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第三話

妾、出会いを語るぞ

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♢♢♢

 運が無かったのか、運がなかったのか。
 万全の準備をし父上の軍勢に勝負を挑んだタイミングで、まさか魔界へ勇者が攻め入ってくるとは。

「ぐッ……ぅぁ……クソがッ」

 身体はボロボロ。父上との一騎討ちの結果がこれだ。
 途中、勇者が割り込まなければ間違いなく絶命していただろう。
 自分の力を見誤った妾のミス……幸いにも命拾いしたが、結果は同じか。
 吹き飛ばされた先は戦場から遥かに離れた洞窟の中。
 水滴の落ちる音だけが反響する、誰もいない暗闇だ。

「ここまで、か……」

 空腹と痛みで眠ることすら許されぬ。
 身体から流れ出る血は止まることを知らない。
 次に瞳を閉じた時、それが妾の最後だろう。
 父上の考えに、いや魔王に反発した魔族の末路には相応しいのかもしれん。
 せめて、一矢報いたかったな……そう思っていると自然と瞳が落ちていった。
 ツィオーネ・デモンズ、最後の瞬間だ。

 ──と、思ったのだが。

 再び瞳を開くことができた。
 傷口に乱雑だが治療が施されている。
 額には濡れた布が置かれ、身体の下には落ち葉で作られた敷布団が引かれていた。
 誰かが看病してくれたのか……?
 革命派の誰かが妾が吹き飛ばされた事に気が付き助けてくれたのか。
 あの乱戦の中でよくぞまぁ。

「ん、おぉ~目が覚めたみてーじゃねぇか。流石は魔族、回復力がダンチだぜ」
「──ッ、何者だ!」

 横から不意に声を掛けられ、即座に飛び起き警戒態勢へ。だが。

「ぐッ……くぁ!」
「おいおい、まだ完全に傷は癒えてねーんだ。大人しくしとけよ」

 足が折れ、跪く妾を心配そうに見つめる雄。
 ツノもなく、牙もない。剣を携えてもいなければ、筋力もなさそうな貧者な人間の雄。
 コイツが……妾を助けたのか? 人間が?

「いや、そんな筈は無い。貴様、目的はなんだ」
「元気になった途端にこれだ。殺気バシバシで恐ろしいったらありゃしねぇ。せっかくの可愛い顔が台無しだぜ?」
「愚弄するつもりか……この程度の傷、妾を拘束しなかったのが間違いだったな。死ねッ!!」

 爪を伸ばし、奴の身体を引き裂こうと飛びかかった。普通の人間には到底目で追える速さではない。
 だが、コイツは妾の一撃を軽々と避け腕を取った。

「な、なにぃ!?」
「おっと……へぇ、俺の力が作用するってことは、お嬢ちゃんは中々に位の高い魔族つーことか」
「当然だ……妾は魔王の娘、ツィオーネ・デモンズであるぞ!」
「……ツィオーネちゃんか。いい名前だ」
「ッ──舐めるなッ!! ぅ……ぐぅ……」
「お、おい!」

 クソが……傷が深すぎて魔力の操作すらままならない。一度動いただけで意識が離れそうになる。
 倒れそうになったところを人間の雄に抱き抱えられるとは、なんたる屈辱か。

「離せッ……人間風情が、妾の身体に触るでないッ!!」
「わかったわかった。俺を殺したければ元気になってからだ。それまでは寝ておけよ」

 そう言うと雄は布団の上に妾を寝かせ、ひらひらと手を振りながら去っていった。よくわからない生き物だ。

 再び戻って来た時には、両手に大量の果物を抱え「これ、魔族でも食えんのか?」と質問を投げ掛けてきた。
 妾が無視を続けていると、更に、更に更に食べれそうな物を次々と持ってくる。
 あまりにも鬱陶しかったので、魔界でも危険な魔族で溢れる地域でしか獲れない蒼結晶が唯一妾が食えるものだと伝えた。
 これでいい加減、諦めるか、死ぬのかのどちらかだな。
 そう思っていたのも束の間、コイツはボロボロになりながらもたった三日で蒼結晶を持ってきたのだ。

「これで元気になるか?」

 手渡しされた結晶は、蒼が紅で彩られていた。
 人間の血が混じった結晶では、魔力の回復は行えない。
 必死で妾を回復させようとしていたようだが、無駄な努力だったな。
 ……とは、口が裂けても言えなかった。

「あぁ、これで魔力が元に戻る。貴様の死に近付いたというわけだ。感謝するよ」
「どーいたしまして。さ、食った食った!」
「……」

 分からない。この雄が、妾には分からない。
 魔族と人間は敵同士の筈。
 今、ここで妾を殺せば人間界では英雄になれるだろう。
 魔界にいるということは、魔族を殺す為に来ている筈。
 なのに、何故だ。なんだ、コイツは。
 蒼結晶を噛み砕きながら思考するも、答えは見つからない。
 だったら、直接聞くだけだ。

「人間、どうして貴様は妾を助ける」
「……」
「今更口を紡ぐつもりか? どの道貴様は死ぬのだ、無駄な抵抗はよせ」
「……」
「聞いているのか!? 口をひら──ッ!!」

 違う、答えないんじゃない。答えられないんだ。
 暗闇でよく見えなかったが、コイツの身体の下……血の水溜りができている!
 大量の出血……それに加えて痩せ細った身体。
 よく考えれば当然だ。
 魔界の食べ物を人間が食えるわけがない。
 つまり、一週間近く飲まず食わずで妾の看病を……。

「ッ~~ッッ!! クソッ、あークソ、クソがッ!! 貧弱な下等生物ッ!! ゴミ、死ねッ!!」
「……」
「減らず口を叩いてみせよ! だぁぁぁ……もぉぉぉお!!! あッ、がぁ~……」

 思考がごちゃごちゃする。
 胸の中をスライム共が暴れ回っているような感覚だ。

「ええい、わかった、わかったよッ! 貴様を殺すのは妾だ、勝手に死ぬなど許さんからなッ!!」

 気がつけば、妾は雄を抱えたまま翼を広げていた。
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