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ウィルフレッド様とのお茶会
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「…………」
「…………」
私は現在、ウィルフレッド様と向かい合いながらお茶をしている。
大変気まずい空気の中、私はティーカップからお茶をほんのちょっぴりだけ飲んだ。美味しいはずなのに、味がわからない……。
お茶請けもあるけれど、とてもじゃないが今は食べ物が胃を通らない感じがする。食べたら吐き出してしまいそうだ。
(胃が痛い……)
こんな状況になったのには、とある理由がある。
「すまないね、セルマ嬢……。私たちも説得を試みてはいるんだけど、ウィルフレッドの奴、かなり強情で」
先日、私はご当主からそんな話をされた。
ヴィオラ様とのことについて色々と話をしてはいるけれど、彼は頑なに私の存在を認めないらしい。それどころか「要らない」とまで言っているようで、私の心はズキン、と痛んだ。
別にウィルフレッド様のことを好きなわけじゃない。けれど、「これほどまでに求められていない」ということは、単純に私の心を重く沈めさせた。せっかく番という関係性なのに、私はそんなにも彼に望まれていないのか……。
「でも、竜人族にとって番は絶対なんだ。あいつだって、心のどこかではセルマ嬢を好いているに違いない。……そうだ、セルマ嬢」
「は、はい」
「君はウィルフレッドのことをまだ何も知らないだろう? お茶でもして、お互いのことを知っていくというのはどうかな?」
「お茶……ですか」
「二人っきりなら、あいつも少しは素直になるかもしれないし!」
果たして本当にそうなるだろうか。私には甚だ疑問であった。
……という言葉により、この重苦し気なお茶会は開かれたのである。
来てくれたはいいものの、お茶を始めてから数分、彼は不機嫌そうな顔をしながら座っているだけだった。私も話題が思いつかず、押し黙っているだけになってしまっている。
このままでは、この場をセッティングしてくださったご当主様に申し訳がたたない!
私は意を決して口を開いた。
「こっ、このお茶、美味しいですね! なんという茶葉でしょう?」
「……さぁな」
「……お、お菓子もおいしくて……、ブレイアム公爵家には、とても良い使用人さん達が集まっているのですね……」
「……ああ」
ダメだ。とりつく島もない。
(泣きそう……)
まるで石の壁にでも話しているかのようだ。会話のボールを投げても適当に返ってくるだけ。こんなの、楽しいお茶でも何でもない!
「……セルマといったか」
「!」
すると、なんということだろう! 今までほぼ無言だったウィルフレッド様が、私の名前を呼んだのである!
そんなちょっとしたことなのに私は感動が抑えきれず、思わず口に手を当てて「はいっ……」と答えてしまった。
ウィルフレッド様が私を見る。
だが、こちらは前と同じように、鋭い目つきだ。間違っても愛しい番を見るような瞳ではないだろう。
「確かに俺とお前は番だ。運命のな。それは、認める」
「……は、はい」
「あの日、偶然下りた人間の街で、お前を見つけた時の衝撃は、まさに運命のそれだった」
ウィルフレッド様は頭に手を当て、「だが」と呟いた。
「俺には既に愛する人がいる。……わかるだろう?」
「ええっと……、ヴィオラ様ですよね?」
「そうだ。彼女はまさしく、俺にとっての光。俺の闇を明るく照らしてくれる、この世に舞い降りた天使なんだ」
「……てんし……」
うっとりと天を見上げるウィルフレッド様。なんだか若干トリップしてらっしゃいませんか。
「あの、ウィルフレッド様はなぜそこまでヴィオラ様を……?」
「ふふん、聞きたいか? 俺と彼女の輝かしい軌跡を」
あ、なんかスイッチ踏んじゃった。
それ以降はウィルフレッド様の世にもありがた~い、ヴィオラ様伝が始まった。
母を亡くし孤独だった自分に寄り添ってくれたこと、あの明るい笑顔でいつでも自分を元気づけてくれたこと、エトセトラ、エトセトラ……。
対する私は「はぁ」「そうなのですね……」といった感じの、適当な相槌しか打てなかった。
今まで私に対して親の仇でも見るかのような目をしていたくせに、今はあんなにも幸せそうな顔をして私に語り掛けている。
……私に話しているというよりは、自分に話して酔っているようにしか見えないけれど。
「……ということなんだ。どうだ、彼女は素晴らしい人だろう?」
「ええ……、そうですね」
何十分経っただろうか。心なしかティーカップ内のお茶が冷めているような気がするわ。
そしてウィルフレッド様は、それまでの幸せそうな表情から一転、ギッと私を睨みつけるような目つきで言う。
「ここまで聞けばもうわかるだろう。俺には生涯を捧げたい人がいる。だから、今更番のお前なんかに出てこられても邪魔なだけなんだよ」
「邪魔」
ハッキリとそう告げられて、私の心には大きな傷ができるのを感じた。
……わかってはいた。周りの人は「そんなことない」と励ましてくれるけど、私はウィルフレッド様に望まれていない番なんだって。
あれだけ「絶対的」と言われている竜人族の番関係なんてこんなもの。むしろ、それに支配されないほど、彼の意志が固いのか。
しかし同時に、私は頭の中で「なぜここまで言われなければならないのだろう」という考えが出てきたことにも気が付いた。
その考えに基づいて、思ったことをそのまま口にしてみる。
「……なら、私は人間の、故郷の国に帰らせていただきます」
そう呟けば、ウィルフレッド様はその緑色の目をこれでもかと見開いた後、こう叫んだ。
「──ダメだっ!!」
その勢いにびっくりする。まさかのタイミングで叫ばれ、私はびくっ! と体を震わせることしかできなかった。
「なぜ……?」
思わず漏れ出た問いに、ウィルフレッド様はハッとした顔のあと、慌てて取り繕うかのように矢継ぎ早にに話す。
「そ、それは勿論、俺の番だからだ。番は共に居るものだぞ」
「けれど、あなた様は今しがた私を「邪魔」だと仰いました。ヴィオラ様との関係に邪魔な私は早々に国へ帰るべきではありませんか?」
「それは許さない。確かにお前は俺にとって邪魔な存在だが、「番とは共にある」という竜人族の掟には従わないといけないからな。邪魔で邪魔で仕方がないけどな!!」
「ええ……?」
なんだか、言ってることがちぐはぐな気がする。
とにかく、彼の言っている主張では納得できない。そう言おうとしたのだが──。
「お前の家はうちから寄付金をもらっているのだろう? それらを考えると、国に帰るというのは些か得策ではないと思うのだが?」
その言葉にハッとさせられた。
そうだ、私はブレイアム公爵家に支援をしてもらってここに居る身。それを反故にするようなことはできない。
……というか、私のことに興味ないくせに、そういうことは知ってるのね。そしてそれを言い訳に使うという。
(……もしかして、ウィルフレッド様って……)
かなり性格が……その、悪い方なんではなかろうか。
残念だけど、非常~に申し訳ないが、今までのことを考えるととても「良い人」には見えない。むしろお互い印象は最悪だろう。
「……わかり、ました。ここに残らせていただきます……」
「ああ、それがいいだろう」
(なんだかひどく負けたような気分になるわ……)
平然とした様子でお茶を飲むウィルフレッド様を眺めながら、私は心の中にあるモヤモヤを必死に払おうとしていた。
ここでこの先やっていくのであれば、こんな憂いは無い方がいい。考えない方がいいことだ。
だけど……。
(家に帰りたい……)
こちらの屋敷に来て数日。
早くも私は音を上げそうになっていたのであった。
「…………」
私は現在、ウィルフレッド様と向かい合いながらお茶をしている。
大変気まずい空気の中、私はティーカップからお茶をほんのちょっぴりだけ飲んだ。美味しいはずなのに、味がわからない……。
お茶請けもあるけれど、とてもじゃないが今は食べ物が胃を通らない感じがする。食べたら吐き出してしまいそうだ。
(胃が痛い……)
こんな状況になったのには、とある理由がある。
「すまないね、セルマ嬢……。私たちも説得を試みてはいるんだけど、ウィルフレッドの奴、かなり強情で」
先日、私はご当主からそんな話をされた。
ヴィオラ様とのことについて色々と話をしてはいるけれど、彼は頑なに私の存在を認めないらしい。それどころか「要らない」とまで言っているようで、私の心はズキン、と痛んだ。
別にウィルフレッド様のことを好きなわけじゃない。けれど、「これほどまでに求められていない」ということは、単純に私の心を重く沈めさせた。せっかく番という関係性なのに、私はそんなにも彼に望まれていないのか……。
「でも、竜人族にとって番は絶対なんだ。あいつだって、心のどこかではセルマ嬢を好いているに違いない。……そうだ、セルマ嬢」
「は、はい」
「君はウィルフレッドのことをまだ何も知らないだろう? お茶でもして、お互いのことを知っていくというのはどうかな?」
「お茶……ですか」
「二人っきりなら、あいつも少しは素直になるかもしれないし!」
果たして本当にそうなるだろうか。私には甚だ疑問であった。
……という言葉により、この重苦し気なお茶会は開かれたのである。
来てくれたはいいものの、お茶を始めてから数分、彼は不機嫌そうな顔をしながら座っているだけだった。私も話題が思いつかず、押し黙っているだけになってしまっている。
このままでは、この場をセッティングしてくださったご当主様に申し訳がたたない!
私は意を決して口を開いた。
「こっ、このお茶、美味しいですね! なんという茶葉でしょう?」
「……さぁな」
「……お、お菓子もおいしくて……、ブレイアム公爵家には、とても良い使用人さん達が集まっているのですね……」
「……ああ」
ダメだ。とりつく島もない。
(泣きそう……)
まるで石の壁にでも話しているかのようだ。会話のボールを投げても適当に返ってくるだけ。こんなの、楽しいお茶でも何でもない!
「……セルマといったか」
「!」
すると、なんということだろう! 今までほぼ無言だったウィルフレッド様が、私の名前を呼んだのである!
そんなちょっとしたことなのに私は感動が抑えきれず、思わず口に手を当てて「はいっ……」と答えてしまった。
ウィルフレッド様が私を見る。
だが、こちらは前と同じように、鋭い目つきだ。間違っても愛しい番を見るような瞳ではないだろう。
「確かに俺とお前は番だ。運命のな。それは、認める」
「……は、はい」
「あの日、偶然下りた人間の街で、お前を見つけた時の衝撃は、まさに運命のそれだった」
ウィルフレッド様は頭に手を当て、「だが」と呟いた。
「俺には既に愛する人がいる。……わかるだろう?」
「ええっと……、ヴィオラ様ですよね?」
「そうだ。彼女はまさしく、俺にとっての光。俺の闇を明るく照らしてくれる、この世に舞い降りた天使なんだ」
「……てんし……」
うっとりと天を見上げるウィルフレッド様。なんだか若干トリップしてらっしゃいませんか。
「あの、ウィルフレッド様はなぜそこまでヴィオラ様を……?」
「ふふん、聞きたいか? 俺と彼女の輝かしい軌跡を」
あ、なんかスイッチ踏んじゃった。
それ以降はウィルフレッド様の世にもありがた~い、ヴィオラ様伝が始まった。
母を亡くし孤独だった自分に寄り添ってくれたこと、あの明るい笑顔でいつでも自分を元気づけてくれたこと、エトセトラ、エトセトラ……。
対する私は「はぁ」「そうなのですね……」といった感じの、適当な相槌しか打てなかった。
今まで私に対して親の仇でも見るかのような目をしていたくせに、今はあんなにも幸せそうな顔をして私に語り掛けている。
……私に話しているというよりは、自分に話して酔っているようにしか見えないけれど。
「……ということなんだ。どうだ、彼女は素晴らしい人だろう?」
「ええ……、そうですね」
何十分経っただろうか。心なしかティーカップ内のお茶が冷めているような気がするわ。
そしてウィルフレッド様は、それまでの幸せそうな表情から一転、ギッと私を睨みつけるような目つきで言う。
「ここまで聞けばもうわかるだろう。俺には生涯を捧げたい人がいる。だから、今更番のお前なんかに出てこられても邪魔なだけなんだよ」
「邪魔」
ハッキリとそう告げられて、私の心には大きな傷ができるのを感じた。
……わかってはいた。周りの人は「そんなことない」と励ましてくれるけど、私はウィルフレッド様に望まれていない番なんだって。
あれだけ「絶対的」と言われている竜人族の番関係なんてこんなもの。むしろ、それに支配されないほど、彼の意志が固いのか。
しかし同時に、私は頭の中で「なぜここまで言われなければならないのだろう」という考えが出てきたことにも気が付いた。
その考えに基づいて、思ったことをそのまま口にしてみる。
「……なら、私は人間の、故郷の国に帰らせていただきます」
そう呟けば、ウィルフレッド様はその緑色の目をこれでもかと見開いた後、こう叫んだ。
「──ダメだっ!!」
その勢いにびっくりする。まさかのタイミングで叫ばれ、私はびくっ! と体を震わせることしかできなかった。
「なぜ……?」
思わず漏れ出た問いに、ウィルフレッド様はハッとした顔のあと、慌てて取り繕うかのように矢継ぎ早にに話す。
「そ、それは勿論、俺の番だからだ。番は共に居るものだぞ」
「けれど、あなた様は今しがた私を「邪魔」だと仰いました。ヴィオラ様との関係に邪魔な私は早々に国へ帰るべきではありませんか?」
「それは許さない。確かにお前は俺にとって邪魔な存在だが、「番とは共にある」という竜人族の掟には従わないといけないからな。邪魔で邪魔で仕方がないけどな!!」
「ええ……?」
なんだか、言ってることがちぐはぐな気がする。
とにかく、彼の言っている主張では納得できない。そう言おうとしたのだが──。
「お前の家はうちから寄付金をもらっているのだろう? それらを考えると、国に帰るというのは些か得策ではないと思うのだが?」
その言葉にハッとさせられた。
そうだ、私はブレイアム公爵家に支援をしてもらってここに居る身。それを反故にするようなことはできない。
……というか、私のことに興味ないくせに、そういうことは知ってるのね。そしてそれを言い訳に使うという。
(……もしかして、ウィルフレッド様って……)
かなり性格が……その、悪い方なんではなかろうか。
残念だけど、非常~に申し訳ないが、今までのことを考えるととても「良い人」には見えない。むしろお互い印象は最悪だろう。
「……わかり、ました。ここに残らせていただきます……」
「ああ、それがいいだろう」
(なんだかひどく負けたような気分になるわ……)
平然とした様子でお茶を飲むウィルフレッド様を眺めながら、私は心の中にあるモヤモヤを必死に払おうとしていた。
ここでこの先やっていくのであれば、こんな憂いは無い方がいい。考えない方がいいことだ。
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