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第6話

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「んっ、ふ…ま、まってっ、んう」
「待ちません、可愛いので」

いやいや、おかしい、おかしい。なんで屋上でキスされてるんだ。腰と頭の後ろをがっちり押さえてくる手を逃れようとしていたが、次第に何もかもが気にならなくなるくらい、触れ合う唇だけに、意識が集まっていく。

「っはあ、はあ…」

ようやく唇が離れる頃には、なんだか猛烈に疲れてしまって、仕方がないので目の前の生徒会長の肩に顔を埋める。

「慣れていても、慣れていなくても可愛いと思っていましたが…慣れていないと少し安心しますね」

頭の上から聞こえてくる声は、何だかとても楽しそうだ。おまけに髪の毛を優しく撫でてくるものだから、ファーストキスがこんな形で失われるとは思っていなかったけれど、まあいいや、なんて思えてきてしまう。

「悪かったな…あんたと違って、慣れてなくて」
「今度は嫉妬ですか、忙しい子ですね」
「だっ、なっ…」
「安心してください、唇にキスしたのは、初めてです」

何それ全然安心できない。というか、この雰囲気でバカ真面目に爛れた生活の片鱗をのぞかせなくたっていいじゃん。

「ほら、拗ねた顔、見せてください」
「…やだ」
「そういえば、ファーストキスは学校になってしまいましたが、初体験はどこがいいですか」
「…は?」

いやいや、ちょっと待って。今日のお昼どこがいいですか、くらいのノリとテンションで聞くものじゃないし、なんでその質問をそんな真顔でできるのかを聞きたい。思わず怪訝な顔をすると、生徒会長の死んだ表情筋が、少しだけ息を吹き返した。

「夕理の表情はころころと変わって面白いです」
「…がっこうじゃないとこ」
「そうですか。じゃあ、今のところはお預けですね」

どこがいいですかね、と歌うように呟く生徒会長のさっきのバカ質問に、正直に答えてしまった自分も今になって嫌になってくる。というか、あの質問にはああいう答えをすべきじゃ

「抱かれること自体は拒否されなくて、安心しました」
「ちがっ」
「何が違うんですか?」
「っ…」

真っ直ぐな生徒会長の視線に射抜かれる。前からずっと思っていたけれど、この人に見つめられると、全てを見透かされているような気がして、落ち着かない。動揺しすぎて、唇が勝手に震える。

「あーあ、瞳まで震わせて、可愛いですね。思わず我慢できなくなりそうです」

いや、だから、さっきやだって言ったばっかりじゃん。というか今気がついたけど、俺そっちなの。







「も、やだっ…むり」
「頑張ってください。大丈夫、大丈夫ですから」
「んぁ、はあっ、んとにっ、むりっ」
「はいはい、よしよし」
「ふざけん、なっ」

結局学校じゃないところ、という俺のリクエストは聞き入れられたが、今日は嫌だというお願いは華麗に却下され、相も変わらず飄々とした態度も制服も崩さない生徒会長に組み敷かれ、とんでもないところを指が出入りしている。

「夕理」

そして時折、愛おしそうに目を細めてくるものだから、蹴り飛ばしたい気持ちはすぐにしぼんでいく。顔面だけは良いんだこの人、中身は最悪だけど。

「精一杯虚勢を張っているあなたを見て、かわいいなと思っていたんです。本当は構って欲しいんだと、誰かに甘えたいんだという気持ちがだだ漏れでした」

頬に手を添えてきた会長は、顔を近づけてくる。思わずぎゅっと目を瞑ってしまった自分をふふっと笑った後に、滲んだ涙に口付けてきた。

「んっ…」
「最初は昔飼っていた犬に似ているな、くらいだったんです。雰囲気がそっくりで…毛の色も似ていましたし」

そう言いながら涙の上をなぞって、頬を伝ってきた口付けに、吐息ごと食べられる。おまけに、不意に髪の毛をすいてきた会長の指が地肌をなぞり、背中を何かが駆け上がっていくような感覚に襲われる。

「んっ、はあ、んぅっ…んっ」
「いつからだったんでしょうね、あなたのことをこんなに愛おしいと思い始めたのは」
「んあっ」

汗ばんだ前髪の生え際を優しく撫でられながら、やっと会長の指が体内から抜けていく。ついさっきまで異物だったくせに、抜けたら抜けたで、物足りないとちょっと思ってしまったのは、なんかの間違いだ。

「痛かったら、教えてください。多分止まれないのですが」
「はあ? あ、ちょっとま、っはあっんんっ」
「っ夕理」

いっそ焦れてしまうくらいゆっくりと、会長と自分との境目が溶けていく。少しだけくぐもったような声が聞こえる。頬にぽたりと雫が落ちて、それが会長の汗だと気がつくまでに、少しだけ時間がかかった。少しずつ閉じた目を開いていくと、突然視界が影に覆われて、顔の両脇に肘をついてきた会長の吐息が首筋に直に当たる。さっきまで呼吸ひとつ乱さなかったくせに、その様子を見せるのは反則すぎる。

「っ、はっ…夕理…大丈夫、ですか」
「う、ん…」

少しだけ荒い呼吸で小刻みに揺れる、会長のつむじが見える。その頭にどうしようもなく抱きつきたくなってしまって、両手で抱えて胸元に引き寄せると、普段さらりと流れる黒髪が、少しだけ、湿っていた。

頬を擦り寄せると、会長の匂いが胸を満たす。その間じっと待ってくれていたように、動きを止めていた会長が、ゆっくりと頭を起こした。

「動きますね」
「…う、ん」

凹凸を余すところなく撫でていくような、ゆっくりとした動きに揺蕩うように、脳みそが溢れてきた何かに浸されていく。

「んっ…」

気持ちいい、幸せ、大好き。そんな自分には縁遠かった言葉が心の底から湧き出て、縁を超え、お腹のあたりへと滴って水たまりを作っていく。段々と水かさを増してきた何かは、揺れる器のふちすれすれまで上がってきて、またすぐに、遠ざかってしまう。ふちを越えて決壊してしまえば、何かとんでもないことが起こりそうなのに、手が届きそうで、届かないことが、もどかしい。もっと、気持ちよくなりたい。もっと、ほしい。

「もっと」
「…ん?」
「…も、っと」

涙でぐちゃぐちゃに歪んだ世界から、真っ直ぐで優しい声が聞こえる。舌が回らなくなってきて、このまま気持ちが伝わってしまえばいい、と手を伸ばした先のあたたかさに、しがみついた。

「も、っと」
「…ゆうり」
「…あうっ、んっ、はあっ、あっ」

先ほどまでの動きがまるで嘘だったんじゃないかと思えるくらい、激しい動きに頭も体も揺さぶられて、おかしくなっていくみたいだ。

シーツが頭の下を擦れていく音が耳の下で聞こえる。獣の唸り声のような低い吐息が聞こえた後、空気を求めてわななく唇に、あたたかさが重なった。

次第に早くなっていくリズムにせきたてられるようにして、高みへと押されていく。足が地面につかなくなっていく浮遊感が強くなっていく。内臓が浮き上がる感覚に陥る。怖い、こわい、こわいのに…もっとほしい。

「んーっっ…」

太ももの内側と会長の体が、小刻みに触れ合っている。上がり切った息が戻らなくて、体が酸素を求めて震える。

「…っ、はあ、はあ、っんぅ…はあ、はあっ…」
「…ゆうり、もう少しだけ」

ごめんね、と小さくつぶやく声が聞こえた瞬間、頭を抱きしめる力が強くなり、また揺さぶりが始まる。やっと地面についたと思った身体が、また浮き上がるような感覚が戻ってきて、思わずぎゅっと目の前の体にしがみついた。

「ま、って、こわっいっ」
「ゆうり、ゆうっり…」

一際強く抱きしめられたと思った瞬間、目の前の身体がわずかに震え、そして大きく息を吐く声が聞こえた。

「…ありがとう、ゆうり」

そう掠れた声が聞こえると、もうすっかり馴染んでしまった何かが出ていく感触にも快感を覚え、焦らされるような気持ちが一瞬だけ胸を掠めていく。

「体、大丈夫ですか」
「…う、ん」
「夕理、もうひとつだけ、わがまま言っても良いでしょうか」
「…ん」

もう一度真横に来た温もりにすがると、汗で湿った髪を撫でもらう感触と、背中に回された腕とに包まれる。

「私の名前、呼んでくれますか」
「…うん」

まどろみの中で、幸せそうな「ありがとうございます」が聞こえた。
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