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第5話:『六本木ストックホルダー』
◆11:『ヨルムンガンド』−2
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水池氏は本日初めて、上機嫌になっているようだった。
「ミストルテインの連中が屈服した。これで過半数だ」
当然、専門的な話をおれ達にするはずはない。だが、どうやら例の買収話の決着がついたのは間違いないようだった。大仕事が片付いた達成感からだろう、アルコールの力を借りずとも、水池氏は随分とハイになっている。
「お前もどうだ。大学二年ならそろそろ就職活動を考えなければいかん時期だろう」
おれの肩を叩いて気さくに述べてくださった。
「ウチの会社にくるか?異能力だったか。あれだけでも充分価値はあるし、お前ならそれ無しでも中々仕込みがいが――」
「もうすぐ潰れるような会社は遠慮しておきますよ」
おれのコメントはどう取り繕ってもマイナスの温度であり、浮かれはしゃぐ実業家への冷や水以外の何物でもなかった。
「……何だと?」
「ウチのスタッフからね。御社の詳細なレポートがあがってきたんですよ」
知りたくもなかったのだが。実際のところ、ここまで酷いとは思っていなかった。
『アル話ルド君』に先ほど転送されてきたデータは、我が事務所が誇るブレーン、石動、笠桐両氏の芸術的なコンビネーションの賜物だった。
来音さんが過去のヨルムンガンドの業績を調べ上げ、個々のプロジェクトで使用されたであろうファイルを推測。それを羽美さんがサーバーに侵入して拾い集めるという作業により、ヨルムンガンド社の『丸呑み』の実態をほとんど完璧にさらけ出していた。
「ヨルムンガンド社を冷静に一つの会社と見れば、はっきり言って赤字続きです。とはいえそれはベンチャー企業には良くあること。言うならば、成長期の子供がたらふくメシを食べても、全部身体を作るために使われてしまっていつも腹をすかせてるようなものであり、健康さの証明でもあります」
決算のデータなどは、書店やネットで四季報を見ればすぐに調べられる。しかし、誰もが『今は成長期。いずれ安定したら利益が出るから』と思い、株を買い続けているのである。
「でもね。ここ数期の決算データは明らかに異常です。利益の殆どが合意もしくは敵対的買収……『丸呑み』に費やされてます。御社らしい、極めて積極的な拡大路線と取れなくもありませんが、このデータをつき合わせてみると、もう少し説得力のある仮説が浮かび上がってきます」
おれは一気にここまでしゃべり倒して、水、はなかったのでコーラを口に含んだ。
「御社の『丸呑み』、そして数々の強力な活動を支える豊富な資金。全ては『高い株価』という裏付けあってのものです。でもね。株価、ってのは本来上がったら下がるもの。上がり続ける株価なんて本来ないはずなんです」
ちなみにこんなにペラペラ流暢にしゃべっているが、全ては送られたファイルに添付されていた来音さんと羽美さんの共著レポートを脳裏に焼き付けて読み上げているだけだったりする。
「そこで調べてみると、株価が上昇期を過ぎて下降期に入ろうとすると、はかったようにヨルムンガンドが他社買収の発表を打ち上げている。そうすると、投資家達はそろって『またヨルムンガンドの株が上がるぞ』と買いに走り、結果として株価がまた上がる。最初の頃はもちろん、買収話があって、株価があがっていたのでしょう。……でも。それが、いつしか株価を維持するために買収話を打ち上げるようになった」
高い株価に裏打ちされた強気の経営。それはすなわち、株価が下がれば一巻の終わりということだ。そして、気がつけば、ヨルムンガンドは『高い株価』を前提にして全ての戦略を立てるようになっていたのだ。すなわち、それが意味することは。
「まあ、おれの経済知識なんて聞きかじりですし、そもそもこんな話を貴方にしたって釈迦に説法でしょう。ややこしい話は抜きにして、簡単に要約すればこういう事です。ヨルムンガンド社は、『他社を丸呑みして大きくなっている』んじゃない。『他社を丸呑みし続けないと死んでしまう』んだ」
門宮さんは数歩退いて、直樹は黙々と、おれ達を見守っている。
「それはこういう事か?ウチが自社の株価をつり上げるための工作として買収を行っている、と」
「推測にしか過ぎませんが。結局『丸呑み』した会社との相乗効果はほとんど現れていませんしね。それと。前期の決算書、ウチのスタッフによると粉飾の痕跡が――」
「口の利き方に気をつけろよ小僧」
もう部屋の中にはうかれムードなどどこにもなく、季節は既に冬に入ったかと錯覚しそうだった。
「だいたいお前ごときに俺の会社のことをどうこう論評される謂われはない。お前の役目は俺の護衛だ。余計な事まで出しゃばるな」
「……失礼しました。おれが言いたいのは、ウチのスタッフが疑問に思う程度の事、経済と投資のプロ中のプロである貴方の会社の役員が気づかないはずはない、ってことです」
「会社の役員だと?」
直樹の言葉に頷く。
「先日、貴方がおれ達を雇ったとき、あなたはこう言いましたよね。『俺を守れ』と。『犯人を見つけろ』じゃなかった。となれば貴方は当然、自分が何故脅迫されているか知っていたわけです。そして脅迫者の名前をおれ達に言わなかったのは、知られてはまずいからだ」
社会人未満の学生とて、その程度の知恵は回る。
「このレポートを作成していくうちに、だいたいの話の構成は見えてきました。貴方を脅迫していたのは、ミストルテインなんかじゃない。貴方の会社の役員、不動産王サイモン・ブラックストンその人だ。……違いますか?」
「ミストルテインの連中が屈服した。これで過半数だ」
当然、専門的な話をおれ達にするはずはない。だが、どうやら例の買収話の決着がついたのは間違いないようだった。大仕事が片付いた達成感からだろう、アルコールの力を借りずとも、水池氏は随分とハイになっている。
「お前もどうだ。大学二年ならそろそろ就職活動を考えなければいかん時期だろう」
おれの肩を叩いて気さくに述べてくださった。
「ウチの会社にくるか?異能力だったか。あれだけでも充分価値はあるし、お前ならそれ無しでも中々仕込みがいが――」
「もうすぐ潰れるような会社は遠慮しておきますよ」
おれのコメントはどう取り繕ってもマイナスの温度であり、浮かれはしゃぐ実業家への冷や水以外の何物でもなかった。
「……何だと?」
「ウチのスタッフからね。御社の詳細なレポートがあがってきたんですよ」
知りたくもなかったのだが。実際のところ、ここまで酷いとは思っていなかった。
『アル話ルド君』に先ほど転送されてきたデータは、我が事務所が誇るブレーン、石動、笠桐両氏の芸術的なコンビネーションの賜物だった。
来音さんが過去のヨルムンガンドの業績を調べ上げ、個々のプロジェクトで使用されたであろうファイルを推測。それを羽美さんがサーバーに侵入して拾い集めるという作業により、ヨルムンガンド社の『丸呑み』の実態をほとんど完璧にさらけ出していた。
「ヨルムンガンド社を冷静に一つの会社と見れば、はっきり言って赤字続きです。とはいえそれはベンチャー企業には良くあること。言うならば、成長期の子供がたらふくメシを食べても、全部身体を作るために使われてしまっていつも腹をすかせてるようなものであり、健康さの証明でもあります」
決算のデータなどは、書店やネットで四季報を見ればすぐに調べられる。しかし、誰もが『今は成長期。いずれ安定したら利益が出るから』と思い、株を買い続けているのである。
「でもね。ここ数期の決算データは明らかに異常です。利益の殆どが合意もしくは敵対的買収……『丸呑み』に費やされてます。御社らしい、極めて積極的な拡大路線と取れなくもありませんが、このデータをつき合わせてみると、もう少し説得力のある仮説が浮かび上がってきます」
おれは一気にここまでしゃべり倒して、水、はなかったのでコーラを口に含んだ。
「御社の『丸呑み』、そして数々の強力な活動を支える豊富な資金。全ては『高い株価』という裏付けあってのものです。でもね。株価、ってのは本来上がったら下がるもの。上がり続ける株価なんて本来ないはずなんです」
ちなみにこんなにペラペラ流暢にしゃべっているが、全ては送られたファイルに添付されていた来音さんと羽美さんの共著レポートを脳裏に焼き付けて読み上げているだけだったりする。
「そこで調べてみると、株価が上昇期を過ぎて下降期に入ろうとすると、はかったようにヨルムンガンドが他社買収の発表を打ち上げている。そうすると、投資家達はそろって『またヨルムンガンドの株が上がるぞ』と買いに走り、結果として株価がまた上がる。最初の頃はもちろん、買収話があって、株価があがっていたのでしょう。……でも。それが、いつしか株価を維持するために買収話を打ち上げるようになった」
高い株価に裏打ちされた強気の経営。それはすなわち、株価が下がれば一巻の終わりということだ。そして、気がつけば、ヨルムンガンドは『高い株価』を前提にして全ての戦略を立てるようになっていたのだ。すなわち、それが意味することは。
「まあ、おれの経済知識なんて聞きかじりですし、そもそもこんな話を貴方にしたって釈迦に説法でしょう。ややこしい話は抜きにして、簡単に要約すればこういう事です。ヨルムンガンド社は、『他社を丸呑みして大きくなっている』んじゃない。『他社を丸呑みし続けないと死んでしまう』んだ」
門宮さんは数歩退いて、直樹は黙々と、おれ達を見守っている。
「それはこういう事か?ウチが自社の株価をつり上げるための工作として買収を行っている、と」
「推測にしか過ぎませんが。結局『丸呑み』した会社との相乗効果はほとんど現れていませんしね。それと。前期の決算書、ウチのスタッフによると粉飾の痕跡が――」
「口の利き方に気をつけろよ小僧」
もう部屋の中にはうかれムードなどどこにもなく、季節は既に冬に入ったかと錯覚しそうだった。
「だいたいお前ごときに俺の会社のことをどうこう論評される謂われはない。お前の役目は俺の護衛だ。余計な事まで出しゃばるな」
「……失礼しました。おれが言いたいのは、ウチのスタッフが疑問に思う程度の事、経済と投資のプロ中のプロである貴方の会社の役員が気づかないはずはない、ってことです」
「会社の役員だと?」
直樹の言葉に頷く。
「先日、貴方がおれ達を雇ったとき、あなたはこう言いましたよね。『俺を守れ』と。『犯人を見つけろ』じゃなかった。となれば貴方は当然、自分が何故脅迫されているか知っていたわけです。そして脅迫者の名前をおれ達に言わなかったのは、知られてはまずいからだ」
社会人未満の学生とて、その程度の知恵は回る。
「このレポートを作成していくうちに、だいたいの話の構成は見えてきました。貴方を脅迫していたのは、ミストルテインなんかじゃない。貴方の会社の役員、不動産王サイモン・ブラックストンその人だ。……違いますか?」
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