次元トランジット 〜時空を超えた先にあるもの〜

柿村 呼波

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第1章 繰り返す女

帰途

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 翌日、鮫島李花が目覚めたのは昼近くなってからだった。ホテルの部屋は予めレイトチェックアウトにしていたので15時までにフロントへ行けば大丈夫だ。昨夜は遅い時間に1人寂しい祝杯をあげたせいでまだ少し頭がボーッとしている。

それにも拘らずただ寝ていただけなのに体はカロリーを要求しているようで空腹を訴えていた。
昨日のルームサービスが思いのほか口にあったこともあって昼食もまたルームサービスを利用した。

「幹彦さんは私が妻になったことをきっと喜んでいるはずね。鮫島一族になれたのだからこれまで以上に出世するはずだし……  私ったらなんて良い妻なのかしら」

鮫島李花は一方的な思い込みで見当違いのことを考えていた。

一族に名を連ねたからといって、鮫島グループの社員は特別待遇になるわけではない。鮫島李花が分不相応な権力を持っているのは単に会長である父が自分に何かあった時の娘の立場を心配しているからに過ぎない。何もできない娘の立ち位置を。そのことを理解していない鮫島李花は世の中何でも自分の思い通りになると本気で思っている。ある意味幸せな人間だ。


 顔を洗い、簡単に身支度を済ませると部屋の呼び出し音が鳴った。部屋のモニターで昨日のバトラーであることを確認し、昼食の準備をしてもらう。

バトラーが部屋を出て行ったのを確認してから用意されたコーヒーを飲んだ。昨日婚姻届を提出したが、戸籍に反映されるまでには1週間から10日程処理に時間がかかる。サンドイッチを食べながら鮫島李花は独り言を呟いた。

「戸籍の確認は現在に戻ってからにするとして、帰ったら私は本城幹彦の妻になっているはずよ。もしあの女が幹彦さんと一緒にいたらすぐに引き離さないといけないわ」

彼女はとうとう夢と現実の区別もつかなくなっていた。

 都会の景色を眺めながら取った昼食も終わり、荷物の整理も済んだ頃には部屋に備え付けてあるアンティーク時計の針は14時45分をさしていた。鮫島梨花は忘れ物がないか確認した。度慣れていることもあり女性にしては少ない荷物を持って部屋を後にした。

フロントでは特に問題なくカードでの支払いを済ませ思いのほか居心地の良かったホテルを出た。過去でするべき用事も済んだので鮫島梨花は現在へ帰ることにした。

帰るためにはどうするのかすぐには思い出せずにいた彼女はディメンションに行った時の記憶を思い起こしていた。少し歩くと人通りの少ない裏通りで小さな公園を見つけた。取り敢えずその公園に入り、首にかけていたドッグタグを手に取りじっと見つめた。

暫くして漸く思い出したのは店主の次の言葉だけだった。

「この場所に帰りたければタグに書いてある数字を声に出して言ってください」

そしてすぐにタグの裏にある9桁の数字を声に出した。すると、行きに見たのと同じ白い扉が忽然と現れた。急いでドアノブにドッグタグを翳すと扉が開き仄かに煌めく青い光を掻き分けてその先を目指した。

 少し離れた場所からその様子の一部始終を見ていた者がいた。気配を消していたせいで彼女は見られていたことに全く気付かなかった。全身黒を纏ったその男も青い光が全て消えると共にフッと姿を消した。



鮫島李花が青い光を通り抜けた先は九条の店であるディメンションだった。

「無事に戻られたようで、過去へのタイムトラベルはいかがでしたか」

突然の声に驚き振り向くと九条が鮫島李花の横、扉があった場所を見ていた。

「あのー、今日は何月何日ですか」

彼女はタイムトラベルの感想など話す気などさらさらなく、とにかく本当に現在に帰ってきたのかだけを確かめたかった。

それを聞いた九条も特に気にする素振りもなく表情を全く変えずにこう切り出した。

「今日は10月21日です。お帰りになったばかりで申し訳ないのですが、そのタグのご返却をお願いいたします」

九条の言葉を聞いた途端、鮫島李花の体は操り人形のように彼女の意思とは関係なく動き出した。それはまるで何かの機械になったようで勝手にドッグタグを九条に渡していた。

タグを返した途端自由に体が動くようになった鮫島李花は九条に問いかけた。

「そうだわ、お支払いはどうすればよろしいかしら」

やはり上から目線で人を見下したような態度を崩さない。さすが腐っても金持ちである。

『払うつもりがあったんだ』と九条はその事にだけは感心した。

「お客様がお支払いされても良いと思う金額をこちらにお願いします。特に決まりのようなものはございませんので」

そう告げると鈍く輝く銀色のトレーをカウンターの上に置いた。それを見た彼女はバッグから封筒を取り出し、中身の現金だけを銀色のトレーの上に置いた。

「ここに10万円あります、お世話になりました」

口から出てきた言葉と彼女の態度は気持ちいいまでに反比例していた。それに置かれた10万円は金持ちの我儘お嬢様である鮫島李花にしてみれば端金であるのでそれくらい痛くも痒くもない。

九条はサッと金額を確認した。

「確かに10万円頂戴いたします」

一応客である鮫島李花に軽く頭を下げた後カウンターから出た九条は店の出入口に歩いて行くと扉を開いた。一刻も早く彼女に退店を促すために。

九条の態度をよく気の利く使用人の様だと勘違いした彼女は機嫌良く店を出た。そしてすぐに配車サービスを利用して帰りのタクシーを呼んだ。程なくして店の前に到着したタクシーに乗り込む。

「有栖川公園までお願い」

それだけ告げると、心得たようにタクシーは大通りへ向けて走り出した。

彼女が利用したタクシーは自動運転だが運転手が乗客にサービスをするタイプで人が乗り降りするときは運転手が後部ドアを開け閉めする。決して自動開閉するものではない。そして単なる乗客ではなく『お客様』としてサービスを提供する会社だった。


 マジックミラーにもなる窓からタクシーが走り出したのを見届けた九条はカウンターを通り控室へ向かおうとした。すると丁度控室から出てきた天ヶ瀬がカウンターの中にある銀色のトレーを見て驚きを隠せなかった。

「この店でこれまでにこんな高い代金支払った人、いましたっけ?」

怪訝な顔をして聞いてくる天ヶ瀬に九条は顔色ひとつ変えずに答えた。

「多分、初めてじゃないかな」

「良かったんですか? 何かあの女の人の周りだけ、ものすご~く空気が重たい感じでしたけど」

「まぁ、あの女性にとっては過去に行ってそれだけ支払っても良い何かがあったんじゃないのかな。初めに払うと言っていたのはあの人だし。私はいくら払ってくれなんて言ってないよ、一言も」
『自分から「お金ならいくらでもお支払いします」って言っているぐらいだしね』九条はあの、捲し立てる様な言葉を思い出し苦笑いしていた。

そんな九条の姿をみた天ヶ瀬はこれから起こるかも知れない何かを心配していた。

「この仕事これで終わればいいけど……」

九条には聞こえない位小さな声でとボソッと呟いた。

「ところで店長、レストランで何かあったのかな?」

その言葉を聞いて天ヶ瀬は本来の目的を思い出した。

「いえ……  店自体のことではなく、我がブルーローズの優秀なソムリエの件で報告です。弟思いの彼は今日も平常運転です。特に変わったところは見受けられませんし何かを無理をしているような感じも見受けられません」

「そうか……  分かった、報告ありがとう」

九条の満足そうな顔を見た天ヶ瀬は、これから起こるであろう厄介ごとは極力被りたくないので、早々に本来の職場であるレストラン・ブルーローズへと戻って行った。

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