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第四話

俺、駆ける

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 俺は慌てて階段を駆け下り、和平派の領地外へ向かい全力疾走していた。

「くそ、なにがどうなってんだよ!」

 サラドナイトを倒し屋上へ登ってみると、とんでもない光景が目に映った。
 大量に攻めてくる魔族の軍団に、ツィオーネとクルアーンが対峙しているじゃないか。
 恐らくは反発派の奴らだろうけど、まさか中と外同時に攻めてくるとはな。
 ……しかし、カタリナの姿が見えなかったけど、あいつ一体なにやってんだ?
 まぁいい。とりあえず合流しないと。

「ツィオーネ、クルアーン!」
「ん、リベールか」

 俺の声に最初に反応したのはツィオーネの方だ。
 クルアーンはというと、蜘蛛の糸を広範囲に張り巡らせ大群の進撃を食い止めることで必至な様子。
 だけども視線の一つはしっかりと俺の方を見ていた。
 構っている暇はないっつーことね。

「えらく早かったじゃないか。アイツは倒せたんだろうな?」
「あぁ、もちろんだ。俺がメスに、しかもベッドの上で負けるはずないだろ」
「はッ、そうだな」
「しかし、何故知っているんだ?」
「クルアーンから聞いたよ。だが、こちらも大変でな。助けには行けなかった」
「構わねーよ。それよりカタリナの姿が見えないよーだが……どうした?」
「実の所、反対側からも同時に攻撃を受けていてな。そちらの対処に向かっている」
「三点同時攻撃とは、反発派の奴ら気合入れてきたじゃねーか」
「いいや、カルロッテが対応しているのは魔族ではない」
「……は? 魔族じゃないって……だったら、お前……」
「確か名をリオ・テイルードと言ったか」
「リオ・テイルードだと!?」

 おいおいおい、あの狂人の相手をカタリナがしてるってのか!?
 勇者パーティの中でも水と油のような存在の二人だぞ。
 しかも、カタリナにとってはかなり相性の悪い相手だ。

「状況がいまいち掴めねーが、俺はカタリナを助けに行く。ここは任せた」
「いや、待てリベール、妾が行こう。ここを任せたい」

 ツィオーネはそう言うが、俺としてはなるべく彼女に戦わせたくない。
 現状、まったく手を借りないというのは無理だろうから……人間と戦うよりも、魔族と戦っていた方が幾分かはマシだろうし。
 だからここはツィオーネに任せ、俺がカタリナの救援に向かいたい。適当に言い訳つけるか。

「俺の方がリオの性格や戦闘スタイルはよくわかっているから、有利に戦えると思うが?」
「しかし妾の方が速い。クルアーンの話によれば、既にカルロッテは満身創痍、事は緊急を要する。それに、ほれ、あれを見ろ」
「あれって……」

 あ~こっちはこっちで問題って訳ね。

「そーいうことか。了解、ここは任せろ」
「クク、ま、カルロッテは任せてくれ。では、クルアーンの事、よろしく頼む!」

 それだけ言い残すと、彼女は瞬く間に空へ飛び立ちカタリナ救助へと向かった。
 あいつ……面倒な事押しつけやがって。
 確かに適材適所だとは思うが……はぁ、うだうだ言っても仕方ないか。
 とりあえずは目の前の問題を解決していこ。

「クルアーン、手伝うぞ」

 腕を全て使い、器用に糸を操りながら迫りくるゴブリンや反発派のオーク達を次々と拘束していく彼女に駆け足で近寄った。
 いつも冷静沈着で、お淑やかな雰囲気をまとっている彼女だが、今は物凄く近寄り難いオーラを発している。
 そして、返ってきた言葉も荒々しいものだった。

「おせーよアホ。ったく、サキュバス如きに苦戦しやがってよぉ!」
「……」

 久しぶりに聞いたわ、クルアーンの本来の口調を。
 視線を向けず、忙しなく指を動かし続けながら怒声を浴びせてくる。

「何ぼーっと突っ立ってやがんだ、さっさと働け!」
「……えっと、俺はどんな感じで動けばよろしいか?」
「んなもん見てわかるだろうが。目の前には敵、こっちは2人、残り100体、お前50体、私50体、頑張る、倒す、以上だボケ!」
「へ、へいへい」

 つまり、勝手に一生懸命倒していけばいいわけね。りょーかい。
 つうか、大分キちゃってるなクルアーン。
 まるで出会ったばっかりの時みたいに血の気が非常に多い。
 大丈夫だとは思うけど、警告しておくか。

「一応言っておくけど……殺すなよな?」
「あ? 人の心配する前に、自分の心配しろ! ……まだ、それくらいの理性は残っています」
「そーかい。なら、信じてるぜ」
「おめーに信頼されても、全然嬉しくねーけどなッ!!」
「ツンデレは変わんねぇな」
「ぶっ殺すぞ?」

 おおう。流石は上級魔族、殺気を向けられるとめちゃくちゃこえーな。
 これ以上煽ったら、本当に魔族の本能が爆発しちまうかもしれないし、そろそろお喋りはやめておくか。

「クルアーン、武器あるか?」
「能力使えばいいだろーが」
「敵の地位が高くねーから、今の俺は普通より少し強いかもしれない程度の男だぞ?」
「……たく、めんどくせーな。ほらよ」
「おっと」

 彼女が使役する子蜘蛛達が一斉に糸を吹き出し、棒状に纏めていった。
 そうして出来た蜘蛛糸の剣を手に取ると、少しだけ身体に力が籠った気がした。
 なるほど、ちゃんと属性付加《エンチャント》してくれてんのか。
 理性が残ってるっていうのは本当みたいだな。
 これなら、普通の人より少し強い人よりちょっとだけ強い人になれるぜ。

「さて、ならもういっちょ頑張りますかぁ!!」

 真っ白な剣を掲げ、俺は意気揚々と魔族の大群へと飛び込んでいった。
 すると、後ろから声が聞こえた。

「怪我だけは気を付けろよぉ! 危なくなったら助けにいってやるからな」

 やっぱりツンデレだった。

 ♢♢♢

「ふぅ……これで全員か」

 反発派の魔族を無力化し、蜘蛛の糸で拘束した俺は額の汗を拭った。
 いや~いい仕事をした。
 敵の中心に立ち、ばっさばっさと倒していく様子はまさに元勇者パーティの一員といった感じだったろう。

「なに自分が一番働いたみてーな顔してんだテメー」
「いや~一生懸命やったっしょ、俺」
「結局、私が9割処理してんだ。腕の一つでも揉んだらどうだ?」
「おっぱいがい──」
「殺すぞ」
「……はい」

 まぁ、本当は俺が注目を集めている隙に、クルアーンが魔法と糸を駆使した大型のトラップを発動させて一網打尽にしたんだけど。
 魔王の右腕を務めているだけあってやっぱどちゃくそにつえーわ。こいつ等と一緒にいると感覚がマヒしてしまう。彼女達は魔界のトップツーなのだから。

「ま、なんにせよ速攻で事態を収束できてよかったな」
「よくねーよ。オラ、リベール」
「わかってるよ。ほら」

 俺はポーチの中から、小さな冊子を彼女に手渡した。
 この冊子には俺が作った様々な料理のレシピが記載されている。
 彼女は目線を全て冊子に寄せ、集中して読み進めて行った。
 パラパラとめくれていくページと比例して、少しずつクルアーンの呼吸が落ち着いてくる。
 そして、全てを読み終えた後、憑き物が落ちたようにスッと表情が変わった。

「……ありがとうございます。大変興味深い資料でした」

 口調も元に戻り、殺気も消えた。
 クルアーンの本能の抑え方、それは創作意欲。特に料理が好き。
 俺の趣味がそのままクルアーンの趣味でもあるのだ。
 今回のレシピは自信作、彼女にはどう映ったか気になる。

「どうだった?」
「次回はちゃーはん? という料理に挑戦してみようかと」
「おお、いいじゃんチャーハン。俺、大好物だ」
「魔蟲など混ぜ込むと美味しいかもしれないですね」
「……今度、人間界から食材持ってくるから、それで作ってくれ」
「善処します」

 善処しますって……絶対紅茶作ってくれた時みたいになるだろ。
 やはり、魔族と人間の溝はまだまだ深いか。次回はせめて、食べれる物がいいなぁ。

「じゃあ、さっそく帰ったら作ってみますね。リベール様、手伝っていただいてもよろしいですか?」
「勿論だ。人間にも魔族にも、美味しく感じれる料理にしようぜ」
「そうですね──ッ、リベール様!!」
「ん……ッ!? クルアーン、下がれ!!」

 一仕事、二仕事終え談笑する俺達が見たのは眩い閃光だった。
全身に鳥肌が一気に走る。咄嗟にクルアーンの前に立ち、攻撃を警戒した。
 違う……狙いは俺達じゃない、な。ということは、ツィオーネ達の方で何か起こったんだ。
 しかもあれは……ルイの魔法じゃねーか。まさか、アイツも魔界に来ているのか!?

「クルアーン、向こうの状況がわかるか?」
「……いえ、蜘蛛の反応が消えました。全て蒸発してしまったようです」
「直撃、か……」
「ツィオーネ様であれば受け止め切れる魔法です……が、恐らくは」
「満身創痍に違いないだろうな」
「リベール様」
「わかっている。拘束済みの反発派は兵士達に任せて、俺達はツィオーネと合流するぞ」
「承知」

 俺達は揃って、彼女達の元へと走り出した。
 状況が一転、二転、三転していく。
 緊急事態だ。こんなにも早い段階で、勇者自身が魔界に来るなんて思いもしなかった。
 ルイの思惑を実現させる為には、和平派の存在を消し魔族に人間を襲わせる必要があった。
 だが、俺の存在が抑止力として働き偵察を繰り返す必要がある筈だ。
 サラドナイトもまだ力の秘密については知らなかったみたいだし、情報が流れていたとしても早すぎる。
 そもそも、アイツはかなり慎重に動くタイプだ。
 自分が民主の批判の対象になることを、なによりも恐れている。
 じっくり攻めてくるかと思ったのに……クソッ、俺のミスだ。

「──リベール様ッ!」
「どうした、クルアーン」

 彼女は急にピタッと足を止め、俺の名を呼ぶと紫の瞳を瞑り呟いた。

「今、蜘蛛より情報が入りました」
「ツィオーネ達のことか!?」
「いえ、残念ながら違います。ですが、事態の悪化は免れない情報です。ご友人であるグレル様のお父上が行方不明だそうです」
「──ッ!? な、なに!?」

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