そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉

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竜人族の国の空気とは

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「ん……」

 ぱち、と目を覚ます。視界にはとある部屋の様子が映った。
 ……いやこれ私の部屋ね。何でこんな所で私は寝て……?

「起きましたか」

 静かな……それでいて洗練されたような声が聞こえてきて、私はそっとそちらを見やった。
 ……美しい黒髪の男の人だ。眼鏡をかけている。
 この人も竜人、かしら……?

「体調はいかがですか? 何か、苦しい所などはありませんか」
「え、っと……、はっ! そういえば、私、倒れちゃったんですよね?! 思い出した……!」
「ええ。使用人のララさんがすぐにご当主様に伝えてくれて、それで俺が来たんです」

 俺が来た?
 首を傾げた私に、彼は胸に手を当てながらゆっくりとお辞儀をした。

「初めまして、俺はエリック。ブレイアム公爵家に仕えている、医者です」

 ──お医者様!
 私は目を見開くしかなかった。そして、頭の中ではある意味の納得が。
 そうか、だからこの人がここに呼ばれたのね。私の体調を見に……。

「あの……、私はなぜ突然倒れたんでしょう? それまで体調がよくなかった。ということもありませんでしたし……」

 そうだ。まずはそこだ、気になるのは。
 私の質問に、エリック様は椅子に座り直しながら説明してくれる。

「簡単に言えば、マナの濃度のせいですね」
「マナ……? マナって……」

 あの、空気中に流れている魔力の一部だったか。

「ここ、竜人族の国ではそのマナの濃度が特段高いんです。人間の国とは比べ物にならないくらい。その濃度の違いがあなたの体に負担になったのでしょう。普段とはまるきり違う濃度で空気を吸い続けたんですから」

 なるほど。マナは濃度が濃すぎると人間の身体には毒となる……と。

「そうなんですか……? ということは、私はこの国に居る以上……」

 ずっと苦しい状態が続くのではないか。そう思った私に、エリック様は「そこは安心してください」と笑顔で言ってくれた。

「人間が竜人国でも快適に暮らせていけるようにと作られた特効薬があるんです。それを飲めば、この国でも問題なく暮らしていけますよ」
「ほ、本当ですか? よかった……」

 安堵の息を漏らした私に、エリック様が同調するように微笑んでくれる。
 ……落ち着いていて、優しげな風貌の方だ。まるでウィルフレッド様とは大違い。
 そこまで考えて首を横に振った。いけないいけない、人を比較するようなこと言っちゃ!

「ただし、この薬を服用するのなら、定期的に俺の診断を受けなければなりません。何せ、まだ開発されてそんなに経ってない薬ですからね。経過観察は怠らないようにしなければ。……それは、大丈夫ですか?」
「は、はい! 大丈夫です!」

 思わず元気のよい返事が出ると、エリック様は一度目を丸くした後、くすくすと楽し気に笑ってくださった。
 綺麗なお顔の方にそんな笑みを向けられたものだから、私の心はきゅんっ、と少し跳ね上がる。

「では、本日からはこちらの飲み薬を。最初は副作用などに悩まされることがあるかもしれませんが、何かあればすぐ俺のところまで知らせに来てください。使用人の方にも、そうしていただけるようにお願いしてあります」
「何から何までありがとうございました……!」
「いえいえ。これが仕事なので」

 すると、部屋の外からどたどたと誰かが走っている音が聞こえた。
 何かと扉の方向を見た瞬間、それはバンッ!! と力強く開かれる。

「セルマちゃん、大丈夫かい?!」
「ご、ご当主様……?! それに、夫人まで……!」

 心底慌てている様子の夫妻の登場にびっくりしてしまう。
 そしてそのままベッドに来て、私の手を握ってくれた。公爵家の当主が私の手を……。考えただけでもくらっと来そうな光景である。

「アルヴィス様。オーレリア様も。セルマ様はようやく目を覚ましたところなのですから、あまりご無理をさせてはいけませんよ」
「あ、ああ、そうだな……。いやはや、君の冷静な判断にはいつも助けられているよ、エリック。おかげで未来のお嫁さんを失わずに済んだ」
「本当にそうね。あなた」

(未来のお嫁さん……)

 それってまあ、多分、私とウィルフレッド様のことなんだろうけど。
 どうしても、今の私にはそんな気が起きなかった。だって、ご当主様たちですら顔を見に来てくれているのに、彼はちっとも──。

「ほら、ウィルフレッド。そんな所に突っ立っていないでお前もこちらへ来なさい」

 ──えええ?! 来てたの、ここに?!

 慌ててそちらを見れば、確かにウィルフレッド様のお姿が。
 私はひそかに感動していた。いえ、感心といった方がいいかしら。

 あんなに頑なな態度だった彼が私の見舞いに来るだなんて。

 両親に促され、ウィルフレッド様はずいと私の前に出てくる。
 目と目が合う私たち。

「…………」

 ウィルフレッド様は私の様子を見て……何だろう? なんだか、とても複雑そう~……な顔をして。
 そんな時間を数秒、いえ数分? 続けていたところ。
 彼の口から解き放たれたのは。

「──ふん。この程度のマナにも耐性がないなんて。所詮、弱弱しい民族である人間の娘だな」

 まかり間違っても労りの台詞などではなく。
 本当に、こんなことを言ってのけた。

 目の前がくらりと遠くなる。
 ああ……この方は、私の番と呼ばれるお人は……、人間だからといって、体調の悪い者を労わる仕草さえしないのね……。

「ウィルフレッド! お前、番になんてことを言うんだ!」

 ご当主様からの厳しい叱責が入るが、彼はどこ吹く風。全く気にも留めていないようである。

「薬も飲んで、元気になったんでしょう? ならもう見舞いの必要はありませんね。僕は下がらせていただきます」
「まぁ! ウィルフレッド、あなたも彼女の番ならば、本当は心配でたまらないんでしょう?! せめて手を握ってあげたりとか……!」
「それは父上がやってらっしゃるではありませんか。それでは」

 いつものように、私を置いて出ていくウィルフレッド様の背中。
 なんだか彼とはあまりしっかりと顔を合わせた機会がないように思えるわ。気のせいかしら。

「……息子がすまない……」

 ご当主様の申し訳なさそうな声が聞こえてくる。慌てて「お気になさらないでください」と言うが、彼の表情は晴れないままだ。

「しかし、ここまで頑なな姿勢になるのは……やはり、ヴィオラが原因なのか……?」
「……」
「……ウィルフレッドには私からまた改めて話をしよう。セルマ城、あなたは今は身体をどうか休めてくれ」

 すっとご当主様がその場を立つ。夫人も並んで立った。

「ひとまずは、薬を使いながらこの国の空気に慣れること。いいね?」
「はい、ありがとうございます」
「エリック、あとは頼んだよ」
「はい」

「お大事に」とそう言いながら、お二人が部屋から出ていった。


 少しの沈黙。

(あとは頼んだよ、と言われましても……! 何を話したらよいのか……)

「あの、セルマ様」
「はい?!」

 びくう! と肩が跳ねる。いくらなんでもびっくりしすぎよ、私!

「セルマ様は……、ウィルフレッド様の「運命の番」なんですよね?」

 言われた言葉にきょとんとする。

「ええ、そうですね」

 私の答えに、エリック様は暫し何かを考えこんでいるかのような表情になる。
 なんだか話しかけずらくて、その間、黙ったままでしたけれど。

「セルマ様」
「はいっ?」

 ぎゅっと突然手を握られるからびっくりしてしまったわ。
 困惑している私を他所に、エリック様が真剣な表情でこう言ってくる。

「困ったことがあれば、いつでも。俺のところに来てくださいね」
「は、……はぁ、……?」

 どういう意図の言葉なのだろう……。
 私は手を握られたまま、暫し固まることしかできなかった。

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