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第一話
俺、聖女を仲間に迎え入れる
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☆☆☆
「カタリナ、あれを見てみろ」
「……あれは……」
体温を下げた後、俺はカタリナを魔王城の屋上へと連れて行った。
ここは、和平を望む魔族の街が一望できる特別な場所だ。
「……私が壊したのですよね……」
まだ街には煙が上がり、消火作業が続いていた。オークのような巨大な種族が湖から大量の水を汲み、建物へと振りかける。
スライムやゴブリン、インプといった小さな種族達は、怪我をした者達の治療を行なっていた。
泣き叫ぶ子供をあやす者、愕然と膝を折る者、湧き上がる憎しみを堪える者。
「人間と一緒だろ。何も違わない……人間の生活があるなら、魔族の生活もある」
「……はい」
「どちらかを殲滅するなんて、絶対にダメなんだ。俺たちは、生きてるんだから」
「やっぱり、優しいですよね、リベールさんって」
「やめろぃ。そー思うから、そーしてるだけだ」
「……私はなんと取り返しのつかない事をしてしまったのでしょうか……」
街の光景を見て、下唇を悔しそうに噛む。
肩は悲しみと後悔で震え、頬には涙が伝っていた。
「こんな私が、皆さま側に着くなんて……今更できるのでしょうか」
俺は「安心してろ」と囁き、肩に腕を乗せ……ようとした時、空から影が落ちてきて俺たちの前に止まった。
「終わったか、リベール」
ツィオーネは、漆黒の翼を背中にしまい、パンパンと埃を叩くと問いかけて来る。
「あぁ、さっき終わった」
「淫紋は?」
「解除できた、問題ない。すまないな、復興作業手伝えなくて」
「いや、互いに役割を果たしただけだ。もう少しで一旦落ち着くだろう」
「……それで、だ。カタリナの処遇についてなんだが────」
「妾が決める。リベール、反論は許さん」
グッと一気に空気が重くなった。
ツィオーネは俺を鋭い眼光で睨め付け、威圧する。
デーモンの本気……近くにいるだけで、嘔吐してしまいそうな程、胃がキューっと締め付けられた。
「……わかった」
「いい子だ。さて、勇者パーティの一人、カタリナ・カルロッテ」
「──は、はいッ! この度は、大変申し訳ありませんでした!!」
視線が移った瞬間、土下座して心の底から謝罪の言葉を叫ぶカタリナ。
だが、ツィオーネは微動だにせず、重く恐ろしい声で続けた。
「淫紋が作用し、凶暴化した事は理解している。だが、淫紋は人間の感情を増幅させるもの……ゼロからイチを生み出す事はできん。元より、我々を滅したいと思っていたのであろう?」
痛い所を突く。だから、俺は淫紋が効かないのだ。……さて、どう出るカタリナ。
ツィオーネは、半端な発言は即座に見抜くぞ。
「ツィオーネさん、その通りです……私は、共生の道を説きながらも、心の底では……平和の為、魔族を滅ぼすべきだと考えていました」
「えらく正直に言うな。妾を前にして、恐れぬか」
「いえ、とても……怖いです。私程度であれば、貴女は一瞬で消し去ることもできるでしょう」
「ならば、何故そのような台詞が吐ける? 聖女故のプライドか?」
「……違います。先程、リベールさんに誓いました。これからは道を外す事なく、共生の為、和平の為に注力すると」
「正直に言えば、許されるとでも思ったか。浅ましい女だ」
「返す言葉もございません……ですが、今後の行動で、証明してみせます。私の言葉に、嘘偽りがないことを」
「──この、屑がッ!!」
「クッ、あっ!!」
ツィオーネはカタリナの首根っこをつかむ掴むと、軽々と持ち上げた。
不味いっ! 怒りで我を忘れ、冷静さを失っているのか!?
「カタリナッ!」
「だ、大丈夫です……リベールさんは、待ってッ」
「──ッ!」
手を突き出し、助けに入ることを拒否される。
……俺の出る幕はないってことか。
「ほう、リベールに助けを求めぬか。妾が少し力を加えるだけで貴様は絶命するのだぞ?」
「く……かはッ……そ、れだけの事を……私はしました……」
「死んで償うと?」
「……許されるのならッ……皆さんの力になって……この罪を償いたぃ……お願いします」
「また裏切る可能性があるのに、か?」
「その時は……迷わず殺して下さい……ぐッ、ぁ、あああッ」
グッと腕に力がこもる。ダメだ、限界だ。
拒否されたが、目の前でカタリナが痛めつけられている様を見ているだけなんてできない。
「カタリナぁ!」
俺は彼女の名を叫び一歩踏み出し、ツィオーネに向かって拳を振るおうとした。その瞬間──
「は、ははははッ! 面白い女だ」
高笑いをするとパッと手を離し、カタリナを自由にしたのだ。あぁ、なるほど……そーいうことか。
「ツィオーネ、意地悪だぞ」
「クク、いやぁ、すまないすまない。これでも、魔王として精一杯テストしたのだぞ」
「げほッ、げほッ……て、テスト……ですか?」
「迫真の演技だったろ? カルロッテ、妾は心を読む力を持ってはおらぬ。少々強引だが、人間の本性を暴くにはこーするしかなかった」
少々って……本気で焦ったぞ。
「ククッ……いやぁ~面白かったな。この男が血相を変えて拳を握ったせいで、噴き出してしまったわ」
「……俺もテスト基準に入ってたってか?」
「あぁ、人間の中ではお前を一番信頼している。そんな男が、利害を考えず動こうとしたのだ。認めざるを得ないな」
「……納得いかねー」
「怒るな怒るな。お前たちの思いは、しっかりと伝わったぞ。さて……」
ツィオーネは、何が起こったのか思考が追いつかずしゃがみ込んでいたカタリナに手を差し伸べる。
「ぇ……? だ、だったら、私……」
「カルロッテ、街の被害は大きい。だが、何故か死者はいないのだ。あれだけ暴れておきながら、少しおかしいとは思わぬか?」
「……それは……」
「淫紋の効力に抵抗していたのだろう? 妾とて馬鹿ではない。その程度の事、理解しているよ」
なるほどな。淫紋に抵抗するだなんて、並大抵の感情でできることではない。それは、ツィオーネも重々承知のことだろう。
……最初から認めていたんだな。カタリナの事を。本当にテストされていたのは、俺の方だったんだ。
人間の立場で、魔界に住み、影で和平を守り続ける。過酷な環境の中で、彼女の事を守れるのか、と問いたかったのだな。
「街の被害は淫紋のせいだった、と街の住民には知らせよう。だが、カルロッテ……お前の罪は重い。断罪を望むのはいいが、勇者パーティの時とは訳が違う。その覚悟はあるか?」
「勿論です! 私、カタリナ・カルロッテは和平の為に、死力を尽くすことを誓います!」
「うむ、よかろうッ! ならば、この手を取るがいい。今日からお前は、妾たちの仲間だ!」
「ありがとうございます! ツィオーネさん!」
ガシッと力強く握手をし、和解する二人。
ツィオーネにも、納得できない所があっただろうに……俺たちの為に呑み込んでくれたのだ。
貸が一つ、増えちまったな。
「……ありがとう、ツィオーネ。本当に感謝する」
「クク、なぁーに、お前にはもっと働いてもらわんとならない状況になるからな。先払いさ」
あくまでも、感情は表に出さず、か。
魔王の威厳がでてきたじゃねーか、たく。
「さ、話は以上だ。復興作業に戻るぞ」
「分かりました。私、頑張ります!」
「はーい、がんばりますともさ」
こうして、カタリナ・カルロッテは新たな仲間として和平派へと加わった。
彼女の協力もあり早急に事態を収拾させることにも成功。
一時の平和が訪れる。
──だが、これはただの序章に過ぎない。
カタリナが前に言っていた通り、これから更に兵隊が送られてくるだろう。
まだまだ油断はできない。けど、今だけはこの時間に浸ろうと思った。
「カタリナ、あれを見てみろ」
「……あれは……」
体温を下げた後、俺はカタリナを魔王城の屋上へと連れて行った。
ここは、和平を望む魔族の街が一望できる特別な場所だ。
「……私が壊したのですよね……」
まだ街には煙が上がり、消火作業が続いていた。オークのような巨大な種族が湖から大量の水を汲み、建物へと振りかける。
スライムやゴブリン、インプといった小さな種族達は、怪我をした者達の治療を行なっていた。
泣き叫ぶ子供をあやす者、愕然と膝を折る者、湧き上がる憎しみを堪える者。
「人間と一緒だろ。何も違わない……人間の生活があるなら、魔族の生活もある」
「……はい」
「どちらかを殲滅するなんて、絶対にダメなんだ。俺たちは、生きてるんだから」
「やっぱり、優しいですよね、リベールさんって」
「やめろぃ。そー思うから、そーしてるだけだ」
「……私はなんと取り返しのつかない事をしてしまったのでしょうか……」
街の光景を見て、下唇を悔しそうに噛む。
肩は悲しみと後悔で震え、頬には涙が伝っていた。
「こんな私が、皆さま側に着くなんて……今更できるのでしょうか」
俺は「安心してろ」と囁き、肩に腕を乗せ……ようとした時、空から影が落ちてきて俺たちの前に止まった。
「終わったか、リベール」
ツィオーネは、漆黒の翼を背中にしまい、パンパンと埃を叩くと問いかけて来る。
「あぁ、さっき終わった」
「淫紋は?」
「解除できた、問題ない。すまないな、復興作業手伝えなくて」
「いや、互いに役割を果たしただけだ。もう少しで一旦落ち着くだろう」
「……それで、だ。カタリナの処遇についてなんだが────」
「妾が決める。リベール、反論は許さん」
グッと一気に空気が重くなった。
ツィオーネは俺を鋭い眼光で睨め付け、威圧する。
デーモンの本気……近くにいるだけで、嘔吐してしまいそうな程、胃がキューっと締め付けられた。
「……わかった」
「いい子だ。さて、勇者パーティの一人、カタリナ・カルロッテ」
「──は、はいッ! この度は、大変申し訳ありませんでした!!」
視線が移った瞬間、土下座して心の底から謝罪の言葉を叫ぶカタリナ。
だが、ツィオーネは微動だにせず、重く恐ろしい声で続けた。
「淫紋が作用し、凶暴化した事は理解している。だが、淫紋は人間の感情を増幅させるもの……ゼロからイチを生み出す事はできん。元より、我々を滅したいと思っていたのであろう?」
痛い所を突く。だから、俺は淫紋が効かないのだ。……さて、どう出るカタリナ。
ツィオーネは、半端な発言は即座に見抜くぞ。
「ツィオーネさん、その通りです……私は、共生の道を説きながらも、心の底では……平和の為、魔族を滅ぼすべきだと考えていました」
「えらく正直に言うな。妾を前にして、恐れぬか」
「いえ、とても……怖いです。私程度であれば、貴女は一瞬で消し去ることもできるでしょう」
「ならば、何故そのような台詞が吐ける? 聖女故のプライドか?」
「……違います。先程、リベールさんに誓いました。これからは道を外す事なく、共生の為、和平の為に注力すると」
「正直に言えば、許されるとでも思ったか。浅ましい女だ」
「返す言葉もございません……ですが、今後の行動で、証明してみせます。私の言葉に、嘘偽りがないことを」
「──この、屑がッ!!」
「クッ、あっ!!」
ツィオーネはカタリナの首根っこをつかむ掴むと、軽々と持ち上げた。
不味いっ! 怒りで我を忘れ、冷静さを失っているのか!?
「カタリナッ!」
「だ、大丈夫です……リベールさんは、待ってッ」
「──ッ!」
手を突き出し、助けに入ることを拒否される。
……俺の出る幕はないってことか。
「ほう、リベールに助けを求めぬか。妾が少し力を加えるだけで貴様は絶命するのだぞ?」
「く……かはッ……そ、れだけの事を……私はしました……」
「死んで償うと?」
「……許されるのならッ……皆さんの力になって……この罪を償いたぃ……お願いします」
「また裏切る可能性があるのに、か?」
「その時は……迷わず殺して下さい……ぐッ、ぁ、あああッ」
グッと腕に力がこもる。ダメだ、限界だ。
拒否されたが、目の前でカタリナが痛めつけられている様を見ているだけなんてできない。
「カタリナぁ!」
俺は彼女の名を叫び一歩踏み出し、ツィオーネに向かって拳を振るおうとした。その瞬間──
「は、ははははッ! 面白い女だ」
高笑いをするとパッと手を離し、カタリナを自由にしたのだ。あぁ、なるほど……そーいうことか。
「ツィオーネ、意地悪だぞ」
「クク、いやぁ、すまないすまない。これでも、魔王として精一杯テストしたのだぞ」
「げほッ、げほッ……て、テスト……ですか?」
「迫真の演技だったろ? カルロッテ、妾は心を読む力を持ってはおらぬ。少々強引だが、人間の本性を暴くにはこーするしかなかった」
少々って……本気で焦ったぞ。
「ククッ……いやぁ~面白かったな。この男が血相を変えて拳を握ったせいで、噴き出してしまったわ」
「……俺もテスト基準に入ってたってか?」
「あぁ、人間の中ではお前を一番信頼している。そんな男が、利害を考えず動こうとしたのだ。認めざるを得ないな」
「……納得いかねー」
「怒るな怒るな。お前たちの思いは、しっかりと伝わったぞ。さて……」
ツィオーネは、何が起こったのか思考が追いつかずしゃがみ込んでいたカタリナに手を差し伸べる。
「ぇ……? だ、だったら、私……」
「カルロッテ、街の被害は大きい。だが、何故か死者はいないのだ。あれだけ暴れておきながら、少しおかしいとは思わぬか?」
「……それは……」
「淫紋の効力に抵抗していたのだろう? 妾とて馬鹿ではない。その程度の事、理解しているよ」
なるほどな。淫紋に抵抗するだなんて、並大抵の感情でできることではない。それは、ツィオーネも重々承知のことだろう。
……最初から認めていたんだな。カタリナの事を。本当にテストされていたのは、俺の方だったんだ。
人間の立場で、魔界に住み、影で和平を守り続ける。過酷な環境の中で、彼女の事を守れるのか、と問いたかったのだな。
「街の被害は淫紋のせいだった、と街の住民には知らせよう。だが、カルロッテ……お前の罪は重い。断罪を望むのはいいが、勇者パーティの時とは訳が違う。その覚悟はあるか?」
「勿論です! 私、カタリナ・カルロッテは和平の為に、死力を尽くすことを誓います!」
「うむ、よかろうッ! ならば、この手を取るがいい。今日からお前は、妾たちの仲間だ!」
「ありがとうございます! ツィオーネさん!」
ガシッと力強く握手をし、和解する二人。
ツィオーネにも、納得できない所があっただろうに……俺たちの為に呑み込んでくれたのだ。
貸が一つ、増えちまったな。
「……ありがとう、ツィオーネ。本当に感謝する」
「クク、なぁーに、お前にはもっと働いてもらわんとならない状況になるからな。先払いさ」
あくまでも、感情は表に出さず、か。
魔王の威厳がでてきたじゃねーか、たく。
「さ、話は以上だ。復興作業に戻るぞ」
「分かりました。私、頑張ります!」
「はーい、がんばりますともさ」
こうして、カタリナ・カルロッテは新たな仲間として和平派へと加わった。
彼女の協力もあり早急に事態を収拾させることにも成功。
一時の平和が訪れる。
──だが、これはただの序章に過ぎない。
カタリナが前に言っていた通り、これから更に兵隊が送られてくるだろう。
まだまだ油断はできない。けど、今だけはこの時間に浸ろうと思った。
応援ありがとうございます!
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