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第105話 元凶

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 回りくどい頼み方。だが、すぐにバラす。そんなこともあり、言いにくそうな態度だったものの、何故体育祭で勝ちたいのかという理由のわかる時は、思いのほかすぐにやってきた。
「元凶めぇ」
 と唸りながら、楓の背中に隠れる桜。その姿によって楓は目の前の人物が、桜に変な気を起こさせた張本人だと悟った。
 だが、楓には特段桜が警戒するような人物には見えなかった。
 肩より短めの髪、かわいらしい顔立ち、葛がやって来ないことを思うと、校則を守られているのだろうスカート。立ち居振る舞いからしても、他の女子との違いが、楓にはわからなかった。
 外面はよくても内面が残念なタイプなのかと思ったが、
「春野ちゃん? お腹痛いの?」
 と心配する様子を見ても、悪い人間には見えなかった。
 どちらかと言えば初対面の人間に対しては警戒心を抱くことの多い楓ですら、好印象の人物だった。
「桜がごめんなさい」
 とりあえず非があるのは桜だろうと思い、楓は頭を下げた。
「はい?」
 しかし、目の前の人物はキョトンとした様子で首をかしげた。
 予想が違ったことで、頭をかきながら楓は口を開いた。
「あれ、違ったんですか? てっきり桜が何かしでかして、それで一方的に憎悪を向けられててててて」
 途中から桜に腹をつままれ、楓は咄嗟に横腹を押さえた。桜を見ると、背中越しに睨みつけるような視線を送っていた。背中に隠れているにも関わらず、違うと抗議してきているらしい。
「桜が悪いんじゃないの?」
「そんなわけないでしょ。全部玉緒くんが悪いんだよ」
 感情的に叫ぶように桜は言った。
「玉緒くん?」
「そう。あれはこの間のこと……」
 と言うと、桜は思い出すように上を向いた。

 この間。
 かわいい女子を探すため、街に繰り出していた桜は、ひょっこり現れたかわいい人物に目を奪われた。
 だが、奪われたのは目だけだった。
 桜はその時点ですでにおかしいとは思っていた。普段ならば、かわいい女子を見つけたなら、すぐに心も踊り出すにも関わらず、胸のときめきはまるでなかった。
 何か事情があるのか、自分の体調が悪いのか。
「ま、いっか」
 異変に気づき、気にはなったものの、特に深く考えもせずに桜はかわいい人物へと駆けつけた。
「こんにちは」
「こんにちは」
 この時話しかけたのが、他でもない玉緒だった。
 話しかけた時点ではどこかで見かけた程度で、顔と名前は一致していなかった。葛と話している時に近くにいたようなと考えて初めてピコンと記憶に引っかかった。
「あたし、多分隣のクラスの春野桜って言うんだけど、名前聞いてもいい?」
 思い返せば、この時点でもおかしかった。隣のクラスの女子の名前を忘れるはずがなかった。にも関わらず、顔と名前すら一致していなかった。
 それも、見た目へ意識が奪われることで、桜は気にしていなかった。
「春野さん? いつも船津ちゃんから話は聞いてるよ」
「本当?」
「同級生だし春野ちゃんって呼んでもいい?」
「もちろん」
 そうして、知り合い。しばらく同じ時をともにし、同じ学校ということもあって、衣替えがもう近いことや、体育祭が楽しみということも話した。いつものように順調に好感度を上げているはずだった。
 しかし、事件は起きた。

「え、桜って普段そんなことしてるの?」
 行動自体は聞いてはいたが、実際に聞いてみて楓は引いていた。引き離せないため仕方ないが、服を掴まれていなければ距離を取っていたに違いない。やっていることはただのナンパである。
「今言いたいのはここから先! あろうことか。玉緒くんは男子トイレに入って行ったんだよ!」
「不法侵入ってこと?」
「そうじゃなくて!」
 楓の言葉が間違っていたらしく、桜はやっと楓の背中から出てくると、玉緒と呼ばれた人物をビシッと指さした。
「この緑川玉緒は男子なんだよ」
「へー男子。えっ! 男子!? どこからどう見ても女子じゃん」
 楓は桜に言われて改めて玉緒の姿を上から下まで見てみるが、言われた後でも楓には玉緒のことが女子にしか見えなかった。
「本物の女の子に女子って言われるのは嬉しいな」
 言いながら、見られて照れるような様子も、女の子らしかった。自分も本物の女子か怪しいけどな、と思いながら楓は苦笑いを浮かべた。
 だが、少なくとも声は聞きようによっては男らしくも聞こえるが、高いことに変わりはなかった。
 男と言われるまで男とわからない男。そんな人間が本当にいたのか、と楓は目を見開いていた。
「乙女心をもてあそんで許せないでしょ? 楓たんからも何か言ってあげてよ」
「そんな急に言われても」
 それでも、桜にせかすようにほらほらと促され、仕方なく楓は言葉を絞り出した。
「スキンケアとか大変じゃない?」
「わかってくれる? そうなんだよ。今のところ見た目はなんとか取り繕えてるけど、やっぱり男であることに変わりはないからね。油断するとわかっちゃうんだよ。でも、嬉しいなわかってくれて」
「わかるよ」
 うんうん。と楓はしみじみと頷いた。人にキレイな部分を見せるための努力は血がにじむようだよなという共感だった。楓としても、前以上にセルフケアに気を使うようになっていたため実感としてあった。
 自然と手が出て握手をするほど、楓は玉緒に心を開いていた。
「やっぱり女の子の手は柔らかいな」
「玉緒くんも十分柔らかい手だと思うけど」
「違うでしょ!」
 だが、わかり合う二人に対して、桜は甲高い声で叫んだ。
「何がさ」
「もっとこう。女の子相手に何やってるんだ! みたいなのはないの?」
「え、だって、話を聞く限りだと桜の早とちりというか、勘違いというかそんなところでしょ?」
「でも、玉緒くんは男だって明かさないで遊んでたんだよ?」
「まあ、そうかもしれないけど、聞かれなかったんでしょ? 玉緒くんも」
「うん」
 楓の同意が得られないとわかると、桜はうわぁんと泣くような声を出して、どこかへかけ出した。かと思うと、ちょうど隣の教室から出てきた人物に抱きついた。
「あたしのことをわかってくれるのは、結局実世たんだけだよー」
 演技なのか本気なのか、涙声の桜の声が響いていた。
「よしよし。どうしたのかな? 桜ちゃん」
 実世と言われた人物が桜の頭を撫でながら言った。
「実世たん。二人してあたしの敵なんだよ。あたしに意地悪するの」
「そうなの? 困ったわね? 二人ともあんまり意地悪しちゃダメよ?」
 あくまでやんわり、実世は楓と玉緒双方に向けて言った。
「はい」
 強要されたつもりは微塵もなかったが、楓も玉緒も反射的に返事をしていた。
 なんだか包容力のある雰囲気がかもし出され、同級生のはずだが、しっかり者のお姉さんのような、そんなゆとりのある態度ですっかり場の空気を支配していた。
 実世は威張るようではないにも関わらず、存在感が強いような、肩より少し長い髪をした女子だった。何より胸が大きい。
 だが、楓は少しの警戒心を解くことができないでいた。
「えーと……」
「小早川実世よ。実世でいいわよ」
「秋元楓です。失礼ですが、実世さんは女子ですよね?」
「まあ」
 と言うと、実世は口を塞いだ。
 場の空気が凍ったのが、楓にもわかった。言う前から言わない方がいいだろうとはわかっていた。それでも楓は、言わずにはいられなかった。
「実世たんは女の子に決まってるでしょ!」
 さすがに桜の抗議は早かった。なんとなくわかっていたことだった。現に、玉緒には反応していなかった桜のアホ毛が、実世に対してはピンと立って反応していたからだ。まさにレーダーだ。
「だよね。そうだよね。ごめんなさい本当に。玉緒くんのことがあって、警戒してしまって。失礼でしたよね」
「いいえ。でも、私も男らしさには憧れてるのよ。無い物ねだりかしらね」
「そうなんですか?」
「あるわよ。それで、少し鍛えてるの。せっかくだし触ってみる?」
「いいんですか?」
「もちろん」
 出会ったばかりにも関わらず、実世は力こぶを作ると、楓を招くように手を動かした。
 楓はそろりそろりと近づいて実世の腕を撫でた。外からの変化はほとんどわからなかったが、楓は自分の腕と比べ、自分の腕のぷよぷよ加減を思い知らされた。
「どう?」
「硬い、気がします」
「そう? なら、だいぶ力がついたのね」
 ふうっと言って息を吐き出すと、実世は少し赤くなった顔で微笑んだ。
「すごいですね」
「でも、まだまだだわ。何にしてもみんな仲良くね」
「はい」
 楓達の返事を確認すると、実世は最後に桜を人撫でして、歩き出した。
「ねえ、仲良くってことで、春野ちゃん。そろそろ僕も玉緒たんって呼んでくれない?」
「そこは譲れないよ」
「秋元ちゃん。何か言ってあげてよ」
「え、僕?」
 またも急に話を振られ、楓は腕を組んだ。
「うーん。名前くらいいいんじゃない?」
 少しだけハッとすることを期待したが、桜は楓の言葉でもぐらつくことはなく、ただ、首を横に振るだけだった。
「こればかりは楓たんの頼みでも譲れないよ。あたしの信条だから」
「そうなの? じゃあ、玉緒くんが頑張るしかないんじゃない?」
「そっかー呼ばれるように頑張るかな」
「絶対呼ばないからね」
 ここでも一方的に睨み、桜は攻撃的な姿勢を崩さなかった。
「でも、体育祭は楽しもうって話になったんじゃないの? どうして僕が協力しなくちゃいけない程のことになったの?」
 元凶と呼ばれていたものの、一向に腑に落ちず楓は桜に聞いた。
「決まってる。仲良くやろうなんて言うのは、嘘だったんだから、徹底的にボコボコにすることで、嘘つきっていうことを認めさせるんだよ」
 桜の背後ではすでに執念の炎が燃え上がっていた。
「玉緒たんって呼ばなくてもいいから、せめて体育祭は仲良くやろうよ」
 譲歩を求めるような玉緒の申し出に、桜は当然のように首を横に振った。
「嫌」
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