三度目の正直、噂の悪女と手を組んでみるとする

寧々

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02.自暴自棄に陥りまして

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◇◇◇

 鏡に映る少年は、メイドに促されてジャケットに腕を通した。艶のある黒髪に紫檀色の瞳、すっと通った鼻筋はまさに眉目秀麗という言葉がぴったりだろう。

 この美少年こそ十五歳の俺、カルティージョ王国第二王子アラン=カルティージョである。

「本日は午前中に歴史学のお勉強、午後はルシエル様と──」

「兄さんと剣術の稽古だろ? テレジア、悪いけど午前中の座学は断っといて。急用があるんだ」

「承知しました。ですがアラン様、理由を伺っても?」

「決まってるだろう。兄さんの誕生日プレゼントを買いに行くんだよ。喜ばせたいから、内密に頼む」

 どうせ感激してんだろうな。なんて美しい兄弟愛なんだー、とかさ。

 鏡越しにテレジアを見ると案の定微笑んでいた。
性格もいいし、手先も器用。おまけに顔も悪くない。そんなテレジアも今年で二十五、六歳といったところか。今まで異性と付き合ったことも、嫁の貰い手すらない彼女の一番の原因はふくよかすぎる体系だろう。小太り、なんて可愛いものじゃない。我儘すぎるボディが世の男達を遠ざけているのだ。

 だが俺は知っている。
 テレジアは街の宝石商の男性に一目惚れをして、約ひと月後奇跡の変貌を遂げるのだ。程よく肉付いた身体からは色気が滲み出て、仕草や振る舞いからは気品の良さが見て取れる。

 見事激痩せダイエットを成功させたテレジアは、めでたく宝石商の男と結ばれてゴールイン。来年には双子の男女を無事出産し、夫婦円満、幸せな家庭を築き上げるのだ。

「プレゼントはブローチにしようと思うんだけど……テレジア、わるいが一緒に選んでくれないか? 俺はあまり宝石に詳しくないから」

「私なんぞでよければいくらでもお供いたしますよ。では街へ出かける準備をしてまいりますので」

 テレジアが出て行ったのを確認してから、ひとり溜め息をこぼした。
 明日はルシエルの十八歳の誕生日。三度目の人生、俺が生き残るためにはなんとしても押さえておきたいイベントだ。なにせ十五歳ができることなんて限られている。幼いうちはルシエルに媚を売りまくって好かれておくのが一番だろう。

「確信はないが……なにもしないよりかはマシなはずだ」

 鏡に映った自分に言い聞かせるように呟くと、丁度のタイミングで扉をノックする音が聞こえる。準備を終えたテレジアが、ニコリと微笑み立っていた。

「それじゃあ行こう。ルシエル兄さんへの贈り物を買いに」




◇◇◇


──それから約五年後。

 と、まぁこんな風にルシエルに媚を売りまくったおかげで、五年経った今ではかなりの信頼関係を築けている。
 ……のだが──

「……このままで生き残れるのか?」

 そう、俺は裏切られない、殺されないという確固たる事実が欲しいのだ。ルシエルとの信頼関係をいくら深めたとしても、エミリーの登場で全て無駄になるかもしれない。
 カップに注いだ真っ白なミルクが、コーヒーに飲み込まれるように溶け込んでいく。それを見ていると、まるで俺の心の中でも映し出したような気分になった。

「アラン、どうかした? 顔色があまり優れないけど、後で部屋に医者を呼ぼう」

「心配ないよ、ルシエル兄さん。少し考え事をしていただけさ」

 対面に座るルシエルが不安そうな顔をして俺の方へと手を伸ばす。熱を確かめるように触れられた額には、薄っすらではあるが冷や汗を滲ませていることだろう。

「熱はなさそうだけど、汗をかいているじゃないか……アラン、今日はもう休みなさい。それにもし体調が戻らなければ、三日後の社交パーティーは参加しなくていいからね」

「ありがとう兄さん、でもパーティーには必ず出るよ。なんてったって兄さんの誕生日も兼ねてるんだ。弟の俺が出ないなんてありえないよ。それにとっておきのプレゼントも用意してある、兄さんの喜ぶ顔を想像するだけでも待ち遠しいくらいだよ」

 ありがとう、と頭に置かれた手に以前の嬉しいといった感情は湧かなくなっていた。何故ならあと二年経つと細められた紺碧色の瞳は俺を冷たく見下ろし、この暖かい手は剣を掴んで俺の首を撥ねるのだから。

「それじゃあ俺は部屋に戻るよ。おやすみなさい、ルシエル兄さん」

「ああ、おやすみ。よい夢を」

 そう言って自室へと戻ると、数人の使用人たちが慌てた様子で医者の手配を進めていた。それをやんわりと断り使用人たちを退室させて、上衣を脱ぐ。

 今のルシエルを見る限り俺を裏切るなんて想像がつかないが……これから一体どうすればいいのか。

 第一条件は父レイモンドの毒殺を阻止することだろう。だがきっかけはなんだ? 
 誰が、いつ毒を準備させた?
 信頼できる使用人を囲っている可能性もある。だとすると、該当する人物は……

(テレジアか。でもあいつにそんなこと……だああぁー! もうさっぱり分からん!)

 半裸の状態のままベッドに身を投げると、柔らかいシーツに程よく沈んだ。今更どうこうしようにも三日後にルシエルは、ネフィア=ノートム公爵令嬢との婚約を破棄し、あろうことかその妹のエミリーと婚約を発表する。

──ゆっくりとだが着実に俺の死へと近づいていく。

 ベッドから起き上がり、クローゼットの奥底に隠しておいた木箱を取り出した。これは俺がこの屋敷からこっそり抜け出る際に必要不可欠なもの。中身は王族が着るなど一生ない、地味な色をしたヨレヨレの服装一式が入っている。
 慣れた手つきでそれに着替えると、窓枠へと足をかけた。そして躊躇なく下へと飛び降りる。ルシエルに多少無理を言ったものの、部屋をニ階から一階の客間に移してもらったからこそなせる技だ。

(いくら悩んだところでルシエルとエミリーの婚約は避けられない。ならば今夜だけでも、この脳内を侵す死への恐怖を忘れてしまえたら)

 ポケットの中で数枚の銀貨がぶつかり、静まった夜道に金属音が小さく響く。

恐怖など酒に溺れて忘れてしまえ。
 どうせ俺に残された時間はあと二年しかないのだから。

 完全に自暴自棄のスイッチが入ってしまっていた俺は、目に留まった小さな酒場の扉を開いた。
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