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第三章

弟の部屋

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「はあ、疲れたな」

 家に帰っていつものように翔への挨拶をすませ、部屋へと戻る。ドアに手をかけてから、なんとなく隣の翔の部屋が気になった。躊躇しながらも、久しく触りもしなかったそのドアを開けた。

 窓が開いている。部屋もきれいにされていて、ほこり一つないように見えた。もしかしたら私の部屋よりきれいかもしれない。翔が生きていた頃そのままだ。
 小さな箪笥の横にあるおもちゃ入れ。その中には当時と変わらないフィギュアやボール、パズルなどが入っていた。

「これ、私が払いのけちゃったやつだな。……ほこり一つ、付いてないや」

 本棚にある絵本や童話もそうだ。お母さんがきれいに掃除して、この部屋の……翔の思い出と向き合っている。お父さんだって、休みの日に時々この部屋に入っていくのを見たことがある。なんにしても私なんかよりはずっとましだ。

 一つ一つ本を取り出してパラパラとめくった。大きく描かれた絵や文に、翔にねだられて読み聞かせをしたときのことを思い出し、目頭が熱くなる。

「……ん、これは? 絵日記?」

 こんなの書いてたんだ、知らなかった。
 パラッとめくってみた。だけど幼い翔が描いたものだ。文字なんて書かれているわけがなく絵も汚くて、何が描かれているのかはっきり言ってよく分からなかった。

 それでもめくっていくうちにつたなくても上達しているのが見てとれた。なんだか分からなかった絵は、なんとか人くらいは判別できるようになっていたし、ママとかおねえちゃんらしき文字も書かれるようになっていた。

「でもやっぱり、なにが言いたいのかは分からないや」

 それでも、私のことを描いてくれていたんだな。

 ――辛いことだけじゃなく、翔君との楽しかったこととかも思い出してあげなよ。

 ぽたりと手の甲に、なにかが落ちた。――涙だ。

「ウソでしょ」

 気が付いた途端、涙が後から後からボロボロと零れ落ちてくる。
 翔が死んだときだって、こんなに泣くことはなかった。なかったのに……。

 誰もいないのをいいことに、私はひとしきり泣いた。人の体から、こんなに水分が出てくるものなのかと思うほどに。
 真っ赤になった目や鼻をお母さんに見られるわけにはいかないので、そのあと夕飯までずっと部屋に引っ込んでいた。

 不思議だね。翔のことを思い出すのは辛くて苦しいしかないって、ずっとそう思っていたのに。今の私は確実に、今までよりもずっとスッキリとしていた。
 
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