝負よぉ」
辻堂は獲物を狙うギラついた目つきで心の底から勘弁してほしいことを口走ってきた。
「俺はこの停学中の二週間ずっと、ずっと、ずっと! お前のことだけを考えて、思い続けてたんだぜ。いやぁ、会いたかったよぉ?」
なんて気持ちの悪い台詞を吐くのだろうかこの悪漢は。
思い続けてたとか、会いたかったとか女の子から言われたら嬉しいけど、コイツの「会いたかった」は普通のそれとは全く意味合いが違う。
「さぁ、ここじゃ誰かに見つかるかもしれねぇから体育館裏へ行こうぜぇ」
辻堂は俺の肩をガシッと掴み、人通りの少ない体育館裏に連行しようとする。
朝一でぶん殴られるのはいくらなんでも眠気覚ましにしては効果が大きすぎるんじゃないのかなぁ? しかも本作用よりも全身打撲という名の副作用の方が強いと思うのですが!
俺が心の中で嘆いた、その時だった。
ダダダダダダダダダダ!
という音そのままを出して何かが急接近してきた。
「ダーリンから手を放しやがれ、ガン細胞!」
「あぁん? 誰だぶげえぇぇっ!」
それは本当に一瞬の出来事だった。
俺が瞬きを一つした間に辻堂の身体は5メートルくらい先まで吹き飛ばされていた。
「ってぇな! 誰――――た、田中さん」
顔面にストレートを繰り出してきた犯人を見るや否や、辻堂の顔から血の気が引いていった。鼻血は引くどころか出続けてるんだけど。
「ダーリンに手を出すたぁいい度胸してんじゃないの、なあガン細胞よ」
辻堂が見上げている相手は185センチはあるんじゃないかというくらい大柄で、身体も引き締まっており、制服の中に隠れている肉体はムキムキに違いない。
そして、最も驚くべきところは、その人は――――
――女子の制服を着ていることだ。
「あのですね、これは男同士の勝負事でして」
「っせぇ! そのきったねえ面を二度と公共の面前に晒すんじゃねぇ!」
「ぐええええぇっ!!」
田中さんはその大きな拳で再び辻堂の顔面にストレートを入れ、宙を舞った辻堂はガラスを突き破って窓の外へと羽ばたいていった――ってこれやばくね!?
「さ、ダーリン。もう安心さね」
うん、俺はできるだけ目を合わせないようにしていたんだけどね。
「あ、ありがとう田中さん」
「田中さんって。アッシのことは絵梨奈って呼んでくり」
「は、はぁ」
俺を助けてくれた正義のヒロイン、いやヒーローは田中絵梨奈さん。2年の女子生徒だ。
絵梨奈という可憐な名前とは裏腹に、外見はガチムチな格闘家そのもので、実際に田中さんはボクシング部に所属している。
性格も男らしくサバサバしているけど生物学上は立派な女性なのだ。
「つ、辻堂は平気なの? ここは三階だよ?」
下手をすれば大怪我どころでは済まないよね? 敵ながらさすがに辻堂が心配になった。
それに窓ガラスの修理費は誰が負担するんだろう。
「威力の調節はしておいたから平気平気。窓の横にある木がクッションになってくれてるはずさね。ま、仮に調節をミスってたとしてもアイツなら簡単には死なんよ」
「威力の調節……」
辻堂の身体はどういう設計をされているというんだ。
しかしそんなことはどうだっていい。
今は、俺こそが生命の危機に瀕してるわけでして。
「さ、ダーリン。せっかくこうして会えたんだ。アッシの愛情を受け取ってね」
「わ、悪いけどHRがはじまるからまたの機会でいいかな? いやぁ本当ごめんね」
「二秒で済むから大丈夫、でっす!」
田中さんは今持っている自分の愛情を俺に注ごうとするのをやめる気はないようだ。
そうか、俺はどうあがいても田中さんの愛からは逃れられないのか。
ならば仕方がない、腹をくくるとしよう。
「分かったよ。田中さんの愛情を全身で受け止める」
「まぁっ、ダーリンったら大胆!」
田中さんはポッと顔を赤くして拳を握り締めると、
「行きますぜダーリン! そりゃああああああああああっ!」
「ぎゃびゃあー! やっぱり痛いいいいいいッッ!」
その大きくて硬い拳を俺に放ってきた。
先ほどの辻堂同様、顔面にストレートを食らい、そのまま廊下の窓ガラスを突き破って外へと吹き飛ばされた。
「……って、うわああああ! 本当に死んじゃうよ!」
あぁ、短い人生だったなぁ。せめて成人したかったよ。
宙を舞い、地面へと落下してゆく――――
――――あれ?
地面に激突した感触がないぞ?
そうか。この世からいなくなる時って、痛みすら感じないんだね。勉強になったよ。
「許可もなしに俺の上に乗っかってんじゃねぇぞ、あぁ?」
「おぉ辻堂、生きてたのか」
辻堂の腹部がクッションになってくれて助かったらしい。
辻堂もまた木の太い枝の上に落下したようで、見たところ外傷はない。お互い無事で何よりだ。
「なに俺の顔を見つめてやがんだよ? 惚れたか?」
今の状況は非常によろしくない。制服越しとはいえ、俺と辻堂の身体は重なり合っている。
これじゃあまるで、腐女子が喜びそうな絵面じゃないか。
「ご、ごめん、すぐにどくから!」
「俺は女の子にしか興味が――ちょ、うぉい!? そんなに動くと……!」
慌てて辻堂から離れると、木の枝が大きく上下左右に揺れ、
「あ――――わああああ!」
「だから言っただろうがああああ!」
俺と辻堂は仲良く地上へと転落して地面にぶつかる――――
――と思いきや、またもや木の枝に着地できた。
「つ、ついてるなあ」
……と安堵したのも束の間。
枝が折れ、またしても重力に逆らえずに落下し、今度こそ地面に叩きつけられた。
自身の背中で地面を叩く鈍い音が俺の耳に響く。
「……ってぇなぁ――クソが!」
「ゲホゲホ……途中で枝に引っかかったおかげで地面にぶつかる衝撃が緩和されて助かったよ」
だけどそれなりに痛い。背中を思いっきり叩きつけて咳込んでしまった。
「――形勢逆転ってこんな時に使うんだろうなぁ? 高坂よぉ」
辻堂は俺に迫る形で四つん這いになって、肉を切望している肉食獣のような表情を浮かべている。
「ヒャハハ……ようやく、ようやく俺が味わってきた数々の雪辱を晴らす時があぁっ!」
大声がうるせぇ。あと唾が顔にかかって不快なんですけど。
「と、とりあえず落ち着こう。な!」
今いる場所は校庭の一端、木々の間なので目立ちこそしないけれど、運悪く誰かにこのイケナイ光景を見られないとも限らない。
こんなところを見られでもしたら――間違いなくあらぬ噂が立つな。勘弁してくれ。
「逃がさねぇぜ? テメェのせいで……テメェのせいで辱めを受けたんだからなぁ!」
「だからそれは自業自得――ゴホン、俺たちがこうして重なってるところを誰かに見られたらどうするよ? それこそ誤解されて、ますます周囲の俺たちを見る目が冷たくなるよ?」
どこからかゲホッ、ゲホッと咳をする音が聞こえてきた。
い、言ったそばから人が来た!?
「ちっ、それもそうだな」
辻堂はしぶしぶ俺から離れた。
ふぅ、なんとか難を逃れたな。
あと数分でHRだし、さすがに辻堂もこれ以上俺に絡むことは諦めたらしい。さっさと踵を返して、上履きのまま校舎の方へと消えていった。
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