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第三話

私、勝利します……

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「ツィ……ツィオーネさん……!」
「クク、なんだその顔は。さっきまで死を覚悟した戦士の表情をしていたのに、今ではまるで、か弱き少女のようではないか」

 助かった。安堵の気持ちで肩の緊張が一気に解ける。
 でも、どうして。まだ時間は経っていない筈なのに。

「反発派は大丈夫なんですか?」
「あぁ、心配するな。タイミングよく増援が来たから、そいつに任せたさ」
「増援って……まさか!?」
「──いつまで僕と握手しているつもりだ? 魔王ッ!!!」
「おっとっと」

 掴まれた右手を振り払い、左ストレートが顔面めがけて放たれる。
 それをひらりと躱すと、私を抱きかかえリオとの距離を取った。

「ほう、ただの餓鬼かと思ったが、なかなかやるではないか」
「今のを躱すなんて、虐め甲斐があるメスだね」

 強者同士の戦いを目の当たりにし、私は思わず「凄い」と呟いた。
 場の空気が張り詰め、二人の視線が恋人のように熱く結ばれる。
 私を地面に置き、ジリっと足を開きながら、ツィオーネさんは視線を逸らさずに言う。

「カルロッテ、お前の判断は正しかったな。確かに、いかに妾と言えど、この娘を寝かしつけるには15分は必要みたいだ」
「いえ、私は時間を稼げませんでしたから……結局、彼に助けられた結果に」
「クク、魔王命令だ。もっと自分に自信を持て。作戦の提案から、時間稼ぎ、運があったのはお前の決意が引き寄せたものだ」
「ツィオーネさん……」
「お前を仲間に入れて、本当によかったよ。感謝する」
「……泣いてしまいそうです」
「泣くのは全部終わってからだ。さぁ、遊んでやる、小娘」

 翼を折りたたみ、リオと同じようにファイティングポーズを取る。
 そして、クイッと手招きをし挑発した。
 リオは「ふっ」と鼻を鳴らすと、にやりと口角を上げ言った。

「遊んでやる? それはこっちの台詞だよ。平和ボケした魔族に、僕が負けるとでも思っているのかい?」
「あ~なるほど、子供は自分を大きく見せたいものだ。現実を教えてやるのも、大人の仕事だな」
「生意気な口だ。直ぐに拳をねじ込んで、歯と舌を抜いてあげるよ」
「やってみな。さぁ、さぁさぁさぁ」
「……ッ、し、ねよ!!!」

 張り詰めた空気を破ったのはリオだった。
 私の腹部を貫いた時のように地面を蹴飛ばし凄まじいスピードでツィオーネさんに迫る。
 肉薄する距離。一方で微動だにしないツィオーネさん。
 不味い、彼女はリオの一撃必殺思考を知らない。強者は時に相手の力量を測る為にあえて一撃受ける時がある。
 私は咄嗟に彼女の名前を叫んだ。

「ツィオーネさん!!」
「問題ないさ──っと」
「何ッ!?」

 刹那、眼前に迫った高速の突きを右手で軽く払いのけてみせる。
 ズガンという音と共に、勢い余ったリオの拳は地面へと突き刺さった。

「こ、のォ!!」

 突き刺さった腕を軸に、身を反転させ回転するように蹴りを放つ。
 だが、ツィオーネさんはその場から一切動くことなく冷静に捌いた。

「ふぅ……こんなものか」
「はッ、まだまだぁ!!!」

 リオは直ぐに体勢を戻し、無造作に拳を放ち続ける。
 私が身を持って知っている、一発一発が壮絶な威力のある拳だ。
 真っ直ぐ来る攻撃に対し、横から衝撃を加え、最小限の力で弾く。
 受け流された力は、地面に、木々に逸らされていく。
 次第に彼女達のまわりだけ、雑草一本もない自然のリングが完成していた。
 実力差は圧倒的にツィオーネさんが上か……いや、でも。

「あれだけ偉そうな口を叩いた割には、防戦一方じゃねーかよ! あぁ!」
「……」

 リオの言うとおり、ツィオーネさんは一回も自分から攻撃を行っていない。
 全部受けて、避けて、捌いている。攻撃する気は一切ない、といった感じだ。
 しかも、本当なら翼を広げて空中から魔法攻撃を仕掛けるのが、リオに対する戦い方としては正しいだろう。
 近距離特化の敵に対しては、遠距離からの攻撃が有効。戦いの基本だ。
 当然わかっている筈なのに、翼をたたみ、敢えて地上で肉弾戦を行っている。
 何故……それに、さっきから感じる違和感はなんだろう。

「いつまで守りに徹するつもりだぁ!? このチキン野郎!」
「おや、もう遊び疲れたか? 存外と体力がないのだな」
「んだと、オラァ!!」

 もともと挑発的な態度をよくとるツィオーネさんだが、今回は少し変だ。
 やけにリオを煽るというか、「子供」「遊び」という言葉を使って彼女が攻撃の手を休めないよう感情をコントロールしているようにも見える。

「チぃ! いい加減にしやがれ!!」
「──ッ、ぐッ!」

 リオが放った一撃が遂にツィオーネさんの頬を掠めた。
 鋭利な刃物で斬られた如くにツーッと血が走る。

 ──その瞬間だった。

「貴様……ッ!!」

 時が止まったのかと錯覚するほど強烈な悪寒が背筋に流れた。
 リオもそれを感じ取ったのか、一拍だけ拳を止める。

「いいじゃねぇの、魔王! それだ、それだよ。もっと戦いを楽しもうぜ!」
「……ふぅ、すまないな。大人気《おとなげ》なかった」
「あ?」

 だが、深く深呼吸をすると直ぐに余裕のある穏やかな表情へと戻った。
 寒気ももうない。そうだ……これ、ツィオーネさんが魔族の本質について説明してくれた時と同じだ。
 ようやくと理解した。攻撃しないんじゃない、できないんだ。
 強者との戦い、ともあれば一度手を出してしまえば熱が冷めることはなくなってしまうだろう。
 どちらかの命の炎が燃え尽きるまで戦い続けるはずだ。
 そうなったら、ツィオーネさんも殺戮衝動を抑えきれなくなってしまう……のかもしれない。
 圧倒的実力差の中、10分以上時間が掛かると言ったのは、こういった理由があったからか。

「へ、ビビりが。やられっぱなしじゃぁ魔王の威厳もありゃしねぇなぁ!!」

 相変わらず重い一撃を放ち続けるリオ。 ツィオーネさんは疲れ切ったところで攻撃以外の方法を使い彼女を無力化するつもりだろう。
 だが彼女は常に前衛で戦い続けてきた女性。体力だってもちろんトップクラス。
そうそう息切れを起こすこともない。
と、思っていたのだが……。

「はぁ……はぁ……くそが、なんだ……これは」

 肩で息をし始め、疲労の色が見え始めた。
 早い、早すぎる。二人が対峙してから、まだ10分しか経っていない。
 魔王決戦時でさえ、彼女は10時間以上通しで戦闘を行っていたのに。
 拳の勢いも衰え、足は震えだし、立っているのさえやっと、といった感じだ。

「クク、ようやくと効いてきたか。この体力馬鹿め」
「はぁ……ぁ? てめぇ、僕に何をした……?」
「お前がどうやって馬鹿力を発揮しているかは分かっている。魔力を外に放出せず、体内で爆発させているのだろう? 妾の部下も同じ方法で腕力強化しているぞ」
「それが……はぁ……どうしたぁ!」
「勿論、そのためには精密な魔力コントロールを必要とする。簡単にできることではないだろう。だが所詮、貧弱な者が生み出した浅知恵だ」
「僕を……貧弱だと……」
「そうだ。しかもお前は、体だけでなく、心も貧弱。故に、弱者を見下し、痛めつけ、愉悦に浸る。恥を知れ、弱者!!」
「お前に……お前に僕の何が分かるっていうんだ! 知った風な口をきくなッぁ!!」

 思いっきり踏込み、渾身の力を込めた右ストレートを、ツィオーネさんは眼前で受け止めた。
 パシンと乾いた音が鳴り響く。時間はジャスト15分、戦いの終わりを告げる鐘の音だ。

「ならば、これから教えてもらおう。時間を掛けて、ゆっくりと、な」
「──ぅな!?」

 そのまま腕を引っ張りリオを抱き寄せると、ギュッと強く抱きしめる。

「な、は、離せ!!」

 強引に振りほどこうと暴れるも、既に脱出できる体力は残っていない。
 ツィオーネさんは瞳を瞑り、まるで我が子でも抱くかのような優しい面持で力を込めていった。

「妾は無限に続く戦いの輪廻を終わらせたい。だから、今は眠れ……リオ・テイルード」
「……くそ……が……っ」

 人形の糸が切れたように頭をツィオーネさんの肩に乗せると、額から剣幕が抜けスーッと深い眠りにつく。そして、そのまま抱きかかえ私の前へと寝かせた。

「終わったぞ、カルロッテ」
「はい。お見事でした……でも、一体どうやって……?」
「ただの魔力吸収《ドレイン》だ。知っている技だったから、簡単だったよ」

 あっけからんと言ってのけるが、魔力吸収《ドレイン》は超高等技術の一つ。
 魔力の動きを先読みし、自分に流れてくるよう自身の魔力で道を作る。
 そうすることで、魔法の発動を抑え、逆に利用する技なのだが……普通に行うだけでも難しいのに、リオの場合は体内で常に爆発し拡散されている魔力を全て処理しなければならない。難易度は当然跳ね上がる。
 簡単な訳がないし、一歩間違えばリオの攻撃で致命傷を負う可能性だってあったはずだ。
 それなのに、ツィオーネさんはそんな素振りを一つも見せない。

「……本当に、貴女様は優しいのですね。聖職者を目指しませんか?」
「クッ、魔王の妾が聖女になるか?」
「私はこの通り、死人《ゾンビ》のような姿になってしまいましたので」
「見た目や種族は関係ないだろ? 問題なのは心だ」
「でしたら、ツィオーネさんは立派な聖女ですね」
「存外と、妾は性交経験も無いゆえ、カルロッテよりも聖女かもしれぬな! はっはっは」
「──ッえ!?」
「ん、どうした?」
「い、いえ……なんでもありません」

 ちょっとした冗談を言い合ってただけなのに、すごい情報を入手してしまった。
 え、ツィオーネさんって処女だったの……?
 あの誰それ構わず食ってしまう男が傍にいながら、未だに?
 い、いや、人間と魔族っていう違いはあるけれども、リベールさんにとっては些細な壁。
 この容姿なら速攻で手を出すだろう。
 角を握ってバックでガンガン犯している図が容易に想像できる。
 もしかして……リベールさんって、本当に好きな子には手を出せないタイプ……?
 あ、そうだ!

「そういえば、リベールさんが救援に来たんですよね? 大丈夫でしたか?」
「ん、あぁ、随分とよく寝ていたようでな。万全の状態で────ッ、カルロッテッ!!」
「え?」

 ツィオーネさんは途中で話を止め、座り込む私の正面に立ち両手を突き出した。
 次の瞬間、目の前は真っ白な閃光に包まれ、同時に激しい衝撃が身体を襲う。

「ッ、ぐ……ぉぉぉぉお!!!」
「これは、光属性広域詠唱呪文ライト・ディザスター!?」

 私の知る限り、魔族に対する最上級の威力を誇る詠唱魔法。
 剣のような巨大な光が私たち三人を消滅させようと襲いかかってきているのだ。
 本来であれば魔族の大群に対し運用する魔法、それを一身に受け止めるツィオーネさん。
 両手から魔法障壁を発生させては砕かれ、砕かれては発生させ、何度も何度も超高速で繰り返し防いでいる。
 クッ……魔力があれば、私も手助けが出来るのに……ッ!

「ツィオーネさん!!」
「問題ぃ……な、いい!! う、がぁぁぁぁ!!!」

 気合の方向と共に翼を大きく広げると、翼でゆっくりと光を包み込み、徐々に闇の中へと吸い込んでいった。
 そうして、なんとか謎の攻撃を防ぐことには成功した、が。

「ふっ……ぁ、はぁ……くそっ」

 ツィオーネさんの膝がガクッと折れる。私は彼女の身体を支えようと、震える足を強引に動かし駆け寄った。だが、自力で踏ん張り堪えると私に向かって鬼気迫る表情で叫んだ。

「カルロッテ、手を出せ!!」
「え、あ、はい!」

 言われた通り右手を差し出すと、ギュッと手のひらを握られる。
 すると、枯渇していた魔力が一気に回復していった。

「テイルードの魔力だ、それを使って直ぐに自分と妾を回復させよ」
「っ、わかりました!」

 何も聞かず、ツィオーネさんから順に傷を癒す。
 彼女は魔族だから、人間よりも効き目が弱いとは思うけど……無いよりは全然マシだろう。
 それに、これから起こる事態を考えれば出来る限り万全の状態で備えなければならない。
 だって、光属性広域詠唱魔法を使える人間は、一人しかいないのだから。

「8割、か。大分よくなった。カルロッテ、お前はテイルードを連れて逃げろ」
「に、逃げる!? そんな、私も一緒に──」
「今回ばかりはお前の提案を受けている暇はない。相手がだれか、わかっているだろ!?」
「ですが!」
「足手まといだと言っている!! お前がいては、妾が本気を出せんのだ!!」

 つまり、本能を解放し、敵を全力でつぶしにかかるということか。
 やっぱりツィオーネさんでも、彼の相手をする為には出し惜しみできないと。

「いいからとっとと行け! そして、現状をリベールに伝えろ! ここは妾が絶対に死守してみせる。さぁ、行け!!」

 私の補助魔法は人間用。魔族である彼女に対し掛けることのできる魔法は限られてくる。それに、ここに私がいれば、本能解放できないまま状況が悪化していくだけ。
 ……悔しいけど、ここは一旦引くしかない。

「わかりました。直ぐにリベールさんを呼んできます」
「……あぁ、奴と妾、二人揃えば勝機はある。頼んだぞ」
「はい!!」

 リオの身体を抱きかかえ、私は魔王城へ向かって掛けた。
 振り返らず、主を置いて必至に走った。
 まさかリオに続いて……勇者様《ルイ》まで魔界へ攻めてくるなんて──
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