157 / 368
第5話:『六本木ストックホルダー』
◆05:魔人達、惨敗す-3
しおりを挟む
「しかしこれはまた随分と急激な株価の上昇だな。ほとんど一年ごとに倍々になっている勘定だ」
ついでに添付されていたヨルムンガンドの株価レポートを見ながら、直樹が一切れミックスサンドを口に運ぶ。確かにヨルムンガンドの株価は驚異だった。恩師たるサイモン氏から出資を受けた、カタパルト加速の会社設立とは言え、それ以後の時価総額の拡大ぶりは異常とも言える。
「まあな。そこがこの会社の強みってわけさ。有名だからみんな株を買う。みんなが買うから株価が上がる。株価が上がるからみんな買う……って循環なわけだ」
経済雑誌で誰かが言っていた。「株式市場とは、一位になった子に投票した人は、その子からキスがもらえる美人コンテストのようなものだ」と。
確実に美人からキスをもらいたければ、”自分の好みの女の子”ではなく、”みんなが綺麗だと思う女の子”に投票すべきなのだと。だから、ひとたび”あの子美人だよな”という評判が立つと、いきなり票がその子に流れ込むということが良く発生するのだ。
こうして上がった自身の株価を、ヨルムンガンドは他企業の買収に使ってきた。
企業を丸ごと一つ買い取ると言う事は、その会社の株を全て買い取らなければならず、多額の資金と膨大な手間が必要となる。しかし、現金の代わりに、『値上がりしているヨルムンガンドの株』をその会社の株と交換する事にすれば、手元に資金が無くとも容易、迅速に他の企業を買収する事が可能となる。
有能な企業を支配化に置いた事によってヨルムンガンドの評判は高まり、結果としてさらに株価が上がる事になるのだ。
それはさながら獲物を捕らえ、まずは一気に飲み込み、腹に放り込んでからじっくり栄養にしていく光景に似ていた。よって、ヨルムンガンドの企業買収はその社名にちなんで『ヘビの丸呑み』と称されることもしばしばだった。
「丸呑みをして大きくなり、その大きくなった身体でさらに大きな獲物を丸呑みする蛇、か。神話のヨルムンガンドは世界を一周するほどになったが、このヘビはどこまで大きくなるものかな」
レポートを閉じた直樹が妙に達観した口調で述べた。
「さすがに最近は値上がりも頭打ちになって来ているみたいだけどな。でも今、ヨルムンガンドが買収にとりかかってるってもっぱらの噂が、IP電話ソフトで絶賛ブレイク中のソフト会社『ミストルテイン』だ。ここを傘下に収めれば、今までヨルムンガンドが吸収した数々のウェブサービスとの相乗効果が期待出来るって話だからな。これでまた株があがるぜ」
熱く語るおれを奴は冷ややかに一瞥した。
「で、貴様はそれを当て込んで株を買ったと」
「な、ななな何を言うかね笠桐クン」
ミックスサンドを一切れ口に放り込む。
「なけなしの生活費を切り詰めて作った虎の子の貯蓄で、素人にも買いやすくなっていて値上がり絶好調のヨルムンガンド株で一儲け――と言った所かな?」
「は、はははは。まるで見てきたように滑らかな仮説をぶちあげるじゃないかお前」
「なに、この間事務所の応接間に、大学生協で買ったと思われる『三時間でわかるデイトレード』等という本が広げっぱなしにしてあったからな。誰のかは無論知らぬが」
……おれ、迂闊。
「ま、悪い事は言わん。今手持ちの株があったなら早々に売り払っておくことだな」
「とっとと売り払うさ、ミストルテインを吸収合併して株価が上がったら、な」
奴がおれを見る目に哀れみの色が混じる。
「そうやって売り時を逃がした者が、最後には紙くずと後悔を抱えて海に飛び込むのだ」
「こんだけ上り調子の株が下がるとでも?」
「バブルの頃も皆、土地は上がり続けるという神話に随分と踊ったものだ。いずれ暴落すると言う当たり前の言に、耳を貸すものは誰も居なかった。いつの時代も欲に目がくらんだ人々は愚かだ。……俺も含めてな」
枯れた口調で述べる。お前ホントに設定年齢十九歳か。そーいえばコイツ、実家というか居城を売り払ったら二束三文で、しかも当時の政治体制がクーデターで崩壊したせいで通貨が暴落。よりにもよって東京なんぞに来てしまってまた投資に失敗して、結局購入出来たのはおれと大差ない安アパートだったりする。
「経験則からいうとな、貴様のような中途半端に知識があって、自分は頭がまわると思い込んでいる奴が一番危ない。浅い読みで動くから、海千山千の相場師から見れば格好のカモだ」
「わかったわかった、考えとくって」
いつになく食い下がる奴の言葉を手を振って終わらせ、おれは直樹の手からレポートを取り上げた。
ついでに添付されていたヨルムンガンドの株価レポートを見ながら、直樹が一切れミックスサンドを口に運ぶ。確かにヨルムンガンドの株価は驚異だった。恩師たるサイモン氏から出資を受けた、カタパルト加速の会社設立とは言え、それ以後の時価総額の拡大ぶりは異常とも言える。
「まあな。そこがこの会社の強みってわけさ。有名だからみんな株を買う。みんなが買うから株価が上がる。株価が上がるからみんな買う……って循環なわけだ」
経済雑誌で誰かが言っていた。「株式市場とは、一位になった子に投票した人は、その子からキスがもらえる美人コンテストのようなものだ」と。
確実に美人からキスをもらいたければ、”自分の好みの女の子”ではなく、”みんなが綺麗だと思う女の子”に投票すべきなのだと。だから、ひとたび”あの子美人だよな”という評判が立つと、いきなり票がその子に流れ込むということが良く発生するのだ。
こうして上がった自身の株価を、ヨルムンガンドは他企業の買収に使ってきた。
企業を丸ごと一つ買い取ると言う事は、その会社の株を全て買い取らなければならず、多額の資金と膨大な手間が必要となる。しかし、現金の代わりに、『値上がりしているヨルムンガンドの株』をその会社の株と交換する事にすれば、手元に資金が無くとも容易、迅速に他の企業を買収する事が可能となる。
有能な企業を支配化に置いた事によってヨルムンガンドの評判は高まり、結果としてさらに株価が上がる事になるのだ。
それはさながら獲物を捕らえ、まずは一気に飲み込み、腹に放り込んでからじっくり栄養にしていく光景に似ていた。よって、ヨルムンガンドの企業買収はその社名にちなんで『ヘビの丸呑み』と称されることもしばしばだった。
「丸呑みをして大きくなり、その大きくなった身体でさらに大きな獲物を丸呑みする蛇、か。神話のヨルムンガンドは世界を一周するほどになったが、このヘビはどこまで大きくなるものかな」
レポートを閉じた直樹が妙に達観した口調で述べた。
「さすがに最近は値上がりも頭打ちになって来ているみたいだけどな。でも今、ヨルムンガンドが買収にとりかかってるってもっぱらの噂が、IP電話ソフトで絶賛ブレイク中のソフト会社『ミストルテイン』だ。ここを傘下に収めれば、今までヨルムンガンドが吸収した数々のウェブサービスとの相乗効果が期待出来るって話だからな。これでまた株があがるぜ」
熱く語るおれを奴は冷ややかに一瞥した。
「で、貴様はそれを当て込んで株を買ったと」
「な、ななな何を言うかね笠桐クン」
ミックスサンドを一切れ口に放り込む。
「なけなしの生活費を切り詰めて作った虎の子の貯蓄で、素人にも買いやすくなっていて値上がり絶好調のヨルムンガンド株で一儲け――と言った所かな?」
「は、はははは。まるで見てきたように滑らかな仮説をぶちあげるじゃないかお前」
「なに、この間事務所の応接間に、大学生協で買ったと思われる『三時間でわかるデイトレード』等という本が広げっぱなしにしてあったからな。誰のかは無論知らぬが」
……おれ、迂闊。
「ま、悪い事は言わん。今手持ちの株があったなら早々に売り払っておくことだな」
「とっとと売り払うさ、ミストルテインを吸収合併して株価が上がったら、な」
奴がおれを見る目に哀れみの色が混じる。
「そうやって売り時を逃がした者が、最後には紙くずと後悔を抱えて海に飛び込むのだ」
「こんだけ上り調子の株が下がるとでも?」
「バブルの頃も皆、土地は上がり続けるという神話に随分と踊ったものだ。いずれ暴落すると言う当たり前の言に、耳を貸すものは誰も居なかった。いつの時代も欲に目がくらんだ人々は愚かだ。……俺も含めてな」
枯れた口調で述べる。お前ホントに設定年齢十九歳か。そーいえばコイツ、実家というか居城を売り払ったら二束三文で、しかも当時の政治体制がクーデターで崩壊したせいで通貨が暴落。よりにもよって東京なんぞに来てしまってまた投資に失敗して、結局購入出来たのはおれと大差ない安アパートだったりする。
「経験則からいうとな、貴様のような中途半端に知識があって、自分は頭がまわると思い込んでいる奴が一番危ない。浅い読みで動くから、海千山千の相場師から見れば格好のカモだ」
「わかったわかった、考えとくって」
いつになく食い下がる奴の言葉を手を振って終わらせ、おれは直樹の手からレポートを取り上げた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
26
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる