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妖精殺し
戦況の悪化
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敵国との会談は、即、戦争である。だから、出征する者たちは全て、北にある国境線へと旅立っていった。同じ頃、王国側では戦争が終わった、という報せがきた。やっぱり、最後は魔法使いかー。
王国側に派遣した魔法使いは、筆頭魔法使いナイン程ではないが、百年に一人誕生するかどうかの才能ある妖精憑きラッセルだ。対人関係は壊滅的にダメなのだけど、その実力は筆頭魔法使いナインの次である。王国からの報告では、一方的な魔法での蹂躙だったという。戦後処理は大変そうだなー。
というわけで、次は帝国が戦争である。王国側は、現在、終戦処理で忙しい。
帝国への人質として捕縛された王弟テンペストは、本当に、わたくしの代理として帝国の戦地へと行ってしまった。
皇族エッセンと皇族メフノフが、女帝の代理として出征したので、王弟テンペストは、戦地に行く必要はなくなったのだ。だけど、テンペストは行ってしまった。
「シーアに、勝利を捧げよう」
とても甘い顔で、わたくしの手に口づけしていう王弟テンペスト。いくら、お気に入りの従妹だからって、命張られても。
そんなわたくしとテンペストのやり取りを見ていた筆頭魔法使いナインが激怒して、また、わたくしに抱きついて、色々としてくれたけど。人前でやるのはやめてぇー。
こうして、わたくしの盾になりそうな人たちはいなくなった。
戦争中でも、帝国の営みは変わらない。皇帝と皇族の仕事がなくなるわけではないのだ。わたくしは、いつもの通り、宰相や大臣たちと書類の仕分けをしていた。
「あーん、仕事がいっぱーいー!! 今日も徹夜になっちゃうー」
「皇族と皇帝の仕事は、我々では出来ませんからね」
「いい感じの皇族は、戦争に出征してしまいましたからね」
「失格紋をしちゃった皇族には割り振れませんし」
「女帝やめたーいー」
いつもの通りに過ごしていた。嘆いたって、女帝やめられないのだから。
そうやって嘆いて、書類の仕分けをして、役割分担をして、としている所に、荒々しくドアが開け放たれた。
入ってきたのは、失格紋をされた皇族ティッシーだ。随分と痩せて、しかも、表情が怖い。
「ティッシー、外に出るなんて、珍しいですね」
ティッシーは、失格紋の儀式を行われてからずっと、部屋から出られなくなっていた。ともかく、どこかの誰かかの復讐を恐れたのだ。一体、私生活では、ティッシー、どんなことをしていたのだろうか。
無言でわたくしの元にやってくるティッシー。宰相と大臣たちがわたくしの前に出ようとするけど、わたくしがそれを手で制した。
「この、卑怯者!!」
そして、ティッシーはわたくしの頬を力いっぱい叩いてくれた。幸い、弱っているから、大した力ではなかったけど、痛いものは痛い。
すぐに宰相と大臣たちがティッシーを止めるように拘束する。ついでに、使用人たちを呼び寄せた。
「もう、大袈裟ですよ。ティッシーと二人だけで話をさせてください」
「それは出来ません」
「我々が、女帝陛下の盾となりましょう」
「ただ、皇族のお友達とお話するだけですよ。下がりなさい。お前たちとティッシー、どちらの身分が上か、わかっていますね」
「そうよ、下がりなさい」
わたくしに言われて、ティッシーも気づき、宰相と大臣たち、ついでに使用人たちに命じた。皇族は貴族より上だ。
この場では、わたくしが一番上なんだけど、誰も従ってくれないなー。女帝なのに。
まだ、何か言いたそうにしていたが、わたくしが笑顔で頷けば、宰相と大臣たちは下がった。城の使用人は契約によって、皇族に従わなければならない。どっちにしても、宰相と大臣たちは、部屋を出るしかなかった。
わたくしは重要書類を箱に片づけた。せっかく仕分けしたもの、ティッシーとの殴り合いで滅茶苦茶にしちゃったら、城で働く者たちが大変よ。作り直しだから。
「準備が出来ました。やりあいましょう」
わたくしは身構える。大人しくやられたままでいない。
「メフノフを出征させないって、言ったじゃない!!」
「メフノフから、何も聞いていませんか?」
「しばらく帰られないと言われただけよ」
呆れた。メフノフ、妻であるティッシーに何も話さず、戦地に行っちゃったんだ。
「メフノフが出征したこと、誰に聞きましたか?」
「メフノフの実家で聞いたのよ」
頑なに部屋から出なかったティッシーは、メフノフのために、部屋を出たのだ。
「ティッシーは、もっと、わたくしに話すべきでした。そうすれば、失格紋の儀式を受けるようなことは起きませんでした」
「そ、その時は、それが最良だと、思ったからぁ」
ボロボロと大粒の涙を流して泣くティッシー。メフノフのために恐ろしい外に出られるティッシーの、メフノフへの気持ちは本物だ。
恋は盲目という。きっと、ティッシーも、そうだったのだろう。正しい判断が出来なくて、間違えてしまったのだ。そこを処刑された皇族ネフティに利用されたのだ。
「今更ですけどね。ちょうどよかったです。ティッシーに頼みたいことがありました。座ってください」
「わたくしも、戦争に行けというのね」
「メフノフのことは、どこまで聞きましたか?」
「出征したことまでは」
「メフノフは、失格紋の移し替えの代償で、わたくしの代理で出征することとなりました」
「そ、そんな………」
裏切られたような気になるティッシー。
メフノフとティッシーの間で、どのような話し合いをされていたのか、わたくしにはわからない。メフノフが失格紋の移し替えを拒否していたことから、失格紋の移し替えが出来ないティッシーのため、メフノフは真実が話せなかったのだろう。だから、出征する話も、ティッシーには内緒にしていたのだ。
立ち尽くして、泣いているティッシーをわたくしは座らせた。もう、ティッシーは抵抗しなかった。
「メフノフは最後まで拒絶しました。それをわたくしが強制的にやっただけです。どうしても、エッセンの力を削ぐために、必要なことでした」
「あのクソジジイの力を?」
「そうです。エッセンは皇族の中では、その力は強すぎます。本来は、失格紋ではなく処刑が順当でした。それをエッセンは孫を助けたいばかりに、失格紋の儀式を強行しました」
「そして、エッセンを戦争のどさくさで殺すのね」
エッセンも出征したこともティッシーはメフノフの両親から聞いたのだ。狂ったように笑うティッシー。
「あんた、おかしい!! 女帝になりたくない、と言って、やっていることは為政者よ!!!」
「これも、女帝を辞めるための、大事な道づくりですよ。わたくしが女帝を辞めるためには、ティッシーの協力も必要です」
「わたくしも利用するのね。あんたの思い通りになんかならない!!」
「そんな怒って、席を立たないでください。最後まで、わたくしの話を聞いてからでいいでしょう。やっと、わたくしの監視が外れたのですから」
わたくしの側を離れなかった筆頭魔法使いナインは、今、戦地だ。ついでに、妖精憑きである王弟テンペストもいない。
わたくし一人は無力だ。だけど、部屋の外には、宰相と大臣たち、ついでに、騎士たちまで待ち構えているだろう。皇族ティッシーは失格紋を受けているため、ただの人の攻撃を跳ねのけられない。
ティッシーは、わたくしのことを疑うように見ながら、大人しく従った。
戦地から、雲行きが怪しい報告が届いた。
「王国側は、囮にされましたね」
敵国は、わざと、王国側の戦争をいつもの通りに行い、終わらせ、油断している帝国側で本気を出したのだ。
「特殊な武器が使われています。また、戦地に、妖精憑きに不利に働く処理がされています」
今回の軍部所属の文官となったナックルが報告する。
「ナインも難しいですか?」
「筆頭魔法使い様がいうには、禁則地を悪用された、と言ってます」
「どうやって?」
「敵国側の禁則地の樹木や石材を使って、簡易的な禁則地を国境沿いに作ったようです」
「そんなことをしたら、敵国側だって、ただでは済まないでしょう」
禁則地は、別名、妖精の安息地と呼ばれている。禁則地では、人も、妖精憑きでさえ、死ぬことがあるほど、妖精の支配が強くなる。
そんな恐ろしい場所を簡易的に作ることは、帝国側だけでなく、敵国側だって不利になる。妖精にはただの人同士の戦争なんて関係ない。禁則地を侵す者は皆、無礼者なので、妖精は簡単に人を殺す。
戦争なんて、禁則地へ侵略するようなものだ。簡易的とはいえ、そこには妖精たちがいる。敵国側のただの人だって、侵略者だ。
「敵国側は、妖精除けの道具を使っています」
「神と妖精、聖域の教えを捨てたくせに、そういう道具は使うのですね」
敵国の行いに、わたくしは呆れた。節操がない。
帝国では、敵国の文化全てを受け入れない。それは王国も同じだ。だって、戦争では常に勝者なのだ。敗戦国の文化なんていらない。だから、帝国も王国も、ずっと、変わらない文化である。
しかし、敵国は常に敗戦国であるため、色々と技術を取り入れていたのだろう。捨て去った宗教を上手に利用したのだ。その戦い方は、帝国では思いつかない方法である。
節操がない、と言われるが、相手の弱点をうまくついた戦略である。
妖精を封じられたら、帝国はただの人の武力で戦うしかない。だけど、敵国側は簡易的とはいえ、禁則地を作ったのだ。そこに入った帝国側は、無事ではすまないだろう。
「簡易禁則地からは撤退しましたか?」
「半数は、禁則地から戻っていません」
「報告、ありがというございます。敵国が攻撃型の魔道具を使う前に、対策をとりましょう。ナックルはここで、わたくしに報告しているふりをしてください」
「………え?」
「確か、ここにあったような、ありました!!」
「女帝陛下ーーーーーー!!!」
城の隠し通路の入口を作動させると、文官ナックルがわたくしの腕をつかんだ。
「一人でどこに行くのですか!?」
「ちょっと、辺境まで逃げようかと。ほら、戦況は不利だから」
「………冗談ですよね?」
「ナインがどうしようも出来ないことをわたくしが出来るはずがないでしょう」
「わかりました。僕はここで盾となります。逃げてください」
「じょ、冗談ですよ!!」
「僕たち家族は、女帝陛下に救われました。僕は命をかけて、女帝陛下を守ります」
「わたくしは逃げた、と言ってください。いいですね。命を捨てるようなことはしないでくださいよ!!」
文官ナックルが忠誠心を見せてくるから、やりづらい。こんなことされたら、逃げられないじゃないですか。
まあ、失敗したら、逃げちゃうけど。王国には従兄ヘイズがいますし、逃げちゃおう。別に、敵国に移住したっていいし。
文官ナックルが何か、悟ったような顔で見送る。うーん、逃げづらくなる。
「ナックル先輩には家族がいるのですから、そちらを優先してくださいね。絶対ですよ」
「女帝陛下も、命を大事にしてください。生きていれば、どうにかなる」
「そうです。だから、命、大事に、です!!」
「女帝陛下のために、この命、捧げる覚悟です。僕が勝手にやることだ。気にするな」
くっそー、妙な所で男気を見せるなー。わたくしは容赦なく、隠し通路の入口を閉じた。いつまでも文官ナックルの顔を見てるから、心が揺れるのよ。
城にはたくさんの隠し通路がある。ただ、これ、妖精の魔法が施されていて、道順を間違えると、元に戻ってしまうのだ。
その妖精の魔法も、皇族だけは除外される。道順を間違えても、きちんと進めるのだ。
わたくしは、貴族の学校に在籍中から使い続けている隠し通路を知り尽くしていた。最初は、道順が描かれた紙を先帝シオンから受け取って、進んでいたのだ。それも、今では、隠し通路は誰よりも知り尽くしている。
わたくしは、目的の場所へと続く道順を進む。かなり通り場所だけど、この隠し通路は王都の中しかない。辺境になんて行けない。
だから、わたくしは、王都の貧民街に出た。
「もう、臭い!!」
王都の貧民街って、異臭がすごいのよね。最初は、それどころではなかったから気にならなかったけど、今は、ちょっと余裕があるので、この異臭が気になってしまう。
「おい、また来たのか!!」
同じ場所に出たからだろう。以前、王都の貧民街の支配者へ案内を頼んだ貧民がわたくしに声をかけてきた。
他にも、わたくしに近づこうとするが、その貧民が牽制してくれた。
「やめとけ、こいつ、ヤバいから」
「ひっどーいー!!!」
「聞いたぞ、支配者を土下座させたって」
「コウエンが勝手にやったことです。わたくしがやらせたわけじゃないのにぃ」
「ほらな」
えー、わたくし、無罪なのにー。王都の貧民街の支配者コウエンを土下座させた女、として、他の貧民たちは遠巻きに見てきた。
「それで、また、支配者のトコに案内すればいいのか?」
「そうです」
「またか!! 今度は、何をやったんだ?」
「辺境に逃がしてもらおうかと」
「まさか、戦況が悪いのか?」
「わたくしも出来ることはやりますが、万が一、ということもありますから、エンジと一緒に逃げちゃう算段をつけたいので」
「………」
「はやく、案内してください」
「最低だな、てめぇは」
貧民のくせに、わたくしが逃げることを蔑む。
わたくしは、容赦なく、貧民の手に金貨数枚を押し付ける。
「さっさと案内してください」
「………」
「危なくなったら、あなたも逃げなさい。命あってこそ、ですよ」
「ちっ」
嫌々、貧民はわたくしの前を歩いた。
てっきり、前回、案内された酒場に行くものと思っていたら、直接、支配者がいる建物に案内された。
「前回は、遠回りしたのにー」
「てめぇの案内は疲れると言われたんだよ!! 一体、何やったんだよ!!!」
「この建物、高すぎるのですよ。途中で疲れちゃったから、おぶってもらいました」
「俺は無理だからな!!」
「箱入り娘なので、登るのはちょっと。そうだ、コウエンに降りてきてもらいましょう。ほら、呼んできてください」
「………」
物凄くびっくりした顔をされた。わたくし、当然なことを言ったのにぃ。
貧民はかなり悩んだけど、わたくしを途中でおぶる可能性を見て、一人で建物を登っていった。
わたくしは建物内にある適当な場所で座って待っていた。最初は足音は一つだったけど、それが複数になった。しかも、バタバタとすごい足音なの。
王都の貧民街の支配者コウエンは、階段を降り切って、わたくしの前にひれ伏した。
「女帝陛下、何用でしょうか!!」
「もう、そんなことしないでください。貧民の間では、支配者を土下座させる女、なんて悪名が広がってしまいますよ」
「勘弁してください!!」
「どこかの部屋で話しましょう。コウエンに頼みたいことがあります」
「何でもいうことを聞きます!!」
「本当ですか?」
「………」
「どんなお願いしようかなー」
「で、出来ることであれば」
「そんな、無理難題のお願いなんかしませんよ!! ちょっと、妖精殺しの貴族を呼んでほしいだけです」
「無理だーーーーーーーーー!!!!」
わたくしのお願いを聞いて、王都の貧民街の支配者コウエンは、ひれ伏したまま叫んだ。
王国側に派遣した魔法使いは、筆頭魔法使いナイン程ではないが、百年に一人誕生するかどうかの才能ある妖精憑きラッセルだ。対人関係は壊滅的にダメなのだけど、その実力は筆頭魔法使いナインの次である。王国からの報告では、一方的な魔法での蹂躙だったという。戦後処理は大変そうだなー。
というわけで、次は帝国が戦争である。王国側は、現在、終戦処理で忙しい。
帝国への人質として捕縛された王弟テンペストは、本当に、わたくしの代理として帝国の戦地へと行ってしまった。
皇族エッセンと皇族メフノフが、女帝の代理として出征したので、王弟テンペストは、戦地に行く必要はなくなったのだ。だけど、テンペストは行ってしまった。
「シーアに、勝利を捧げよう」
とても甘い顔で、わたくしの手に口づけしていう王弟テンペスト。いくら、お気に入りの従妹だからって、命張られても。
そんなわたくしとテンペストのやり取りを見ていた筆頭魔法使いナインが激怒して、また、わたくしに抱きついて、色々としてくれたけど。人前でやるのはやめてぇー。
こうして、わたくしの盾になりそうな人たちはいなくなった。
戦争中でも、帝国の営みは変わらない。皇帝と皇族の仕事がなくなるわけではないのだ。わたくしは、いつもの通り、宰相や大臣たちと書類の仕分けをしていた。
「あーん、仕事がいっぱーいー!! 今日も徹夜になっちゃうー」
「皇族と皇帝の仕事は、我々では出来ませんからね」
「いい感じの皇族は、戦争に出征してしまいましたからね」
「失格紋をしちゃった皇族には割り振れませんし」
「女帝やめたーいー」
いつもの通りに過ごしていた。嘆いたって、女帝やめられないのだから。
そうやって嘆いて、書類の仕分けをして、役割分担をして、としている所に、荒々しくドアが開け放たれた。
入ってきたのは、失格紋をされた皇族ティッシーだ。随分と痩せて、しかも、表情が怖い。
「ティッシー、外に出るなんて、珍しいですね」
ティッシーは、失格紋の儀式を行われてからずっと、部屋から出られなくなっていた。ともかく、どこかの誰かかの復讐を恐れたのだ。一体、私生活では、ティッシー、どんなことをしていたのだろうか。
無言でわたくしの元にやってくるティッシー。宰相と大臣たちがわたくしの前に出ようとするけど、わたくしがそれを手で制した。
「この、卑怯者!!」
そして、ティッシーはわたくしの頬を力いっぱい叩いてくれた。幸い、弱っているから、大した力ではなかったけど、痛いものは痛い。
すぐに宰相と大臣たちがティッシーを止めるように拘束する。ついでに、使用人たちを呼び寄せた。
「もう、大袈裟ですよ。ティッシーと二人だけで話をさせてください」
「それは出来ません」
「我々が、女帝陛下の盾となりましょう」
「ただ、皇族のお友達とお話するだけですよ。下がりなさい。お前たちとティッシー、どちらの身分が上か、わかっていますね」
「そうよ、下がりなさい」
わたくしに言われて、ティッシーも気づき、宰相と大臣たち、ついでに使用人たちに命じた。皇族は貴族より上だ。
この場では、わたくしが一番上なんだけど、誰も従ってくれないなー。女帝なのに。
まだ、何か言いたそうにしていたが、わたくしが笑顔で頷けば、宰相と大臣たちは下がった。城の使用人は契約によって、皇族に従わなければならない。どっちにしても、宰相と大臣たちは、部屋を出るしかなかった。
わたくしは重要書類を箱に片づけた。せっかく仕分けしたもの、ティッシーとの殴り合いで滅茶苦茶にしちゃったら、城で働く者たちが大変よ。作り直しだから。
「準備が出来ました。やりあいましょう」
わたくしは身構える。大人しくやられたままでいない。
「メフノフを出征させないって、言ったじゃない!!」
「メフノフから、何も聞いていませんか?」
「しばらく帰られないと言われただけよ」
呆れた。メフノフ、妻であるティッシーに何も話さず、戦地に行っちゃったんだ。
「メフノフが出征したこと、誰に聞きましたか?」
「メフノフの実家で聞いたのよ」
頑なに部屋から出なかったティッシーは、メフノフのために、部屋を出たのだ。
「ティッシーは、もっと、わたくしに話すべきでした。そうすれば、失格紋の儀式を受けるようなことは起きませんでした」
「そ、その時は、それが最良だと、思ったからぁ」
ボロボロと大粒の涙を流して泣くティッシー。メフノフのために恐ろしい外に出られるティッシーの、メフノフへの気持ちは本物だ。
恋は盲目という。きっと、ティッシーも、そうだったのだろう。正しい判断が出来なくて、間違えてしまったのだ。そこを処刑された皇族ネフティに利用されたのだ。
「今更ですけどね。ちょうどよかったです。ティッシーに頼みたいことがありました。座ってください」
「わたくしも、戦争に行けというのね」
「メフノフのことは、どこまで聞きましたか?」
「出征したことまでは」
「メフノフは、失格紋の移し替えの代償で、わたくしの代理で出征することとなりました」
「そ、そんな………」
裏切られたような気になるティッシー。
メフノフとティッシーの間で、どのような話し合いをされていたのか、わたくしにはわからない。メフノフが失格紋の移し替えを拒否していたことから、失格紋の移し替えが出来ないティッシーのため、メフノフは真実が話せなかったのだろう。だから、出征する話も、ティッシーには内緒にしていたのだ。
立ち尽くして、泣いているティッシーをわたくしは座らせた。もう、ティッシーは抵抗しなかった。
「メフノフは最後まで拒絶しました。それをわたくしが強制的にやっただけです。どうしても、エッセンの力を削ぐために、必要なことでした」
「あのクソジジイの力を?」
「そうです。エッセンは皇族の中では、その力は強すぎます。本来は、失格紋ではなく処刑が順当でした。それをエッセンは孫を助けたいばかりに、失格紋の儀式を強行しました」
「そして、エッセンを戦争のどさくさで殺すのね」
エッセンも出征したこともティッシーはメフノフの両親から聞いたのだ。狂ったように笑うティッシー。
「あんた、おかしい!! 女帝になりたくない、と言って、やっていることは為政者よ!!!」
「これも、女帝を辞めるための、大事な道づくりですよ。わたくしが女帝を辞めるためには、ティッシーの協力も必要です」
「わたくしも利用するのね。あんたの思い通りになんかならない!!」
「そんな怒って、席を立たないでください。最後まで、わたくしの話を聞いてからでいいでしょう。やっと、わたくしの監視が外れたのですから」
わたくしの側を離れなかった筆頭魔法使いナインは、今、戦地だ。ついでに、妖精憑きである王弟テンペストもいない。
わたくし一人は無力だ。だけど、部屋の外には、宰相と大臣たち、ついでに、騎士たちまで待ち構えているだろう。皇族ティッシーは失格紋を受けているため、ただの人の攻撃を跳ねのけられない。
ティッシーは、わたくしのことを疑うように見ながら、大人しく従った。
戦地から、雲行きが怪しい報告が届いた。
「王国側は、囮にされましたね」
敵国は、わざと、王国側の戦争をいつもの通りに行い、終わらせ、油断している帝国側で本気を出したのだ。
「特殊な武器が使われています。また、戦地に、妖精憑きに不利に働く処理がされています」
今回の軍部所属の文官となったナックルが報告する。
「ナインも難しいですか?」
「筆頭魔法使い様がいうには、禁則地を悪用された、と言ってます」
「どうやって?」
「敵国側の禁則地の樹木や石材を使って、簡易的な禁則地を国境沿いに作ったようです」
「そんなことをしたら、敵国側だって、ただでは済まないでしょう」
禁則地は、別名、妖精の安息地と呼ばれている。禁則地では、人も、妖精憑きでさえ、死ぬことがあるほど、妖精の支配が強くなる。
そんな恐ろしい場所を簡易的に作ることは、帝国側だけでなく、敵国側だって不利になる。妖精にはただの人同士の戦争なんて関係ない。禁則地を侵す者は皆、無礼者なので、妖精は簡単に人を殺す。
戦争なんて、禁則地へ侵略するようなものだ。簡易的とはいえ、そこには妖精たちがいる。敵国側のただの人だって、侵略者だ。
「敵国側は、妖精除けの道具を使っています」
「神と妖精、聖域の教えを捨てたくせに、そういう道具は使うのですね」
敵国の行いに、わたくしは呆れた。節操がない。
帝国では、敵国の文化全てを受け入れない。それは王国も同じだ。だって、戦争では常に勝者なのだ。敗戦国の文化なんていらない。だから、帝国も王国も、ずっと、変わらない文化である。
しかし、敵国は常に敗戦国であるため、色々と技術を取り入れていたのだろう。捨て去った宗教を上手に利用したのだ。その戦い方は、帝国では思いつかない方法である。
節操がない、と言われるが、相手の弱点をうまくついた戦略である。
妖精を封じられたら、帝国はただの人の武力で戦うしかない。だけど、敵国側は簡易的とはいえ、禁則地を作ったのだ。そこに入った帝国側は、無事ではすまないだろう。
「簡易禁則地からは撤退しましたか?」
「半数は、禁則地から戻っていません」
「報告、ありがというございます。敵国が攻撃型の魔道具を使う前に、対策をとりましょう。ナックルはここで、わたくしに報告しているふりをしてください」
「………え?」
「確か、ここにあったような、ありました!!」
「女帝陛下ーーーーーー!!!」
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「一人でどこに行くのですか!?」
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「………冗談ですよね?」
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「じょ、冗談ですよ!!」
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まあ、失敗したら、逃げちゃうけど。王国には従兄ヘイズがいますし、逃げちゃおう。別に、敵国に移住したっていいし。
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「ナックル先輩には家族がいるのですから、そちらを優先してくださいね。絶対ですよ」
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「そうです。だから、命、大事に、です!!」
「女帝陛下のために、この命、捧げる覚悟です。僕が勝手にやることだ。気にするな」
くっそー、妙な所で男気を見せるなー。わたくしは容赦なく、隠し通路の入口を閉じた。いつまでも文官ナックルの顔を見てるから、心が揺れるのよ。
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その妖精の魔法も、皇族だけは除外される。道順を間違えても、きちんと進めるのだ。
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わたくしは、目的の場所へと続く道順を進む。かなり通り場所だけど、この隠し通路は王都の中しかない。辺境になんて行けない。
だから、わたくしは、王都の貧民街に出た。
「もう、臭い!!」
王都の貧民街って、異臭がすごいのよね。最初は、それどころではなかったから気にならなかったけど、今は、ちょっと余裕があるので、この異臭が気になってしまう。
「おい、また来たのか!!」
同じ場所に出たからだろう。以前、王都の貧民街の支配者へ案内を頼んだ貧民がわたくしに声をかけてきた。
他にも、わたくしに近づこうとするが、その貧民が牽制してくれた。
「やめとけ、こいつ、ヤバいから」
「ひっどーいー!!!」
「聞いたぞ、支配者を土下座させたって」
「コウエンが勝手にやったことです。わたくしがやらせたわけじゃないのにぃ」
「ほらな」
えー、わたくし、無罪なのにー。王都の貧民街の支配者コウエンを土下座させた女、として、他の貧民たちは遠巻きに見てきた。
「それで、また、支配者のトコに案内すればいいのか?」
「そうです」
「またか!! 今度は、何をやったんだ?」
「辺境に逃がしてもらおうかと」
「まさか、戦況が悪いのか?」
「わたくしも出来ることはやりますが、万が一、ということもありますから、エンジと一緒に逃げちゃう算段をつけたいので」
「………」
「はやく、案内してください」
「最低だな、てめぇは」
貧民のくせに、わたくしが逃げることを蔑む。
わたくしは、容赦なく、貧民の手に金貨数枚を押し付ける。
「さっさと案内してください」
「………」
「危なくなったら、あなたも逃げなさい。命あってこそ、ですよ」
「ちっ」
嫌々、貧民はわたくしの前を歩いた。
てっきり、前回、案内された酒場に行くものと思っていたら、直接、支配者がいる建物に案内された。
「前回は、遠回りしたのにー」
「てめぇの案内は疲れると言われたんだよ!! 一体、何やったんだよ!!!」
「この建物、高すぎるのですよ。途中で疲れちゃったから、おぶってもらいました」
「俺は無理だからな!!」
「箱入り娘なので、登るのはちょっと。そうだ、コウエンに降りてきてもらいましょう。ほら、呼んできてください」
「………」
物凄くびっくりした顔をされた。わたくし、当然なことを言ったのにぃ。
貧民はかなり悩んだけど、わたくしを途中でおぶる可能性を見て、一人で建物を登っていった。
わたくしは建物内にある適当な場所で座って待っていた。最初は足音は一つだったけど、それが複数になった。しかも、バタバタとすごい足音なの。
王都の貧民街の支配者コウエンは、階段を降り切って、わたくしの前にひれ伏した。
「女帝陛下、何用でしょうか!!」
「もう、そんなことしないでください。貧民の間では、支配者を土下座させる女、なんて悪名が広がってしまいますよ」
「勘弁してください!!」
「どこかの部屋で話しましょう。コウエンに頼みたいことがあります」
「何でもいうことを聞きます!!」
「本当ですか?」
「………」
「どんなお願いしようかなー」
「で、出来ることであれば」
「そんな、無理難題のお願いなんかしませんよ!! ちょっと、妖精殺しの貴族を呼んでほしいだけです」
「無理だーーーーーーーーー!!!!」
わたくしのお願いを聞いて、王都の貧民街の支配者コウエンは、ひれ伏したまま叫んだ。
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過労死して異世界転生。今度こそ絶対に働かないと決めたのに、何をやっても才能がバレてしまう——。農村で静かに暮らすはずが、魔力、農業、医療……気づけば誰も放っておかない。チートで穏やか系の異世界スローライフ。
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クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
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加藤あいは高校2年生。
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追放された公爵令息、神竜と共に辺境スローライフを満喫する〜無敵領主のまったり改革記〜
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屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。
2020/9/19 第一章終了
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2021/2/28 完結
【完結】剣聖と聖女の娘はのんびりと(?)後宮暮らしを楽しむ
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