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暇つぶし
伝承
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彼女が足を踏み入れた瞬間、古い飲み屋独得な匂いが押し寄せ、
歩くたびに建物は軋み、長年染みついた煙草の臭気がじわりと漂う。
さっきまで真夏の陽射しの中にいたせいで、照明はやけに暗く感じ、
光というよりは、影の輪郭ばかりが浮かび上がって見えた。
狭いフロアには、低い椅子とテーブルが隙間なく詰め込まれ、
壁には色褪せたポスターが貼られて、空気は淀んで重い。
外の喧騒は一切届かず、ここだけ別の時間に切り取られたよう。
「陽太さんって、ここの常連さんですか~?」
「まあ、特別な女の子以外は、絶対に連れてこないよ」
そんな場所で二人は、古びた大きめのソファーに並んで座っている。
「そう言って連れてきた人、いっぱいいるんじゃないですか~?」
「あはは、昔はいたかもしれないけど……れいちゃんみたいな子と、
友達になったら、もう他の子はいらないよ?」
「そうですか~。でも~……また見てるぅう。そんなに、変ですか~?」
「いやぁ、似合ってるから、見ちゃうんだよね」
二人で座ったソファーの中央部分が凹んでいて、
お互いが自然と近づいてしまうが、女は軽く身体を端に寄せるだけ。
そんな態度をしているのに、女が無邪気に話しかけてくるので、
拒絶と思っていない男は大胆に顔を近づけてくる。
その度に女は、優しく手を顔に当てて笑って押し返していた。
「陽太さん聞いてください。この格好……お店の人が選んだんですよ~」
「いいセンスしてる店員さんだね」
「陽太さんも、ひどい~
私は、この格好が嫌だったけど……その時には、何も言えなくて…」
男を押し返した時に視線に気付いた女は、
慌てて太ももをぴったりと閉じ、ショーツが見えないように座り直す。
それでも羞恥心は収まらないので、スカートの裾を両手で押さえながら、
頬を真っ赤に染めて、視線を伏せたまま話を続けた。
「そうは見えないよ? 俺が見ても…とっても。似合うと思う…」
「酷い……陽太さんの意地悪!」
男の言葉に女の頬が膨らんだが――それでも完全な拒絶ではない。
しかもスカートが捲れないように裾を掴んだせいで、
身体に張り付いたようなクロップトップを、両腕で押してしまう。
そうやって挟むように胸を押したせいで、乳房の歪んだ姿が丸見え、
しかも誘うように、乳首が膨らんで主張していた。
「怒らないでよ……れいちゃん」
そんな姿を見ている男は、好きな子をからかう少年のようだが、
冷たく見える美しい一重の女が、軽く怒っているような顔に魅了され。
その心には、妖艶な大人に向ける煩悩が膨れ上がっていく。
「もぉ、この街で初めての友達になったのに~……もういい。帰る!」
そんな態度が嫌だったのか、女が子供のように不貞腐れて立ち上がる。
「ごめん、ごめん。じゃあ何でも買ってあげるから、機嫌を直してよ」
「……何でも? でも私…そういう女じゃないよ?
そういう事を言う陽太くんなんて、だいっ嫌い。離して!帰るから」
「イヤ…ごめん…プレゼントしたいんだ。出会いの記念用にさ…」
「ただの友達なのに、プレゼントなんていらない……よ?」
「大丈夫…俺、お金に困っていないし…」
「別に…」
「ほ、本当だよ。オレ、この辺の地主でさ、ただプレゼントしたいんだ」
「地主……? ウ~ン…プレゼント? どういうの?」
「プレゼントは楽しみにしてて、
それよりも、外は暑かったでしょ…早くアイスコーヒーを飲んでよ」
「そっか~。外って暑かったよね~。でも、もう少しだけだからぁ~」
やっと男の態度が変わったと安心したらしく、
麗華は観念したようにソファーへと座り直した。
そしてグラスを手に取り、唇を軽く触れさせると、
安物のボトルコーヒー特有の酸味と水っぽさをかんじた。
だが、その奥に――よく知っている味があった。
(……ふふふ)
胸の奥に冷たいものが落ちる感覚と、楽しい記憶を呼び覚ます。
「苦いなら、ミルクや砂糖もあるよ」
「うん~っん……ありがとう 陽太さんって優しんだ~」
女は微笑んで見せて、ゆっくりとミルクと砂糖をグラスに入れ、
白と黒、甘味と苦味がゆっくりと渦を描きながら混じっていく。
「れいちゃん、観光してるんだよね? ホテルってどこ?」
「……松風荘ですよ~」
「えっ、じゃあ、彼とかと一緒?」
「彼氏じゃないです。友達と…くる予定だったんです!
でもね…ああいう場所って知らなかったし…友達も来ないし…はぁ~」
「色々と大変だったんだね。
でも、あの旅館って、古い地元の人たちには有名だから……」
「陽太さんも。混浴って言うんですよね!
もちろん知っていますが、行ってません!なんですかアレって!」
女の声に一瞬、苛立ちが混じったのを感じたらしく、
男は慌てて顔に優しい笑みを作り、囁くように言葉を続ける。
「れいちゃ~ん。怒らないでよ~……その有名っていうより、
じじいから聞いた話があるんだ。聞きたくない?」
「……んッ?」
「あの旅館は、由緒正しい老舗らしくてさあ~、
昔、巫女が穢れを落とすために、男達とお風呂に入ったらしいんだ」
「……巫女? 穢れ? 男達とお風呂…?」
その言葉が耳に落ちた瞬間、麗華の胸に稲妻のような直感が走り、
――ちょっと…知らない…でも巫女って…神? 穢れで裸? まさか!
麗華は、驚きと戦慄に染まった顔で男を見つめ、
ナメクジとの戦いを思い出してしまい、身体が細かく震えていった。
伝承
歩くたびに建物は軋み、長年染みついた煙草の臭気がじわりと漂う。
さっきまで真夏の陽射しの中にいたせいで、照明はやけに暗く感じ、
光というよりは、影の輪郭ばかりが浮かび上がって見えた。
狭いフロアには、低い椅子とテーブルが隙間なく詰め込まれ、
壁には色褪せたポスターが貼られて、空気は淀んで重い。
外の喧騒は一切届かず、ここだけ別の時間に切り取られたよう。
「陽太さんって、ここの常連さんですか~?」
「まあ、特別な女の子以外は、絶対に連れてこないよ」
そんな場所で二人は、古びた大きめのソファーに並んで座っている。
「そう言って連れてきた人、いっぱいいるんじゃないですか~?」
「あはは、昔はいたかもしれないけど……れいちゃんみたいな子と、
友達になったら、もう他の子はいらないよ?」
「そうですか~。でも~……また見てるぅう。そんなに、変ですか~?」
「いやぁ、似合ってるから、見ちゃうんだよね」
二人で座ったソファーの中央部分が凹んでいて、
お互いが自然と近づいてしまうが、女は軽く身体を端に寄せるだけ。
そんな態度をしているのに、女が無邪気に話しかけてくるので、
拒絶と思っていない男は大胆に顔を近づけてくる。
その度に女は、優しく手を顔に当てて笑って押し返していた。
「陽太さん聞いてください。この格好……お店の人が選んだんですよ~」
「いいセンスしてる店員さんだね」
「陽太さんも、ひどい~
私は、この格好が嫌だったけど……その時には、何も言えなくて…」
男を押し返した時に視線に気付いた女は、
慌てて太ももをぴったりと閉じ、ショーツが見えないように座り直す。
それでも羞恥心は収まらないので、スカートの裾を両手で押さえながら、
頬を真っ赤に染めて、視線を伏せたまま話を続けた。
「そうは見えないよ? 俺が見ても…とっても。似合うと思う…」
「酷い……陽太さんの意地悪!」
男の言葉に女の頬が膨らんだが――それでも完全な拒絶ではない。
しかもスカートが捲れないように裾を掴んだせいで、
身体に張り付いたようなクロップトップを、両腕で押してしまう。
そうやって挟むように胸を押したせいで、乳房の歪んだ姿が丸見え、
しかも誘うように、乳首が膨らんで主張していた。
「怒らないでよ……れいちゃん」
そんな姿を見ている男は、好きな子をからかう少年のようだが、
冷たく見える美しい一重の女が、軽く怒っているような顔に魅了され。
その心には、妖艶な大人に向ける煩悩が膨れ上がっていく。
「もぉ、この街で初めての友達になったのに~……もういい。帰る!」
そんな態度が嫌だったのか、女が子供のように不貞腐れて立ち上がる。
「ごめん、ごめん。じゃあ何でも買ってあげるから、機嫌を直してよ」
「……何でも? でも私…そういう女じゃないよ?
そういう事を言う陽太くんなんて、だいっ嫌い。離して!帰るから」
「イヤ…ごめん…プレゼントしたいんだ。出会いの記念用にさ…」
「ただの友達なのに、プレゼントなんていらない……よ?」
「大丈夫…俺、お金に困っていないし…」
「別に…」
「ほ、本当だよ。オレ、この辺の地主でさ、ただプレゼントしたいんだ」
「地主……? ウ~ン…プレゼント? どういうの?」
「プレゼントは楽しみにしてて、
それよりも、外は暑かったでしょ…早くアイスコーヒーを飲んでよ」
「そっか~。外って暑かったよね~。でも、もう少しだけだからぁ~」
やっと男の態度が変わったと安心したらしく、
麗華は観念したようにソファーへと座り直した。
そしてグラスを手に取り、唇を軽く触れさせると、
安物のボトルコーヒー特有の酸味と水っぽさをかんじた。
だが、その奥に――よく知っている味があった。
(……ふふふ)
胸の奥に冷たいものが落ちる感覚と、楽しい記憶を呼び覚ます。
「苦いなら、ミルクや砂糖もあるよ」
「うん~っん……ありがとう 陽太さんって優しんだ~」
女は微笑んで見せて、ゆっくりとミルクと砂糖をグラスに入れ、
白と黒、甘味と苦味がゆっくりと渦を描きながら混じっていく。
「れいちゃん、観光してるんだよね? ホテルってどこ?」
「……松風荘ですよ~」
「えっ、じゃあ、彼とかと一緒?」
「彼氏じゃないです。友達と…くる予定だったんです!
でもね…ああいう場所って知らなかったし…友達も来ないし…はぁ~」
「色々と大変だったんだね。
でも、あの旅館って、古い地元の人たちには有名だから……」
「陽太さんも。混浴って言うんですよね!
もちろん知っていますが、行ってません!なんですかアレって!」
女の声に一瞬、苛立ちが混じったのを感じたらしく、
男は慌てて顔に優しい笑みを作り、囁くように言葉を続ける。
「れいちゃ~ん。怒らないでよ~……その有名っていうより、
じじいから聞いた話があるんだ。聞きたくない?」
「……んッ?」
「あの旅館は、由緒正しい老舗らしくてさあ~、
昔、巫女が穢れを落とすために、男達とお風呂に入ったらしいんだ」
「……巫女? 穢れ? 男達とお風呂…?」
その言葉が耳に落ちた瞬間、麗華の胸に稲妻のような直感が走り、
――ちょっと…知らない…でも巫女って…神? 穢れで裸? まさか!
麗華は、驚きと戦慄に染まった顔で男を見つめ、
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