機械の森

連鎖

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②キンセンカ(悲嘆。ビラ配り。)

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「ピコピコ。ピコピコ。ピコピコ。」

 少し前までとは違い、いつも昼前には起きていたのだが、
 早朝の9時に突然鳴り出した呼び出し音に、
 なぜ電源を切っていなかったのかと、怒りまで感じていた。

 その怒りのまま、すぐに電源を切っても良かったのだが、
 画面を見ると、電話を掛けて来た人が大切な人だったので、
 諦めて電話に出ていた。

「はーーーなちゃん。元気いいぃぃ?」「お父さんから、聞いたの?」

 この男は、長瀬 剛。年齢は22歳。

 身長は主人公と同じく180cmで、
 筋肉質な体格のため、主人公と並ぶと長瀬が大きく見えていた。

 長瀬は大柄で、彫りの深い浅黒い顔をしており、
 いつも高級そうなダブルスーツを着用していたため、
 花子と一緒にいるときは、
 外国人護衛のように、周囲を威嚇しているような印象を与えていた。

「大好きな、ハナちゃんのお願いなら、なんでも言ってえええェ。」
「早く要件だけ話さないと、拒否るわよ。」
「だってェエ。」「ウルサイ!ウザイ。うっざい。早く言えぇェ!!」

 相手が優しく話してくれていることは わかっているが、
 やはりまだ、昔のように話すことができなかった。

「ゴメン。ゴメン。久しぶりに声が聞けて、嬉しかったんだ。」
「。。。。。わかったから、仕事でしょ!イイから!早く言っテ。」

 相手の声から、優しい安堵の気持ちが伝わってきたため、
 花子もつい恥ずかしくなって、強く言い返していた。

「えぇぇぇ。ハーナちゃん。仕事ォォオ?」
「ほんっ。。。っとに。。」
「ああ、ゴメン。本当に声が聞けて嬉しいのは、わかって欲しい。
 本当になんでも言ってくれ、
 何でもするから。もちろん、しごとなんて。。」

 仕事なんてする必要は無い、全部俺が面倒を見る。
 俺になんでも頼ってくれ、君が笑ってくれるなら何でもする。

 今すぐ会って、そう言おうとする心を彼も必死に引き止めていた。

「ごめんなさい。それぐらいで。。。。。。」「あっ。あの。。。。」
「もう、わかって。本当に。ごめんなさい。本当に、ありがとう。」

 また気持ちがざわつき始め、感謝の気持ちと同時に、
 すべてが、今すぐ壊れてしまいそうな悲しい気持ちが押し寄せてきた。

「すっ。。すまない。」

 彼は、もう謝ることしか出来なかった。
 それ以上、慰めることも、支える言葉だって何も言えなくなっていた。

 本当は、こんな機械越しじゃなく、直接会って話したかったが、
 もし会うと、相手がまたあの事を思い出すと思い我慢していた。

 そんな我慢を考えずに会えれば簡単なのだが、
 後に待っている未来が怖くて、会うことができなかった。

 もちろん、自分が友達としてできることは、

「行先は送っておくから、後で確認してくれ。」「内容は?」

 相手の返事が、またいつものように答えてくれると感じて、

「最初だしぃぃイイ。ハナちゃんの魅力でぇぇ。
 チャチャッと商品を撒いてちょうだい。おねがいねぇえ。
 可愛い、ハーーーなぁあチャンの魅力でぇぇ。お願いぃぃいいねぇェ。」

「うふふふふ。本当に。ほんっとうに、ありがとう。ピッ。。。」

 昔のように笑うことは出来なかったが、
 自分の事を心配してくれる友人の為に、必死に泣きながら笑っていた。

 。

 送られてきた住所は、家から歩いて二十分の駅ビルの中だったので、

「コン。コン。。」「あっ。。お姉ちゃん、お出かけ?」
「今日は、お仕事なんだ。」「そっか、頑張ってね。お姉ちゃん。」

 いつものように、階段下で遊んでいる美代ちゃんに挨拶をしてから、
 久しぶりの仕事に向かっていた。

 。

 なにかに急かされて、必死に前だけ向いて歩いたせいで、
 約束の時間よりも少し早く到着してしまい、
 事務所に入ると、全員が揃うまで少し待ってほしいと言われたので、
 用意された部屋で待っていた。

 もちろん、花子より若い男が多かったが、
 花子が俯いてジットしているせいで、話し掛けて来る男はいなかった。

「(あの女)(スッゲエ)(アレ見ろって)(やっぱり)(聞けって)
(あの身体なら)(お前)(でっけえよな)(あの身体なら)
(お前じゃ)(一回でいいから)(いい女ダヨナァア)(店なら。。)」

 それでも、待たされて暇な時に、いろいろと大きな女を見たら、
 普通に噂話する程度には、お行儀の悪い男が多かった。

 。

「ドン。えぇっと。この箱にチラシが入っている。これを配ってくれ。
 時間は、今から三時間だ。
 配り終わっても、終わらなくても、時給分は、お金を出す。
 配り終われば、箱を提出して帰ってもらってもいいし、
 新しい箱を貰って、続けて働いてもらってもいい。
 配る場所は各箱に入っている。」

「ここの場所がわかるか?あと、重いと思うが運べるか?」

 一人一人に丁寧に聞いているので、この仕事は普通の仕事だと思い、

「はい。」

 聞かれた場所は、すぐ下の駅前だったのと、
 ダンボールも気にするほど重くなかったので、笑顔で答えていた。

 全員に仕事の内容を確認した後に、

「あっ。。やり方を知らない奴は説明するが?」
「いっませーん。」「早くやろうぜぇえ。」「だいじょーおおおぶ。」

 花子もそうだが、周りの男達も経験者らしく、
 皆から帰ってくる答えは、一緒だった。

 。

 綿混の薄汚れた色気も無い青いツナギなど着て、
 今回は中にTシャツを着て下着を隠しているが、
 ファスナーをみぞおちまで降ろして、
 女だと大きく主張している場所見せていると、どうしても目立っていた。

「よろしく。。」「チラ。。へぇぇぇ。お姉ちゃん。遊ぼうよ。」
「すみません。仕事中なので。」「ドン。。どけよ。。俺と、どう?」
「どうぞ。。」「全部貰うから。。ガバ。。」「あっ。。。」

「どうぞ。」「サワサワ。」「きゃ」「ありがとう。」
「よろしく。」「ぼいん。」「イヤ」「いいムネしてるよぉぉ。」

 セクハラ?痴漢?簡易レイプ?
 昔の生活が、自分を連れ戻そうとしている事に戸惑っていた。

 そんな可愛らしい男だけなら良かったのだが、

「ナア。こんな事しないでもさぁああ。」「グイ。。こっち来いって。」
「ぐい。。なあ、いいだろぉお?」「だから、(やめてください)」
「うぅぅ。。やめてください。」「けっ。。泣くなよ。」「うぅうう。」

 なぜ自分はこんな事をしているのか、
 こんなことを、また何故しているのか分からなくなって、
 また昔の記憶を思い出して泣いていた。

 そんな彼女を助けようと、

「ガン。。やめろって。彼女が嫌がっているじゃないかぁあああ。」

 一緒にバイトをしていた見た目のいい男が、
 二人の間に割って入り、仲裁しようとしていた。

(はああああ?。。やっぱり、ふうううぅ。アハ。アハハハハハ。)

 そんな二人を見る度に、今が現実だと突き付けられたように感じて、
 何もかもが馬鹿らしくなって、とうとう、心の中で笑い出していた。

「やるのかァああ?」「いいぞオォォ。来いよ。」
「オイオイ。アレ。。あれ。。警察。。警察っ。。」「くそぉぉお。」

 ビラ配りをする位に人が多い場所で、
 男二人が言い争って、しかも近くで美しい女が泣いている姿を見れば、
 色々と割り込んでくる男も沢山出てきたし、
 多少の正義感を振りかざす人もいたようだった。

 。

 そんな、些細なトラブル以外には特に何もなくて、

「ドーゾ。」「頑張ってね。」「ありがとうございます。」
「ドーゾ」「頑張って。応援してるよ。」「はい。」
「ドー」「大変だろうけど。」「もう、大丈夫です。」

 花子から泣き顔も消えて、
 よく見かける笑顔をした美女が、楽しそうに仕事をしていれば、
 すぐに大勢の人達が、嬉しそうに近づいてきた。

 。

 全ての仕事が終わると、
 さっきの二枚目が、胡散臭い笑顔をして花子に近づいてきた。

「はなさん。飲みに行きましょうよ。奢りますから。」
「ウゥゥン?」「グイグイ。行きましょうって。」「あの。。」
「大丈夫だから、何もしませんって。。場所も下の居酒屋です。」
「いいでしょ。チョット。。ちょっとだけですって。」「。」
「まだ。夜じゃないし、1時間。1時間だけですからァ。」

 。

「カンパーイいぃぃ。プハァああ。」「コクコクコク。」

 流石に多数の観客から見られていたのと、
 周りからは、二枚目から居酒屋に誘われたように見えていたので、
 花子も仕方がなく、店に着いてきていた。

「はな。。飲めるんだね。。もっと。どーぞ。ドボドボ。
 奢りだから、飲んで。。さあ飲んでぇええ。」

 。

 テーブルには多数の空き瓶が並んで、

「ふうふう。はなちゃんって、お酒好きナノォォ。ふうふう。」

(なんだ?この女。どうして、薬が効かないんだ。何故なんだ?)

 何時ものように、お金の無い女を優しく救って信頼させてから、
 居酒屋で飲んでいる途中で、薬を使って連れ出し、
 その後は、撮影。脅し。最後には、客を取らせているようなクズだった。

「はい、コウコクコク。」「うぅぅ。眠い。。ふううう。」
「もう、帰っていいかなぁああ?」
「うぅぅ。おォォい!ガチャ。。バリン。。ガチャガチャン。」

 酒代と小さなプライドが、花子が見せた呆れた顔の事を許せなかった。

 そんな顔で見られた女も少し酔いが回ったのか、

「アハハハ。。あら残念。おいたはダメよォオ。ぼぉぉや。イヤよねぇ。」

 こんなクズとまで飲んでいる自分が、
 昔に戻ったように感じて、つい何時ものように煽り返していた。

「うれせぇえええ。欲求不満のババアが、盛っているんじゃねえ。
 俺のが欲しくて、泣いた振りまでして俺を誘ったくせに、
 さっさと消えろ!くそばばあぁあ!!!」

 やっと、この女の本性がわかって、
 この男も虚勢を張ることしかできなくなっていた。

「アハハハハハハハ。じゃあねぇええ。おバカさん。」

 こんな場所でも、こんな男も今の現実なのだと諦めていた。

 もし酔えるのなら、もし忘れる事が出来たらと思って着いてきたが、
 お酒を飲む度に、昔の記憶ばかりが駆け巡って心が冷めていた。

 そんな冷めた女が、一人で歩いている暗い夜道でも、
 道端に咲いているキンセンカの鮮やかな色は、心を見つめていた。


 ②キンセンカ(悲嘆。ビラ配り。)
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