夜影末法斬鬼禄

名誉ナゴヤニスタン人

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第四章 ‐ 裏切者は誰だ ‐

051話「影の兄弟」

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第51話「影の兄弟」


 部屋を出た銀蘭はすぐに一人の男と出くわした。返り血に塗れ、並々ならぬ殺気を放つ男だった。その壮絶な姿と顔は地獄の鬼か悪魔に出くわしたかと錯覚しかねないものでもあったが、彼女にとっては見慣れたもので、相棒の無間である事はすぐにわかった。

「銃声が聴こえましたが……平気ですか」
「近距離の一丁だけならパンチを避けるのと変わりませんよ。それに防弾チョッキ着てますし。そちらも……平気ですか?」
 銀蘭はかすり傷だけで無間も同様だったが、長年の付き合いで彼の表情がいつもと少し違うような気がしたので、無傷をわかってつい、彼の無事を尋ねてしまった。

「平気です」
 無間はただ短く答え、銀蘭もそれ以上踏み込まなかった。彼女はラメランから奪った鍵を使って鍵のかかった扉を開く。……中には裸の女性が三人、ペット用の檻の中に押し込まれている。全員、その性を搾取された者たちだった。

「……1、2……3人ですね」
 ひどいわ。その数を数えた後、銀蘭が不快感に顔を歪ませる。殺されてしまった水葉の事を一瞬思い出して、無間がいつもより機嫌の悪い理由が、仔細まではわからずとも何となくは、わかるような気がした。

 女性たちの中でまだ気力のある者が「助けて」「帰りたい」と涙ながらに訴えたが、彼ら”影”の仕事は敵の排除までだ、救出と後始末はもっと公的の者が行う手筈になっている。

「政府の者です! 安心してください、国の依頼であなた方を助けに来ました!」
「これから警察と病院も来ます、必ず助けが来るので待っていてください!」

 そう言いつつも、無間は現場からの脱出のために部屋に背を向ける。
「行きましょう、後処理は他の機関に任せるしかない」
 渋い顔で檻を見つめる彼女の背中に無間は告げた。
「警察のやる事です、予定を前倒しして我々ごと現行犯で捕まえに来る危険だってあります」
「そうですね……」
 適材適所というものがある。後ろ髪引かれる思いだった銀蘭も無間の言葉を飲みこみ、彼女たちを置き去りにする。
 一応手筈では、警察と救急がこの惨劇の後処理をやってくれる事になっている。巌山師範代の拘留が未だ終わらない件と高雅高校での一件があるので警察を信用しきれないが……彼らの組織内部の問題は彼ら自身で抑え込んで貰うしかない。


 立ち入り禁止扉を出た後、建物の外へ脱出しようとエレベーターに向かおうとする二人であったが、店側の店員たちと目が合った。

 微かに聴こえた銃声に戦々恐々としていたバーテンダーが返り血に染まり、笑顔を浮かべて威嚇する二人の魔人を目にした時、本能的な恐怖からか、カウンターに隠していたワルサーPP拳銃を向けた。
「動くな!!」

「無間さんの見立て通りですね」
「だから店側もグルだって言ったじゃないですか」
 店内の客が騒然とする中、銃口を向けられながらも二人は涼しい態度で談笑を始める。
「疑ってなんかいませんよ、こういう時の無間さんの見立てはアテにしてますから」

 返り血に染まりながらも談笑を行う尋常なる二人にバーテンダーの男は戦慄し、銃のグリップを握る右手の力が強まる。
「そっ、その血……! 奥で一体何をしていた……!」
 問うと、 血に塗れた老女はハンカチで眼鏡を拭きながら飄々と答えた。
「ご想像にお任せしますけれど?」

「まさかお前たちが……風間さんや前澤さんを殺った殺し屋の一味……」
「それも……ご想像にお任せしますよ?」


 二人の立っているフロアから銃を手にしたバーテンダーまでは10メートルほどの距離があり、まともに近寄る間にバーテンダーはワルサーPPの7発全てを撃ち切れるかもしれない、それは熟練の影の戦士にとっても到底安全な事とは言えなかった、が――――

「ところで一つ聞いておくが……そんな拳銃一つでどうするつもりだ」
 と、無間は虚無の表情でバーテンダーに問いかける。

「そんなもの! 撃ち殺してやるに決まってるだろう!」
 バーテンダーはさも当然の事を口にするものの、銀蘭が思わず失笑した。
「無間さん、話が通じてらっしゃらないようですよ?」

 そのようですね。と眉一つ動かさず口にした後、無間は改めてこう問いかけた。
「俺を殺すのに、”それ”で充分かと聞いているんだ」

 無間はバーテンダーに向けて手刀を向けると、中指から小指にかけての三指を折り曲げ、子供が遊ぶような指鉄砲の形を作った。そういえば幼少の頃、幼馴染の友達とこんな事をして遊んだな、などと思い出しながら…………。

「何の真似だ……?」
「お前のようなクズ一匹、指鉄砲で殺せる」
「こんの……ッ! こっちが黙ってりゃ馬鹿にしやがってええよお!?」
 バーテンダーの男性が青筋を立てるとその怒りを噴火させた。


 やれ。

 無間が呟いたかそれともまだ呟いていないかのタイミングで、バーカウンターに座っていた小太りの若いサラリーマンが動いた。……いや、よく見るとそれは顕教だった。
 顕教はバーテンダーの腕を掴み、自らの体重と腕力で思い切り引き寄せると頭を掴み、乱暴に机の上に叩きつけた。その際に拳銃が暴発し、狙いの定まらなかった.380ACP弾がカウンター真上に並べられたワインの一つを割り、紫色の雨をガラス片と共に降らせた。

「チックショ……!」
「遅えんだよ!」

 バーテンダーは反射的に銃口を顕教に向けようとするが、それよりも速く机の上のステーキフォークを手に取り、それでバーテンダーの右手を深々と突き刺す。ステーキの鉄板で温まったフォークは活きた肉に良く刺さり、拳銃を手放したバーテンダーが叫び声をあげた。

 その顕教の後頭部を狙って、別の店員がスナブノーズのリボルバーを向けようとする。隣に座っていたドレススーツ姿の女性は雲母で、素早く立つと拳銃を制しながら柔道の「大外掛」で店員を転倒させ、鳩尾に追撃の拳を放つ。店員が悲鳴をあげて失神した。


 雲母の動きが止まったのは、残心を取ろうとした時の事だった。

「……!」
 更に別の店員がグロック17ピストルの銃口を、雲母の側頭部に向けていた。雲母も顕教も迂闊に動く事が出来なくなると、バーテンダーは痛みに悶えながらも思わず笑い声を漏らす。


「ハハハハ……仲間がいるからって何だ。言っておくが”グル”なんてもんじゃないぜ……”元々こういう店”なんだよ」

 男も女も、店の店員全員が拳銃やナイフを取り出して構える。この店は店員すべてが積極的な共犯者で、同時にジ・リーヴァーズの構成員であったのだ。バーテンダーは脂汗を滲ませながらも邪悪な笑みを浮かべる。

「殺し屋共、俺たちリーヴァーズに喧嘩を売った事、あの世で後悔しな」

 だが、顕教と雲母の両名を抑えられたこの状況を前にしても、無間の態度は変わらなかった。
「だから貴様は脳足りんのクズだと言ってる」
「なんだと……?」

「手裏剣投擲!!!」
 バーテンダーの男が眉をひそめる時、無間はバーレストランの音楽を掻き消すほどの大声量で号令を放った。


 すると店内の白人カップルの客が、50代ほどの熟年男女の客が、若い娘を連れた家族三人が一斉に瞳を鋭く輝かせ、その懐やカバンに手を伸ばす。
 コールドスチール社のスローイングナイフ、棒手裏剣、ステレオタイプな四方手裏剣、四角形に近い旋盤手裏剣……各々がそれぞれの投擲物を即座に構え、直打法、あるいは回転打法によってその場で投げた。




 ――――手裏剣という武器がある。かつて忍びが用いていた武器とされ、忍び以外にも複数の古武術流派で、21世紀現在も修練が続けられている。

 金属製の箸のような形状の「棒手裏剣」と、よくアニメや漫画見るような鋭い鉄板のような「平型の手裏剣」。手裏剣と呼ばれる代物は大きくこの二つに分類される。


 拳銃と比較し、手裏剣の有効射程距離は原則的に7メートルから10メートル程度と限られている。しかし、その威力については非常にシリアスである。

 例えば、夜陰流の棒手裏剣はおよそ16センチ。用途によって使い分けるが35グラムタイプと60グラムタイプを使う者が多い。低威力の35グラムとしても、それをグレイン数に換算したときには540グレインに達する。法執行用の.38スペシャルFMJが130グレインであるから、並の銃弾よりも大きな質量を持つ。

 通常の有段者に行わせた投擲実験によって判明した投擲速度は約60km前後、これは5メートルほどの距離で放った際の到達速度に換算した時、受ける者にとってはメジャーリーガーの投擲速度の限界記録を更に超える速度として認識される。

 また、甲賀流の現代検証によると、実際の威力としても平型手裏剣はアルミ缶やスイカを破壊可能、棒手裏剣でも深くスイカに突き刺さると言われており、頭部や喉に受ければ最悪即死、眼球に受ければ失明、腹部に受けても臓器を損傷と、破滅的な結果をもたらすことは言うまでもない。

 あくまで噂であるが、手裏剣術の達人の中には条件次第で畳を貫通し、大型拳銃弾並の破壊力を人力で発揮する人外なる者さえ存在するとまで噂される――――。



     強成書房『カップルや家族で楽しく。~手裏剣のススメ~ (著:キモくて金の無い狂ったボロボロのオッサン 監修:虚無人)』より抜粋。




 棒手裏剣を側頭部に受け、拳銃を持った店員の一人がまず即死し倒れた。他の店員もこの不意打ちに対応出来ず、手裏剣の直撃を受け次々に戦闘不能となる。

 一人だけ店員が軽傷で済み生き残るが、白人カップルの内の男性が席を立つと後ろから素早く間合いを詰め、柔術の関節技「脇固め」によって一瞬で肩関節を外してみせる。


「構えられる者、その場で構えッッ!!!」
 腕組みした無間が号令をかけると、年齢も性別も、人種さえもバラバラの者たちが席を立って一斉にクラシックシフトの半身構えを取る。中には白人男性や苔石オオタ雲母キララのようにその場で一人型稽古を始める者までいる。


「殺す前に言っておく。我々を「只の殺し屋風情」と思った事が大きな過ちだ。お前たちが戦争を仕掛けた相手は……現存する世界最古の暗殺集団のひとつ…………」

 その瞳に虚無を湛えたまま、冥府の主は無慈悲に告げた。 
「――――要するに、忍者だ」


 冥府の主は自分の首に当てた親指を首の端までなぞり、その指を真下に向けた。
「敵に回した事を地獄で後悔しろ」
「待ッ……!」

 判決が下った。それと共に顕教はバーテンダーの首に不衛生なステーキナイフを勢いよく突き刺し、地獄の大王に代わって刑罰を執行する。

 敵がすべて無力化されると、地獄の大王は静かに呟いた。
「忍者は滅びていない。そして、何も変わっていない」

 ただ存在し続け、潜み続けているだけだ。昔も、そして今も……。








 戦闘が終わり、影の兄弟たちは指導者の次の号令を待っていた。門下生の一人と目が合うと、無間は黙って頷く。

「警察の到来に備え、拳銃と暗器に注意しつつ、総員速やかに撤収!」
 無間が号令をかけた。客に扮していた影の仲間たちは敵の手にしていた武器を取り上げると、次々に店を後にしていく。中には雲母のように、店の窓を開けると二階の高さから直接飛び降り、五点着地で受け身を取るとそのまま闇の中に走り去ってゆく者さえ居た。


 お互い無事に済みましたね。とエレベーターの中で銀蘭が微笑む。
「こんな所で死ぬ訳にもいきませんよ」
 と無間は微笑みを造って答えた。
「そうですよ。ちゃんと明日の予定、覚えてますか?」
「勿論」
 無間が答えると同時、エレベーターの扉は閉じた。


 祭りは終わった。店員全員が突如倒され、客に扮した影の者たちも撤収していった後、ごく僅かな完全無関係の客たちは数名は唖然として事態を眺め、その口さえ閉じる事を忘れている。

 インスタグラムに載せる写真になるかもしれないと思った女性の一人がスマートフォンを影の者たちに向けようとしたが、顕教がその手でカメラを遮った。
「すいませんねー、申し訳ないけど撮影NGなんですよ」
「えっ、あっ、だめなんですか……」
「あの、これ、映画のロケか何か……です……よね……?」

 現実を受け止めきれない女性客が恐る恐るこれが本当の出来事でない事を願って尋ねる。顕教は頭を掻きながらこの問いの回答を考える。

「ん……? あー……そうそう、今度やるハリウッド、日本が舞台で……」
 雑な受け答えをした意識はあったが女性客は「ああ、やっぱり」「私ビックリしちゃいました」と胸を撫でおろし安心する。

「いやあすみませんね、一応許可は取ってたんですけどウチ、ゲリラロケが基本なんで」
 こんな言い訳で勝手に騙されてくれるなら楽だなと思いながら、近くのテーブルに置きっぱなしだった中身の半分ほど残ったワインボトルを女性客に渡し「これサービスなんで、片づけの者が来るまで飲みながら待ってて下さい」と言い残すと、彼もまた窓から建物の外に飛び降り、水溜まりの中に五点着地すると共に夜の闇の中へ走り去っていった。





第四章 『裏切者は誰だ』 終 
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