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第97話 逆襲

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 日をまたいだ。
 楓の通う高校の文化祭は二日にわたって開催される。今日はその二日目だ。
 昨日とは違い、椿と桜と待ち合わせをしての登校ではなかった。だが、代わりに茜と朝顔がついてきていた。
「急にかえ姉が来たので昨日は驚きましたよ!」
 朝顔がオーバーなリアクションをしながら言った。嬉しかったのか顔には笑顔が張り付いていた。
「にしては冷静な対応だったと思うけど」
 楓がニヤニヤ笑いながら言うと、朝顔は少し目線をそらしながら、
「驚いたのは本当です。でも、特別扱いするわけにはいきませんから」
 と言った。
 クラスでは真面目なキャラで通しているのかもしれない。と楓は思った。
「まあ、朝顔ちゃんは特別扱いしなくても私はしたわよ。だってこーんなに驚いたもの」
 茜は同じように大袈裟に腕を回しながら言った。
 子供か。と思いつつも少し吹き出してしまった。
「何か面白かった?」
「いや、茜ちゃんはあんまり驚くというより、驚かすイメージだったから」
「驚かなかった?」
「もちろん僕も驚いたよ。こーんなにね」
「それはさすがに馬鹿にしてるでしょ」
 ははは。と三人は誰ともなく笑い出した。神様を驚かすことができたなら光栄だ。そう思いながら笑っていた。だが一人だけ笑わなかった人物がいた。
「向日葵。今日は体調悪いの?」
「ううん。そうじゃないけど……」
 向日葵は首を横に振った。しかし、いつもよりも元気がなかった。
 ふと、前にもこんなことがあったようなと思い、楓は水を向けてみることにした。
「二人がよかった?」
「そう。それ。お姉ちゃんも、朝顔もなんで一緒についてくるの? いつもは別々のタイミングで家を出てるのに、今日に限って同じじゃなくてもいいでしょ」
 文句ありげな態度で向日葵が言った。楽しくないわけではないのだろうが、楓には明らかに不満そうに見えた。
 せっかくの時間が失われる。そういう思いがあるのだろう。しかし、人生は思う通りにいかないものである。基本的に思い通りに行く神様だけに、不満は人より大きいのかもしれない。
「まあまあ、二人だって向日葵と一緒がいいんだよ」
 楓はなだめるように言った。
 その言葉に朝顔も茜も頷いた。
「そうです。朝顔はひま姉と一緒がいいんです。それに、ひま姉と一緒にいるかえ姉と一緒がいいんです。ひま姉はいいですよ。かえ姉といつも一緒で、朝顔も一緒がいいです。朝顔は学年も違って一緒の時間が少ないんです。独り占めしないでください」
「楓が向日葵ちゃんの彼女だってのはわかってるけど、向日葵ちゃんだけのものでもないからね」
「わかってるよそれくらい。けどさ、楓は私の彼女だからね」
「でも、かえ姉はかえ姉です」
「そうそう。楓は楓だよ」
 向日葵に抗議するように茜と朝顔は楓の腕を取った。そのせいで、向日葵は煮えたぎるマグマのように沸々とし出した。
 暴発を危惧し、楓は慌てて口を開いた。
「二人もあんまり向日葵をからかわない方がいいと思うな」
「いいんです。これくらいしないと、ひま姉はすぐにつけあがるんです。かわいいかえ姉は引っ込み思案かもしれませんが、もっとガツンと言ってやっていいと思います」
「そうそう。ほら、言ってやるといいわ」
 今日は朝から喧嘩でもして仲違いさせに来たのかもしれない。そう思って、楓は二人を腕から振り解こうととしたがびくともしない。
 元から三人くっついた形だったかのように、離すことができない気さえした。
 力ではどうにもできないことを知り、楓は目をつむり、少し考えた。これまでの向日葵に思いを巡らし、そして、目を開けニヤリとした。怒りの頂点だったはずの向日葵は狼狽しているようにも見えた。
「僕は、向日葵がわがままなのところも含めて好きなの。確かに、色々と思うところもあるけど、でも、そういうのもかわいいでしょ」
 楓が言い切ると、向日葵から怒りの熱が逃げていった。ように楓には見えた。
 悪口ではなかったものの楓の言葉で満足したように茜と朝顔は楓の腕を解放した。とりあえず最悪の選択は避けられたと思い、楓は胸を撫で下ろした。
「恋は盲目ってことね。でも、そんな二人におすすめの出し物があるの」
 そう言って茜はパンフレットのページを楓の視界を覆うように広げた。
 近すぎてよく見えず、楓は身を引いた。何度かまばたきしてから、ページに書いているものに目を通す。
「デモンズスレイヤーズ? どっちも複数形ってこと?」
「そこじゃなくて! その説明よ」
「えーと、体育館で劇をやります。今日まで全員で頑張って練習してきました。よければ見にきてください?」
「そう。劇! これを見にきてほしいの」
「劇を? 一緒にじゃないの?」
「そう。二人で見てほしいの」
「なるほど。わかった。デモンってくらいだから怖いやつだね。僕を怖がらせようって魂胆なんだ。それで、一緒に見ないってことは、終わって油断してるところを、待ち伏せしておどかそうとしてるんでしょ」
「それも面白そうだけど、そうじゃないわ」
「じゃあ、何さ」
「それは内緒」
 パンフレットも視界から取り除かれ、茜のいたずらっぽい笑みが見えるだけだった。
「どういうことかは読めば、あっ!」
 楓は自分のパンフレットを取り出そうとしたが、茜に華麗に奪われた。
 すかさずフォローしようとした向日葵のパンフレットも朝顔に奪われてしまいった。
「時間はすぐ。いい? すぐよ!」
 捨て台詞のように茜は言うと、朝顔とともに駆け出してしまった。いつものことで追いつけないとわかっているため、楓はあえて追いかけるような真似はしなかった。
 だが、何かを隠そうとしている。そんな様子が楓は気になった。

 結局、どうするかを決めずに歩いていると、楓は学校についていた。向日葵に聞けば行くと言うだろう。と思いどうするか相談されそうになるたび、話題をそらしていた。
 これでは楓も挙動不審だが、仕方のないことだろう。茜も朝顔も挙動がおかしかった。普段からそうだと言われればそれまでだが、パンフレットを奪っていくのは、何かパンフレットにだけ書かれていることなのかもしれないと考え、ネットのサイトや桜から借りて確認した限りでは、ファンタジー作品ということが追加でわかったというだけで、それ以上のことはわからなかった。
 警戒はしているものの、何も知らずに向日葵に案内されていれば楓も首を縦に振ったはずだ。
 そうこう考えながら、向日葵と歩いているうちに、楓は体育館まで来ていた。
「やっぱり見るの?」
 楓は恐る恐る向日葵に聞いた。向日葵はすぐに頷いた。
「まあね。あそこまでおすすめされたら、内容がどうかはわからないけど、見てみてもいいかなって思って。でも、楓がどうしても嫌なら他のにしよう?」
「うーん。どうしても嫌ってわけじゃないんだよ。ただ、何かを隠していそうなのが気がかりというか……」
「でも、時間がないよ? このままだと席埋まっちゃいそうだよ?」
「人気みたいだし見てみるか。向日葵が言ったように、どれだけ怖くても何かしてくるわけじゃないしね」
「そうそう。いざという時は私も励ますし」
「ありがとうね」
 楓は覚悟を決めて頷き、自信をつけるため向日葵の手を積極的に取ると、空いている席までエスコートした。
 どの位置がいいのかはわからなかったが、真ん中辺りに決め、向日葵を座らせてから楓は席についた。落ち着いて会場を見回してみると、宣伝でもされていたのか、会場は満員になり、立ってまで劇を待つ人さえいるほどだった。
 これほど人が入っているのだから、個人的に何かをしかけてはこないだろうと思い、楓も肩の荷がおりる思いだった。
 ほどなくして照明が消え、そして、幕は上がった。
 楓の目に真っ先に飛び込んできたのは、ステージ上の二人の人物の姿だった。
「この世には悪がはびこっている。それはひとえに、世に悪を持ち込むことを楽しむ、人ならざる存在がいる体」
 ステージの上手側に立つ人物が言った。楓にとって聞き覚えのある声のような気がしたが、すぐにはわからなかった。隣の向日葵は誰なのか気づいたらしく、大きく目を見開いていた。
「我々は、諸悪の根源を根絶するため、立ち上がる戦士。日々の進歩は少しずつでも、いずれ叶えられる夢と信じている」
 下手側の人物が言った。今度の声も楓には聞き覚えがある気がした。
 二人がセリフを言い終わると、すぐに楓は向日葵に肩を揺さぶられた。しかし、劇の途中だからか声を出さないよう配慮しているらしい。だが向日葵の顔からは、十分すぎるほど興奮の色合いが強いことがわかった。
 しばらく揺さぶられると、向日葵は邪魔にならないようにステージを指し出した。やはり、何かを伝えたりらしい。
 場面が切り替わり、再度最初に出てきた二人が姿を現した。そこで、楓はハッとした。向日葵の態度と聞き覚えのある声が楓の記憶と結びついた。楓の目では正確に見ることはできないが、ステージに立っている二人が茜と朝顔の二人であるということはわかった。
 なるほど。と思うと、楓はふっと笑みを浮かべていた。隠していたのはサプライズのためだったのだ。パンフレットを取り上げたのも、パンフレットの中に答えがあると思わせるための行動だったと言える。何かに注意を向けられれば、人はそのことばかり考えるようになる。
 楓も口には出さずに向日葵に頷きかけ劇を見入った。内容は始まりからもわかる通り、悪魔を討つことを目的とした二人の話だった。神である二人が演じているだけあり、文化祭の出し物ということなど関係なく、楓は興奮して見入っていた。
 時々上がる歓声に楓もつられて声を漏らしたりしながら、気がつくと劇は終わっていた。それほど、集中してしまうほど魅力的だった。
「すごかったね。お姉ちゃんも朝顔も出ててびっくりだよ」
 やっと言葉に出せると言った様子で向日葵は言った。
 楓もすぐに頷いた。
「本当だよ。ずっとホラーか何かと思ってたけど、そんなことなくて、面白かった。でも失敗したな」
「どうして?」
「こんなに面白いなら、真っ先に行くって言っておけばよかった。きっと、来るかどうか不安にさせちゃったよね」
「それがよかったんじゃない?」
「そうよ。やはり、緊張感を生み出すには不安要素を作らないとね」
「茜ちゃん?」
「そうです。来るか来ないか。その緊張感で研ぎ澄まされました」
「朝顔まで?」
 いつの間にか近くに来ていた茜と朝顔に楓は目をしばたかせた。
「まあ、役に立てたならよかったよ。でも、もういいの?」
「ええ。劇は終わったから。それで、中身は楽しんでもらえたようだけど、演技はどうだった?」
 実際のところが気になるらしく、茜は少し不安そうに言った。
「二人とも上手だった。引き込まれたよ」
「そう?」
「うん。やっぱり人の目を引くよね」
「楓に言われると照れるわね」
「はい。でも、やっぱり嬉しいです」
 茜も朝顔もやりきったという様子で笑みを浮かべていた。心を読めず、心を動かせない。それが普通の楓にはわからなかったが、特有の緊張感があったのだろう。
「これで、昨日の借りは返せたかな?」
「借り?」
「いきなり来たことです」
「ああ」
 案外根に持たれていたのか、と思いつつ楓ははにかんだ。
 してやられたと思っていたのかもしれない。そこで、事前に行くということを文化祭が始まる前にも言っていなかったことに気づいた。楽しみにしているという話もしなかった。チャンスはあったはずだが、聞きそびれ、いいそびれていた。
「楽しませてくれてありがとう」
 せめてもの気持ちで楓は言った。
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