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偽善者とキャンペーン 十一月目
偽善者と月の乙女 その20
しおりを挟むしばらくして、メルスとプーチが闘技場に戻ってくる。メルスはメルからまた変身を解除していたが、プーチもそれを気に留めないようになっていた。
「お待たせ。たぶん本人の中で色々と整理中だからそっとしておいてやってくれ。クラーレの要求である特訓を俺がやるってことを受け入れるってところまでは納得させといたからさ。それじゃあ、急だがそろそろ元の場所に戻ってもらう。……サプライズってのも面白そうだしな」
最後の部分だけ小さく呟くと、メルスは彼女たちを生み出した魔方陣に入れて強制的に転移させる。
許可を取る暇もなかったので、ささっと作業を進めたのだ。
「――さて、残るお仕事はこれか。予定とは違ったが、発芽を見ることはできた。ある意味では成功とも言えるよな。俺の期待に応えてくれた、俺の予想をはるかに超えての勝利だった。……うん、これを表して景品をプレゼントしようじゃないか」
そう独語するメルスの手には――先ほど使用した一冊の本が握られていた。
◆ □ ◆ □ ◆
やることを終えて、クラーレたちを飛ばした場所――『スロート』へ俺も向かう。
どこにいるかは<八感知覚>ですぐに分かるので、掴んだ居場所へ急行する。
冒険者ギルドの片隅、食事スペースで彼女たちは待っていた。
何より重苦しい雰囲気を出しているし、周りのプレイヤーたちがヒソヒソと彼女たちに盛った獣のような目をしているんだが……これはいつものことか。
俺の存在をプレイヤーたちが気づけないようにしてから、彼女たちの元へ向かう。
「遅れてごめん、なのかな? その表情を見ると。何かあった?」
「……とりあえず、結界をください」
理由は訊かず、クラーレの言う通り結界を生成する。防音認識阻害検知妨害機能付き、密会用の結界である。
張ったことに気づくと、全員深く息を吐いて強張らせていた体を机に倒す。
「ほ、本当に大丈夫か?」
「……大丈夫なら、わたしたちはこんな風に疲れたりはしません。というより、メルスがいないからこんなことになるんです」
「俺のせい? いやいや、なんでそこに俺が関わるんだ」
ここで、シガン先生の説明が始まった。
長かったので割愛するが、要するにメルという用心棒がいなくなったのでナンパしてきたらしい。
これまで――メルがいなかった頃――はどうしていたんだよ、と訊くとその頃はそんなに有名じゃなかったと返答された。
そういう問題じゃないと思うんだが……。
「と・に・か・く! メルス、わたしたちに姿を隠すスキルを教えてください」
「隠蔽系のスキルはノエル……さん、に訊くでもネットで調べるでもすれば習得できるだろ? 俺じゃなくても構わないじゃないか」
「別に呼び捨てでいいよ……というか、さっきまで呼び捨てじゃなかったっけ? あ、メルス君でいいかな?」
「好きに呼んでくれ。さっきまではちょっと優位に立ちたくて調子に乗ってました……すいません」
早めに謝っておこう。
クラーレは多少メルスの状態でやりとりをしたから呼び捨てだが、他の人たちはそんなにメルスとして話していないのだ。
先ほどプーチとも話をしたので、一応プーチも呼び捨てなのだが……慣れって怖い。
そういえば眷属の大半は呼び捨てだった。
そもそも俺が名付け親である場合が多く、そうでなくとも略称で呼んでいるからか?
まあ、一番の理由は呼び捨てだろうと問題ない関係性を築いているからだろう。
いきなり、『あ、呼び捨てとか止めて』などと言われたら特殊思考にかなりの間引き籠れる自信がある。
閑話休題
「──そういうわけだから、これは俺じゃなくてもできるだろ? 高難易度クエストをやる、とか超級スキルが欲しいとかだったら協力するけど」
「その通りです、わたしが欲しいのは(超級隠蔽)ですから……いたっ!」
「疲れているのは分かるけど、そこまで求めちゃ駄目よ」
「シガン……でも、疲れるじゃないですか。どうして話したくないというポーズをしているのに、わざわざ話そうとするんでしょう。こちらに話したい人など一人もいないのに、自分たちの都合で迷惑をかけないでほしいですよ」
「この娘、急にはっちゃけるようになったわね……どういうことかしら、メルス」
「…………さ、さぁ」
今日の一連のイベントがクラーレの心の中でどう受け止められたかなど分からない。
こうした場で毒を吐くことなど、確かに今までのクラーレでは考えられなかった。
もしかして【固有】の侵蝕か? とも思ったがそれはなかったので本人が元から内心で思っていたことが出るようになっただけだと考えている。
「(超級隠蔽)か……習得に必要なSPはどれくらいのものだったかな?」
「それは調べてあります――15~20で習得できますよ」
……思い出した、俺の場合は定価以下で習得していたな。
たしか【経験者】で割引が効いてたからこそだったんだっけ?
今なら(一般)スキルは結晶を渡せば消費無しで習得させることもできるだろうが……そこまでするのはさすがにどうかと思う。
とりあえずではあるが、スキルのレベリングに関して協力することを約束し、その話は終了となった。その後も愚痴やら今後の方針やらをいっしょに話し合い、解散となる。
……また抱え込むことになっちゃったな。
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