上 下
30 / 62
第四章

初めての料理

しおりを挟む
 ……疲れた。
 何気なく時刻に目をやって、我に返る。疲れるはずだ。もう午前一時を過ぎていた。

 とりあえず、今まで見てきたレシピの中で、私でも出来そうだと思えたお味噌汁と巣ごもり卵を作ろうと決意して、アラームをセットし、布団に入った。

 きっと精神的な変な疲れのせいなのだろう。あれからすぐに横になったにも関わらず、私はなかなか寝付けなかった。おかげで、アラームに起こされたはいいものの、なかなか布団から起き出すことが出来ずにいた。

 何とか無理やり目をこじ開けて時刻を確認すると、もう六時前になっていた。

 いけない! もう起きないと、ご飯の支度に間に合わないわ!

 急いで飛び起きて、顔を洗った。そして昨日確認しておいた材料を出し、レシピ動画を確認しながら、まずはお味噌汁を作ろうと乾燥した昆布をハサミでカットして、水を入れた鍋に投入。

 約一時間放置らしいけど、たぶんそんな時間は無いだろう。ギリギリの時間を計算して取り掛からなきゃ。

 とりあえず豆腐を切り、乾燥わかめを分量分だけ器に取り出して置き、後で水に戻そうと準備だけしておいた。

 ええっと、それから……。ああ、そうそう巣ごもり卵だわ。まずは、キャベツを千切りに……。
 千切り……、千切り……。ふ、太すぎたかしら? もうちょっと細く……。ああ! 嫌だ。なんだかすごい不格好。

「おはよう、早いな」
「キャアッ!」

 千切りに没頭している時に、突然声を掛けられて心底びっくりした。慌てて包丁を落としそうになり、咄嗟にまな板の上に放るように投げ出した。

「大丈夫か、桐子! 怪我は!?」

 私の慌てた行為に驚いた高遠さんが、駆け寄り私の両手をグイッと引き寄せた。

「……あ、あの……。だ、大丈夫です」

 高遠さんは無言で私の両手を確認して、ふうっと息を吐く。

「気を付けてやれよ」
「は、はい。ありがとうございます」

 ……どうしよう。こんなことですら、ドキドキする。
 高遠さんをまだ諦めきれていない私には、凄く酷な優しさだけど……。

 いけない、いけない。今は余計なことを考えている時間なんて無いんだわ。

 私はレシピ動画を見ながら、黙々と料理を進める事だけを考えようと、頭を切り替えた。

「高遠さん、あの、何時ごろ出ればいいのですか?」
「ああ。八時前……。七時五十分ごろに出れば、余裕で間に合う。あと……、一時間くらいだな」
「分かりました」

 急がなくちゃ。普通の人なら余裕なんだろうけど、私には初めての料理だ。きっと、目安時間なんて当てにならないだろう。
 もう切り方が不格好だなんて言っている余裕なんて無い。変な見栄を張るのは止めて、先を急ぐことにした。 

 かなり不格好ながら、何とか完成した朝食を食卓に並べた。艶やかでほっこりしているのは高遠さんが炊いたご飯だけで、私の作った味噌汁は豆腐の大きさがまちまちで不格好。巣ごもり卵なんて、ニンジンが思うように細く切れなくて硬いところもあり、かと思うと焦げてしまっているところもあってさんざんな出来栄えだった。

「……上手く出来なくて、すみません」
「いや? 味は、まずまずだよ」

 そう言って笑ってくれる高遠さんにキュンとして、また心の中でため息を吐いた。
しおりを挟む

処理中です...