隣にいて

立樹

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 隼大の手の甲を掴んでいた杉山の手に力が入る。
 綺麗に整えられた爪の先が白くなっていた。
「川浪さんは、こうやって手を握られるのは大丈夫ですか?」
 杉山は、握った手を見ながら言った。

「ん? さっき指で触った時の感触が嫌かどうかを聞いているのか? それとも、ただ単に、手を握られている事が嫌かどうかってことか?」
 杉山は考えているのか、少し首を傾げた後、隼大に目線を戻すと「両方です」と言った。
「じゃあ、どちらも、嫌じゃない」
「本当ですか?」
 そう問う杉山の目には、不安があった。

 しっぽがあるなら、下に垂れてしっぽの先だけで左右に振っていそうだ。
 そこで、堂岡の言った事が頭をよぎった。
 確か『大きな闇を抱えている』とかなんとか。

 もし、その事を言いだそうとしているのなら、この機を逃してはいけない気がした。
 グッと表情を引き締める。
「何があった? 杉山が、こうやって誰かの手を持ったところで、嫌がる奴なんていないだろ?」
 違うかと、問うように見ると、杉山の目が狼狽えた。
 言うか言わまいか、口が開いてはまた閉じる。
 杉山の葛藤が見えるようだ。
 何を抱えているのか。
 輪郭を描く弧は美しく、見た者を釘付けにするだろう。その容姿を持ちながら何を抱えるのか。
 手を出しそうになるのを必死に耐える。
 無理やり聞き出すものではない。これは、杉山から言いださなければならない気がした。


 しばらく躊躇したのち、口を開いた。
「人に触られるのがダメなんです」
 辛うじて聞き取れる声。
「……けど、さっき大丈夫だって……。それは、悪かった」
「違うんです。川浪さんは大丈夫なんです。それは、前から確認済みで。じゃなかったら、昨日、一緒に寝ていません」
 儚げに笑う。
 隼大は、その笑みに苦しさを覚えた。
 きっと、堂岡もこの耐えるような笑みを何度も目にしてきたに違いない。
「それだったら良かった。杉山、ひとつ聞きたい」
「はい」
「他の人に触れられたいと思うのか」
 どうでもいいと思うなら、こんな悲しそうに笑わない。
 本当は、触れられ触れたいのではないだろうか。

「それは、そうですが。無意識の反応なので、もうどうしようもないです。触れられた時の嫌悪感を隠さなくてもいいなら、とは思います」
「そうか」
 杉山は、触れる、触れられるというよりも、笑みで本当の気持ちを隠してきたことの方が辛いのかも知れない。
 どれだけ、笑みの下に傷を持っているのか――。

 儚げな笑みから、傷の深さが見えるようだった。
「そんな顔をしないで下さい。それに、まだ何も話していません」
「泣きそうな顔をしている」
「笑っていますよ」
「俺には、泣いた顔に見える」
「人を弱いように言わないで下さい」
 笑みのまま下を向くその素振りが、昔の弟の姿と被った。

 あれは、いつだったか。
 父親に怒られ、泣きたいのを必死にこらえて、耐えている姿に重なった。
 あの時は、何も声をかけられなかった。身内だからこそ、声をかけたら、跳ね除けられることがわかっていた。
 しかし、今、目の前にいるのは、弟ではない。
 それに、先ほど『川浪さんは大丈夫』だと言った。

 なら――。

 隼大は、手の甲を返し、杉山の手首を持つと、グッと自分の方へと引き寄せた。
 反対の手で、肩へと回し、頭を軽く撫でる。
 手には滑らかな黒髪の感触。
 離れようとする杉山の頬の手を添え囁いた。
「ここじゃ俺しかいないんだ。笑わなくていい」
 瞳が揺れる。
「ぼくを試してますか」
 少し眉を寄せて言う。
「泣くのをかい」
「それもありますけど……」
 杉山は、目を閉じると頬に沿えた手に体重をのせた。

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