機械の森

連鎖

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ツツジ(燃え上がる想い)

①ライラック(別れと芽生。お母さん)④

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 この長年の湿気で古びた壁紙が剥がれかけている時代遅れのスナックに、
 心が壊れた美しい人形が、
 深夜に店の扉を叩いてから半日以上が過ぎていた。

 今朝がたに帰った男に出会ってからは、人として動き出し、
 お母さんから「レイ」という名前を付けて貰ってから人として話し、
 ユックリ寝て目を覚ましてからは、小さな子供が目を開けていた。

 ただし、目を開けていると言っても、何かをするわけではなく、
 ただこの身体の中にとどまり、
 お母さんと色々と話しをしながら、心が形作られていった。

 そうやって時間が過ぎていき、
 早朝に帰った彼が、帰宅時間も過ぎて寝静まり始めた時間に、
 いつもの知り合い達を、お客として連れて戻ってきた。

「いい子だろ?どうだ。嘘じゃないよな?えっ?」

「ああ、スゴイ子だ。コレなら驚くよ。金髪かぁ。へえ。そうか。
 そうだよなぁ。若い子って、そんな感じダヨな。」

「よっ。この子かい?ばあさん。この子なら、俺を先に呼んでくれよ。」

「さあ、お客様に挨拶をしなさい、レイ。」 

「レイです。よろしく、お。。。お願いします。」

 身長180センチを超えるモデルのような女性が、
 小柄な老婆の両肩に手を置き、知らない人達が怖いのか、
 足を微かに震えさせながら、腰を直角に曲げてお辞儀をしていた。

 それは、まだハッキリしない彼女の記憶が関わっているらしく、
 まるで学校に上がりたての子供が慌てて挨拶をしているように、
 腰を曲げて意味も無くお尻を突き出していた。

 その奇妙な挨拶をみても、金色の髪や眉毛がよく似合う、
 外人のような彼女を見て、男達は嬉しそうに笑っていた。

「婆さん、本当にいいのか?この子がそうだよな?この子?」 
「ああ、嘘じゃないぞ。俺も言ったじゃないか。そうだって。」
「いい女だねぇえ。アハハ。この子がそうだったんだぁ。」

「ああ、ただの記憶喪失なだけさ。だから皆で優しくしてあげるんだよ。」

 そんな他愛もない話をしているが、
 お母さんの心は、今朝から始まった心地良い記憶を見ていた。

 。

 昨日までは反応がほとんどなく、人形のような顔で固まっていた彼女が、
 彼と遊んだあとは、人間のような反応が生まれ、
 私が「レイ」と名付けると、すがるような笑顔で微笑んでくれた。

 そして、今朝目を覚ましたときには、人間らしい反応を見せてくれた。

「おはよう、レイ。」「お、おかあさん、お、おはよう。」

 たしかに、まだできないことが多いが、
 今朝起きてからは、私が声をかけるとちゃんと反応をしてくれた。

 そうやって、娘の声が聞けるだけで嬉しいし、
 話をすれば、壊れていた心が和らいでいくのを感じていた。

「さあ、この服を着るんだよ?」「はい。」「さあ、着て?」「あはは。」

 レイが朝起きたときには、服を着ていなかった。

 もちろん、すぐにタンスから自分の服を取り出したが、
 それは小さすぎて彼女には着せられなかった。

(昔。。若い頃に着ていた?ウゥん。ワンピースにしていた?忘れ物?)

 なにか無いかと探している内に見つけていたのは、
 自分が若い頃にでも着ていたのか、女性物としては大きなTシャツで、
 娘の身体を隠せるのなら問題ないと、それを着せていた。

「反対よ、コッチ。ズル。」「うぅん。」「スルルル。」「ふぅうう。」

 そして、タンスの奥にしまっていたシャツを着させてみると、
 自分の目から、なぜか涙が止めどなく流れ始め、

「お母さん。おはよう。」という声が聞こえだし、

 逆光で顔が見えない人が、笑って挨拶をしてきた。

「うぅ。」「お母さん、痛いの?」「いや、うぅぅ。レイ。レイぃいい。」

「レイ、悪い子だったの?レイが悪いの?」
「うっうん。ち、違うのよ。」「大丈夫?お母さん。お腹が痛いの?」

「アハっ。アハハハ。だっ。。大丈夫だからね。レイ。本当に大丈夫よ。」

 もちろん、これは何度も夢見た未来だったし、
 あの悪魔が垂らす、甘くて優しい誘惑の糸だと気付いていた。

 それでも構わない。何があっても耐えられるからと、
 ただこの状況が少しでも長く続いてほしいと、祈る事しか出来なかった。

 。

 そんな事を私が思っている事に、少しも気付いていないのだろう、
 深夜から今朝まで店にいた男が、嬉しそうに声をかけてきた。

「レイちゃん、おじさんは、たくさん優しくしてあげたよねぇえ。」
「は、はい。おじさん。やさしかったです。は。(はい。)」

 あれを「優しい」と呼んでいいのだろうか、
 心が壊れて何も出来なかった人形と、
 喜んで遊んでくれたのだから、優しいのかもしれなかった。

 もちろん、レイも部屋で二人きりで過ごしたのは楽しかったが、
 彼にはいろいろな場所を見られたり、触られたりもしていたので、
 優しいと言うよりも、恥ずかしいという感情が芽生えていたらしく、
 真っ赤な顔をして俯いていた。

(おじさんに見せていた。触られていた。でも。。でも。。
 嫌じゃないんだ。も、もう少しだけして欲しいなぁ。おじさんに。。)

 こればかりは、彼女でもよくわからなかったらしく、
 生き返ったせいで、かつては嫌だった行為が心地よく感じるのか、
 それとも、忘れている記憶の中では普通なのか解らなくなっていた。

 その感情は、知らない男と二人きりで遊ぶことに対する忌避感も、
 身体の中で、何かが広がっていく事に対する違和感も、
 知らない男に、見られたり触られたりすることに対しての拒絶感も、
 全てが快感とまで言っていいほどの、不思議な気持ちに変わっていた。

「じゃあ、レイちゃん。おじさんと、一緒に上に行こうねぇえ。」 
「待て!。カネだよ。カネを、よこしな!昨日の分も早く。」 

「わかってるって、そんなに怒るなよ。
 昨日の分と。ぺたぺた。ぺたぺた。今日のな。これでいいだろ?」

 お金を払っているこの男なら、全財産を彼女に捧げるだろう。

 映像でしか相手にされないと思えるほどの完璧な女が目の前にいて、
 その子が、これから行われる事を解っているのか、
 とてもたどたどしいが、満面の笑顔で笑いかけてくれるし、
 どこか恥ずかしがっているような、初々しい仕草が最高だった。

 その姿を見るたびに、前のことを思い出しているらしく、
 その子を目覚めさせたのは自分だという、喜びに満ちた顔をしていた。

「じゃあ、三十分か1回だよ!わかったかい?」
「あっ。。ああ。。わかってるよ。1回な。わかってるよ。睨むなって。」

「じゃあ、レイ。お客様に挨拶をしなさい。」
「ぎゅぅぅう。はっ。はい。お、おじさん。ちゅっ。ちゅう。。」

(いいよ、よくやったよ、レイ。それでいいんだよ、そうやってあげな。
 でも、レイ。これからは、お母さんが守ってあげるからね。)

 私は、レイが話せるようになると嬉しくて色々と聞きたかったが、
 昔のことに触れると、突然彼女が苦しみ出すので止めていた。

 もちろん、これからのことを考えると、
 いっそう客がレイにのめり込んで貰わなくてはいけないので、
 この子にもできる簡単な挨拶を教えていた。

 それは、相手に両腕で抱きつき、胸の谷間に腕を押し付けながら、
 そのまま2回、頬に唇を押し付ける事だった。

 しかし、実際この男に挨拶をさせると、
 恥ずかしがって、オドオドと目線を泳がせた後に、
 それでもすると決心をしたらしく、目を強くつぶっていた。

 その後は、キスの仕方を知らないように唇をアヒルのように飛び出させ、
 そのまま真っ赤な顔で、相手の頬に挨拶をしていた。

 その姿に、彼らは最高に興奮したらしく、
 キスをされている男など、とても蕩けてだらしない顔で、
 残った男達も、自分達もして欲しいと羨ましそうにレイを見ていた。

(レイ。可愛いレイ。私の娘。私の可愛い娘。レイ。。。レイ。レイ。
 お母さん。お母さんにもしてくれるよね?)

 その男達と同じで、私にもして欲しいと娘を見ていた。

「アハハハ。レイちゃん。最初はおじさんからだよ。ポンポン。」
「お。あっ、おじさん。は、恥ずかしい。レイ、とっても恥ずかしいぃ。」

 二人が嬉しそうに腕を組んで階段を登っていった。

 この店は古い建物なので、二人で並んで昇るだけでせまいし、
 角度も急なので、lサイズのTシャツ1枚だけ着たレイだと、
 どうしても色々と見えていた。

 それは仕方ないが、相手が余っている手でレイのお尻を触ってくるので、
 彼女は嫌がる素振りをして身体を捻って逃げ、
 早く先に行こうと、抱えるように組んでいた腕に力を入れていた。

「ポンポン。そっかぁあ。じゃあ、コレが最後だよ。ポンポン。」
「ギュッ。ピチャ。おじさん。はっ。恥ずかしいから。や。ヤメてぇ。」

(わかってるよ。レイちゃん。おじさん。今日も来たでしょぉ。
 約束通りに、今日も優しくしてあげるからね。ねえ、レイちゃん。)

 階下にいる人からは良く見えないが、
 お尻を触っているよりも嬉しい場所が、彼の指先に当たっていた。

 それを大胆な女がしているのなら意味は違うが、
 恥ずかしいのを我慢して、止めて欲しいと震えているので、
 その場所が間違って彼の指に触れてしまっていると思っていた。

 同性としては、計算をして演技をしているようにしか見えなかったが、
 レイに夢中になっている男たちには、違う感情が膨れ上がっていた。

 階下でしゃがみ込んで見上げていた漁師のみっちゃんが、

「パイパンかぁ。へぇ、でも胸も大きいよなァ。はぁぁ。スゴイ。」

(嘘だと思っていたが、本当に綺麗で大きな胸だよなぁ。コレを後で。。)

 漁師のきっちゃんとレイが、楽しそうに階段を登っていく姿を見ていた。

 大きなソファーに座っている寿司屋のたかさんは、

「なあ、生えてないのか?ゴホン。ちょっと見すぎだと思うよ。哲也さん。
 ソレより、脚が長いよなぁ。アノ。お尻を。。ウゥう。」

(引き締まったお尻に長い脚ぃい。ハアハア。これ。コレを俺がぁ。)

 怒ったような顔で、階段を登っていく二人を見ているが、
 明らかに座る位置が変だし、息も荒くなっていた。

 店のカウンター越しに、3人のお客と娘を見ている私は、

(はぁぁ。男だねぇ。本当に、この年でも男って事だよ。はぁぁ。)

 年上の菊池さんが、ひ孫とまで言えそうな私の娘に触れて喜んでいるし、
 見上げている哲哉や透など、私からみれば息子と言ってもいいほどで、
 そんな二人からも、同じような感情を向けられている事に、
 自分が原因だとわかっていても、少しだけ嫌な感情が芽生えていた。

 しかし、この感情がバレた途端、悪魔がレイを連れ去るので、
 お金払いのいい男達に喜んでいるような態度で、彼等を見ていた。

「ああ、レイの身体は聞いているだろ?綺麗なパイパンで、胸はデカいよ。
 100に近い胸に、先端はピンクの綺麗な物さァあ。
 あっちも、包み込むような極上品だって聞いているだろ?」

 残った二人の男達に、次々と娘の魅力を伝えて、
 レイが欲しくなるように誘導していた。

 その話を聞いた男達も、周りに知り合いしかいないと気づいたらしく、
 もっと近くでレイのことを見ようとしているし、
 階段を登っていく男だって、
 自分が手に入れた獲物を見せびらかすように、ユックリ登っていった。

「生まれたてのような、繊細でスベスベな肌をしているんだよ。
 感じたら可愛く泣くよぉお。とっても可愛く泣くんだよ。いいかい?
 お前達が優しくしてあげて、タップリ可愛らしい声で泣かせてあげな。」

(何を言っている?私は。私は。。ごめんね。レイ。ごめんね。)

「もしかしたら、あんた達の子を、あの子が孕んじまうかもよ。
 もちろん、レイもお客さんとの子供を孕んでいいと了承済みさぁ。

 さあ、どうする?

 あんな、聖女のような女を抱きたくないのかい?
 若い女と、今すぐ子供を作りたいとは思わないのかい?

 さあ、次は誰だい?。。次ぎのお相手は、誰がするんだい?」

 母親が娘の身体を売り払ってお金を稼ごうとしている姿は、
 普通なら明らかに異様で軽蔑される対象に見えるが、
 スナックのように店主を「母親」と呼ばせているなら、
 表面的には問題ないように思えた。

 だが、レイと繋がった私の心は、
 互いに抗えない対象に監視されていることに気づいているし、
 その悪魔が少しでも気に入らなければ、
 私たちはすぐに引き裂かれてしまうと知っていた。

 もちろん、本当は娘も嫌がっているのだろう、
 客が身体に触れるたびに、彼女は微かに震え、唇がわずかに歪んでいた。

 私の可愛い娘が、必死に嫌がっている姿を見せていても、
 止めさせることも出来ないし、二人で逃げ出す事さえ出来ない、
 ただ満足そうに笑って、眺めている事しか出来なかった。

 もちろん私は、彼女と離れたく無い、二度と手放したく無いと強く願い、
 娘が可哀想で、涙が出そうになる気持ちを無理矢理ねじ伏せて、
 ゆっくり階段を登っていく娘を見送っていた。


 ①ライラック(別れと芽生。お母さん)④
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