機械の森

連鎖

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暇つぶし

噂話

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 麗華が車を走らせている山道は、青葉の匂いと湿った空気に満ちて、
 苔むした岩肌や朝露に濡れた草の葉が、朝の木漏れ日に照らされる。

 鈴木麗華――二十八歳。

 モデルのような長身に、一重の目と通った鼻筋が相まって、
 周囲からは「近寄りがたい美人」と見られていた。

 しかし彼女は人気店のソープ嬢で、しかも異性と奔放な生活をしている。

 その心の奥に、秘められた思いが有るのかもしれないが、
 もちろん、他人には知る由もない生きる目的が有るのかもしれない。

 そんな彼女が、早朝の山道を一人で車を走らせていた。

(久しぶりの休暇…はぁ~。最近は、少し働きすぎかな~)

 ハンドルを握る指先に、わずかに力がこもり、
 昨夜の客が語った面白そうな話が、彼女をその場所へ向かわせていた。

「れいちゃん…そこ…うんぅん…そっち」

「コチラですか? それとも、コッチがいい? でも、そんなのいるの?」
「イヤっ…うっ…おっ…そんっだっ…おっきいのが。そこ…そっち…」

 いつも通りに仕事をこなしながら、息抜きのつもりで変な話を聞く――。

 そこで聞いた話を追えば何かがあるとか、
 聞いた通りにすれば、先に進めるとかも思っていない。

 それでも、その面白そうな話が気になったらしく、
 いつも無理なお願いをしている彼の部屋に入っていった。

「すみません。支配人。ちょっと…」
「れいちゃん…いきなり…またってのは、困るから…」

「えへへ…」「はぁ~? また休暇なの?」

 麗華の表情が変わっていく事で、彼は気付いたらしく、
 既に呆れたような声で答えていた。

「あはは、わかっちゃった? ちょっと知り合いの、知り合いがです…」
「はぁ~。約束だからいいけど、常連さんには直接連絡な!」

「わかりましたぁ~。ごめんなさい。帰ったら頑張りますね~
 チュッ…またね…こーガクン。それじゃ」

(あの人…ああ、彼にも…他…あっ、あの子にも連絡しないと…)

 もちろん客の話した内容が気になったのもあったが、
 麗華は久しぶりの休暇として旅行を楽しんでいた。

(でも…巨大生物が、話題にもならないの? それほど普通って事?)

 その話の続きとして、お客様が「泊まるのに便利だ」と、
 一緒に泊まろうと勧めてきた。

 その場所は目的地に近く、前日の深夜でも予約が取れるという、
 木造の古びた温泉旅館で、ホームページで笑っているのも小柄な老婆。

(まあ…一泊だし…違う場所…でも、巨大生物が騒がれていないのも、
 北海道だから? 観光客がいないから? やっぱりウソ?)

 その巨大生物がいる町も、地元客までもが敬遠するような場所で、
 旅館のコメント欄を見ても、色々と言いたくなる評価と内容。

(暇つぶしだし……まあ、いいか……あはは…まあ、こういう事でも…)

 若い女が一人で訪れれば、なぜ来たのかと驚かれるような旅館。

 そんな秘境に有る旅館に向かって、深い山道を走り抜けていくと、
 谷底から立ち上る白い湯気が視界に現れ、
 麗華は口元だけで微笑み、窓を軽く開けてゆっくり流れる景色を楽しむ。

「……いい匂い…まあ、コレだけで…」

 その呟きに混ざるのは、湯の香を楽しむ温泉客としての気持ちと、
 どこか胸をくすぐる“期待”に頬を緩める女の顔。

 目に映る景色の奥に、
 まだ誰も触れたことのない、異形の影が揺れている……気がした。

(巨大生物が発生しているって、やっぱり北海道って思うよね……)

 今日のお客様は、関東出身と挨拶した麗華の気を引こうと、
 北海道らしい巨大生物の話を、でっちあげたかもしれない。

 彼女も存在しないと言いたいのに、どこか気になってしまい、
 常識と好奇心の狭間で、その場所へと向かう。

(ちょっと遠かったかな…やっぱり、誰か……一緒のほうが…)

 麗華は、店が終わった深夜に向かったので、渋滞もせずに旅館に到着。

 その旅館は、ホームページよりも明らかにくたびれた見た目。

(更新…されていない…それとも、修正された?…はぁ~)

 車のドアを開けると、初夏の空気と温泉独得な匂いが肌を撫でていく。

 湿った木の香り、草の匂い、遠くで鳥が鳴く声――自然の音と匂いが、
 胸の奥に広がる静かな緊張と、未知という期待を生んでいく。

 麗華は軽く伸びをしながら、木が生い茂る山に意識を向けると、
 人間には見えない“影”が、確かに揺れているようだった。

(あはは、気の所為よ。幻覚、幻覚……でも、働きすぎなのかな?)

 ――この温泉は、ただの隠れ蓑で、巨大生物がいるのは本当なのか。

 この夜、山奥の静寂は、彼女の刃で赤く染まるかもしれない。

(ないない…あはは…ないって、ほんとうに~)


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