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〈成人編〉
36. 獣人になりました 2
しおりを挟む街道を走る乗り合い馬車の行き先はハイペリオンダンジョン。
ダンジョン都市を始発として、途中でいくつかの集落や村を経由し、ガーストの街で丸一日、馬と御者の休みを挟んで、終点がハイペリオンダンジョン周辺の宿場町となっている。
空席があれば、途中乗車もできるし、返金はないが、途中下車もOK。
運営するのは元冒険者が多いと聞いたことがある。
今回選んだ乗り合い馬車の御者も片足が義足の元冒険者のようだった。
運賃はそれぞれ。上等な座席だったり、二頭立て、三頭立ての馬車、あるいは護衛の冒険者を雇っていたら、価格は高くなる。
ナギと仔狼が乗り込んだ馬車は、ちなみに最低ランク。
護衛の冒険者はおらず、座席も木板で簡易的に作ったベンチもどきだし、馬は一頭のみ。
普段のナギなら、絶対に選ばない乗り合い馬車だ。
(でも、今回は特別。行方不明になった子の何人かが、最低ランクの馬車に乗っていた目撃談があるらしいから)
あいにく、どの馬車かは判明していない。
ダンジョン都市発の乗り合い馬車は数が多い。
実際のところ、馬車旅の最中に消えたのかどうかさえ、はっきりしていないのだ。
(まぁ、ダメ元よね。たまにはのんびり馬車旅を楽しむのも悪くない)
ちなみに年若い獣人の少女の貧乏旅を装っているため、収納スキルはもちろんマジックバッグも使うことはできない。
高価なマジックバッグを持っていることがバレると、怪しい組織だけでなく、欲にくらんだ手癖の悪い者まで呼び込んでしまう可能性がある。
なので、ナギが身に纏っているのは、あまり質の良くない古びたワンピースだし、背中にはツギを当てた大きな背嚢を背負っている。
『ちょっとやり過ぎな気もしますが、いつものセンパイだと気付く人もいないくらい、変装できていると思いますよ?』
仔狼の評価も悪くなさそうだったので、ナギは自信満々に演技を続けている。
前世はバリバリの庶民。今生でも虐げられて育ったため、元辺境伯令嬢のはずのナギは貧乏な子供のフリは余裕でこなせた。
(とはいえ、これだけは我慢ができないわ……)
最安値の馬車の乗り心地は最悪だ。
踏み固められてはいるが、街道には悪路もある。小さなヘコみや小石を乗り越える際に、どうしても車体は大きく跳ねて揺れてしまう。
そうすると、木製のベンチでは腰にダメージが蓄積されてしまうのだ。
「お尻がいたい……」
もぞもぞと身動きするナギはすでに涙目だ。いつもは、ふかふかのクッションを敷いたり、風魔法のエアクッションで腰を労っているのだが、魔法が使えることがバレてしまえば意味がない。
『センパイ、リュックからボロ布を出して座布団がわりにしてください』
仔狼を抱きしめて耐え忍んでいると、気の毒そうに提案された。
(布くらいで、この振動がどうにかなるのかな……?)
『なら、物理耐性持ちの魔獣の毛皮をボロ布で包んで誤魔化したらいいのでは?』
(アキラ、天才! やってみる)
物理耐性持ちの毛皮で、いま在庫があるものは──【無限収納EX】内の収納リストを確認して、これだと目を留める。
リュックに手を突っ込んで、そこから取り出すフリをして、【無限収納EX】から引っ張り出したのは、ミノタウロスの革だ。
ブラックブルに匹敵する美味しさの牛系魔物、ミノタウロス。
当たりのドロップアイテムは、ナギたちにとっては当然、お肉ではあるのだが、稀に毛皮を落とすのだ。
一般冒険者にとっては、むしろこの毛皮のほうが需要のあるレアアイテムなのだが、美味しいものに価値をおくナギとエドにとっては、毛皮は外れアイテム。
(でも、取っておいて良かったー!)
革製の防具の原材料として人気の素材だが、たまたま幾つか確保したままだったものがあったのだ。
(そのうち、ギルドに買取りに出そうとしていて忘れていたのよね。ラッキー)
いそいそと使い古したタオルに包んで、お尻の下に敷いてみた。
クッションほどの、ふかふかな感触はなかったが、揺れのダメージはほぼ相殺されている。
(さすが、ミノタウロスの革! これ、馬車の座席シートに使えば、最強じゃない?)
『一応、ミノ革は高級品ですからね、センパイ……?』
そういえば、そうだった。
高いお金を支払わなくても自力で手に入る冒険者ばんざい。
ダメージを回避できたことで、ナギは上機嫌で窓の外の景色を楽しめることができた。
◆◇◆
街道沿いの休憩場所に到着すると、慣れた客たちは腰をさすりながら馬車から降りていった。
時刻は夕方。日が暮れきるよりは、まだ少し早い時間帯だったが、今夜はここで野宿をするようだ。
「早朝、笛を鳴らしたら集合だ。百を数えても間に合わなければ、そのまま置いていくから、気を付けてくれ」
義足の御者にそう説明されてから、解散した。
馬車の荷台は寝床として提供されないようだ。
『センパイ。俺たちは向こうにテントを張りましょう』
ちょい、と可愛らしい前脚で足首をとんとんされる。
仔狼が眺める先は、人の少ない休憩所の端っこだ。すぐ背後には木々が生い茂る、暗い林が広がっている。
「……もう、さっさと浚われろって考えてない?」
じとっと眺めると、仔狼はぺろりと舌を見せた。かわいかったので、誤魔化されてあげよう。
ナギとしても、なるべく早く片付けたい仕事なので。
「まぁ、いいけどねー。怪しい人が近付いてきても倒しちゃダメよ?」
『はーい』
キュンキュンと鼻を鳴らして、尻尾を振ってみせる黒ポメもどきを存分にモフッて充電してから、大きめの背嚢から一人用のテントを取り出した。
廉価版の魔道テントである。いつもナギたちが使っている空間拡張が付与されたものではなく、ダンジョン都市の雑貨屋で購入した中古品だ。
未成年の獣人少女が一人旅で使っていても不自然でない物をチョイスしてある。
とはいえ、中はとても狭いため、こっそり魔法で空間を広げておいた。
控えめに四畳半くらいの広さになったテントには、シングルサイズのベッドを置いてある。
(外からは見えないし、セーフよね?)
最低限の結界機能付きなので、獣避けの効果くらいはある。
もっともナギには、最強の守護獣がいるので、そこは心配していない。
「夕食はここで済ませたいところだけど、外のほうがいいよね」
『テントに引っ込んだままだと、囮にはなりませんもんね』
テント内のほうが豪華な食事を楽しめるため、仔狼はあからさまにガッカリしている。
「まぁ、そう落ち込まないで。アキラの頑張りによって、美味しいディナーになるから」
『俺の頑張り……?』
こてん、と首を傾げる仔狼に、ナギは笑顔で肉の確保を依頼した。
◆◇◆
休憩所の水場のそばで、ナギが小鍋でスープを作っていたところ「キャン!」と呼ばれた。
振り返ると、自信満々な表情の仔狼が自分の体より大きな獲物を引きずってきている。
「おかえり、アキラ。大物を獲ってきてくれたんだね。ありがとう」
笑顔で出迎えて、褒めてあげると、嬉しそうに飛び跳ねる仔狼。
ほのぼのとした光景に、周囲の人たちが目を細めている。
「今日の夕食にするね!」
「キャン!」
あまり大物を狩ると不自然なため、厳選して仕留めてくれたらしき獲物はレッドボアの仔だ。
成獣の半分ほどの大きさのウリ坊で、見た目は可愛らしい。
まだ脂肪は少ないが、幼獣なため、肉身はとてもやわらかいのだ。
ナギは手早くレッドボアの仔を解体して、スープと串焼き肉に調理する。
「スープの具材が、そこの林で採取したキノコだけだったから、ありがたいわ」
マジックバッグもない少女が自炊用の食材や調理器具を持ち込んでいるのは不自然なため、最低限の小鍋とナイフのみ使っての夕食作りだ。
手慣れた様子で調理するナギを乗り合い馬車で一緒だった夫婦が感心したように眺めてくる。
「大した腕前だね」
「家で手伝わされたから」
「それにしても、手際がいいわ」
「ありがとうございます」
愛想よくお礼を言うと、仔狼と二人、倒木をベンチ代わりに腰掛けて、夕食にした。
ちなみに串焼き肉は焚き火にかざして、炙っている。味付けは塩と、こっそり胡椒を振ってある。
キノコとボア肉のスープには味噌を使った。エイダン商会で売り出した、この調味料はダンジョン都市にあっと言う間に普及して、安価で美味しいスープの素として人気になっている。
「うん、美味しい。ボア肉もやわらかくて、ほっとする味に仕上がったわ」
キノコを見つけることができてよかったと、ほっとする。
これで仔狼の獲物もなかったら、具なしの味噌汁を飲むところだった。
『炙った肉も美味しいですよ、センパイ』
はぐはぐと幸せそうに、ボア肉をかじる仔狼。ほどよく火が通った串焼き肉を、ナギも幸せそうに頬張った。
「ふふ。たまには、こういうのも悪くないかもね」
懐かしいな、と感慨に耽りながら、その夜の食事を満喫した。
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