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「3歳の矜持」・・・大丈夫なんかな・・・
しおりを挟む数ヶ月後。冬。
毎年、正月はウチにみんなが集まった。・・・実家だからな・・・叔父家族・・・そして、叔母・・・さらには「本家」ということで多くの客もあった。
・・・・もうすぐ正月や・・・・しかし、今年は誰も来ない・・・というより、その実家、「家屋敷」そのものがなくなってしまった。
誰かが来たところで、座る場所すらない。
・・・・そんななかで叔母が来るという。・・・弟を連れて・・・
叔母にとっては、父・・・ボクにとっての祖父に会いに来るってことなんか・・・・
叔母が来るのはウチだ・・・・今、祖父が住んでるのは勤め先の工場の寮。一部屋しかない。
ウチとて廃墟のような借家やった。そして、叔母は、この場所を知らない。
母と家の前で待っていた。
駅に降りたところで電話があった。「タクシーで向かう」そろそろ着くころだ。
家の前の、舗装されてない道を砂埃を上げて1台のタクシーがやってくる・・・・たぶん、あれやな。
ボクたちの前に停まった。
ドアが開く。飛び出すように弟が下りてくる。一目散に母に抱き着いた。
数ヶ月ぶりに会う弟。数ヶ月ぶりの母子の対面やった。
夕方。
祖父もやってきての晩御飯になった。
今年はいろいろあった・・・・それでも年の納めだ・・・・今日だけはと、座卓にはご馳走が並んでいる。
祖父も嬉しそうだ。・・・・祖父も、分家の工場の寮で一人暮らしや。久しぶりの大人数での晩御飯が楽しそうやった。それでも、黙って日本酒を飲んでいた。・・・・目を細めて弟を見ていた。・・・・もちろん、ボクへの目も優しい。・・・祖父はとにかくボクを可愛がった。優しかった。ボクが長男で、初孫で・・・田舎のことや、そして代々続く家系や、そんなことも理由やったんやと思う。
弟は・・・母の隣にチョコンと座り甘えていた。その一挙手一投足を皆が見ていた。
こいつはこんなに「甘えた」やったんか・・・・・
弟は、びっくりするほど母に甘えていた。
母が皿によそったものを箸を使って食べている。・・・・箸が上手に使えるようになったなぁ・・・
母と叔母で、話に花が咲いている。
ボクは祖父の隣で少年ジャンプを広げ、テレビで好きな番組を見ていた。・・・・そして弟の様子を窺うように見ていた。
「今日は、よう食べるんやねぇ・・・」
少年ジャンプとテレビを見ていた。それでも聞き逃さなかった・・・・叔母の声やった。
・・・父は顔を出さなかった。叔父たちも来なかった。
それでよかった。家族だけでの温かい時間やった。
夜。
天井に小丸球だけがついていた。
一部屋で、みんなで布団を敷いて寝ていた。
祖父は帰っていった。・・・・自転車で10分もかからん距離や。
弟が隣で寝ていた・・・・弟の匂いがする・・・・母の布団で寝ていた。その向こう側で叔母が寝ていた。
弟は青いタオルを掴んで寝ていた。家に置いていった大事なタオルだ。
弟の寝顔を見ていた。
・・・・よかったな・・・タオル・・・やっと持っていけるな・・・それがないと寝れんかったやろ?
ひとりで、ちゃんと寝れてたか・・・・?
・・・なんとなく寝つけなかった。・・・いや、ウトウトとはしていたか。
弟が起きた。・・・トイレか・・?
弟は、早くからひとりでトイレに行けた。だから気にもせず、そのまま行かせた。・・・・扉の開く音・・・・そして閉まる音・・・・帰ってきた・・・いや、帰ってこない・・・弟が叔母の布団に入った。
・・・・そうか・・・今は、叔母と一緒に寝てるんやな・・・・
・・・しばらくして、弟が立ち上がる。すっく!・・・そんな音が聞こえるように立ち上がった・・・・なんや?・・・どした?
弟がこっちにやってきた・・・慌てたようにやってきた。そして母の布団にもぐりこんだ。
・・・なんや、母と叔母を間違えたんか?・笑。
・・・・家にいる間中、弟は片時も母のそばを離れようとしなかった。
・・・・叔母には近づこうともしなかった。
が、楽しい日々は短い。その数日も終わり、弟が松山に帰る日はやってくる。
・・・・迎えのタクシーがやってきた。
ボクと母も、駅まで見送りに行くことにした。
母に手を引かれタクシーに乗り込む弟。・・・母から離れない弟。
・・・・ボクは助手席に座った。
窓から冬の田畑・・・突き当りには山々が見えた。冬の穏やかな日や・・・
「大変なことになる」・・・・ボクは思った。
まだ3歳の弟に、母と離れて暮らせということだけで無理がある。ましてや、その数ヵ月後に母との再会を許し、そして、また別れろ・・・・あまりにも酷やないのか・・・・
ボクは駅での弟の泣き顔を想像した。
駅に着いた。・・・母に手を引かれタクシーを降りる弟。
・・・まだ時間はある。
4人でレストランに入った。
弟は母の隣に座っていた。子供用のジュースを飲んでいた。
ボクはレモンスカッシュ・・・・母と叔母は珈琲。
壁には時計があった。
・・・・別れの時間が近づいてくる。
ボクは弟の泣き顔を見たくなかった。
・・・レストランから売店が見えた。
「ちょっと買ってくる・・・・」
立ち上がる。
売店で少年ジャンプを買った。今日が発売日や。
・・・・弟の泣き顔を見たくない・・・
席に戻る。
少年ジャンプを開いた。「コンタロウ」が好きやった。ほのぼのとした作風が好きやった。・・・・努力や根性は嫌いや。騒がしい笑いも大嫌いや。ほのぼのと、のんびりとした笑いが好きや。「吉本新喜劇」より「松竹新喜劇」のほうが好きやった。
間寛平のドタバタと、バタバタと騒々しい・・・ただ「変なもの」という笑いより、藤山寛美の染み入ってくるような笑いの方が好きやった。
・・・・弟の泣き顔を見たくない・・・
少年ジャンプを開いて、ほのぼのとしたページを、のんびりとした漫画をめくった・・・そして、弟を盗見た。
・・・・時間が来た。
叔母が席を立つ。母が席を立つ・・・・その時やった。
弟が席を立つ・・・そのまま叔母へと寄っていった・・・そして叔母の手を繋いだ。
・・・・わかってたんや・・・・
弟は・・・・・分かってたんやろう・・・・・・幼いながら、この数日間は特別な日々であって、自分の帰るところは、母のもとやない。松山やと。
・・・・もう、母とは一緒に暮らせないんやと・・・・
その、一番泣きたいだろう幼児の行動に、3歳の弟の覚悟に、一瞬、テーブルの時間が止まった。誰も言葉がなかった。
叔母に手を引かれ歩きだす弟。続く母。
・・・・ボクは、少年ジャンプをゆっくり閉じた。顔を上げられない。涙が落ちそうだからや。
弟の後姿を追った。
ホーム。夕暮れ。
叔母に手を繋がれた弟。隣に母。・・・・少し離れてボクは立っていた・・・柱にもたれ・・・パラパラと少年ジャンプのページを繰りながら立っていた。
誰も何もしゃべらない。硬い沈黙だけや。
アナウンスが流れて、列車が入ってきた。
停車した。
ドアが開いた。
叔母に手を引かれ列車に乗り込む弟。
窓の中。叔母の隣で手を振る弟・・・・・口を真一文字に結んで手を振る弟・・・・そこには、自分の生きていく道をわきまえたような、毅然とした3歳の男の子がいた。
・・・・どんな顔で手を振ればいいのか・・・笑顔でか・・・・笑顔なんかできるわけがない・・・だからって泣けるか・・・・・隣で手を振る母なんか見れるもんか。
笛の音が鳴って、列車が走り出す。
手を振ってる・・・・弟が手を振ってる・・・・
追いかけるわけにもいかない・・・・映画のように、去っていく電車を追いかけるわけにもいかない・・・・その場で立って手を振った・・・・すぐに視界から弟が消えた。
去っていく・・・・去っていく・・・列車が去っていく・・・・弟を乗せた列車が去っていく・・・・
・・・・小さくなるまで・・・・小さくなるまで・・・・テールランプの赤が小さくなるまで見送った。
夕暮れの中、小さな赤が綺麗だった。
・・・・見えなくなった。
黙って母と踵を返した。
二人で歩いた。黙って歩いた。
駅を出てバスに乗った。・・・高い料金のタクシーなんかに乗れるはずもない。
ボクは窓から外を見ていた。・・・・動けない。
暗くなっていく街並みを見ていた。
少年ジャンプを膝に広げて窓の外を見ていた。・・・動けない。
田畑。遠くに見える山々を睨みつけた。星が綺麗だ・・・動けない。
動けば涙がこぼれる。泣いているのがバレる。
動くもんか。・・・・泣くもんか。
「今日は、よう食べるんやねぇ・・・」
聞き逃さなかった・・・・叔母の言葉を聞き逃さなかった。
「今日は・・・」
じゃあ、いつもは食べないってことなんか・・・・大丈夫なんか・・・・
・・・・もう、ボクは、食べることが嫌になっていた。
給食が食べられなかった。
・・・・もう、給食だけやなかった・・・・
毎日のご飯すら食べられなくなっていた・・・
・・・弟は・・・・弟は・・・・大丈夫なんかな・・・・
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