三度目の正直、噂の悪女と手を組んでみるとする

寧々

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01.プロローグ

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 一度目の人生、どうしてこうなってしまったのだろうか。

 カルティージョ王国を統べる国王レイモンド=カルティージョの第二王子として誕生し、国のため父のためだと剣の腕を磨いてきた。

 そんな俺を幼い頃からいつも褒めてくれた第一王子である兄のルシエル。異母兄弟だというのにまるで同じ腹から生まれた、実の弟のように接してくれて──

「おれ、もっともっと強くなってルシエル兄さんを守るよ! だって兄さんは次期国王になるんだから!」

 ありがとう、そう言って笑みを浮かべて優しく頭を撫でてくれたんだ。
 ルシエルを心の底から慕っていたし、尊敬していた。だから次期国王となった兄の傍らで剣となり盾となる、これが俺の夢だった。

 ──それなのに。


「敬愛する父であった国王レイモンド=カルティージョを毒殺してまで王座が欲しかったか?
──アラン=カルティージョ」

「ま、待ってくれ! 俺は本当にやってない! 頼む、信じてくれルシエル兄さん!!」

 手足はきつく拘束されて、首を無理矢理に断頭台に固定される。床には真新しい血溜まりが広がっていて、酸っぱさを含む鉄の臭いが恐怖を煽っていた。


 すっと手を上げ兵士を下がらせたルシエルが、ゆっくりと王座から立ち上がった。父親譲りの鮮やかな金色の前髪が揺れて、その奥から紺碧色の瞳が冷たく俺を見下ろしていた。
 
 乱暴に床へと投げられた鞘は生前、父であるレイモンドが愛用していたものだ。鋭く研がれた剣身には、王家の象徴であるドラゴンの紋章が彫られている。
 目の前で立ち止まったルシエルは、片膝をついて俺だけに聞こえるように耳元で囁いた。

「……知っているさ。お前が本当に愚かで馬鹿な弟で心底助かったよ、アラン。冥土の土産に教えておいてあげようか。王に毒を盛ったのは、僕さ」

「いま、なんてい────」

 痛みなど感じる間もなかった。身体の一部が切り離された感覚に、視界いっぱい血濡れた床が迫る。ルシエルの靴のつま先に転がった俺は死ぬ間際、その足の間から憎たらしいほどの綺麗な笑みを浮かべるルシエルの婚約者エミリーの姿を捕らえたのだった。


 はい、これが一回目。

 ルシエルの言った通り馬鹿だった俺は、最後の最後まで兄を信じ疑いなど持つこともなく。兄と慕っていたルシエルの手により国王毒殺の罪を着せられ、あっけなく処刑されたってわけなのだが。

 気が付くと俺は自室のベッドで横たわっていた。慌てて姿鏡で自身の切り離された首を確認すると、どうやら傷一つなく繋がっているようだった。

 たしかに首を切られた感触、そして記憶も鮮明に残っていた。だが今起きている摩訶不思議な現象に、最初はひどく混乱したものだ。おまけに鏡に映る風貌は十五歳の頃にそっくりなのだから。
 
 その後幾度となく既視感デジャブを体験し自身の中で、ある一つの答えが出るのにそう時間は掛からなかった。

 人生のやり直し、それを今俺はさせられているのか──?

 その問いに答えてくれる者などいない。だから俺は兄に殺されないために王宮から逃亡し、名を捨てて身を隠しながら田舎暮らしを送っていた。

──うまくいく、はずだった。

「まさかこんなところに隠れていたとはね。逃亡した第二王子、アラン=カルティージョ」

「ま、待ってくれ!! 俺はなにも望まない、王族の権利も全て破棄するつもりだ! だからここで静かに暮らしていく……金輪際、王族なんて名乗るつもりも、ましてや兄弟なんてことも話すつもりはない! 
なんなら誓約書でも、なんでも署名する! だから命だけは、命だけは見逃してくれ! ルシエル国王陛下!」

「そうかい。ならこれに著名サインしてくれるかな?」

 震える手でペンを握り書いたアラン=カルティージョという自身の名は、ミミズが這ったような読みにくい字であった。

「こ、これでもう俺のことは忘れて──」

「ありがとう、アラン。まさか君から死を望んでくれるなんてね。
……おい、このカルティージョ王家の謀反者を捕らえろ。即刻王宮にて処罰を与える!」

「ル、ルシエルにいさ、ん……約束が違うんじゃ」

「ちゃんと書いてあるじゃないか。アランは謀反者として前代国王レイモンドを裏切り、暗殺させた。それに我が妻になろうというエミリーを言葉巧みに誘い……ここから先は婚約者である僕の口からは言いたくない」

 裏切った? 暗殺だって? 俺は城にいなかったのに?
 エミリーに?……一体、どういうことだ。

 理解しがたい内容に、反論しようにも兵士に口は塞がれ手足の自由を奪われた。

 それから王宮と連れ戻された俺は、三か月にもわたる牢獄生活を送ることとなる。
 一日おきに百の鞭を打たれ続け、食事は一日一食あればいいところだ。

 ひと月も過ぎれば完全に心は折れてしまって、早く終われと願っていた地獄も不意に終わりが訪れた。一月二十三日、前回同様俺の二十二歳の誕生日であった。

「……殺すんだろう? ならいっそ早くやってくれ、どうせ鞭で打たれ続けてもどのみち死ぬだけだ」

 真新しい血溜まりに膝をつくと薄汚れた白い服が徐々に赤色へと染め上がっていく。
 固定される首に、あの記憶を呼び起こす酸っぱくて錆び臭いにおい。

「……いつから俺達は道を違えたんだろうな、ルシエル兄さん」

「さあね。お前が王宮から逃げ出さないでいたら……いいや、もういいか。僕は、これが間違いだなんて思っていない。さようならだ、アラン。君は僕の手で」

 これまた前回同様。ちゃんと誓約書に目を通すべきではあったが、通したところで未来は変わっていたのだろうか。でっち上げられた事実に対抗できるほどの真実を持ち合わせてはいない、振り下ろされる剣先の影にどうしようもない諦めを抱いていた。

 うなじへとめり込み、えぐり、骨を断つ。その瞬間、ほんの一瞬ルシエルの表情は以前とは違っていた。それは紛れもない罪悪感を意味しているような、まるで俺に許しを請うような、そんな表情だった。

 これでなにもかも終わってしまった、そう思っていた。

 だが俺は再び目を覚ます。ぐっしょりと寝汗で濡れた寝間着が肌にへばりつき、頬を一筋の汗が流れた。薄暗い自室のカーテンを開けると、空は憎たらしいほどの快晴が広がっている。

 俺はルシエルに二度殺された。でもチャンスはまだ残されていたようだ。
 ならば今回こそは必ず生き残ってやろうじゃないか、俺はひとまわり小さくなった手を強く握った。
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