ハラヘリヴィーナス

雅誅

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【10】2006年6月6日 13:32・教室・大雨。ポミュ腹さん(レン視点)。

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《はぁ・・・、やっと食事にありつける》

私が振り向き椅子に座ろうとするとおかしな光景が展開されていた。そこには両手を机についてお尻を浮かせて逆立ちをしているというか、アイナだけ宇宙空間の無重力を体験しているというか、そんな天地がひっくり返った状態で静止しているアイナの姿があった。

目の錯覚かもしれないと瞬きを数回繰り返すがどうやら錯覚ではないらしい。

《何をしているんだろう?》

ゆっくり考える暇もなくアイナはそのまま両手を机から離して体を浮かせ宙を舞った。

「「「 お ぉ ~ ~ ~ ! ! ! 」」」
教室にいるクラスメイトが一斉にどよめく。


アイナの体が私の頭上を通り過ぎる様を視線で必死に追っていると、アイナはやがて席に戻る途中の保武原さんの真後ろに静かに着地した。

保武原さんは背後のアイナにまったく気づいていない。

《あッ!》

そこでアイナの目的が分かった私は急いで席を立ちアイナを止めようと動き出した。

「キャアアアアアアアアアア!!!!」

・・・が、もう手遅れだった。保武原さんの悲鳴がクラス中に響き渡る。私が必死に仲裁した努力が音を立てて崩れ粉々になる。

「ポミュ腹ぁ!そんなに怒るなよぉ~!なぁ~~?ポミュ腹ぁ!ポミュ腹ぁぁ!!」
アイナは保武原さんの背後から覆いかぶさるとお腹を力いっぱい揉みしだいていた。『ポミュ腹』というのは保武原(ほむはら)さんのあだ名らしい。


アイナは嬉しそうに縦に横にと保武原さんのお腹をムニムニ、モミモミそしてまたムニムニ・・・。まるで子供が新しいオモチャを買い与えられたようにエンドレスで楽しんでいた。

「アッハハハハハハハハハハ!!」

《えッ??》

今度は真後ろからデカイ笑い声が聞こえ思わず肩をすくめビクつきながら驚いてしまう。

振り返った私は声の主の正体に絶句する。そこにはユアルがこれまで見たことがない笑顔で爆笑している姿があった。

《さっきまでアイナを叱っていた威厳はいったいどこに》

「わ、私はッ!ポミュ腹じゃ・・・ないッ!!ほ む は ら だ!わたしはッ!このッ離れろ!!  ほ む は ら だ !!」

「アハハハハハハハハハハ!!!」

アイナが保武原さんのお腹を揉みしだく。
保武原さんがアイナを振り払おうと抵抗と訂正をする。
ユアルが爆笑する。
そしてまたアイナが保武原さんのお腹を揉みしだく・・・。

まさに地獄の半永久機関が完成した瞬間だった。

《こういうときこそ冷静沈着なユアルの采配に期待したいのに、煽ってどうする》

「アイナ!いい加減にしなさいって!!」

私は弁当そっちのけでアイナを保武原さんから引き離そうと羽交い締めにして引っ張った。しかし、バカ力のおかげでなかなか思うようにいかない。

「クスクス、クスクス・・・クスクス」

気づけばクラスメイトたちに笑いの輪が広がりつつあった。

《ヤバイ、ホントにヤバイッ》

こんな状態で教師に気づかれたりしたら確実にお祖父様連絡コースまっしぐらだ。

どう頑張ってもアイナを引き離せない私は冷静に周りを見渡して、何か使えそうなモノがないか瞬時に探した。すると、あるモノに目が止まり考える間もなく体を動かす。

「アイナー!これちょーだーい?」

アイナの机の中に入っていたパンを全部机の上に並べると、私はジャムパンを手にとって袋を開けた。

「あ!?おい、レン!!何勝手に机あさってんだよ!」

食い意地が張っているアイナはこちらの思惑どおり即座に反応してくれた。ココまでくればあとはもう簡単だ。

「あーーむ!うーん、美味しッ・・・?あれ?ホントに美味しい、何これ」

勢いで食べてしまったが、そういえばこれが私の菓子パン初体験であることをすっかり忘れていた。

ウチには小遣いという制度自体無いので購買部のパンやジュースですら買ったことがない。ウチの学園だからなのか他の高校の購買部でもそうなのか比較対象というか経験が乏しいので判断できないけど、やや甘すぎな点以外なかなかどうして意外とイケる。

想像していたより数倍美味しかった。

「レン、ふざけんなよ!!」

アイナを黙らせることなんてそっちのけで無意識にもう1口食べようとしたとき、アイナが私めがけて飛びかかってきた。私はアイナの突進を紙一重でかわしながらもう1口ジャムパンを頬張る。


「うんうん!ホントに美味しいッ!!・・・・・・あッ!!?」

かわしたのも束の間、アイナの手がトンビのようにジャムパンをかっさらっていった。

「2口も食いやがった!冗談じゃねぇよ!!」

もう少しというかできれば全部食べたかったが結果的にアイナを保武原さんから引き離すことができたので良しとしておこう。

「どうせ貰ったモノなんだからちょっとくらいくれたって良いでしょ?そんなケチくさいこと言うなら、もう家で『充電』させてあげないよ?」

「は?意地汚いだけじゃなくて関係ないモノまで引っ張りだすなよなぁ。これ超人気のジャムパンなんだぞ?変な添加物とか砂糖でごまかしてんじゃなくてマジで果物つかってんだからなッ!」

なるほど、美味しいわけだ。そして、この学園だからこその商品だと確信した。

教室のドアに視線をやると保武原さんが教室の外に逃げていくのが見えた。

《ふぅ・・・何とか無事に逃げることができたみたい》

「アイナ、悪かったって。そういえばホラ!保武原さんは?もう良いの?」

「もう良いよ・・・。どうせポミュ腹を逃がすためにわざとオレのパン食べたんだろ?」

「あれ?やっぱりバレてた?」

「アレでバレてないと思うのは頭悪すぎるだろ・・・」

「何だろう。アイナに言われるとちょっとカチンとくる」

《まったく誰のためにやってあげたと思ってんだか。人の気も知らないで》

私は怒りの矛先をアイナのお団子頭に向けて指で思いきり弾いてやった。

パチンッ!!

「いって。んだよ・・・」

「ふんッ」



気づけばユアルの爆笑も止まり今度こそ事態を収拾することができたと安堵する。

だいぶ取り返しのつかない場面がいくつかあったかもしれないけど教師がしゃしゃり出てくるようなことではないと思う、・・・たぶん。

「よいしょっと」

椅子に座り1口も手をつけてなかった弁当をやっとの思いで食べ始めた。

「私たちの振る舞いは『この学園にふさわしくない』ですか。何とも小難しい難癖のつけ方ですね」

ユアルが弁当を上品に食べながらおもむろにつぶやいた。

「あんまり気にしなくて良いと思うよ?」

それとなくフォローを入れる。

「え??・・・えぇ、私は微塵も気にしてませんよ、レン?」

あまりにも堂々としているユアルの姿を見てさっきのユアルの煽りというかバカ笑いを思い出した。

「ごめん、ユアル。前言撤回。やっぱり、ちょっとは気にした方が良いかも」

「あら?具体的にどういう意味ですか?」

「だから!アイナが悪ノリしたら止めてほしいってことッ」

「あぁ、さっきのアレですか。そうですねぇ。私はあまり爆笑するということが無いんですがたまにツボに入ってしまうことがあって・・・」

「で、笑いが止まらなくなると?」

「フフフ、その通りです」

何ともわざとらしい笑顔を浮かべるユアルにやはりあの爆笑は自然発生的なモノではなく煽っていたんじゃないかという疑念を抱いてしまうが、もうお腹が空いて限界なので何も言い返さずスルーした。

《深く考えるのはやめよう。面倒くさい》


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