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偽善者とキャンペーン 十一月目

偽善者と月の乙女 その07

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「うっす、そろそろ終わると思ってたぞ。お疲れ様、ポーションでも飲んでゆっくり観戦していてくれ」

 透明となった結界の先で、未だにメルスは悪魔たちと戦闘を繰り広げていた。
 両手に嵌められた籠手は赤色に輝き、一撃放つごとに悪魔たちへ光を与えている。

「あ、声はちゃんと伝わっているからな。それと……あ、観戦には食べ物か。少し待っててくれよ」

『余所見トハ余裕ダナ!』

「ああ、余裕だからな。やれやれ……もう少し本気を出してくれてもいいんだぞ? ──そっちに適当に食べ物を送っといたから! 暇ならそれを食べてても構わないからな!」

 連携を見せる悪魔たち。
 人ならざる者の猛威をメルスに振るうのだが、それらは全て無意味と化していた。
 武器を振るえば躱され、魔法を放てば避けられ、直接捕まえようとヒラリと掻い潜られている。

 隙を見せればメルスに殴られ、痛みのない打撃を受けることになる。
 ──そう、別に痛くはないのだ。
 だが殴られた衝撃だけは残り、悪魔たちの中でジンジンと疼き続ける。

「メルス! その……あちらで倒れている悪魔の方々はどうやって……」

「あー、現在失神中の奴らだ。俺の籠手にはそういう効果もあるんだよ」

 クラーレが見つめる先には、荒い息を吐いて地に伏した数体の悪魔がいる。
 傷一つ付いていない、だがどこか苦しげな表情を浮かべていた。

「それって、その籠手で殴られたわたしたちにも……」

「…………」

「答えなさい!」

「……黙秘だ」

 本人は否定しているが、沈黙が秘められた全てを語っていた。
 魔武具『救世の籠手』には、攻撃を与えた対象を癒す能力を持つ。
 持ち主に近接格闘能力を与え、個人や世界の因果を捻じ曲げる【憤怒】の力。
 とある創作物に登場する魔女をモチーフに生まれたため、その権能をメルスになりに再現したその能力――に対して主人公が見せた反応──が忠実に設定されていた。

 そこから求められる、悪魔たちの異常とクラーレの質問への回答……言えることといえば、それをメルスが心の奥底で望んでいたということだ。
 彼も、ごくごく普通の学生なのだ。



 結局、メルスは口を割らなかった。
 残っていた悪魔がいっせいに攻撃を行い始めたため、仕方ないと嬉しそうに言って戦いへ集中し始めたからだ。

「モグモグ……ですが、わたしたちは参加しなくてもよいのでしょうか?」
「いいんじゃないの? ……パクリッ、あれが負ける姿が浮かばないじゃない」
「ハムハム……そもそもだな。食べ物に釣られている時点で、それらを言う権利はないのではないか?」
「……ゴクンッ。うん、ポップコーンには炭酸飲料! でも、どうやって用意したんだろう? 結局あの人って、こういうアイテムを確保してたんだろう。個人で所有できる量以上に、いろんな食べ物を持ってたよね?」
「ゴクゴク……たまに企業とのコラボをやっているみたいだけど、それも極少量だしね。というかプーチ、アンタは食べないの?」
「…………い、要らない~」

 プーチを除く五人は、メルスが魔法で転送した飲食物を手にしていた。
 バフ機能は無いが、とても美味いと(眷属間で)評判の食べ物をメルスは送った。
 基本的には、映画観賞やスポーツ観戦の際に飲み食いする物を並べている。

 そうした飲食物で心を癒し、メルスと悪魔の戦いを眺めていた。
 現在もメルスは悪魔を相手に挑発を繰り返し、隙を突いてはカウンターを放っている。

「しかし、全く苦戦してないわね。私たちとの戦闘のために制限をかけていたのに、どうしてああも余裕なのかしら」
「レベルは調べられないし、いろいろと隠しているから分からないな」
「視れたとしても、偽装ステータスよ。明らかにおかしいもの……しかも、それを見るまでにかなりスキルレベルが上がったし」
「というより~、あれは異常~」
「でもさ、本当に強いよね。プレイヤー……のはずだっけ?」
「さっきも言ったじゃないですか。メルスは正真正銘、わたしたちと同じプレイヤー。決して、召喚獣や自由民ではありません。そして、女の子でもありません」

 メルスは一度もダメージを受けていない。
 掠り傷すら存在せず、HPゲージは常に満タン状態である。
 伊達に世界最強を下したのではなく、無双の力を駆使して戦闘を行っている。

「……でも、あの大悪魔って奴。いっさいメルスに攻撃してこないわね」
「余裕そうな顔をしているな」
「配下を使って、力を測っているみたいね」
「まあ、悪魔も少しずつ減っているし、そろそろアイツ自身が動くだろう」
「でも~、アレで全部じゃ~ないかもね~」

「――大丈夫、メルスなら倒せます」

 クラーレは信頼に満ちた顔で、メルスのことをジッと見つめていた。
 その手に、ジュースと量り売りのお菓子の容器を握り締めて。

  ◆   □   ◆   □   ◆

 悪魔も残り二体となる。
 クラーレたちもとっくに悪魔を倒しているので、正直戦うのが面倒になっていた。

 だが、制限もかかっているから一瞬で滅することはできないので、丁寧に一匹ずつ地獄かいらくに堕としておく。
 こうしておけば、あとで使役できるかもしれないしな。


『グォオオオオオオ、し、死ねェエエ!』
『ヨくも、アイツらにあンなこトをォオ!』

「知るか、とっとと同じ状態になれ」

『『――アヒンッ!』』


 どちらも屈強な男型の悪魔、萎えそうな心へ活を入れて同時に処理する。
 拳の周りに薄い障壁を纏い、黄金の球を計四つ破壊した。
 悪魔たちは幸悦とした表情を浮かべ、その場にガクッと膝を突いて倒れる。


「さて、残るはお前だけだぞ……大悪魔」


 そのときに見た大悪魔の顔は、とても歪んだ笑顔を浮かべていた。


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