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街歩き
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今日は私とウィルフレッド様の「デート」の日らしい。
起きてから早々にララにそう言われ、私は飛び上がりそうなくらいな驚きを隠せなかった。
今まで私にあれだけすげなくしていたウィルフレッド様が、私と! デート、ですって!
「どうして……」
「さぁ……。それでも、いいではありませんか! 折角の機会なのですもの!」
……まぁ、大方ご当主様方の命令だろう。「たまにはセルマ嬢を外に連れ出してあげなさい」みたいな。両親にしつこく言われてウィルフレッド様も断れなかったんだろうな……。
「では、気合を入れてご準備いたしますね」
ふんふんと鼻息を荒くするララ。
……私なんかが気合を入れたとしても、あの人には特に影響を及ぼさないと思うのだけれど……。
だが、やる気満々になっている彼女を見ると、そんな話をして水を差すことも無いように思えた。折角やってくれると言っているのだもの、彼女のしたいようにさせましょう。
「髪はハーフアップにして~……ちょっと編み込みを……。服は涼しげな淡い水色にしましょうか!」
「あはは、どうぞ自由に……」
どうせその辺り、よく分からないし。
そうして出来上がった私はいつもよりも可愛らしい気がした。刺繍の入った可愛らしい水色のワンピースがひらりと翻る。
黒髪黒目の地味っこなくせに、中々やるじゃないの。……いや、ララの力のおかげだけどね!
「頑張ってくださいね、セルマ様」
「……ええ、まぁ……、頑張るわ」
全然やる気のない返事しかできない。ごめんねララ……。
「それでは、行ってらっしゃいませ」
ララにお見送りをされて、私は馬車のある所まで歩いて行った。
馬車が停まっている付近では、既に用意を終えたらしいウィルフレッド様が居た。
……相変わらず外見だけは素晴らしいわ。きらきら光る太陽が彼を祝福しているかのよう……。
眩しくて頭上に手を翳してしまいそうなくらいよ。
「ウィルフレッド様」
声をかけると、下を向いていた彼の顔がパッと上に上げられた。
傍まで来た私を見て固まるウィルフレッド様。
……な、なんだろう。その顔は。
「あの……?」
じぃいっ! と私を凝視するウィルフレッド様。そんなに見られたら穴が開きそうなのですが。
どこかおかしい箇所でもあっただろうか。一応、ララのお墨付きなのだけれど……。
(ハッ! まさか、地味子がお洒落なんかしてるんじゃねーよって言いたいってこと……?!)
考えれば考えるほどそれが答えな気がしてきた。だって眉間に皺、寄ってるし(いつものことだけど)。
「……何でもない」
ふいっ、と逸らされる彼の顔。何なんだ、文句があるのなら早めに言ってくれ。
「あら、セルマさん! 今日の装い、とってもかわいいわ!」
「え、」
すると、ウィルフレッド様の陰からひょいっと顔を出してきたその人物は──ヴィオラ様だった。
思わぬ相手に面食らってしまう。
「ヴィ、ヴィオラ様? なぜここに……」
「あら、だって街へ遊びに行くのでしょう? 私も行きたいなと思って!」
明るい声が私をザクザクと突き刺す。
……少しでも「デート」を思い描いていた私がバカであった。
そりゃそうだ。ウィルフレッド様が、ヴィオラ様を置いて私と二人っきりで出かけるなどという選択肢を取るはずがない。予想できていたことだったのに、私の心はまたしても重い鉛がのしかかってくるような感覚に苛まれた。
呆然としてしまっていた私を見ながら、ウィルフレッド様が不機嫌そうな顔をして言う。
「俺が誘ったんだ。せっかく街へ出るんだから、ヴィオラも一緒にって。……それともなんだ? 文句でもあるのか?」
強くなる私への睨み。はいはい、分かっていますよ。文句なんて、ありませんとも。
……表向きはね……。
心の姿勢を立て直して、自然と冷静に見えるよう立ち振る舞う。
「いえ、そんなものはありませんが……、一応、確認をさせてください。このことは、ご当主様方も知っていらっしゃるのですか?」
「なっ、……そ、そんなことは関係ないだろう! 今日は父上たちも仕事で居ないんだ、気にする必要はどこにもない!」
やたらと大きな声で怒鳴るウィルフレッド様。
なるほど。ご当主様方の居ない隙を狙って行うことにしたのか……。
おかしな所で頭が回るものである。
「さぁ、行きましょう! 私、楽しみで仕方がないわ!」
そんな話をしている間に。
ヴィオラ様がウィルフレッド様の腕を取り、馬車へと乗っていく。
デレデレと嬉しそうな表情をしているウィルフレッド様は置いておいて。
(そうか……、今日は一日、この瞬間から、この二人と一緒なのね……)
胸に宿ったのは、諦めか、それとも絶望感か。
自分でもよく分かっていないまま、乗り込んだ馬車は街へと向かい、進み始めるのであった。
*
「わぁぁ~……! 相変わらず、活気があるわね!」
この時ばかりはヴィオラ様に同意した。
人間の国で訪れていた街に比べると、こちらの方が圧倒的に人が多くて、活気に溢れている感じがしたのだ。さすが大国ズーグである。
「あっ、ウィルフレッド、ジェラートがあるわ! 食べましょう食べましょう!」
「あははっ、こらヴィオラ、引っ張らないでくれよ。すぐ行くから。……おい、行くぞセルマ」
「はい……」
毎回のことだが、この態度の切り替えようといったらすごいものだ。彼は役者になれるのではなかろうか。
びゅんっ! と飛んでいくようにジェラート屋さんへ走っていったヴィオラ様を追って、私たち二人もそちらへ出向く。
「こんにちは! ジェラートくださいな!」
「はいよ! おや、お嬢ちゃんとってもかわいいね。サービスしちゃおうかな~?」
「うふふ、本当? ありがとう!」
「すみません、こちらにも一つ」
「おやまぁ! 今度は顔のお綺麗な兄ちゃんまで出てきた! これはサービスしないわけにはいかないねぇ! ……それで、そちらのお嬢さんは? 買っていくのかい?」
「えっ、あ、ああ……、はい、お願いします」
私だって単純にジェラートの味は気になるし。食べたい気持ちは嘘じゃないわ。
そして、ヴィオラ様の分のお代金は当然のようにウィルフレッド様が出して、私は事前にララに持たされていたお金から支払ってジェラートを受け取った。
近くにあるベンチに三人で座りながら話をする。
……が、ほぼ話をしているのはヴィオラ様とウィルフレッド様だけだ。この二人の間に、私が入れるわけがない。
「あのね、それでね……」
「うんうん。……ああヴィオラ、口の周りが汚れてしまっているよ。ほら」
「むぐっ。ありがとう、ウィルフレッド! えへへ、なんだか恥ずかしいな。子供みたいで」
「そんな君もとても可愛らしいよ」
「そう? うれしい……」
……そしてそれを横で聞きながら、ちまちまとジェラートを食べ進めている私なのであった。
ジェラートを食べ終えた後は街の散策である。
人間の国の街と比べればその規模は段違いに大きく、まさに様々な店が立ち並んでいた。私は並んで歩くヴィオラ様とウィルフレッド様の後ろについて回る形で、街中を歩いていく。
「まぁ、かわいいリボン! きれいな色ね」
「ヴィオラによく似合うよ。買おうか?」
「美味しそうなお店~! お腹が空いてくるわ!」
「そうだね。君が美味しそうだと言うのなら、入ろうか?」
……彼はヴィオラ様全肯定マシーンかしら。
(基本同意しか言ってない気がする……)
一人の女の子にあんなにデレデレとして、何でも願いを叶えようとして。男として、一人の人間として情けなくないのかしら……。
そして、そんな会話を聞きながらも、自分では何も口に出せない私も、情けなさの一つに入るのだったが。
……こんな風に、「デート」とはまるで違う、程遠いものだが、今まで見たことのない街の風景を見られるのは楽しかった。
上下左右、色んな所を見ながら、一人で「おお……」なんて声を上げる。それくらい、町並みも綺麗だった。
だが、そんな風によそ見をしていたからだろうか。
「……あれっ?」
ふと、前を見る。
……二人が居ない。
「あら……? ヴィオラ様、ウィルフレッド様ー!」
とりあえず二人の名を叫んでみるが、効果は無かった。二人の姿などどこにも見えない。ただただ道を歩く雑多な人々が見えるだけ。
……要は、完っ全に、はぐれたのである。
「どうしましょう……」
どこかで留まって二人が来るのを待つか。それとも、自ら探しに行った方がいいか。
どうしようかと悩んでいた私が、知らず知らずのうちに後ろに下がっていっていると。
どん、と誰かの体にぶつかった。
「あっ! ご、ごめんなさい! 失礼を……!」
我に返り、慌てて謝る。
だが、上から聞こえてきたのは、予想外の声だった。
「セルマ様?」
「え? ……あれ、エリック様……?!」
そう。私の体を定期的に見てくれているお医者様の、エリック様だったのである。
起きてから早々にララにそう言われ、私は飛び上がりそうなくらいな驚きを隠せなかった。
今まで私にあれだけすげなくしていたウィルフレッド様が、私と! デート、ですって!
「どうして……」
「さぁ……。それでも、いいではありませんか! 折角の機会なのですもの!」
……まぁ、大方ご当主様方の命令だろう。「たまにはセルマ嬢を外に連れ出してあげなさい」みたいな。両親にしつこく言われてウィルフレッド様も断れなかったんだろうな……。
「では、気合を入れてご準備いたしますね」
ふんふんと鼻息を荒くするララ。
……私なんかが気合を入れたとしても、あの人には特に影響を及ぼさないと思うのだけれど……。
だが、やる気満々になっている彼女を見ると、そんな話をして水を差すことも無いように思えた。折角やってくれると言っているのだもの、彼女のしたいようにさせましょう。
「髪はハーフアップにして~……ちょっと編み込みを……。服は涼しげな淡い水色にしましょうか!」
「あはは、どうぞ自由に……」
どうせその辺り、よく分からないし。
そうして出来上がった私はいつもよりも可愛らしい気がした。刺繍の入った可愛らしい水色のワンピースがひらりと翻る。
黒髪黒目の地味っこなくせに、中々やるじゃないの。……いや、ララの力のおかげだけどね!
「頑張ってくださいね、セルマ様」
「……ええ、まぁ……、頑張るわ」
全然やる気のない返事しかできない。ごめんねララ……。
「それでは、行ってらっしゃいませ」
ララにお見送りをされて、私は馬車のある所まで歩いて行った。
馬車が停まっている付近では、既に用意を終えたらしいウィルフレッド様が居た。
……相変わらず外見だけは素晴らしいわ。きらきら光る太陽が彼を祝福しているかのよう……。
眩しくて頭上に手を翳してしまいそうなくらいよ。
「ウィルフレッド様」
声をかけると、下を向いていた彼の顔がパッと上に上げられた。
傍まで来た私を見て固まるウィルフレッド様。
……な、なんだろう。その顔は。
「あの……?」
じぃいっ! と私を凝視するウィルフレッド様。そんなに見られたら穴が開きそうなのですが。
どこかおかしい箇所でもあっただろうか。一応、ララのお墨付きなのだけれど……。
(ハッ! まさか、地味子がお洒落なんかしてるんじゃねーよって言いたいってこと……?!)
考えれば考えるほどそれが答えな気がしてきた。だって眉間に皺、寄ってるし(いつものことだけど)。
「……何でもない」
ふいっ、と逸らされる彼の顔。何なんだ、文句があるのなら早めに言ってくれ。
「あら、セルマさん! 今日の装い、とってもかわいいわ!」
「え、」
すると、ウィルフレッド様の陰からひょいっと顔を出してきたその人物は──ヴィオラ様だった。
思わぬ相手に面食らってしまう。
「ヴィ、ヴィオラ様? なぜここに……」
「あら、だって街へ遊びに行くのでしょう? 私も行きたいなと思って!」
明るい声が私をザクザクと突き刺す。
……少しでも「デート」を思い描いていた私がバカであった。
そりゃそうだ。ウィルフレッド様が、ヴィオラ様を置いて私と二人っきりで出かけるなどという選択肢を取るはずがない。予想できていたことだったのに、私の心はまたしても重い鉛がのしかかってくるような感覚に苛まれた。
呆然としてしまっていた私を見ながら、ウィルフレッド様が不機嫌そうな顔をして言う。
「俺が誘ったんだ。せっかく街へ出るんだから、ヴィオラも一緒にって。……それともなんだ? 文句でもあるのか?」
強くなる私への睨み。はいはい、分かっていますよ。文句なんて、ありませんとも。
……表向きはね……。
心の姿勢を立て直して、自然と冷静に見えるよう立ち振る舞う。
「いえ、そんなものはありませんが……、一応、確認をさせてください。このことは、ご当主様方も知っていらっしゃるのですか?」
「なっ、……そ、そんなことは関係ないだろう! 今日は父上たちも仕事で居ないんだ、気にする必要はどこにもない!」
やたらと大きな声で怒鳴るウィルフレッド様。
なるほど。ご当主様方の居ない隙を狙って行うことにしたのか……。
おかしな所で頭が回るものである。
「さぁ、行きましょう! 私、楽しみで仕方がないわ!」
そんな話をしている間に。
ヴィオラ様がウィルフレッド様の腕を取り、馬車へと乗っていく。
デレデレと嬉しそうな表情をしているウィルフレッド様は置いておいて。
(そうか……、今日は一日、この瞬間から、この二人と一緒なのね……)
胸に宿ったのは、諦めか、それとも絶望感か。
自分でもよく分かっていないまま、乗り込んだ馬車は街へと向かい、進み始めるのであった。
*
「わぁぁ~……! 相変わらず、活気があるわね!」
この時ばかりはヴィオラ様に同意した。
人間の国で訪れていた街に比べると、こちらの方が圧倒的に人が多くて、活気に溢れている感じがしたのだ。さすが大国ズーグである。
「あっ、ウィルフレッド、ジェラートがあるわ! 食べましょう食べましょう!」
「あははっ、こらヴィオラ、引っ張らないでくれよ。すぐ行くから。……おい、行くぞセルマ」
「はい……」
毎回のことだが、この態度の切り替えようといったらすごいものだ。彼は役者になれるのではなかろうか。
びゅんっ! と飛んでいくようにジェラート屋さんへ走っていったヴィオラ様を追って、私たち二人もそちらへ出向く。
「こんにちは! ジェラートくださいな!」
「はいよ! おや、お嬢ちゃんとってもかわいいね。サービスしちゃおうかな~?」
「うふふ、本当? ありがとう!」
「すみません、こちらにも一つ」
「おやまぁ! 今度は顔のお綺麗な兄ちゃんまで出てきた! これはサービスしないわけにはいかないねぇ! ……それで、そちらのお嬢さんは? 買っていくのかい?」
「えっ、あ、ああ……、はい、お願いします」
私だって単純にジェラートの味は気になるし。食べたい気持ちは嘘じゃないわ。
そして、ヴィオラ様の分のお代金は当然のようにウィルフレッド様が出して、私は事前にララに持たされていたお金から支払ってジェラートを受け取った。
近くにあるベンチに三人で座りながら話をする。
……が、ほぼ話をしているのはヴィオラ様とウィルフレッド様だけだ。この二人の間に、私が入れるわけがない。
「あのね、それでね……」
「うんうん。……ああヴィオラ、口の周りが汚れてしまっているよ。ほら」
「むぐっ。ありがとう、ウィルフレッド! えへへ、なんだか恥ずかしいな。子供みたいで」
「そんな君もとても可愛らしいよ」
「そう? うれしい……」
……そしてそれを横で聞きながら、ちまちまとジェラートを食べ進めている私なのであった。
ジェラートを食べ終えた後は街の散策である。
人間の国の街と比べればその規模は段違いに大きく、まさに様々な店が立ち並んでいた。私は並んで歩くヴィオラ様とウィルフレッド様の後ろについて回る形で、街中を歩いていく。
「まぁ、かわいいリボン! きれいな色ね」
「ヴィオラによく似合うよ。買おうか?」
「美味しそうなお店~! お腹が空いてくるわ!」
「そうだね。君が美味しそうだと言うのなら、入ろうか?」
……彼はヴィオラ様全肯定マシーンかしら。
(基本同意しか言ってない気がする……)
一人の女の子にあんなにデレデレとして、何でも願いを叶えようとして。男として、一人の人間として情けなくないのかしら……。
そして、そんな会話を聞きながらも、自分では何も口に出せない私も、情けなさの一つに入るのだったが。
……こんな風に、「デート」とはまるで違う、程遠いものだが、今まで見たことのない街の風景を見られるのは楽しかった。
上下左右、色んな所を見ながら、一人で「おお……」なんて声を上げる。それくらい、町並みも綺麗だった。
だが、そんな風によそ見をしていたからだろうか。
「……あれっ?」
ふと、前を見る。
……二人が居ない。
「あら……? ヴィオラ様、ウィルフレッド様ー!」
とりあえず二人の名を叫んでみるが、効果は無かった。二人の姿などどこにも見えない。ただただ道を歩く雑多な人々が見えるだけ。
……要は、完っ全に、はぐれたのである。
「どうしましょう……」
どこかで留まって二人が来るのを待つか。それとも、自ら探しに行った方がいいか。
どうしようかと悩んでいた私が、知らず知らずのうちに後ろに下がっていっていると。
どん、と誰かの体にぶつかった。
「あっ! ご、ごめんなさい! 失礼を……!」
我に返り、慌てて謝る。
だが、上から聞こえてきたのは、予想外の声だった。
「セルマ様?」
「え? ……あれ、エリック様……?!」
そう。私の体を定期的に見てくれているお医者様の、エリック様だったのである。
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