そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉

文字の大きさ
6 / 31

本当に好きな人(ウィルフレッドside)

しおりを挟む
「クソッ!」

 俺はガン! と拳で強く壁を殴った。普通なら皮膚を傷めるところだが、自分は誇り高く、そして強い竜人族であるため、何の支障もない。

 今は「運命の番」であるセルマと茶会をしたその、すぐ後のことである。

「……俺は、ヴィオラが好きなんだ。セルマなんか好きじゃない、好きじゃない……!」

 お茶会でのことを思い出す。
 さらりと流れる黒髪も、切れ長の黒目も、どちらもとても麗しく、そして可愛らしかった。ウィルフレッドから見たセルマはヴィオラと同じ……いやそれ以上にキラキラ輝いて見えるのだ。愛しさを抑えるので精いっぱいだった。

(これが、竜人族の本能か)

 ふ、と自嘲するような笑みを浮かべる。
 そうだ、こんなもの、種族による本能でそう見えているだけに過ぎない。俺の心とは、別のものだ!

「ヴィオラ……」

 彼女を思うときゅう……と胸が締め付けられる。

 数年前。父の再婚時、ヴィオラは夫人に連れられてブレイアム公爵邸にやってきた。
 初めて見た時からその姿に目を奪われたのだ。
 太陽を一身に受けたような光る金髪、美しい空色の瞳。

『お兄さま?』

 そう言って、小首を傾げる彼女の、何もかもが可愛らしかった。
 自分はすぐにヴィオラを溺愛し始めて、成長するにつれて、それが単なる兄としての愛情ではないことを知った。ヴィオラの本音を聞くのが怖くて、まだちゃんと告白をしたことはなかったが、自分はいつでもヴィオラに対し「君が世界で一番だよ」と伝え続けてきた。
 ヴィオラも、それに「嬉しいわ」と答えて。

 それでよかったのだ。
 それで十分に回り続けていたのだ、俺の世界は。


 ……その日は本当にたまたま、人間の国、その中のとある街に下りていた。
 理由なんかどうでもいい。忘れた。確か、父の仕事についてきたのだったか、なんだったか。

 とにかく俺はその街で出会った。
 出会ってしまったのだ。

 セルマ・コールドウェル──自分の、「運命の番」に。


 初めて見た時は、その凄まじい衝撃に息が止まりそうになった。
 自らの運命。それが自分の視界に居る。すぐさまその少女の元に行って、細そうな体を抱きしめたかった。
 この瞬間、ヴィオラを忘れた。

「ん? どうした、ウィルフレッド」
「……父上……、あそこに、俺の番が……!」

 衝撃に耐えきれず、父にその話をしてしまったのが、自分の大きな間違いだったのだろう。

 息子が運命の番を見つけたことに大喜びした父がすぐにその少女の身元を調べ、我が屋敷に来てもらうことになってしまった。俺は嬉しい、と思う反面、とてつもなく後悔した。

(俺には、ヴィオラが居るのに!)

 慌ててももう遅い。自分の運命の番が居ることは家族の知れるところになり、そしてそれを知った家族が動きを止めることはないだろう。
 竜人族にとって、運命の番はそれほどまでに重要な意味合いを持つのだから。

 セルマが実際にこの屋敷に来てからも、俺は番をこの視界に入れられることへの喜びと、自分にはヴィオラが居るという理性の気持ちのせめぎあいになっていた。セルマは自分の態度に縮こまっていたが関係ない。俺は本能に勝たなければならないのだ! ヴィオラのために!

 そう思うと、セルマに接する実際の態度は、どうしても喜んでしまう心とはどんどん相反するものとなる。自分でもひどいことをしているという自覚はあるが、どうしてもやめられないのだ。こうしないと、今すぐにでも自分がセルマに何もかもを捧げてしまうことが分かっているから。

 でも、そうはならない。俺にはただ一人と決めた、愛する人が居る。
 その人のために、俺は自分の本能と永遠に戦ってみせるぞ。

 ……そう考えながら、先ほどの茶会も必死に戦っていた。
 すげない態度をする俺に、終始申し訳なさそうな顔をするセルマ。できることなら今すぐにでも態度を改め、今までの非礼を詫びたかった。
 だが、それはできない。俺には、彼女が居るのだから──!


「あ、ウィルフレッド!」

 ぐるぐると思考を張り巡らせていた俺の耳に、心地のいい音が入ってきた。
 顔を上げれば、そこには俺の愛しい女性の姿が。

「こんなところで何をしてるの? 暇なら一緒に遊びましょうよ!」
「あはは、ヴィオラ。遊ぶって一体何をするんだい?」

 彼女はいつでも無邪気だ。くるくると変わるその表情が愛おしい。

(……セルマは、いつも暗い顔をしているな)

 ふと、そんなことを考える。だがすぐにぶんぶんと首を横に振って振り払った。
 傍にヴィオラが居るのだ。セルマのことなど、考える必要はない。

「そうねえ……、あっ、じゃあお茶! お茶をしましょう? 私、お茶菓子が食べたいわ!」
「うっ……」
「ウィルフレッド? どうかした?」

 お茶と聞いて心臓が痛くなった。先ほどまでセルマとしていたことだ……。
 まあろくにお茶も飲んでなかったし、茶菓子も食べてなかったからいいのだけれど……。

「い、いや、大丈夫だよヴィオラ。うん、お茶、しようか。用意させるね」
「やった! 嬉しいわ、ウィルフレッド!」

 使用人に言づけて、お茶の用意をさせる。
 先ほどのセルマの茶会とほぼ同じことをさせられる使用人は何を思っているのか……。考えるのはよそう。

「そういえば、セルマさんとはどうなの?」

 お茶を吹き出しそうになった。ヴィオラのこういう、天真爛漫で人のことを考えるところは好きだが、だが……! タイミングが……!

「……特に何もないよ」

 コメントに困ってしまう。あまりヴィオラの前では酷い態度をとる自分を見せたくはない。
 が……、万一にもセルマが嫉妬をしてヴィオラを害してしまうことがあるかもしれない。そう考えると、どうしても二人一緒に居ると警戒心を持ってしまう。

「そう? ……セルマさんは、あなたの運命の番、なのよね?」
「え? ……ああ、そうだけど……」
「そうよね……。……ねえ、あまり、彼女にばかりかかりきりにならないでね? 私、ウィルフレッドが居ないと寂しくて……」
「! ヴィオラ……!」

 妹としての言葉かもしれない。いや、きっとそうに決まってる。
 それでも嬉しかった。彼女が自分を求めてくれている。それだけで、天にも昇る心地になったのだ。

「っ約束するよ! 俺はヴィオラをないがしろにしたりなんかしない、君だけを見る!」
「本当? 嬉しいな……。約束よ? ウィルフレッド」
「ああ!!」
「ふふ。じゃあ、指切りしましょ? はい、小指出して」

 ヴィオラが可愛らしく笑って、小さくて細い小指を差し出してくる。
 ……セルマの指もこんななのだろうか。そこまで考えて、俺は自分の中で自分を殴った。今はそんなことはどうでもいいだろう!! ヴィオラがかわいく「約束♡」と言っているのだぞ!!

 俺も自分の小指を出して、ヴィオラのそれと絡み合わせる。しっとりと柔らかいヴィオラの肌は、触れているだけでとろとろと溶けていってしまいそうだった。

「約束、破っちゃだめよ? そんなことになったら、私、怒っちゃうんだからね?」
「まさか。怒った君もかわいいだろうが、そんなことには絶対ならないさ。安心しておくれ、ヴィオラ」
「ええ、信じているわ。だって、ウィルフレッドはいつだって私を愛してくれたものね?」

 そうだ。俺はヴィオラを愛している。
 運命の番なんかが現れたって関係ない。これが竜人族の本能だというのなら、俺は全力で、それに抗ってみせる。
 それが。紛れもない、ヴィオラへの愛の証明になるだろうから。

「…………」
「ウィルフレッド?」

 そう。俺の心は決まっている。これは揺るがない決定事項だ。

 ……けれど。
 どうしても、心のどこかに。あの、所在なさげに自分の前に座っていた、セルマの姿があって。それがどうしても、消えないのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

番を辞めますさようなら

京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら… 愛されなかった番。後悔ざまぁ。すれ違いエンド。ゆるゆる設定。 ※沢山のお気に入り&いいねをありがとうございます。感謝感謝♡

番(つがい)はいりません

にいるず
恋愛
 私の世界には、番(つがい)という厄介なものがあります。私は番というものが大嫌いです。なぜなら私フェロメナ・パーソンズは、番が理由で婚約解消されたからです。私の母も私が幼い頃、番に父をとられ私たちは捨てられました。でもものすごく番を嫌っている私には、特殊な番の体質があったようです。もうかんべんしてください。静かに生きていきたいのですから。そう思っていたのに外見はキラキラの王子様、でも中身は口を開けば毒舌を吐くどうしようもない正真正銘の王太子様が私の周りをうろつき始めました。 本編、王太子視点、元婚約者視点と続きます。約3万字程度です。よろしくお願いします。  

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください

迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。 アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。 断るに断れない状況での婚姻の申し込み。 仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。 優しい人。 貞節と名高い人。 一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。 細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。 私も愛しております。 そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。 「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」 そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。 優しかったアナタは幻ですか? どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

かつて番に婚約者を奪われた公爵令嬢は『運命の番』なんてお断りです。なのに獣人国の王が『お前が運命の番だ』と求婚して来ます

神崎 ルナ
恋愛
「運命の番に出会ったからローズ、君との婚約は解消する」  ローズ・ファラント公爵令嬢は婚約者のエドモンド・ザックランド公爵令息にそう言われて婚約を解消されてしまう。  ローズの居るマトアニア王国は獣人国シュガルトと隣接しているため、数は少ないがそういった可能性はあった。  だが、今回の婚約は幼い頃から決められた政略結婚である。  当然契約違反をしたエドモンド側が違約金を支払うと思われたが――。 「違約金? 何のことだい? お互いのうちどちらかがもし『運命の番』に出会ったら円満に解消すること、って書いてあるじゃないか」  確かにエドモンドの言葉通りその文面はあったが、タイミングが良すぎた。  ここ数年、ザックランド公爵家の領地では不作が続き、ファラント公爵家が援助をしていたのである。  その領地が持ち直したところでこの『運命の番』騒動である。  だが、一応理には適っているため、ローズは婚約解消に応じることとなる。  そして――。  とあることを切っ掛けに、ローズはファラント公爵領の中でもまだ発展途上の領地の領地代理として忙しく日々を送っていた。  そして半年が過ぎようとしていた頃。  拙いところはあるが、少しずつ治める側としての知識や社交術を身に付けつつあったローズの前に一人の獣人が現れた。  その獣人はいきなりローズのことを『お前が運命の番だ』と言ってきて。        ※『運命の番』に関する独自解釈がありますm(__)m

処理中です...