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第四話
俺、絶望する
しおりを挟むクルアーンの報告を受けて思い出したことがある。
グレルの父『ガリル』さんは、和平に向かう国の雰囲気にいまいち馴染むことが出来ず、定期的にあの爆発があった場所へ散歩に行っていると、グラドが言っていた。
「もしかしたら……いや、考えたくないな」
「そうですね。とにかく、現場を見ないことには始まりませんね……ん? リーベル様、あれは──」
クルアーンが右手の一つを向けた先に視線を移すと、接近してくる影が木々に隙間から見えた。
新手か? と思い身構えたが、どうやらそうではないらしい。
薄暗い場所でも目立つ金色の髪を揺らす、細身の女性は一人しか知らない。
「り、リベールさん!」
「カタリナ、無事だったか……よかった」
血相を変え、俺たちの目の前まで来ると膝に手を当て「はぁはぁ」と呼吸を整えた。
パッと見、彼女の身体に傷はなさそうだが、服の腹部には大きな風穴が空き裏側まで貫通していた。
カタリナの魔法タイプを考えると、恐らくここに何かが通りぬけたのだろうと想像させる。
「壮絶な戦いだったみたいだな」
「はぁ、はぁ、いえ……まだ戦いは終わっていません」
「カタリナ、やっぱりさっきの光は」
「……はい。リベールさんの弟、ルイ様が私達の前に現れました」
「──ッ、予想通り、か」
ルイ、勇者の来襲。
クルアーンの顔も一気に引き締まり、緊張感を伝えてくる。
「お前を逃がした、ってことはツィオーネの奴、本気でルイと戦うつもりか」
「そう言ってました」
魔族としての本能解放。ツィオーネ本来の姿。
俺は一度しか見たことがない、が一生忘れることのできない。
どの魔族よりも恐ろしく、強い存在。
しかし、どうにも変だ。だって、人間対魔族の最強が戦って、こんなに静かなはずがない。
「リベール様、お考えは察しますが、今はとにかく」
「……そうだな、実際に見ないことにはわからない。とにかく、ツィオーネを助けに行くぞ」
「私と貴方、ツィオーネ様が力を合わせれば、あの勇者にも勝てると思います。急ぎましょう」
「お二人とも、私についてきてください。こっちです」
カタリナの先導で、現場へと駆けた。
森の中を抜け、広い敷地へと飛び出す。
そして、遂に戦場の中心へと到着した俺たちの目に飛び込んできた光景は、信じられないものだった。
「おい、カタリナ……本当にここなのか?」
「は、はい。その筈ですが……」
誰もいない。争った形跡といえば、この円形に倒れた草木。
間違いなく戦闘があった場所、けれども勇者と魔王がぶつかったにしては規模がしょぼすぎる。何より、当の本人達がいない。
「クルアーン、探索はどうだ?」
「申し訳ありません。これ以上、蜘蛛を使役する魔力が残ってません」
「なら手分けして探しましょう。私はあっちを見てきますので」
「……っちょっと待て、二人とも……あれ、なんだ……?」
木の陰に見えた大きく黒い影。そして、地面に滴る紅い液体。
あれは、あれは……オーク、グレルの父親じゃないか!?
「カタリナ、魔力は!?」
「は、はい! 残ってます!」
「チぃ、く……そぉ!!」
速攻で駆け寄り、うつぶせになった体をひっくり返す。
この傷は大戦時の物じゃない。明らかにさっきつけられた物。
身体中に深い切り傷が刻まれ、大量の出血が見られる。
内臓には届いてないみたいだが……この血の量、だれがどうみても致命傷だ。
「これは!? 術式を展開します、下がってください!」
カタリナはガリルさんの姿を見ると、直ぐに膝を折り神に祈りを捧げるような姿勢を取った。
瞬間、彼女の周囲5メートルは複雑な術式に囲まれ、ドーム状の保護膜を形成する。
「カタリナ、ガリルさんは──」
「黙って、集中が切れます」
鬼気迫る表情で俺にそう叫ぶと、瞳を瞑り詠唱を始めるカタリナ。
この魔法は、いつもつかっている物とは気色が違う。
回復……というよりも、命を繋ぎ止める為の魔法か。
「神よ、命の糸、そのか細き魂の炎を、一刻も長く、我が祈りの基に──」
「リベール様、カタリナ様は一体……?」
「そうか、魔族は自己回復は持ち合わせていても、他人を回復させる術なんてもたないもんな……カタリナは、なんとかしてガリルさんを復活させようとしているんだ」
「復活、ですか……しかし、この傷ではもう……それに」
「みなまで言わないでくれ。頼む」
「……申し訳ございません」
わかっている。人間と魔族、それぞれ命の形や魔力の構造が別だ。
あの大聖女カタリナとて、魔族を完全に治癒することはできないだろう。
だけど、彼女は必死に祈り続けていた。
自分の魔力だって限界に近いだろうに、ずっと、ずっと。
「俺には、俺たちには何も手伝うことがない」
「リベール様……」
「それに、この傷口から見るにガリルさんは多分」
「人質、にされていた。と考えるのが妥当でしょうか」
一気に切り付けられたのではなく、じわじわと、ゆっくり痛めつけられた痕跡が傷口には残されていた。
姿の見えないツィオーネと、瀕死で取り残されたガリルさん。
この状況から導き出される答えは一つ。
「ツィオーネはルイの手によって、人間界へ攫われてしまったの……か」
「……恐らくは、いえ、それ以外考えられません、ね」
「そんな……ツィオーネ……」
絶望感と虚無感に襲われ、その場へ跪く。
この、何もない空間に、歯軋りと、止まらない祈りだけが響き渡った。
今回の戦いは、俺たちの敗北で幕を下ろしたのだ。
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