夜影末法斬鬼禄

名誉ナゴヤニスタン人

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第五章 ‐ いつか星の海で ‐

052話「気苦労の絶えない閻魔大王の休日:1」

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第52話「気苦労の絶えない閻魔大王の休日:1」


 車内から流れるFMラジオ番組は「横浜ハンムラビ レディオ」。いつもの44.4メガヘルツからはAC/DCの名曲「Shoot To Thrill」が演奏されていた。日本でも人気が爆発したヒーロー映画の挿入歌にもなった曲である。


 車道を走るダークグレーの車はスバル・レガシィ。これを手に入れたのは去年ごろの”仕事”を完遂した際の事だ。報酬として何でも車を買ってやるとさる金持ちの者に言われ悩んだ際、知人の乗ってたこの車の事を思い出して貰った。


 もっと高い車にすれば良かったじゃないかと後で周りに言われたのだが、そこまで車に詳しい訳ではないのだから仕方がなかった。無間の判る良し悪しなどは刀と、槍と、その他近接武器が諸々と、銃火器と、それと……それらを用いて行う殺人の過程の良し悪しぐらいのものだ。
 それに車には満足している。カーナビだとかブラックレザーだとかのオプションも沢山つけて貰ったし、運転上それほど困った事は起こっていない。積載に余裕のある車なので、武器が沢山詰めて嬉しいぐらいだ。

 運転するのは「無間」こと筒井 清壱、車の所有者本人である。後部座席には「銀蘭」こと卜部 京子、バックミラーに写る京子は居眠りしていた、彼女も近頃仕事や心労で疲れが溜まっていたはずで、それでなくとも昨日は拳銃を相手に大立ち回りをしたばかりだ。目的地に着くまでのもう少しの間、寝かせてあげるべきだろう。

 他にも後部シートには「夜蜂」こと草薙 翔子、それと広瀬 カスミの姿。二人はテレビゲームをして遊んでいる。

「ちょっと待って翔子ちゃん、うっそぉ!」
「ナゴヤカートなら負けませんよ、私得意なんで」
「ヤダ、もういっかい!」
「別に大殺戮タフブラザーズでもいいですよ。……もちろん私が勝ちますけど」

 翔子は仕事をうまくやってくれているようで、カスミの良い友人になってくれそうだ。学内に居た頃は学年も部活動も違い全く話したことが無かったそうだが、今では先輩・後輩の関係も使って上手くやってくれている。

 それとこの人も忘れてはいけない、助手席には昨日はよく働いてくれた「顕教」こと安斎の姿もある。彼はちょっと横幅の大きめの人物なのでこのシートが一番居心地よく収まっていた。
 車は横浜ベイブリッジ上を走行しており、橋の向こうには海と、その向こうに横浜の街が広がっている。赤レンガ倉庫とランドマークタワーの姿が遠くに見え、橋の下の海ではフェリー船がゆったりと海を描き分けている。

 安斎が車外の空を見た。7月を目前にして日射しと暑さは益々強くなるばかりで、今日の天気もその例に漏れない。車内のクーラーが太陽光に負けてしまわないか心配であるし、夜行性の者たちにとってこの明るさは少々しんどくも感じる。

『時刻は14時を回りました。FMハンムラビ、44.4メガヘルツ。本日もみなとみらいのスタジオから浅川 ケイと……』
『ハァーイ、エブリバディ! みんな元気かな!? 暑い日が増えて来たけど負けないでね! 柳ソフィアです!』
『アンタが横に居ると温度が2~3度上がるからこの時期辛いわ……』
『ケイさんもお化粧が汗で剥がれてこれは極めて大変な時期……』
 何か鈍い音がしたが車内の奥ではなく、車内スピーカーから流れたラジオのノイズだった。
『いったあ……! 何も殴らなくたって……』
『あら、足の方が良かったかしら? 私達、番組終了後に少々お話する事があると思うけど?』
『ウェイッ!? ケイさん! 足は無理! ホント無理だから! ね!!??』

 いつものように賑やかな内容の横浜ローカルラジオだ。清壱は運転の時はよくこのラジオをかけている。実際、このラジオ局の職員とは少々顔なじみなので、贔屓というのもある。

「今日は天気いいすね」
 安斎がそう呟くと「そうだね」と運転手の清壱が相槌を打つ。
「横浜は久しぶりっすねえ」
 兄貴は結構来るんですか? と安斎が質問する。

「来るも何も……「横浜ふわふわカルチャー、夜陰式護身教室」の元講師さ」
「その……まさかカルチャーで殺人術指導してたんすか?」
 まさか、カルチャーセンターの護身教室でそんな物騒なもの教えるわけがない、危ない技は教えないよ。と清壱は前もっておきながら、笑ってこう答えた。
「教えるのはせいぜい肘とか指を圧し折ったりするもの程度だよね」
「うわあ…………」
 清壱がカルチャー教室の和やかな空間で、中年の主婦や70近いお年寄りをいつもの営業スマイルで殺人マシーンに鍛え上げていく光景を想像し、安斎は言葉を失った。


 ◆


 少し前まで自分達のいたはずのベイブリッジ方向の海を眺める翔子が、空を飛ぶ海鳥の集団を指差した。
「先輩、鳥ですよ」
「あ、ホントだ。カモメかな?」
「わかんないけど、そうかも?」
 白い鳥たちは地上のカスミたちに目もくれず、旋回してまたどこかへ飛び立ってゆく。食事でも探している最中なのだろうか。

「それにしても暑いねー」
 翔子が首にかけたハンディ扇風機を自分の顔に向けるが、この暑さではまるで役に立たず、却って灼熱を自ら浴びるだけである。カスミが冷風に期待して顔を寄せるが、翔子がハンディ扇風機を彼女の顔に向けるとカスミはすぐに自らの好奇心を後悔した。

「無理、全然涼しくない。しにそー……」
「はぁ、中入りません?」
 例年以上の暑さを迎える中、蝉の鳴き声は一層激しくなり、海が運んで来る磯の香りは熟成を増すばかり。このままではステーキプレートに載ったグリーンピースと同じ末路を辿りそうに感じた二人が目を向けるのは、赤茶色の石壁で出来た大きなランドマーク……然り、車を降りた後、二人は横浜赤レンガ倉庫の手前までやって来ている。

「賛成。私アイス食べたい、ピッピンドッツアイスクリーム無いかな」
「わかんないです。でも私も食べたいなあ」
「それじゃあ~……行こっかあ」
 翔子は頷くとカスミと一緒に歩き……途中で後ろを振り返る。
「ですよ! 行きますよ! センセ!」
「あ、ああ……」

 翔子が手を振ると数メートル後ろ、サングラスをかけた清壱が軽く手を挙げて答える。
「ほらぁ、私達学生なんで、センセイのお財布が頼みなんですからね」
「はいはい……」
『グッドラックですよ、筒井”先生”』

 清壱の立つ場所から遥か遠く、あまりに遠いので帽子ぐらいでしか個人を識別できないが、道路を挟んだ向こうの中央広場で白帽にサングラスで座り込む老女の姿あり。安斎も恐らくどこか別角度からこちらを見張っているのだろう。
 

「卜部さんが同行すればよかったじゃないですか」
 清壱はそちらに視線を合わせないようにしながらインカムの向こうの京子にこぼすと、彼女はこう答える。
『万一襲われた時に一番強いのはあなたですよ。私は格闘は苦手なのでダメです』
「御冗談を、私より段位上でしょう」
『やですねえ、歳と一緒に取っただけの段位ですよお。それに若い子の行動力についていける自信もありません。近頃すっかり身体が弱くなっちゃって……』
 ――――趣味はボルダリングと水泳の人間の台詞とは到底思えなかった。
「御冗談を。それに私だってもう若くない、僕の歳知ってるでしょう」

 すると京子はこう返してきた。
60わたしからしたら、みんな子供みたいなもんですよ。とにかく、私は昨日ので疲れたので休ませて貰いますよ』
「全く、仕方がない……」

 そう、仕方がない、引き受けた仕事なのだ。灼熱の空気の中に息を吐くと、清壱は赤レンガ倉庫の建物内に向かった――――まるで太陽の陰から隠れるように。
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