ある新緑の日に。

立樹

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 晴臣はるおみの目線にあきらの頭上がある。
 背中に回していた手で、瑛の短く刈り込んだ頭を荒くなでた。
「切ったんだな。黒に染め直したの?」
 と聞くと、うなずいた。

 黒目がちな瑛の瞳には、黒髪があっている。

「似合っている」
「はるなら、そう言ってくれると思った」

 頭にやった手を下ろさせながら言った。
 会うまでは寂しさが心の大半を占めていたが、会うと嬉しさが勝った。

 おろされて手持ち無沙汰になった手で、行き先をしめす。
「この靴よさげ。ここ見る?」
 ショーウィンドウにスマートな黒の革靴が展示してあった。

「いけど、ほしいのは仕事用じゃないんだ」
「……、あき、もしかして、デート用?」
 流すこともできた。
 問うたあとの瑛の顔を見て、聞かなきゃよかったとも思った。

 照れくさそうにする顔に、質問した数秒前に戻って、質問を取り消したくなってしまった。

 まだ、彼女とは続いているのかと、気持ちがずんと重くなる。

「オーケイ、オーケイ。見るか」
 ひくついた笑顔になってなきゃいい。

 取り繕った笑顔になりたくはない。
 せっかく一年ぶりに会えたのだ。この時間を楽しもう。

 落ち込みそうになる気持ちをとりなし、店内に入った。
 あれは、これは、と靴を見ていく。
 大型の商業施設に入り、靴屋を転々とする。
 
 瑛が店内の靴から晴臣の靴に目線を移した。
 
 今日は、カジュアルな服に合わせて、シンプルなメーカーのひも靴。色は白。瑛は、だぼっとした紺地のトレーナーに合わせてか、黒に白のライン線が入ったスニーカーだ。
 全体に黒目なので、スニーカーも黒地を進めてみたが、購入までは気持ちが進まないようだった。

「はる、サイズって、27センチ?」
「正確には27.5」
「白、好きなんだっけ?」
「オレ?」
 晴臣が履いている靴が白だから、そう聞いたのだろうか。なぜ、そんなことを聞くのかと気になったものの、
「黒」
 とだけ答えた。

 え、と、意外そうな目を向けてくる瑛に、理由は問わないでほしいと、内心思いつつ、ニコリと笑みを返した。

 晴臣が黒を好きなのは、瑛が黒が似合うから。
 ただそれだけだった。

 自分でもあきれるが、まあ、恋は盲目だから、仕方ないと、自称気味に笑んだ。
 瑛は思ったような靴がないのか、店をでた。フロアをぶらついていると、瑛がアウトドア用品の店に入っていった。
「キャンプ?」
 並べてある用品を興味深そうに見ている瑛に聞いた。

「大学時代は、お金もなかったから、借りてたけど、今なら買えるかなって」
 晴臣は、瑛がキャンプで彼女と楽しそうにキャンプしているさまを思いうかべてしまった。
 いやいや。と想像を手で払って思考から追い出した。

 自分から寂しい気持ちになることもない、と、晴臣も用具を手にとって見ていく。

 キャンプに行く予定はなくとも、見ているだけで、心が躍る。
 晴臣はキャンプよりも行くなら登山だった。

 登山靴を手にとっていると、瑛が「気に入ったの?」と、手元をのぞき込んできた。

「いや。かっこいいなって見てた。買わないけど」
「なんで?」
「行く用事がないから」
「用事作れば」

「じゃあ、あきが一緒に行ってくれる?」
 半分冗談で、半分は勢いで言った。

「そうだね。考えとく」

「いい返事を期待してるよ」

 瑛は、ははっと笑って、他のテントを見に行ってしまった。

『考えとく』か。『期待してる』と言ってしまったが、待つのは辛い。どれだけ待てば答えがくるのか。期待しないで待つことなんて、できない。
 晴臣は、登山靴を置いて、他を見回った。
 しばらくして、お店の人と瑛が話をしていた。注文するから、店の外で座ってて待ってて、と言うので、意味もなくスマホでSNSを見て過ごしていると、

「ごめん。待たせた」
 瑛が駆け寄ってきた。

 歩きながら晴臣は瑛を見た。満足そうな顔に、肩をすくめた。
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