三度目の正直、噂の悪女と手を組んでみるとする

寧々

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05.馬鹿な二人

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──そして過ぎること一時間ほど。

「アラン様、ご挨拶に伺いました──」
「アラン様、ご無沙汰しております。以前剣術大会でお会いして……今年実の娘が十七を迎えまして──」
「アラン様、ご挨拶に。ほれ前にでよ。この子は我が娘です、今年十二歳になりましたが将来はきっと美しく──」

 ……どいつもこいつもいい加減鬱陶しいぞ。あの泥酔女は、ネフィアはいつ来るんだ?
 俺はいつまでこいつらの相手を……十二歳なんてまだ子供だろうが。

 テーブルの下、垂れ下がるクロスに隠れた中で足は苛立ちを押さえきれずに揺れる。確かにあの時公爵家の馬車は到着したのを確認した。それから一時間ほど経っているのに兄へ、婚約者のルシエルに挨拶をしないなどあってはならぬことだ。

 貴族達が口々に娘自慢を並べる中、ふと隣に座るルシエルの方へと視線を向ける。するとそこには聞いているこっちまで恥ずかしくなるほどの歯の浮くような台詞を並べるルシエルと、コーラルピンクの髪をふわりと揺らし微笑むエミリーの姿があった。

「ルシエル殿下にお逢いできる日を心待ちにしておりました。最後にお逢いしてからのひと月、一日たりともルシエル殿下を思い出さない日はございませんでした」

「僕もだよエミリー。こうやって君の絹糸のように美しい髪に指を絡めて、ほんのりと色付いた頬に触れる……僕もずっとこうしたかった。エメラルドよりも輝きを放つその瞳は、きっと神が与えた最高の贈り物だ」

 ひとまず言わせてくれ、お前は本当に俺の知るルシエルか?
 それにエミリー、ネフィアの瞳だってただの父親似……ノートム公爵譲りってだけじゃないか。

 ルシエルが今の時点で、エミリーのことをまさかここまで溺愛していたとは。婚約中という身でありながら、大勢の貴族達の前で隠すことなく他の女を口説いている。

 それも相手は婚約者の妹だぞ? 常軌を逸した行動……狂気の沙汰としか思えんな。

 この行動に皆がなにも言わないのは黙認しているわけではない。次期国王という肩書きをもったルシエルに「言えぬ」だけのこと。

 やれやれ、こんな様子じゃあ気付きそうにもないか。

 だらしなく開いた口元を、隠すことなく隣で溜め息を吐いたとしてもルシエルにバレることはなかった。それほどまで愛を囁くことに夢中の二人に挨拶をする貴族などおらず、その全てが流れるように俺の元に来ては頭を下げて去っていく。

 「ああ」「うん」「そうか」の三つを使い分け、ばっさばっさと縁談を聞き流していると、群がる貴族の後ろに立つある男と目があった。

 あいつはテレジアの……。いや、助かった。

「──すまない。挨拶はここまでにしてくれないか、俺は少しそこの者と話があるんでね。では皆も楽しんでくれ」

 そう言って男を顎で促し会場の外へと連れ出した。

 男は質素な装いではあるが、つけている装飾品はどれをとってもここにいる貴族の中で一番の高級品だろう。だが嫌味を感じさせない、素材そのものを生かしたシンプルなブローチは、皆の目を惹き胸元で輝いていた。

 気まずそうに視線を下へ、上へと移した男は眉を八の字にして引きつった作り笑いを浮かべている。

「よく来てくれたな、ロレンズ。もしや、もうテレジアの元に帰りたくなったか?」

「なっ!? な、なにを仰いますかアラン様! ですが良いのでしょうか、私など一介の男爵風情がこんな宴に参加など……」

「日頃の礼だと言っただろう。これに乗じて商いの手を広げる良い機会ではないか。ここには王国中の有権者が集まっている、それに俺が贔屓ひいきにしている宝石商と知れ渡れば城一つ簡単に建つだろうさ。
まぁ城を建てるのはお勧めしないが、俺の名を出して売ることを許してやろう。これはお前の腕を認めた信頼の証だ、未来投資といってもいい」

「そんな礼など、今までも充分すぎるほどの恩恵を頂いておりますので……ですがやはりアラン様は初めてお会いしたあの頃のまま、私に幸運を運んできてくれる神様のような御方だ。テレジアとの出会いも、アラン様が私の店を訪れてくれたことでこうして結ばれ、今では父として日々仕事に励むことができております」

 変貌を遂げたテレジアは十五歳の俺には魅力的で、ここだけの話だが惜しいことをしたと思ったのは秘密にしておこう。

「そうか、お前とテレジアが幸せならいいんだ。俺はテレジアにも世話になり、お前にもこれからたくさんの迷惑をかけるだろうから。
今回だって公爵令嬢の注文も快く引き受けてくれたと聞いた、兄に変わり礼を言うよ」

「とんでもございません。些か三日しか納期がないと伺い驚きはしましたが、ルシエル殿下の婚約者にあたるご令嬢を断る理由などどこにありましょうか。たとえ一日であっても最高の品を用意致しましょう」

「さすがだなロレンズ、今後ともしっかり頼むよ。では俺はそのネフィア嬢へ挨拶にでも伺うとしようか。そういえば、どうやら先程集まっていた殿方達の娘は最近誕生日を迎えたばかりだそうだ。最高の品を見繕い請求書を後で俺に送れ、ではな」

 何度も礼を言い頭を下げるロレンズを背に、目的のネフィアの姿を探す。

 公爵家の馬車は着いていたはずなのに……どこで油を売っているんだ、あの女は。

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