機械の森

連鎖

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暇つぶし

決意

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 身体の表面を流れるお湯が現実へと引き戻し、
 まとわりついていた不快な臭いや感触を、少しずつ洗い流していった。

(アレが巨大生物? やっぱり…違うもの…?)

 冷静になった麗華は、
 ゆっくり洗い場の椅子に腰を下ろし、桶にお湯を汲んでいく。

 その貯まったお湯に手を入れて確認すると温かく、
 頭から浴びると、髪も身体も一気に解き放たれるようだった。

 ――現実…やっぱり、アレは?

 しかし、温かいものが肌を伝い、滴となって落ちるたびに――

 身体を押し潰していたナメクジが、
 全身を這い回り、絡みついてきた記憶が鮮明に蘇ってくる。

 ――なんなの、この粘りつく液体。

 思わず、心の中で呟く。

 あの生温かさ、あの粘液が膣の中に残っている気がして、
 必死に忘れようと、何度も桶にお湯を張っていく。

 それでも足りないと、シャンプーを浴びるように掛けて、
 指を奥まで差し込み、子宮を確かめるように洗っていた。

 何度も、何度も。まるで念を押すように…

 だが、シャンプーの冷たさと、お湯の熱が混ざり合う感覚が、
 背中に残った冷たさと、その後に味わった温もりを想い出してしまい、

 ――脳裏に焼き付いた鮮烈な光景を、呼び起こしてしまう。
 ――背中にのしかかる重量。首筋を優しく舐める音。
 ――自分が獲物だと嘲笑うような、全身を覆った生温かい記憶。

 そして、柔らかいが波打って奥へと進んできた生殖管の……。

「……ふざけるな」

 その言葉は、無意識に声となって漏れ出す。

 ただ巨大ナメクジに、捕食されただけではなく、
 自分の何かを踏みにじられ、アレに心を奪われかけたのだと…

 ――忘れたいのに。忘れられない…あの…アレに…それと…

 全てを洗い流したと信じた瞬間でさえ、生々しい感触が奥に残っていて、
 必死に心を繋ぎ止めようとする気持ちを押し流していく。

 それでも逃げるように湯舟へ向かって身を沈めると、
 月を映す湯面が柔らかく揺れ、光の波が肌を撫でるように広がった。

 そんな麗華を癒すように、初夏の夜風が頬を撫で、火照りを鎮めていき、
 胸の奥にわずかな安堵が生まれ、深く息を吸い込み、ゆっくり吐き出す。

 ――アレは何? あれが巨大生物? でも……大きさが、信じられない。

 そう問いかけても、何も答えは出ない。

 だが、答えが出ないほどに異常な存在だと、
 全身を陵辱した記憶が、流した涙の意味を理解させた。

 湯から上がり、濡れた髪を絞りながら脱衣所へ戻ろうとした時に気づく。

 ――あ。

 今、自分は何も持っていない。

 半纏や浴衣も、すべてが溶けた。持ち物は神社に置き去り…
 その現実に気付いた瞬間、頭の中が真っ白になる。

 部屋に戻らなければ、お金もなく、服もなく、どうしようもない。
 まるで自分が世界から切り離されたような孤独感が襲いかかる。

(女将に…鍵を無くしたって言えば……でも、明るくなったら……)

 神社に戻るべきか。忘れ物を取り返すべきか。全て諦めるべきか。

 ――自分の誇りを……尊厳を…その全てを取り戻す為に…

 熱を帯びた頭の中で、さっき味わった記憶が溶け合ってしまい、
 麗華のまともな判断を拒んでいった。

(別に戦っても、服が溶けるだけ…今だって全裸! 溶けて嫌なのは髪!)

 ふと見下ろした腕の肌が、驚くほど滑らかであることに気づく。

 ――綺麗。まるで、くすみまで消えたみたい。

 そう気づいた途端、目に見えない場所までもが、
 全て同じだろうと想像して、自然に口元が緩んでいく。

 ――行くの? 本気? あの巨大ナメクジと? どうやるの? 無理よ?

 理性が問いかける。だが心の奥底で、別の声が囁く。

 ――髪以外は…この肌……あの粘液で……あの快感を…もう一度…

 それに気づいてしまった自分に、呆れ半分のイヤらしい笑みが浮かぶ。

 月は沈みかけ、東の空が白み始めていた。
 その自分を現実に戻す淡い光が、背中を押していく。

「……もうすぐ朝。昼間に出てきたら、大事件だよね~。うふふ」

 ――服を溶かされても全裸になるだけ。襲われても避けられる。
 ――しかも、ナメクジは…日が昇れば消える…..はず。

 じゃあ、朝まで全身をヌトヌト。ヌメヌメ。ベチャベチャに…

 すでに服を失うことを諦めた麗華は、全裸のまま玄関へ向かい、
 誰もいないフロントで見つけた浴衣に着替えていた。

 ――今度は逃がさない。絶対に、アイツを……もう一度…

 浴衣に外履きスリッパという姿で、麗華は夜道を駆ける。

 頬を打つ夜風。肌を撫でる記憶。火照った身体。
 そして、なびく髪が、麗華の決意を鮮やかに刻んでいた。


 決意
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