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第四章
出会いは最初が肝心ですよ?
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夕御飯を食べ終えて片付けを終えた私の傍にやって来た理史さんが、腕をのばして私をそっと引き寄せ力強く抱きしめた。
「智未……」
優しく、甘くとろけるような声で彼が私の名を呼ぶ。呼応するようにギュッと私も彼の背中に腕を回し力を籠めた。
今までとは違うんだ。もう兄妹かもしれないという呪縛から離れて、思いっきり心の底から甘えてもいいんだよね。
しばらくそうやってお互いの体温を感じあう。幸せの中に溺れていた最中、理史さんの私を包む腕の力が緩み体が少し離された。そして上向かされた顔に、ゆっくりと近づいてくる端正な顔。
あ……。
不器用にゆっくりと、理史さんの唇が私の唇に押し当てられた。そしてそれはゆっくりと離れ、何度も何度も私の唇に押し当てられる。
恋愛にも自分の容姿にも興味がなかった彼だ。そんな彼が、手際よくリードしてくれるわけがなかった。
でも、それがうれしい。すごく、すごく幸せだ。だって私も、彼ほどではないけれど、恋愛初心者なのだ。
「理史さん、理史さん。これ、この格好いいと思います?」
あの初めてのキスの後、理史さんのご両親に私を紹介する日が決まったと言われた。それが、この土曜日。今日だ。
そろそろ行く時間が迫ってきているので、着ていく服が変じゃないか見てもらっている。
「……いいな。智未、こんな服持っていたんだな」
「はい。上京する時に、母が何かあった時のためにって言って買ってくれたんです」
お母さんは何も言わなかったけれど、たぶん有事の時のためにと、貯めていたお金で買ってくれたんだろう。そんな思いが嬉しくて、もったいなくて今まで着けられなかったものだ。
「そうか。……いいお母さんだな」
「……はい」
理史さんから私達の両親とのいざこざを教えてもらっている身としては、どう返事をしていいのか分からなくて曖昧に答えた。そんな私の気持ちを知ってか知らずか、理史さんはソファに深く身を沈める。
あれ?
「理史さん、支度は?」
「ん? このままだが」
「えっ? でも、それ普段着ですよね」
「実家だし、いいだろう?」
え~、それはそうですけど。出来ればこのワンピと似合う服を着てほしい。自分だけが気合いを入れていると思われるのは、かなり恥ずかしい。
「なんだ、不満か?」
「……こないだ外出時に着ていた、ネイビーのシャツが好きです」
それに着替えて来て下さいという思いを込めて、理史さんをじっと見つめる。その意思をくみ取ったのか、理史さんは頭を掻いて立ち上がった。
「……着替えて来る」
部屋に向かう理史さんを見てホッとして、私も自分の支度に掛かった。
「いけない、いけない。忘れるとこだった」
私の部屋の隅に置いておいた、和菓子の詰め合わせ。
初めて彼の実家を訪問する事になったと大谷さん達に相談した時、お茶菓子になるような手土産を持って行きなさいよと教えてもらい、慌ててその日の帰りに買って来たものだ。
忘れ物の無いことを確認し、戸締まりをして玄関に向かう。理史さんも階段を下りて来た。
「そろそろ行こうか」
「はい」
靴を履いて手土産を手に持つ私を見て、理史さんは小首を傾げた。
「智未、何だそれは?」
「ご両親への手土産ですよ。和菓子の詰め合わせです。……あっ、お父さんは和菓子とか大丈夫でしょうか」
「好きだと思うぞ。羊羹食べてた記憶あるし。だけどそんな、気を遣うことはなかったのに」
「え~? ダメですよ、そんな」
理史さんが車のカギを開けたので、後部座席に手土産を乗っけた。
「出会いは最初が肝心なんだって、大谷さんたちが言ってました。理史さんのお父さんたちに、気の利かない子だとは思われたくないです」
「最初が肝心か……」
理史さんの呟きに、私達のちっとも素敵とは言えない出会いを思い出した。ぼさぼさのヨレヨレ。しかもお腹が空き過ぎて、一人で歩くことすら出来なかった理史さん。
チラリと理史さんを見ると、何とも言えない微妙な表情だ。きっと彼も、その時の事を思い出したのだろう。
「逆パターンもあるのでしょうけど、今日は正攻法がいいと思います」
「……だな」
理史さんは笑って車に乗り込む。私もその後に続いた。
「智未……」
優しく、甘くとろけるような声で彼が私の名を呼ぶ。呼応するようにギュッと私も彼の背中に腕を回し力を籠めた。
今までとは違うんだ。もう兄妹かもしれないという呪縛から離れて、思いっきり心の底から甘えてもいいんだよね。
しばらくそうやってお互いの体温を感じあう。幸せの中に溺れていた最中、理史さんの私を包む腕の力が緩み体が少し離された。そして上向かされた顔に、ゆっくりと近づいてくる端正な顔。
あ……。
不器用にゆっくりと、理史さんの唇が私の唇に押し当てられた。そしてそれはゆっくりと離れ、何度も何度も私の唇に押し当てられる。
恋愛にも自分の容姿にも興味がなかった彼だ。そんな彼が、手際よくリードしてくれるわけがなかった。
でも、それがうれしい。すごく、すごく幸せだ。だって私も、彼ほどではないけれど、恋愛初心者なのだ。
「理史さん、理史さん。これ、この格好いいと思います?」
あの初めてのキスの後、理史さんのご両親に私を紹介する日が決まったと言われた。それが、この土曜日。今日だ。
そろそろ行く時間が迫ってきているので、着ていく服が変じゃないか見てもらっている。
「……いいな。智未、こんな服持っていたんだな」
「はい。上京する時に、母が何かあった時のためにって言って買ってくれたんです」
お母さんは何も言わなかったけれど、たぶん有事の時のためにと、貯めていたお金で買ってくれたんだろう。そんな思いが嬉しくて、もったいなくて今まで着けられなかったものだ。
「そうか。……いいお母さんだな」
「……はい」
理史さんから私達の両親とのいざこざを教えてもらっている身としては、どう返事をしていいのか分からなくて曖昧に答えた。そんな私の気持ちを知ってか知らずか、理史さんはソファに深く身を沈める。
あれ?
「理史さん、支度は?」
「ん? このままだが」
「えっ? でも、それ普段着ですよね」
「実家だし、いいだろう?」
え~、それはそうですけど。出来ればこのワンピと似合う服を着てほしい。自分だけが気合いを入れていると思われるのは、かなり恥ずかしい。
「なんだ、不満か?」
「……こないだ外出時に着ていた、ネイビーのシャツが好きです」
それに着替えて来て下さいという思いを込めて、理史さんをじっと見つめる。その意思をくみ取ったのか、理史さんは頭を掻いて立ち上がった。
「……着替えて来る」
部屋に向かう理史さんを見てホッとして、私も自分の支度に掛かった。
「いけない、いけない。忘れるとこだった」
私の部屋の隅に置いておいた、和菓子の詰め合わせ。
初めて彼の実家を訪問する事になったと大谷さん達に相談した時、お茶菓子になるような手土産を持って行きなさいよと教えてもらい、慌ててその日の帰りに買って来たものだ。
忘れ物の無いことを確認し、戸締まりをして玄関に向かう。理史さんも階段を下りて来た。
「そろそろ行こうか」
「はい」
靴を履いて手土産を手に持つ私を見て、理史さんは小首を傾げた。
「智未、何だそれは?」
「ご両親への手土産ですよ。和菓子の詰め合わせです。……あっ、お父さんは和菓子とか大丈夫でしょうか」
「好きだと思うぞ。羊羹食べてた記憶あるし。だけどそんな、気を遣うことはなかったのに」
「え~? ダメですよ、そんな」
理史さんが車のカギを開けたので、後部座席に手土産を乗っけた。
「出会いは最初が肝心なんだって、大谷さんたちが言ってました。理史さんのお父さんたちに、気の利かない子だとは思われたくないです」
「最初が肝心か……」
理史さんの呟きに、私達のちっとも素敵とは言えない出会いを思い出した。ぼさぼさのヨレヨレ。しかもお腹が空き過ぎて、一人で歩くことすら出来なかった理史さん。
チラリと理史さんを見ると、何とも言えない微妙な表情だ。きっと彼も、その時の事を思い出したのだろう。
「逆パターンもあるのでしょうけど、今日は正攻法がいいと思います」
「……だな」
理史さんは笑って車に乗り込む。私もその後に続いた。
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これからも更新を楽しみにしています。
ぷりんさん、感想をありがとうございます!
(リプ時、急いでいたので端折ってしまってましたが、私は通知設定をずっとしていません💦気付くのが遅くなってすみません)
高科さんの話し方が気に入ったとは……!😲
キャラごとに話し方を変えたいなとは思っていましたが、面白がってもらえたのは初めてなので、これを機にもっとキャラの話し方に取り組んでみます!笑
読んでいただいてありがとうございます。お話自体はすでに完結しているものなのですが、楽しんでいただけたらいいなー。
おもしろい!
お気に入りに登録しました~
ありがとうございます!
うれしいです😭